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学長対談:外交官に必要な資質、東京外大に期待すること

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ゲスト:田中克之様(海外日系人協会理事長、東京外国語大学経営協議会委員 ほか)

外務省中南米局長、メキシコとスペイン全権大使、外務省査察担当大使を歴任するなど、日本と中南米などとの交流に貢献されました。1996年末の在ペルー日本大使公邸占拠事件の際は、同事件対策本部長として現地で指揮をとりました。定年退職後は、日本大学教授や国際陸上競技連盟理事などを務め、現在、海外日系人協会の理事長として世界各地に在住する日系人を支援するためのさまざまな活動をされています。本学の経営協議会委員も務めていただいています。外交官に必要な資質、本学の取り組みへの期待などについて伺いました。


立石博高学長(以下、立石学長) 本日は、本学で経営協議会委員も務めていただいている海外日系人協会理事長の田中克之様にお越しいただきました。長く外交官を務められた経験から、ご意見を賜ればと思います。よろしくお願いします。

田中克之様(以下、田中様) よろしくお願いします。

——外交官をめざす・・・

立石学長 田中さんは、京都大学法学部を卒業されて、外務省へ入省されていますが、大学入学時から外交官を志望されていたのでしょうか。本学は、外交官志望の学生が多いので、その辺りをまずお伺いできたらと思います。

田中様 大学入学時は、自分が何になりたいかということは考えていませんでした。大学3年生になった頃に、将来どんな職業に就くべきか、ということを考え始めました。まず民間の仕事より公の仕事をしたいと考えました。法学部でしたので、法曹の世界に就職する学生も多いわけですが、学生時代は運動部活動に力を入れていましたので、あまり勉強の時間が取れず、試験科目の多い司法試験は断念しました。海外で活躍したいという気持ちも強かったので、外交官試験を受け、入省が決まりました。

立石学長 外務省入省後は、まずどのようなことをされたのでしょうか。

田中様 昔は入省したらすぐに国外へ研修などで出されました。私の場合は、4月に入省して、8月くらいまで国内で研修を行い、9月にはスペインの大学へ研修留学に出ました。

立石学長 国内研修では実務経験などもされたのですか。

田中様 実務経験は全くしませんでした。とにかく朝から晩まで、言語や国際経済・外交史などの勉強をしました。言語については、第一外国語としてスペイン語を専攻し、第二外国語として英語を選択しました。

立石学長 スペイン語は学生時代から勉強されていたのですか。

田中様 学生時代、第二外国語はドイツ語でしたが、4年生の時に、友人にスペイン語も面白いからやってみないかと誘われて、始めました。

立石学長 それでは、外務省では希望してスペイン語を専攻されたのですね。

田中様 いえ、実はそういうわけではありません。外務省試験の合格が決まった時に、外務省の人事課長から「研修言語は何がいい」と聞かれて迷っていたら、「君は若いから、スペイン語かアラビア語か、どちらかやってみたらどうか」と言われてスペイン語をやることになりました。それだけです(笑)。

立石学長 その後、サラマンカ大学へ研修留学をされたわけですね。

田中様 はい、2年間スペインへ留学しました。1年間サラマンカ大学で勉強し、2年目は、北の方のバリャドリー大学で過ごしました。

——交流人事で兵庫県の大気課長を経験。その経験がその後に活きる・・・

立石学長 その後は、外務省において外交官一筋で来られたのですね。

田中様 いいえ、それが一筋でもないのです。途中、交流人事で、兵庫県の課長を経験しました。ちょうど私が36か37歳の頃、外務省批判旋風というのがありました。「外務省の連中は国外のことは知っているかもしれないけど、国内の行政や政治となるとなにもわかっていない」という批判がよく行われるようになりました。そこで、兵庫県環境局の大気課長を経験することになりました。

立石学長 現在、外務省だけでなく、各省庁が人事交流を盛んにされていますね。その先駆けということでしょうか。

田中様 そうですね。当時、省庁間の人事交流はすでにあったのですが、地方自治体との間の交流は、外務省では私が初めてでした。外務省は国内の地方組織が全くありませんので、県との交流ということになりました。

立石学長 交流人事での経験はその後に何か影響を与えたのでしょうか。

田中様 はい、現場での仕事・経験は、とても勉強になりました。中央省庁の環境政策担当者で、実際に現場に赴き汚染状況を調査・分析している方は少ないと思います。勿論、視察などはあると思いますが。兵庫県大気課では、しばしば部下とともに現場へ行って調査をしました。その後、メキシコやスペインの大使をやった際に講演をすることが頻繁にあったのですが、大気汚染や環境問題に触れることが随分ありました。日本は環境汚染対策という観点では、とても先進的な技術や政策を持っていますので、それを現場で経験したことで、細かいところまで話ができ、聞いていた方は大変参考になったのではないかと思います。

——ペルー大使公邸占拠事件の4ヶ月間・・・

立石学長 メキシコとスペインの大使をされたわけですが差し支えない範囲で苦労話も教えていただけますか。

田中様 メキシコやスペインでの苦労話というのは、今考えても全くないですね(笑)。大使が苦労するのは、安全保障問題や領土交渉・経済交渉など、重大な交渉がある場合です。日本政府が望んでいる方向に物事が動かないと、現地の大使は当事者として非常に苦労します。幸いに、私が大使でいた当時のメキシコやスペインでは、日本の国益にとってぎりぎりの交渉をするというようなことが全くありませんでした。今思い出してもそういう面でのストレスがない、極めて恵まれた大使でした。

