≪ 2017年4月 | トップ | 2017年6月 ≫

2017年5月29日

【大学院】

修論ゼミでは、Aさんに修論の「はじめに」の草稿を発表してもらい、その内容と構成について議論をおこないました。

翻訳には、言語によって表現される部分と、言語によっては直接的に表現されない文化的背景があること、後者を翻訳のなかで表現するためには、「書き換える」同化的アプローチと「あえてそのまま」とする異化的アプローチがあることが確認されました。

構成については、1パラグラフ1トピックの原則で文章を整理すると、無理が少なくなることが確認されました。

院生ゼミでは、TJさんに、スリランカ遺跡調査の報告をスライドを示しながらしてもらいました。東南アジアと歴史的につながりの深いスリランカの代表的な遺跡を見ることができました。

次回からは、ベネディクト・アンダーソンの『定本 想像の共同体』(書籍工房早山、2006年)からいくつかの章を読む予定です。

2017年5月25日

【4年次対象ゼミ】

今週は、Kさんに卒論のテーマである「インドネシアにおけるハラル医薬品」に関わる文献調査の結果を報告してもらいました。議論の中で出された提案にもとづいて、今後、さらにデータを集めることになりました。

Kさんを含め全員に対して、秋学期の最初の授業時間には卒論の構成と概要を提出してもらうようお願いしました。

次回は、Sさんに卒論の進捗状況について報告してもらう予定です。

【3年次対象ゼミ】

先週に引き続き、山口・金子・津田「序 英雄大国インドネシア」の書評レジュメを発表してもらい、議論をおこないました。今日も2人に発表してもらいました。

最初の発表では、書評レジュメにおけるレジュメの側面と書評の側面についての議論をおこないました(図1)。レジュメの目的はテキストの要点を客観的に整理することにあるのに対して、書評はテキストを批判的に分析することで、自分自身の意見を提出することです。ここで批判的(critical)というのはテキストが誤っているという前提で議論することではないことに注意が必要です。既定の見方の前提を疑ってテキストを読み込むことを意味します。テキストの主張に賛成する場合でも反対する場合でも自分の意見の根拠を示すことも大切です。

次の発表では、スカルノ時代、スハルト時代、ポスト・スハルト時代における国民/国家英雄の選ばれ方の変遷をたどりました(図2)。この発表に関連して3つの課題を考えてみることにしました。

  • A) この論文ではナショナリズムと植民地支配との関係はどのようなものと考えられているか?
  • B) この論文での植民地支配の時代の「インドネシア」とは何か?
  • C) この論文での地方文化の目録化とは何を意味しているのか?

次回までに、これらの課題についてそれぞれ自分の考えをまとめておいてください。

次回は、残りの一人に報告してもらい、そのあと今週の3つの課題について全体で議論をする予定です。

再来週以降は、今回の論文にも関連があるアンダーソンの『想像の共同体』から何章か選んで読むことにしています。

図1 ホワイトボードの図1

図2 ホワイトボードの図2

2017年5月22日

【大学院】

修論ゼミでは、最初に、研究生のKさんに先週の発表での議論をもとに、より絞り込んでテーマを発表してもらいました。その結果、高齢者介護の現場における外国人職員が増加することにともなう主として職員間のコミュニケーション・ギャップについての考察ということになりました。また、データの集め方、仮説の立て方についても議論をおこないまいした。つながりのある施設に調査の可能性について打診してみること、また、滞日年数が長いほどコミュニケーション・ギャップが減少するという仮説が立てられることが検討されました。

院生ゼミでは、Tさんに、加藤剛「第7省「国家英雄」以前―「祖国」の創出と名づけをめぐって―」の書評レジュメを報告してもらい、議論をおこないました。インドネシアとベトナムを比較した場合、ベトナムには11世紀李朝誕生のときにはある種のナショナリズムが生まれていたこと、それは中国との関係性というベトナム的な条件のもとでおこったこと、したがって、中国による支配がオランダ植民地支配の代わりとなった可能性が考えられること、圧倒的な多数派民族である金族が自らの言語を公用語として確立したこと、などインドネシアとの違いがいくつか指摘され、共有することができました。

