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外語祭「むかし」―西ヶ原時代を映像で振り返る

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今年95回を迎える外語祭は、講演会(1900年~1908年)、語学大会(1919年~1928年)、語劇大会(1930年~1936年)、語劇祭(1947年~1954年)、外語祭(1955年~)とその名称を変え、今日に至ります。その間、戦災や学園紛争などによる中断があったものの、100年以上の歴史があります。

今回は、その長い歴史の中から、府中キャンパス移転前の西ヶ原時代の外語祭を振り返ります。

西ヶ原キャンパスは、府中の敷地のおよそ3分の1

東京外国語大学は、2000年の8月に府中キャンパスへ移転しましたが、西ヶ原キャンパスは府中キャンパスのおよそ3分の1の敷地でした。

専攻語料理店は1号館

現在府中キャンパスでは、専攻語料理店は、中央広場の回廊下でぐるっと円になって出店されていますが、西ヶ原キャンパスでは主に1号館で専攻語ごとに1つの教室を使用し行われていました。外語祭の後もしばらく教室は多国籍な匂いが残っていたのも懐かしい記憶です。

現在の外語祭との最大の違い、教室にテーブルとイスが用意され、レストラン形式だったことです。お客さんは、ゆっくり座って、飲んだり食べたりしていました。このため、それぞれの国の雰囲気をだすよう、内装や料理店員さんの衣装に工夫をしたものでした。

語劇、外語祭の歴史そのもの

現在の外語祭における語劇の起源は1900年に始まった講演会に遡ります。新劇の上演機会も少ない当時、外国語学校の講演会は注目すべき娯楽でした。講演会には外国公使や公爵・侯爵など著名人が来賓として集まりました。現在も各国大使が多く鑑賞にいらっしゃいます。

西ヶ原時代は、講堂で語劇が行われました。大きな舞台での上演ですが、収音マイクはなく、すべて地声。このため、秋になると、屋上や運動場で、発声練習が行われたものでした。

当時は外語祭PRのためにパレードも。巣鴨駅まで行って帰ってきてました。

野外ステージ、その他企画

野外ステージやその他の企画もこの賑わい。西ヶ原時代から人気の学園祭でした。

ロシア民謡をロシア語で歌う サークル「ルムーク」

最後の西ヶ原外語祭ムービー(1999年11月19日)

最後にお宝映像をYouTubeで見つけましたので、どうぞ。

Koya Matsuoさんのアップロード動画より

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