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学長インタビュー:世界の縮図である東京外国語大学

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林佳世子先生は、2019年度から2022年度にかけて学長を務め、任期満了に伴う学長選考を経て、2023年度から2024年度にかけても学長として引き続き大学運営を担うことが決定しています。そんな林学長に、今後の東京外大が目標とする姿や、人文・社会科学系の学問が持つ意義とその醍醐味、また、学生の間でよく話題にのぼる「ガレリアの暑さ/寒さ」問題などについて、お話を伺いました。

取材担当:国際社会学部西南ヨーロッパ地域/フランス語3年 鳥倉捺央(とりくらなお)(大学広報マネジメント・オフィス 学生取材班)

「大学こそが共生社会でなければならない」

――学長として任期を務められた2019年~現在までで、2022年度から大学の目標に「共生」という語が登場1)しました。この目標制定の経緯を教えてください。

世界の多様な言語や文化を研究している本学は、大学自体が国際的な場です。そのうえで、その存在意義とは何かを考えました。東京外国語大学がもつ意義を突き詰めれば、共生に貢献するためだ、と思います。言語や文化を勉強することは、ゴールでは無く、むしろスタート地点です。それを礎にしてバックグラウンドが異なる相手と交流するなかで生じる問題を解決するために、本学での学びがある。そのことを広く共有するため、「共生」を目標に掲げました。

――私たちに最も身近な場である大学を出発点として、社会全体の共生を実現するためには、なにが必要だとお考えでしょうか。

やはり、学生のみなさんにとって、大学こそが共生社会でなければならないと思います。キャンパスライフを送るなかで、多様性に直接触れて、自分と他者との違いに気づき、問題をどう乗り越えていくのかという経験を、積極的にしてほしいです。大学としては、交流イベントの情報を発信したり、留学生と一緒に学ぶ英語開講の授業をそろえたりするなど、仕掛けづくりを進めているつもりですが、なかなか自分の専攻言語の留学生と交流できない、という声も耳にします。学生の皆さんには、授業だけでなく、サークルやボランティア活動、交換留学生とのバディ制度などに参加して、ぜひ交流の輪を広げてほしい。自分からアクションを起こすことで、新たな出会いが待っていると思います。留学生との交流にうまくいっている語科のやり方を真似するなど、ぜひ試行錯誤してみてほしいです。

――東京外大では、多様なバックグラウンドをもつ人々が日々学び、研究を行っています。共生を実現するためには、差別や排除を無くすことが不可欠ですが、大学はどのような立場なのでしょうか。

学内で差別が問題化したら、すぐに手を打とう、と大学を運営する私たちは動いています。

たとえば、昨年度、共通試験監督のアルバイトを学内募集した際に、「日本人に限る」という文言が問題になりました。大学としては、「センター試験を受けたことがある人を募集している」という趣旨だったのですが、受け取る側にはそうは伝わりませんでしたよね。このように差別の意図がなかったとしても、結果的に差別になってしまっていることは、少なくないかもしれません。私たちも気をつけますが、どんなささいなことでも、気づいたら声をあげてほしいと思います。

――世界を学ぶことが差別を助長したり、「国」のために使われるという意見もあります。どう思われますか。

言語・文化・地域について学ぶことは、異文化理解、さらには平和構築に役立ちますが、一歩間違えれば、一つの見方に肩入れをし偏見を強化し差別を助長してしまったり、戦争の道具に使われてしまったりする可能性がないわけではありません。本学の大学史を読むと、世界につながる本学が戦争に協力した時期もありました2)。その時代にはそれが正義だと思われたわけですが、大学として反省する気持ちをもっていなければならないと感じています。

一方で、学ばなければ何も始まらないということも事実です。インターネットやメディア上の大きな声に惑わされずに、歴史や国際関係、言語、文化など、学問の体系にのっとった知識を力に、自分の考えを形成することが重要でしょう。人と社会を扱う学問である人文・社会科学系の学問には、問題も、その答えも無数にあり、立場が違えば見える世界も違いますよね。答えは1つではない、ということを心のどこかに留めておくことが大切だという気がします。