『「国家英雄」が映すインドネシア』の検討を今週までの予定でしたが、先週の議論での発言を受けて、あらたに金子正徳「第3章 民族集団のしがらみを超えて―ランプン州における地域称号制度と、地域社会の課題」の書評レジュメを6月12日にAさんに報告してもらうことにしました。

また、次回は青山の方で話題を準備することとし、そのあとは、ベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』からいくつかの章を読むことにしました。

【リレー講義】

今週は、東南アジア地域基礎「東南アジア研究入門」のリレー講義の一環として、「宗教(その1)」というテーマで、月曜1限に227教室で授業をおこないました。この授業では主に東南アジア島嶼部のイスラームについて、宗教としての概要、東南アジアでの定着と受容、現状について講義をおこないました[2017-07-02更新]。

この講義では、配付資料とスライドにもとづいて、島嶼部を中心に信仰されているイスラームを取り上げ、イスラームの基本、東南アジアにおける展開の歴史、現代の傾向について理解を深めました。最後に、全体の整理として小テストを行いました。あわせて、次回の講義(宗教と社会 その2)で使うアンケートを行いました。

授業終了時に、小テストの答え(マークシート)、コメントシート、アンケート(マークシート)を提出してもらいました。

小テストの成績は10点満点で平均点は7.9点でした。各問いの正答率は、それぞれ問1が57%、問2が100%、問3が85%、問4が72%、問5が91%、問6が68%、問7が80%、問8が94%、問9が58%、問10が84%でした。模範解答を後日お知らせする予定です。また、コメントシートに書かれた質問にも時間をみて回答する予定です。いくつかの質問には、2014年度の「宗教と社会(その1)」の授業のページで答えているので、これらも参考にしてください。

この講義で使用したパワーポイントのスライドを春学期末までの期間限定で以下のリンクからダウンロードして閲覧することができます。なお、スライドの閲覧には授業中に告知したパスワードが必要です。
「宗教と社会(その1)」講義スライド(PDFファイル)

この講義を補う情報については、『東南アジアを知るための50章』の第18章「世界宗教の地域性:東南アジアのイスラーム」を参考にしてください。

映像資料のなかで取り上げられたマッカ(メッカ)巡礼については以下の記事が参考になります。

イスラームの巡礼(高等学校 世界史のしおり)
ハッジ(大巡礼)(イスラミックセンタージャパンによるムスリムの立場からの説明)

タイプBの国における紛争(フィリピン南部、タイ深南部、ミャンマー・ラカイン州)については以下のサイトが参考になります。とくに、フィリピン南部の状況はこの授業のあと急転しました。現時点(7月2日)でISとの激しい戦闘が続いているミンダナオ島の状況については2番めのロイター通信の記事を参照してください。
Asia Peacebuilding Initiative
アジアに迫るISの魔手、比ミンダナオ島の衝撃(ロイター通信による特別リポート)

2017年5月18日

【4年次対象ゼミ】

今週は、Iさんに、卒論のテーマである「バタックのカトリック教会建築」に関連して、ヨーロッパにおける教会建築の歴史についての報告をしてもらいました。主な参考文献は中島智章『図説 キリスト教会建築の歴史』(ふくろうの本、河出書房新社、2012年)です。

ヨーロッパのキリスト教会は古代ローマの建築から出発したゆえに石積みによるドーム構造を発達させたことが明らかになりました。バタックのカトリック教会を考える場合は、教会の機能(礼拝のための集会)と構造(現地で入手可能な技術)・建材(現地で入手可能なもの)にいったん立ち戻って考えることが重要であると指摘しました。また、ヨーロッパの教会におけるファサードの重要性がバタックのカトリック教会にも反映されていないのか、キリスト教会の内部空間配置(信徒席と内陣・祭壇)がバタックの伝統家屋の内部空間配置と結びついていないのか、可能性を検討してみると面白いと指摘しました。

