「世界と越境するフォーラム」授業実践
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今回のTUFS Today では、2016年度冬学期に行われた実践型授業「世界と越境するフォーラム」を紹介します。目的は、留学で学んできた具体的な経験「実践知」と、大学で学んできた理論的な知識「学問知」を結び付けること。さて、どんな授業だったのでしょう。
東京外国語大学では、多くの学生が留学生として海外に赴き、様々な体験をそれぞれの留学先で得ています。しかし、それによって得たものを確かなものとするには、大学で学んできた理論的な知識「学問知」を具体的な経験(「実践知」)と結びつけ、さらに、それを彼ら自身の世界観に昇華させることが必要です。そんな大きな展望を胸に、2016年度冬学期に言語文化学部選択科目(学部3年生以上対象)として「世界と越境するフォーラム」を実施しました。
この授業では、海外で得た問題意識に関連する調査を学生自身が行い、発表資料を作成して互いに質問しあう自主的な研究活動を行いました。授業は4日間(2017年1月30日~2月2日)。順を追ってご紹介します。
ステップ1:研究課題の設定
1日目:基礎文献の講読と研究発表の練習
初日は、基礎文献の講読と研究発表の準備。参加者は、発表資料の作り方、集団討論・資料収集の方法、発表時の姿勢など基本的な技能の指導を受けました。
2日目:学生自身による研究活動がスタート!
今年度は「異質な文化の共生可能性を問う」を共通テーマとし、異文化交流に関わる様々な問題について考えてみるという課題を設定を設定しました。学生は2名ごとにチームをつくり、留学先などで直に感じた移民問題や海外で出会う人々とのコミュニケーションの困難さなどのリアルで具体的な体験を研究対象に設定しました。
そしてこれらの問題解決に役立つ様々な学術理論や社会実践の事例などについて資料収集を行いました。その際に学生たちが活用したのが、彼らがこれまで大学授業で収集してきた講義ノートや資料・参考文献。この活動はいわば,留学先で得た実践知を大学で学んできた学問知と結びつけ、自分たちなりの考えにまとめるプロセスです。
ステップ2:中間発表会(越境的な研究交流の体験)
3日目:ここまでの研究成果を班ごとに中間発表
ここまでの研究成果をパワーポイントにまとめ、班ごとに20分で発表を行い、その後で他の受講生から質問を受ける形式で、中間発表会を実施。
この発表会では、聞き手は、「発表される研究について知識はないが、その内容に関心を寄せる人がどのような疑問を持つかということを特に意識し、批判的な質問を行う」よう、求められています。多くの学生が「質問するだけの専門的な知識がないから」「的外れなことを質問するのはこわいから」などの理由で質問を行うことを恐れがちですが、担当の田島充士先生(教育心理学)によれば、このような関連知識のない、いわば「素人」の立場から行う質問こそ、研究の内容を深めるよい質問なのです。
「誰しも、同じ生活空間・経験を共有するという意味で活動文脈を共にする仲間との間では、自分が発することばの意味内容についてほとんど考えることなく話すことができます。そのことばの定義的な意味をいちいち説明しなくても、多くの場合、相手は理解してくれると期待できるからです。多くの実践知は、このようなコミュニケーションを通して育まれるものといえます。
しかしそのような生活空間・経験を共有しない、異質な文脈を背景とする他者に対してはそうはいきません。自分が発することばの文脈を共有しない他者に対して、自分のいいたいこと(実践知)を理解してもらうためには、相手の立場に立ち、相手が納得できる知識を探りながら論理的に言語表現を行う必要があります。そしてこの種のコミュニケーションを通し話者は、不可避的に、自分が発することばの意味を論理的に再確認・再構築していくことになります。
したがって、発表内容について専門的な「知識がない」質問者とは発表者にとって、異質な文脈を背景にしている他者といえます。そしてこのような質問に応答することを通して発表者は、自分たちの研究内容を論理的に見なおすチャンスを得ることになるのです。
