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この春、定年退職される先生方より、みなさんへメッセージ

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2022年3月、東京外国語大学を定年退職される先生方からみなさんへメッセージをいただきましたのでお届けします。あわせておすすめの一冊も伺いましたのでご紹介します。(五十音順にご紹介します)

岩崎 稔(いわさき・みのる)先生

大学院総合国際学研究院 教授

 31年、哲学の教師として勤めました。その間に多くの同僚にめぐまれ、また教え甲斐のある意欲的な学生たちに囲まれて、身に余る幸福な時期を過ごすことができました。

 講義でもゼミでも、わたしがつねに心していたのは、身の丈から考えてみようと促すことでした。哲学や思想は、ひとを導く力があるばかりでなく、むしろ振り回してしまうところがあります。崇高で大きな概念も大切ですが、それだけでは自分の足もとが覚束なくなります。まずは深呼吸をして、自分の目の前に起こっていること、自分が感じていることを点検するところから始めましょう、と言ってきました。フッサールの言葉を借りるなら「高額紙幣ではなく、小銭で考えなさい」ということです。

 今は、考えるということ、批判するということを、まるで社会全体が嫌忌しているような時代です。ひとりひとりがまるで株式会社であるかのように、ただ自分の利益追求のためにだけ競い合わされ、失敗すればただ自己責任だとされるような世界は、けっして自然なことではありません。そんな状況に放り込まれたときに感じる違和感こそ、まずはよりよい世界を作っていくための端緒となるはずです。そこから始めましょう。

おすすめの一冊

『パイドロス』プラトン著(藤沢令夫訳)(岩波文庫)

 去るにあたって勧める一冊は、何度か授業の課題にしたこともあるプラトンの『パイドロス』(藤沢令夫訳、岩波文庫)にしましょうか。若者が激しく心疼くときに、それがもっとも核心的な経験なのだと気づかせてくれる古典中の古典です。

黒澤 直俊(くろさわ・なおとし)先生

大学院総合国際学研究院 教授

 3月末で定年退職ということになりました。思えば、40数年前に学生として西ヶ原の門をくぐってから、その後、教師として、人生で一番長い時間を過ごした場所でした。偶然の積み重ねのような無計画さの果てに今に至ってしまいましたが、自分が没頭できることを発見し続けた日々でもありました。まとまった成果を生んだというにはほど遠い状態ですが、先を考えれば、続きがあるという意味で救いかもしれません。同僚として暖かく遇してくれた教員のみなさん、お世話になった事務の方々、反面教師に近いような私の授業に出てくれた学生のみなさんへの、自戒を込めた反省とともに感謝の気持ちを捧げたいと思います。本学のさらなる発展を願っています。

おすすめの一冊

『田原 詩集』田原 著(現代詩文庫)

 本は商売道具ですが、薦めたい本を1冊というとためらいます。いつも見ている活字が相当特殊な分野に属するからかもしれません。ここでは、現代詩文庫205(思潮社)の『田原 詩集』を挙げたいと思います。誰にでも薦められる本と言えば、大学に入って間もなくの頃に千野先生の言語学の授業で推薦された、先年、他界された西江雅之先生の『花のある遠景』をはじめとするエッセーなどが思い浮かびますが、今回は詩集にしました。中国語が母語の詩人で、中国語と英語と日本語で詩を発表し、それぞれで賞を取っています。言葉とイメージが明晰であまりにも的確なので気に入っています。もうひとつの理由は、詩は時間を気にしないで読まないと意味が伝わってこないからです。自分に対する思いをもこめた、おすすめの本というわけです。

丹羽 泉(にわ・いずみ)先生

大学院総合国際学研究院 教授

 1992年に着任し、29年にわたる教員生活を過ごしました。その間、語学科制から7課程3履修コース制、国立大学の法人化、2学部制、さらに3学部制への移行、北区西ヶ原からのキャンパス移転等、実に目まぐるしい変化の時期を過ごしたといえます。

 着任時は、朝鮮語学科の「朝鮮事情」担当というポストでしたが、95年の大改編を経て、自分の専門である宗教学をより前面にだすことができるようになりました。学生たちにも地域(対象)とディシプリン(方法)を結びつけて学ぶという形が見えやすいカリキュラムになったと思います。指導学生の中から、朝鮮地域を対象とする研究者、宗教学や社会学を専門とする研究者が何人も育っていったことは、本学の改編に伴う成果なのかもしれません。

 学生たちの出会いから、私自身も多くを学びましたし、着任直後に始めた読書会も、卒業生を交えつつ、今も途切れることなく続けています。本学での学びがその後の人生の糧としていつまでも残っていくものであってほしいと思います。

 私の母校でもある東京外国語大学への尽きせぬ感謝の思いとともに。

おすすめの一冊

『人権宣言論 外三篇』ゲオルグ・イェリネク 著(美濃部達吉訳)(日本評論社)

 人権を不可侵とする近代立憲主義の法秩序の発生の淵源をピューリタニズムに関わらせて論じた古典的著作。マックス・ウェーバーの有名な近代資本主義論の端緒ともなった著作です。多数意思よりも優越し、社会を絶えず変化させる原動力とし現在も働きつづける「人権」とは何かについて考えさせてくれる良書です。

