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【民族と民族問題の諸相】 10月31日 インドネシア

【リレー講義】

10月31日水曜日4限に、リレー講義である総合科目「民族と民族問題の諸相」の一部としてインドネシアについての講義を担当しました。第1回の今週は195人の受講生がいました。このあと11月7日と11月14日の2回講義をおこないます。

昨年度と同様に、全3回のなかで、東南アジアの多民族国家としてのインドネシアを紹介し、第1週では国民国家インドネシアにおける多民族の共存を、第2週では国民国家インドネシアに対抗する民族、あるいは国家のなかで対立する民族を、第3週では国民国家インドネシアにおける外来少数民族である華人の位置をとりあげます。

■2012年度 民族と民族問題の諸相
第1回 2012年10月31日 インドネシアにおける多民族の共存 (今週)
第2回 2011年11月07日 国民国家インドネシアに対抗する民族
第3回 2011年11月14日 インドネシアにおける外来少数民族

昨年度までおこなった講義の内容は2011年11月9日の記録2010年11月10日の記録を参照してください。

■今週の配付資料 民族と民族問題の諸相:インドネシア第1回
ファイルのダウンロード (1.2MB, PDF)
(開くためにはパスワードが必要です。パスワードは授業時にお知らせします。)

授業後に提出してもらったレスポンスシートに、多くの受講生が授業で見た映像資料『南の国のデパートガール』についてコメントや質問を書いてくれました。そのうちのいくつかを紹介し、説明をつけておきました。(「続きを読む」をクリックしてください)


ムスリムは1日に5回お祈りをしますが、仕事の妨げにならないのでしょうか?

映像資料では、ユスニさんが仕事中にお祈りのために職場を離れる場面がありました。毎日このように仕事を中断することは、たしかに非効率なように見えるかもしれません。しかし、インドネシアのようにイスラームが多数派の社会では、イスラームの信仰が生活の中心にありますから、非効率だからやめようという議論にはなりません。欧米では今でも多くの店がキリスト教の休息日である日曜日には閉店していることも比較の参考になるでしょう。


店員がブルカをしないで髪の毛を出していることに驚きました。

クルアーンには大事なところは慎み深く隠すようにと指示されているだけなので、実際に何をどうするかについては、地域の伝統や流行に従っている部分とムスリム個人の判断に任されている部分があります。インドネシアでも半数の女性がヴェールを着けていますが、着用しない女性も少なくありません。現在のところ都市部の店員は着用しないのが一般的です。なおムスリム女性のヴェールの呼び方ですが、インドネシアではブルカという言葉は使わないで、ジルバブと呼ぶことが一般的です。


デパートの店員さんたちの朝礼が日本の様子と似ていました。

たしかに似ていますね。インドネシアには以前から日本のデパートが進出しているので、映像資料で紹介されたような高級デパートは日本流の店員教育の方法を学んでいると考えてよいでしょう。


ジャカルタのデパートの大きさに驚きました。ジャカルタ以外にはショッピング・モールがないとのことでしたが、他に大都市はないのでしょうか?

インドネシアに限らず東南アジアの多くの国では首都(または首都に対応する都市)への人口一極集中が進んでいます。しかも、大都市には購買力のある富裕層や中間層が多いので大きなショッピングモールが出現することになります。ただし、最近ではインドネシアの経済成長にともないジャカルタ以外の地方都市にもショッピング・モールが建設されるようになっています。


ジャカルタ市内の交通渋滞の光景に驚きました。車がこんなに多いのでしょうか?

中間層の多いジャカルタでは乗用車を所有する人が年々増加しているのにかからず、地下鉄のような公共交通機関が整備されていないうえに、道路の整備が追い付いていないため、ジャカルタの交通渋滞は現在でも大きな問題です。

しかし、このような大規模な渋滞はジャカルタに特有の問題と言えます。2010年の乗用車の保有台数を比べてみると、日本は2.2人につき1台なのに対してインドネシアは22.2人につき1台です。ちなみにタイは14.7人につき1台ですから、インドネシア全体の乗用車の保有台数は東南アジアのなかでもまだ少ないことがわかります。(出典:日本自動車工業会


北スマトラからジャカルタまでバスで3日もかかったという話しに驚きました。陸運がこんな状態では流通はどうなっているのでしょうか?

私も同じルートを3日間バスに乗った経験があるので共感しながら聞いていました。まず、インドネシアは1万7000の島々からなる、東西5000キロ以上ある広大な国であるという前提をおさえておく必要があります。どこに行くにも時間と手間がかかります。

その上での話しですが、島内の主要都市を結ぶ幹線道路の整備が遅れていることが大きな問題です。ジャワ島ではジャカルタを中心に高速道路が整備されてきましたが、それ以外の島では高速道路はもとより一般道路の整備もまだ不十分です。雨季になると土砂崩れなどで通行止めになる道路も少なくありません。道路などのインフラの整備は、流通の発展を図るうえでも、重要な課題となっています。