多様な人々が集う東京外国語大学。左は初夏のころのキャンパス。右は学祭期間中の講義棟内の様子。

1)国立大学法人東京外国語大学「第4期中期目標」
2)東京外国語大学文書館 TUFS Archives 「東京外国語大学の歩み」

人文・社会科学系の学問をとりまく今日の状況と、学問のおもしろさ

――2015年6月に国立大学法人に対し文部科学大臣から通知された文書3)は、人文・社会科学系学部・大学院に「組織の見直し」を求め、「組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換」に取り組むよう明記・提案するものでした。2020年10月には、日本学術会議の人文・社会科学系を研究領域とする新会員6名に対し、首相が任命拒否をする4)など、昨今、人文・社会科学系の学問が軽視されているように感じています。

国の政策は、日本社会で産業を興すことに重点を置いているので、大学の学問でも、イノベーションにつながる分野に対し予算が大きく配分されているのは事実です。結果的に理系に多く予算が付きますが、1度の実験に多額の費用がかかる分野もあるわけですから、研究予算が理系に多く分配されることに関しては、私は当然だと思っています。

しかし、人間や社会についての知識である人文・社会科学系の学問も、理系の学問と同じくらい大切です。近年の目覚ましい科学技術の進歩によってさまざまなことが可能になりました。「本当にやってもいいの?」という判断を下す際に、人文・社会科学系の知は不可欠です。理系と文系の学問のどちらかが欠けていては、社会は成り立ちません。人文・社会科学系の大学の学部を減らすことなく、学生や研究者が知の探究に取り組めるよう、必要な支援を続けてほしい、と大学を運営する者として願います。

――人文・社会科学系の学問・研究の醍醐味はどのようなところにあるとお考えでしょうか。

一言にするなら、「やっぱりおもしろい!」という点に尽きる(笑)。卒業論文をかけば、みんな、そのおもしろさに引き込まれてしまうと思いますよ(笑)。

卒業論文の執筆が必修なのは、学びの集大成であることはもちろん、「学問のおもしろさを1度は経験してね」というメッセージでもあります。自分で論文執筆の計画を立て、先行研究や文献を読んで調べ、自分の言葉でまとめて…という過程を経て、たとえほんのわずかでも、その分野に新たな貢献をすることができたなら、達成感もあるでしょうし、これこそ醍醐味だと思います。特に、本学の学生のみなさんは現地の資料を読んで、日本語でまとめる、ということでオリジナルなものを生み出すこともできます。思いっきり自分の興味関心に取り組む経験は、社会に出てからは、なかなかできないことかもしれません。卒論が終わり、卒業していくときには、みなさん、とても晴れ晴れとした良い顔をしています。

理系では、過去の問題に再度取り組むことはできませんが、人文・社会科学系が扱う分野――つまり人間や社会の問題――は無限にあり、自由にテーマを設定して取り組むことができます。例えば文学について言えば、人間がこれまでに生み出した文学は無限にありますし、読む人が100人いれば100通りの解釈が生まれますよね。個人作業としての研究のおもしろさも、人文・社会科学系の醍醐味といえるかもしれません。小さな研究が、総体として、人間や社会を理解することへとつながっていく。体系的な知識のひとつのピースになるということは、卒業論文執筆によっても貢献できると思います。

本学では、ゼミ選抜を丁寧に行いますが、それは卒論につながっています。「卒業論文はなにを書こうか」ということをベースにゼミ選択をして、所属ゼミの先生の授業を履修するだけでなく、学問の体系を意識しながら履修してほしいです。例えば、ある国の文学をやるのであれば、文学を体系的に勉強した上で、文学ゼミで卒論を書くというように。人文・社会科学系の学問に興味があるみなさんは、ぜひ本学に進学し、学問のおもしろさに触れてほしいですね。

講義棟内にある大学の校章。

中央の炬火(たいまつ)は、「光は世を照らす」ということを意味し、そこに重なる金色のLはラテン語のLinguaの頭文字をとったという。
左右の羽翼は、本学が1899年に東京外国語学校として独立した当初に開講されていた8語学科を意味しているといわれている。
参考:東京外国語大学「校章・スクールカラー」


3)文部科学省参考資料1「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて(通知)」2015
4)芦名定道、小沢隆一、宇野重規、加藤陽子、岡田正則、松宮孝明 2022『学問と政治 学術会議任命拒否問題とは何か』、岩波新書