藤村 知子(ふじむら・ともこ)先生

大学院国際日本学研究院 教授

 私は、府中市住吉町で14年、朝日町で18年、留学生日本語教育センター(JLC)の業務に携わってきました。この写真のスーツは、今から40年程前、就職活動のために、母が縫ってくれたもので、型崩れもせず、今でもなんとか着ることができます。今、流行りのSDGsそのもののようですが、それを実現するには、手前味噌にはなりますが、もとが質のよいものでなければなりません。

 先日、最終講義の際、住吉町で「あいうえお」から教えた学生が、流暢な日本語でスピーチをしてくれました。日本語をふだん話す環境にはいないにもかかわらず、素晴らしい日本語による話を聞きつつ、教育の真価が問われるのは、何十年もたってからだと思いました。JLCで練られたコース運営、教育の実践から得られた知恵がぎっしり詰まった教材と教授法、チームティーチングによる教育の賜物と感じ入りました。いいものは形を変えながらも長く役立つことを実感しました。

 今後とも本学が世界へ開かれた窓であると同時に、日本への開かれた窓であることを願います。

おすすめの一冊

『入唐求法巡礼行記』円仁 著

 「円仁」「入唐求法巡礼行記」で検索すると、現代語訳、中国語訳、研究書が検索できます。英語訳は次を参考に検索してください。Edwin O. Reischauer, Ennin’s Diary: The Record of a Pilgrimage to China in Search of the Law

 円仁は、最後の遣唐使とともに唐に留学した僧侶です。留学生活は838年から10年間に及びましたが、その間克明つけていた記録を現代語でも、英語でも中国語でも読むことができます。今から1200年前の留学の記録として読むと、興味深いものがあります。

益子 幸江(ますこ・ゆきえ)先生

大学院総合国際学研究院 教授

 定年まで本学で教育・研究に携わることができたことは、望外の幸せとしか表現できないことです。ここでたくさんの先生方、学生の皆さんと出会い、様々な刺激を受け、日々是新、少しずつではありましたが常に前進することができました。

 私の専門は音声学であり、計測という手段を使って研究をしてきました。そしてたどり着いたことのひとつは、視点のない客観はないということ、つまり、何故そして何を計測しているのかの自覚なしには数字は無意味であることです。数値があるからとやみくもに統計を使うのは無意味なのです。私は今でも計測値を使っていますが、何故、何を、どのように計測するのかを常に考えて実験を進めています。もうひとつは、計測値自体は現れであって、本質や実体ではないということです。このために、ひとつ目のことを理解していないと、誤った結論を導きかねないのです。そこに名誉心や優越意識が入り込むと科学の衣装をまとった差別が出現します。それを検証し突き崩せるのは、人間社会のひとつひとつの事象を見極めて検討することであり、まさに本学で行われている教育・研究なのです。

 本学はますます発展すべきなのです。そのような理解が進むことをお祈りしています。

おすすめの一冊

『人間の測りまちがい』スティーヴン・J・グールド 著(鈴木・森脇訳)(川出書房新社)

 現実を捻じ曲げる名誉心、優越意識がいかに数値を利用してきたかがわかる本です。もうちょっと簡単に数値のウソを見破る方法を知りたい方は、ダレル・ハフの『統計でウソをつく法』ブルーバックスの新書の方がよいかもしれません。

峰岸 真琴(みねぎし・まこと)先生

アジア・アフリカ言語文化研究所 教授

 コロナ禍に不穏な国際情勢が重なった状況で、30年以上お世話になった本学を退任する春を迎えることになりました。この間お世話になった先生方、大学を支える事務職の方々、ともに言語研究の楽しさを体験してくれた学生の皆さんに感謝します。

 さまざまな情報が錯綜する現代社会ですが、そんな今、私たちが必要とするのは、事実を踏まえて物事の本質を見極める洞察力だけではありません。文化、社会、歴史を異にする、多様な国・地域の人々の生の声を聞いて、意見の対立を超えて妥協点を見いだすコミュニケーション力、より良い解決策を見いだして実践する行動力です。これらの力を身につけるには、「外大」は理想的な環境だと思います。

 これら人間としての「現場力」を養うことは、実社会だけでなく、AIや既成・机上の理論に安住しがちな学術研究を活性化させるためにも重要です。語学を基礎として、言葉の向こうにある人間の本質を見極めることは、俗に言う「実学」を超えて、ややもすれば小さく閉じこもろうとする現実社会の殻を突き破る突破力となることでしょう。「外大」がそのような修練の場としてますます発展することを期待してやみません。

おすすめの一冊

『言語学フォーエバー』千野栄一 著(大修館)

 千野栄一『言語学フォーエバー』(大修館)は、言語そのものへの著者の愛と学問への敬意が伝わってくる。「学」を敬遠する方には、貨幣と言語の本質的類似性を説く岩井克人『貨幣論』(ちくま学芸文庫)を。


岩崎先生、黒澤先生、丹羽先生、藤村先生、益子先生、峰岸先生、本学での長年にわたる教育研究業務に感謝申しあげます。益々、お元気でご活躍されますことをお祈りしております。

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