次回は、Kさんに卒論の進捗状況について報告してもらう予定です。

【3年次対象ゼミ】

先週に引き続き、山口・金子・津田「序 英雄大国インドネシア」の書評レジュメを発表してもらい、議論をおこないました。今日も2人に報告してもらいました。

日本とインドネシアを比較した場合、インドネシアではオランダ植民地支配への抵抗、民族主義運動への参加、独立戦争への貢献といった要因が国民英雄に選定される前提となっていることが明らかになりました。これは、インドネシアというそれまでに存在していなかった国家を作るにあたって、国民に国民としての意識を醸成するために必要であったと考えられます。それに対して、日本の場合は国民国家をまったく新しく作る必要がなかったこと、戦後は平和主義を一貫して掲げたことが、インドネシアのような英雄を生み出さなかった理由であると考えられます。

また、国民英雄の選ばれ方も、独立直後のスカルノによるトップダウン式の選定、同じくスハルトによるトップダウン式であっても地方の英雄の掘り起こしに目配りした選定、そして、英雄のネタが切れたポスト・スハルト期におけるボトム・アップ式の選定へと、変化が見られることが確認されました。

さらに、英雄は人物であるがゆえに、国民にとって目に見える(銅像)、身近な(通りの名前)形での「分かりやすい」国民統合のシンボルとなっていることが指摘されました。これについても、日本の場合(二宮尊徳の像など)との比較が議論されました。

次回は、残りの3人に引き続き報告をしてもらう予定です。

2017年5月15日

【大学院】

修論ゼミでは、研究生のKさんに研究報告のテーマについて発表してもらいました。外国人職員の増加を背景として介護施設職員の中の多文化共生が求められるという文脈のなかで、職員間の異文化コミュニケーションにテーマを絞るという方向で議論がまとまりました。

院生ゼミでは、Oさんに、ファジャール・イブヌ・トゥファイル「第5章 偉大なるインドネシアという理想:ムハマッド・ヤミン、タラウィの村からジャワの宮廷まで」の書評レジュメを報告してもらい、議論をおこないました。スマトラのミナンカバウ出身で、ジャワで教育を受け、1928年の青年の誓いにスマトラ代表として参加したヤミンのライフヒストリーは、特定の地域や民族を超えたインドネシアというネーションのあり方を体現するものでした。また、ジャワのマジャパヒトとその宰相ガジャマダを描くことで国民国家インドネシアのためのナショナルヒストリーを書いたことも、彼が国民英雄に選ばれた要因であることが確認できました。

また、反植民地闘争をおこなった地域の英雄や独立前後の民族主義運動にかかわったナショナルな英雄がすでに出尽くした現在、地域レベルの英雄が取り上げられるようとしているという指摘は本書全体の狙いをよく表していると感じました。

次回は、Tさんに、加藤剛「第7省「国家英雄」以前―「祖国」の創出と名づけをめぐって―」の書評レジュメを報告してもらう予定です。

2017年5月11日

【4年次対象ゼミ】

今週は、Fさんに卒論のテーマである「インドネシアにおける鳥を飼う文化」に関わる文献調査の結果を報告してもらいました。今後の方向性としては、ジャワにおける鳩(perkutut、英語ではzebra dove)を飼う文化に絞り込んだ方がよい、夏休みにこのテーマに絞って現地で聞き取りをするとよい、という結論になりました。

次回は、Iさんに卒論の進捗状況について報告してもらう予定です。

【3年次対象ゼミ】

連休明けの今週から、山口・金子・津田「序 英雄大国インドネシア」の書評レジュメを発表してもらい、議論をおこないます。今日は、最初の2人に報告してもらいました。

今週は、英雄を「作り出した」という表現の意味について検討したあと、nationとbangsa、「国民」と「民族」という概念について整理しました。また、インドネシアの英雄認定における「英雄」の定義と国民形成における「我ら・彼ら」概念との関係については、次回、議論をしたいと思います。