大学キャンパスの構造や開館時間について

――大学キャンパス内の温度はその日の気温に非常に左右されるので、ガレリアの自習スペースなどで気温を気にせずに気軽に集まることができない、という声や、院生室の空気循環が悪い、という声を耳にしました。また、キャンパスや図書館を開ける時間を長くしてほしい、という声もありました。キャンパスの構造や開館時間について伺えますか。

まず、ガレリアについてですね。実は、ガレリアは、建物の構造上、冷暖房を入れることができないのです。設計上は、東西2つの独立した棟があり、そこに屋根をかけて生まれたのが、ガレリアのスペースです。なので、あの空間は、建物の定義上「室外」なんですよね(笑)。ガレリアで気温を気にせず勉強できる期間もありますが、特に暑い時期や寒い時期は「室外」ではなく(笑)、4階や5階のラウンジなど、学生が自由に冷暖房をつけて使用することができるスペースに移動してほしいです。図書館も利用してください。

次に、院生室の空気循環についてですが、換気はきちんと行われているんですけどね……。ですが、やたらと広い部屋なので、もっと使いやすくできないか、と検討もしています。大学院のスペースを、院生の方々がこのように使いたい、と提案をしてくだされば、大学も対応ができるので、ぜひ案があれば教えてほしいですね。

最後に、大学の施設の利用時間ですが、立地からくる治安的な問題から、管理体制として、午後8時に施設を閉めるという点はご理解いただきたいです。午後8時以降は学生がいない、という前提で諸般の対応をしていますので、残っていたい気持ちもよくわかりますが、夜8時には、家に帰りましょう。

左右の塔にはさまれた空間である「ガレリア」。
椅子や机があり、勉強をする学生の姿がよく見られる。
パネル展なども行うことができる、広いスペースである。

学長からのメッセージ

――最後に、将来東京外国語大学で学びたいと考えている方々や、本学学生へ向けて、メッセージをおねがいします。

近年、自動翻訳やその他の技術が急速に発達していることもあり、大学でわざわざ言葉を学ばなくてもいいんじゃないか、と思っている人もいるかもしれません。しかし、人が人を理解するには、言葉を通して相手の立場に立ち考えることが、第一歩だと思います。言語を学び、地域を学び、文化を学んで相手の立場にたてる、ということは、素敵なことなので、ぜひチャレンジしてほしいです。大学ホームページでは、先生方の研究についての紹介や、先生方が書いた本を紹介しているページがある5)ので、ぜひのぞいて、進路選択の参考にしてみてください。

在学生の皆さんには、どう人と人とのつながりを生みだしていくか、を意識してほしいです。2020年のパンデミック以降、対面授業や行事が減り、学生同士のかかわりが減ってしまったのではと、私たちも懸念しています。学生の間で自然と造り上げられてきた良い伝統を、受け継いでいくことが困難な部分もあると思います。これまで続いていた行事も、2年やっていなければ、「復活」というよりは、「新規」になってしまいますよね。来年度以降もなるべく対面授業を増やす予定ですので、学生のみなさんは、語科や学年を超えて、様々な人間関係を築き、多様性に触れてほしいです。

今、世界は戦争に揺れています。小さな東京外国語大学ですが、国際的な状況に影響を受けるという宿命を背負っています。多くの問題にはそれぞれの立場があり、どちらかが100%正義で、どちらかが100%悪者、という構造ではありません。ありきたりな答えになってしまいますが、様々な立場について、バランスよくみるしかない。自分の考えを持って行動できるように、思いっきり学んでください。

――本日は、お忙しいなか、ありがとうございました。

四季折々、多様な姿を見せる大学キャンパス。(左上から、春、夏、秋、冬)

5)大学広報ウェブサイト「東京外大教員の本」研究者一覧

インタビュー後記

林先生にお話を伺いながら、東京外大は、世界の縮図なのかもしれない、と思いました。キャンパスでは多様な言語が飛び交っていて、そこで研究されている領域も、言語・文化・地域・社会など、幅広く展開されています。学問のおもしろさに没頭することができ、社会に存在する諸問題をいかに乗り越えるかという大きな問いについて真剣に取り組める場が、大学なのだと感じました。キャンパスで出会えた仲間とのつながりを大切にしながら、精一杯、問いと向き合っていきたいです。

鳥倉捺央(国際社会学部 西南ヨーロッパ地域/フランス語専攻3年)

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