立石学長 スペイン語を選ばれて良かったというわけですね(笑)。

田中様 そうだと思います。ただ、大使の時ではありませんが、外交官として大変に苦労した経験がございます。覚えていらっしゃるかもしれませんが、1996年に在ペルーの日本大使公邸占拠事件というものがございました。天皇誕生日を祝うレセプション開催中、ペルーのゲリラ組織が大使公邸に乱入し、当時の在ペルー日本大使であった青木大使以下、全大使館員が人質として捕らえられ、なおかつ、このレセプションに参加していた日本の駐在員やペルー側の要人ら約600人が人質になりました。徐々に解放されましたが、最後まで70人くらいが人質として捕らえられたという事件でした。

立石学長 ええ、大変な事件でしたね。もちろん覚えています。たしか、事件解決まで4ヶ月くらいかかりましたね。

田中様 はい、私はあの時、ブラジル・サンパウロの総領事をしておりました。東京から指令があり、すぐに現地へ向かいました。問題解決まで約4ヶ月間かかりましたが、その間ずっと、多くの人質がテロリストと一緒にいて、いつ爆発物を爆破させるかわからないというような状況で4ヶ月過ごさざるを得ませんでした。私は途中から現地対策本部長を務めることになりましたが、人質の生命や解放交渉の行方が心配される一方、人質の家族やマスコミへの対応にも追われ、現地対策本部は常時重苦しい雰囲気でした。私の外交官人生で一番精神的に辛い4ヶ月でした。

立石学長 外交官はそういうことにも対処できないといけないわけですね。覚悟を持ってキャリアを選んでいかないといけないですね。

田中様 そうですね。自分で努力して何か対処できるようになるとか、そういうことでは必ずしもない気がしますね。

——外交官に必要な資質とは・・・

立石学長 そのようなこともあるわけですが、外交官に必要な資質とは何だとお考えですか。

田中様 はい、私の経験から言いますと、次のような人材が望ましいと考えています。(1)常に世界の潮流を意識し日本の将来に思いを馳せうる人物、(2)外国語に堪能であること。英語は必須ですが、同時にもう1ヶ国語ができることが重要です。また英語は自分の考えを述べ、他者の言うことを理解しうるだけでは十分ではなく、例えば世話役や議長役など多数者による会合や会議を取り仕切るだけの能力を身につけることが必要です。入省時からこれら全てを求めることは困難ですが、入省後15年程で身につけていることが必要です。(3)信頼される人柄、他人の世話をすることをいとわぬ性格、(4)健康な身体かつ精神的に神経質ではない性格。

立石学長 具体的にありがとうございます。

田中様 貴大学から外務省に入省される方が近年多くなっていますので、外務省を志望する学生諸君に伝えていただけたらと思います。

——東京外大への期待・・・

立石学長 ありがとうございます。田中さんには、一昨年4月より、本学の経営協議会の委員になっていただいています。外部委員として、本学の取り組みに常日頃より多くの貴重なご意見を賜っておりますが、最後の締めくくりとして、本学に期待することなどお話しいただけましたら幸いです。

田中様 はい、東京外国語大学には、大きな期待を持っています。以前から言われていることですが、日本にとって重要なことは世界に通用するグローバル人材の育成です。グローバル人材の定義は色々あると思いますが、私の経験から言いますと、それほど仰々しく考える必要はなく、日本で言う市民団体の長あるいは町内会長や駅前商店街の会長等の役割を国際的に行える人ではないかと思います。つまり「外国人との付き合いに物怖じしない」「異なる意見や立場の人の話にも耳を傾けられる」「頼まれれば世話人役を引き受け適切な落しどころを見つけて全体をまとめられる」。そのような人ではないかと思います。このためには、英語能力も含めたコミュニケーション能力、国際的視野、信頼される人柄が必要になると思います。東京外国語大学の学生はもともと外国語や国際関係に大きな関心を持って入学されたと思います。また同大学は「スーパーグローバル大学創成事業」対象大学になっており、大学を挙げてこのような人材の育成に取り組んでいることを考えますと、東京外国語大学の学生諸君は、将来日本や世界の各界から歓迎されるグローバル人材として活躍される上で一番有利な立場にあるのではないかと思います。学生諸君にはこれを念頭に置いて自己研鑽に励んでもらいたいと思います。

立石学長 ありがとうございます。本学の学生は、そういう意味では非常に恵まれた大学生ですね。国立大学ということで国民の税金で賄われている大学です。その中で学べることのありがたさを感じて、社会人になったら日本社会に恩返しし、還元してほしいですね。

田中様 はい、非常に恵まれた環境にいるわけですから、その意識を大いに持って、テイクチャンスしてほしいですね。恵まれた環境やチャンスを活用してやるんだ、この気持ちが重要だと思います。

立石学長 ありがとうございます。私たちもそのために引き続きさまざまな取り組みを行っていきたいと思います。本日は本当にありがとうございました。

昨年まで国際陸上競技連盟の理事やアジア陸上競技連盟の副会長をされていた田中克之様。本学陸上部の学生とも交流しました。
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