私は学生たちに対して、「知らない」ということを恐れず、むしろ自分が他者のつもりになって、発表者に質問を行うよう働きかけました。そして実際、この種の質問はその意義さえ理解できれば、聞き手としては行いやすいものですから、質疑応答の時間には、次々に質問が飛びました。一方で、発表者側はそれらの質問に懸命に答えようとするのですが、なかなか論理的な応答ができず、うろたえる場面が多く見られました。これは彼らにとって、この種のコミュニケーションに耐えるほどには、自分たちの発表内容の検討が十分ではなかったことを自覚する機会になったようです。また発表が終われば発表者の学生は他班の研究の聞き手に回りますが、これも異質な他者としての視点を再確認する契機になっていたようです。
教育心理学では、このようなコミュニケーションを「越境」とも呼びます。そして実は学問知は、越境的コミュニケーションにおいて高い効果を発揮する種類の知識です。本授業を『世界と越境するフォーラム』と名づけたのは、この越境的な研究交流を通し、学生がそれぞれ異なる世界で得た具体的経験(実践知)を見つめなおし、有効な学問知と結びつけて、より深い省察を行う契機にしたいというねらいを込めて企画を行ったからなのです。」(田島先生より)
ステップ3:最終発表会(研究活動の深化)
中間発表会の後、学生たちは質疑応答の時間に対応できなかった問題について話し合いを再開しました。そして聞き手の立場に立ち、より分かりやすく論理的な発表内容を作成するよう、さらに情報収集とその解釈に努めました。
このようにして深められた資料の中には、「地域基礎」の講義て学んだ古代ゲルマン時代に見る異文化融合の事例とアドラー心理学の理論を結びつけ、現代社会における外国人の受け入れ問題について考えるというような大変ユニークなアイディアが展開されたものもありました。また哲学・心理学・教育学などの諸理論を視座として、異文化間コミュニケーションの促進に関わる様々な具体的実践の意義を分かりやすく意味づけ、紹介する班もありました。全体として、実践知と学問知がしっかりと手を結びあい、しかも論理が一貫した、他者にも分かりやすい研究に仕上がってきました。
4 日目の最終発表会
最終日は、複数の教員が参加し、いわば本当の他者に向けて自分たちの発表の実践となりました。学生たちは、じっくりと練り上げた資料に基づき、とても落ち着いた様子で発表。質疑応答では、中間発表会の時よりも的確に、聞き手からの質問に答えられるようになっていました。
担当の田島先生に授業のまとめを伺いました
大学で学ぶ学問知と実社会で得る実践知を結びつけて考えることは容易なことではありませんが、「大学で学んだ知識と海外で得た経験は別物」と捉えるのではなく融合させ、様々な価値観や知識を統合し得る世界観を創造できる学生の成長を促進していくことこそ、大学教育の一環としての留学体験の意義になるのではないでしょうか。異質な文脈を背景とする相手が発する様々な見解に耳を傾け、それらを調整しながら、個人の意志を構成していくことができる越境的な対話力は、企業においても高く評価される能力とされます。(2016年度言語文化学部主催(グローバル・キャリア・センター後援)講演会:武元康明氏『21世紀はヤジロベエ:実社会はカオスの連続、生き抜く力をヤジロベエが教えてくれる』資料より)
私は4日間の指導を通し、大学教員として、このような学生の成長をサポートすることは十分に可能であると確信するようになりました。今後も、学生の大学での学びと実践経験を接続させる様々な取り組みを行ってみたいと考えています。
学生たちの主な感想(レポートより一部要約)
「大学で学んだことが実践現場で求められる知識にとって役立つものであることを再確認した」
「友好的な雰囲気の中,批判的な視点をもって質問ができるようになりディスカッションが楽しかった」
「具体的な経験を,抽象的な学問的概念を介して,他の複数の具体的事例に当てはめながら考える作業のむつかしさと大切さに気づいた」
「プレゼンテーションに対する質問を受けることで,いままでは何の疑問を抱くことなく受け入れてきた意見に対して批判的な検証を行えるようになった」
「プレゼンへの苦手意識を克服することができた」
本学では、こうしたユニークで実践的な授業をこれからも展開していきます。
参考文献
- 田島充士 (2013). 異質さと共創するための大学教育:ヴィゴツキーの言語論から越境の意義を考える 京都大学高等教育研究, 19, 73-86.
- 田島充士・森田和良 (2009). 説明活動が概念理解の促進に及ぼす効果:バフチン理論の「対話」の観点から 教育心理学研究, 57, 478-490.