ただし、近年は国内の格安航空線(LCC)が普及し始めたので、人の移動については大幅に改善されています。


電話や洗濯機がないことに気付きました。

講義の中では説明したことですが、この映像資料が作られた1995年頃は、一般家庭への固定電話の普及はまだ進んでおらず、携帯電話の方はようやく導入が始まったばかりでした。現在、固定電話の普及は相変わらず進んでいませんが、携帯電話は爆発的に全国に普及し、ほとんどの人が所有して使っています。古い技術が定着する前に新しい技術が拡大するという興味深い事例です。

一方、洗濯機の普及率は2004年の時点でわずか4%です。これは、人件費が安いので洗濯は人に頼んで済ませられるからです。しかし、2010年にインドネシアの1人あたりGDPは(年間所得と考えて大丈夫です)、急速に消費が拡大するラインと言われている3000ドルを越えました。今後、洗濯機などの白物家電の急速な販売拡大が予想されています。(出典:中小企業国際化支援レポート


食べ物を右手で食べていることが印象に残りました。

映像資料ではミハルスさんが右手で食べ物をつまんで食べている場面がありました。これを見てミハルスさんをヒンドゥー教徒だと思った人がいたようですが、右手で食事をするのはインド人だけではありません。右手を「浄」、左手を「不浄」と考える見方はインドに由来しているかもしれませんが、東南アジアでは宗教に関係なく普通の伝統的な食べ方です。仏教徒のタイ人もムスリムのインドネシアでも同じように右手を使って食事をします。むろん、ヨーロッパ人が到来してからはスプーン、ナイフ、フォークももたらされました。面白いことに、東南アジアでは右手にスプーン、左手にフォークを持って食事をするのが一般的です。


お金の価値はどのくらいなのでしょうか?

従業員食堂の昼食2,000ルピアが90円と説明されていたので、安いという印象を受ける人が多かったと思います。経済成長にともなってインドネシアの物価は上昇していますが、その一方で円に対するインドネシア・ルピアの価値は下がっています。したがって、日本人から見るとインドネシアの物価は安く感じられます。現在であれば90円は約10,000ルピアですが、これだけ出せば十分な食事ができます。10,000ルピアは2,000ルピアの5倍の価格上昇ですが、日本円に換算すると1995年とほとんど変わっていないことになります。


自分がどの民族に属しているのかという意識が自分の意志で変えられるものなのでしょうか?

映像資料ではヘスティさんが、自分の両親はジャワ人だけどと自分はスンダ生まれでスンダ人だと思っているという場面がありました。ヘスティさんの場合は親の民族意識と子どもの民族意識が異なっている例です。このように移住の結果、世代の間で異なった民族意識を持つことはけっしてまれなことではないと思います。個人の民族意識がその個人の生涯のうちに変わることも、世代間での変化に比べると少ないかもしれませんが、あり得ないことではありません。民族意識は自分という個人と集団との関係性に依拠しますから、不変なものだと考えない方がよいと思います。


それぞれの民族が自分の領域に住み分けしている状況では相互の理解が弱くなるのではないでしょうか?

講義では、バタック人が北スマトラに集住しているような状態を取り上げ、このような民族の住み分けが可能であるという意識が民族間の激しい対立を防いでいるのではないかと指摘しました。しかし一方では、それぞれの民族が分断されて互いに理解しあえないような状況になる危険性もあると言えます。インドネシアの場合は、国民統合の政策が進められた結果、インドネシアという共通言語が普及したことやインドネシア人であるという意識が定着したことで、このような危険を回避してきたと言えると思います。


さまざまな言語を母語とする人がいるインドネシアでインドネシア語はどのように習得されるのでしょうか?

講義でも説明をしましたが、小学校からはインドネシア語教育がありますし、すべての科目の授業はインドネシア語で行われます。テレビ、ラジオ、新聞、雑誌などのメディアや書籍も基本的にインドネシア語です。当然のことながら教科書もインドネシア語で書かれています。したがって、インドネシアではどの地域に行っても、高齢者を除けば、ほぼ誰でも小学校レベル以上のインドネシア語の運用能力があると言ってよいと思います。


インドネシアでは宗教の異なる多民族が平和に共存(少なくとも今日の映像資料では)であることに感銘を受けました。中東がインドネシアから学ぶことはないのでしょうか?

たしかに中東のムスリムがインドネシアのイスラームのあり方から学べることは多いと思います。これまでインドネシア人を含めて世界のムスリムの間には、中東のイスラームが「本場」のイスラームであるという意識が強かったことは事実です。インドネシアのムスリム知識人の書籍が中東に紹介されることは珍しかったですし、インドネシア人のムスリム知識人の側でインドネシアのイスラームのあり方を理論的に整理して外国のムスリムに伝えようとする努力が足りなかったことも事実です。ただ、インドネシアやマレーシアの経済成長が続くと、将来的には中東に向けて発信するインドネシア人ムスリムが出てくる可能性はあると思います。


インドネシアには精霊信仰はないのでしょうか?

インドネシアにも地域によって様々な形態の精霊信仰があります。イスラームの信仰が強い地域では迷信として排除される傾向にありますが、土着的な信仰に寛容なジャワなどでは海の女神ニャイ・ロロ・キドゥルへの信仰などが今でも残っています。詳しいことは別のリレー講義で話しています。

          

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