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【3年次ゼミ】6月10日

【3年次対象ゼミ】

今週は、第3章「国民意識の起源」について検討しました。

とくに、前章の聖典語に続いて第3章に出てくる俗語、口語、文語、個人言語という概念が理解しづらいので、集中的に検討しました。原文ではそれぞれ、sacred language, vernacular, spoken language, written language, idiolectとなります。このなかでもvernacularを「俗語」と訳してしまうと分かりづらいのですが、ここでは、カトリック教会の聖典語としてヨーロッパ全土で使われたラテン語に対するドイツ語、フランス語、イタリア語などの「土着」の言語のことを指しています。

カトリック教会の権威が凋落するにつれて、ラテン語は、唯一の文語(書くための言語)としての地位から脱落し、代わってそれまでは口語(日常生活の言語)として低く見られていた俗語が文語としての地位を奪い取っていきます。この動きを後押ししたのが出版資本主義です。俗語が文語の地位についたことで、それぞれの俗語しか読み書きできない人々の集団が一つの共同体、ネーションを形成していくことになります。

また、俗語も文語としての地位につく過程で、多彩な特徴をもつ個人言語(一人一人の特徴のある言語、ここでは方言も含意しています)から、出版資本主義の市場を形成するだけの勢力をもった俗語が特権的な俗語として標準化されていき、標準化から落ちこぼれた「劣った俗語」は「方言」という地位に格下げされていきます。

このような状況は19世紀後半の日本の近代化のなかでも起きたことを想起すると分かりやすいでしょう。最近出版された「ケセン語訳聖書」は、日本語という俗語が標準化されていくなかで、多くの俗語が方言として排除されていったことに気づかせてくれます。

次回は、第3章の後半の中心的なトピックになっている出版資本主義についてさらに検討します。

第3章の書評レジュメの検討が終わったあとは、「創られた伝統」についてのテキストを読む予定です。

2021年6月11日木曜4限3年次ゼミ

          

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