次回は、次の2人に引き続き報告をしてもらう予定です。

【リレー講義】

今週は、多言語・多文化社会論:歴史と現在のリレー講義の一環として、「インドネシアの華人」というテーマで、木曜2限に107教室で授業をおこないました。

この授業のポイントは『多文化社会読本 多様なる世界、多様なる日本』(東京外国語大学出版会、2016年)に収録した第7章「インドネシアの華人:同化から統合へ」でも触れているので参考にしてください。

2017年5月 8日

【大学院】

修論ゼミでは、私の方から資料とパソコンの情報を提示して、引用の具体的な方法について説明をおこないました。ブロック引用のインデントの説明をする際に、あわせて、Wordのスタイルの使い方も説明をおこないました。

次回は研究生のKさんに研究テーマにかかわる新聞記事についてレポートをまとめたものを発表してもらう予定です。

院生ゼミでは、Lさんに、横山豪志「第4章 「創られた英雄」とそのゆくえ―スハルトと一九四九年三月一日の総攻撃」の書評レジュメを報告してもらい、議論をおこないました。ジョグジャカルタ総攻撃の歴史的な位置づけが不問にされたまま、ハムンクボノ9世がジョグジャカルタ州知事になったり、スハルトが大統領になったりした政治的な文脈から、この出来事が評価、再評価されてきたことが確認されました。

次回は、Oさんに、ファジャール・イブヌ・トゥファイル「第5章 偉大なるインドネシアという理想:ムハマッド・ヤミン、タラウィの村からジャワの宮廷まで」の書評レジュメを報告してもらう予定です。

2017年5月 5日

【一般】

インドネシア共和国教育文化省言語育成振興局(Badan Pengembangan dan Pembinaan Bahasa)が2015年に出版した『言語育成振興局戦略計画2015年-2019年』(Rencana Strategis Badan Pengembangan dan Pembinaan Bahasa 2015-2019)によると、インドネシアにおいて2014年に地方語(bahasa daerah)と認定された言語の数は648ということです(p.20)。同書のPDF版はネットで読むことができます。

この数字は、本ブログの記事「インドネシア固有の言語の数は738」(2010年1月11日)で言及した738よりも少なくなっていますが、2010年に実施された国勢調査の結果を反映していると考えられるので、より実態に近い数字と思われます。2010年度国勢調査によるインドネシア住民の国籍・民族・宗教・日常言語の概要Kewarganegaraan, Suku Bangsa, Agama, dan Bahasa Sehari-hari Penduduk Indonesia: Sensus Penduduk 2010)はネットでPDF版を読むことができます。

なお、この国勢調査概要(p.6)によると、インドネシアには1,340の民族(suku bangsa)が住んでおり、およそ2,500の地方語(bahasa daerah)が存在するとされています。ただ、この数はかなり細かく分類した場合のように思われるので、授業ではインドネシアにはおよそ648の言語があると述べておくことにします。

【追記】(2017-11-06)

2017年に出されたData Bahasa Daerah 2017によると、現時点で確認されているインドネシアの地方語の数は652とのことです。

2017年5月 1日

【大学院】

修論ゼミでは、研究生のLさんに研究生としての調査から修論作成にいたるまでの研究計画を発表してもらい、検討をおこないました。

次回は、私の方から引用の具体的な方法についての説明をおこなう予定です。その次の回には研究生のKさんに研究テーマにかかわる新聞記事についてレポートをまとめたものを発表してもらいます。

院生ゼミでは、Aさんに、山口裕子「第1章 未完のファミリー・アルバム―東南スラウェシ州の、ふたつの英雄推戴運動―」の書評レジュメを発表してもらい、議論をおこないました。ここで取り上げられた事例は国民英雄として認められるには至っていない事例であること、英雄推戴の背景にはたぶんにローカルな論理が働いていること、その一方で、国民国家の正当な一員として承認されたという欲求もまた背景にあることなどが確認されました。

次回は、Lさんに、横山豪志「第4章 「創られた英雄」とそのゆくえ―スハルトと一九四九年三月一日の総攻撃」の書評レジュメを報告してもらいます。

          

カテゴリー

過去のお知らせの記録

新規エントリーの投稿
[権限をもつユーザのみ]