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Africa Today今日のアフリカ

今日のアフリカ

2021年06月

BETアワード最優秀国際アクトと政治

2021/06/29/Tue

音楽、映画、スポーツなどのエンターテイメント分野のすぐれた作品や人物におくられるBET(ブラック・エンターテインメント・テレビジョン)アワードの今年度の結果が発表された。米国が拠点であるため主にアフリカ系アメリカ人が対象になるが、最優秀国際アクトとして、ブラジル、フランスなどと共にアフリカ諸国から複数のノミネートがあった。その中で昨日ナイジェリア出身のミュージシャン、バーナ・ボーイが三度目の受賞をしたことが分かった(BBC 6月28日)。29歳のバーナ・ボーイはアフロ・フュージョンと呼ばれる新しい音楽ジャンルを牽引する存在で、ピジン英語にヨルバ語を混ぜながら歌うスタイルなどで知られ、今年グラミー賞のグローバル・ミュージック・アルバム部門も受賞し国際的スターの地位にのぼりつめている。  一方で、音楽と政治の関係も注目された。今年ノミネートされつつも受賞を逃したタンザニアのミュージシャン、ダイアモンド・プラトゥナムズは、故マグフリ政権とつながりが深かった。そのため、強権や抑圧を音楽で粉飾し支援していたとして候補から外すように呼び掛ける署名活動がインターネット上で広がっていた。その署名文にはバーナ・ボーイが昨年ナイジェリアで広がりをみせた警察の暴力と闘う運動「#EndSARS」(今日のアフリカ「ナイジェリアの♯EndSARS運動」)に積極的に関わったことが対照として引き合いに出されている(BBC 6月28日)。  「#EndSARS」は、ナイジェリアで6月上旬から実施されているTwitterの禁止にも影響したとされる(BBC 6月8日)。直接的な原因はブハリ大統領のTwitterの発言がルールに違反したとして削除されたことであるが、「#EndSARS」運動がTwitterを中心に若者層に大きく広がったことが、政権のTwitterに対する不信を強めていたと見られている。バーナ・ボーイのようなナイジェリア出身の若者が国際的に活躍する一方で、インターネットを通じてグローバルに接続しようとする国内の若者と既存の権力との溝は深まっているといえるだろう。

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エチオピア―反政府武装勢力がティグライ州州都を奪還

2021/06/29/Tue

 複数の報道によれば、28日、反政府勢力ティグレ人民解放戦線(TPLF)側が北部ティグライ州の州都メケレを奪還した。一方、エチオピア政府軍は同日、一方的に停戦を宣言した。「農民が平和裏に耕作できるよう、人道支援が届くよう、反乱軍側が平和への道に戻るよう」、耕作期の終わりまで停戦するという(28日付ルモンド)。昨年11月4日に軍事衝突が発生して以来ティグライ州では内戦状態が続いており、メケレは11月28日に政府軍側が制圧していた。  厳しい報道規制のために内戦の実態は明らかになっていないが、TPLF側によるメケレの奪還は紛争の転換点となるであろう。少なくとも、この紛争が短期的、軍事的に解決できないことは、既に明白である。

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カガメとチセケディが国境付近で会談

2021/06/27/Sun

コンゴ民主共和国(DRC)とルワンダの大統領が、2日間にわたって国境付近の街で会談し、両国の関係改善を内外に示した。25日、チセケディDRC大統領は、国境を越えてキヴ湖畔の街ギセニィ(Gisenyi)を訪問し、ルワンダのカガメ大統領の歓待を受けた。翌26日には、カガメ大統領が国境を越えてDRC東部のゴマ(Goma)を訪れた。  先月のニイラゴンゴ火山の噴火は、ゴマやギセニィ周辺に大きな被害をもたらした。会談では、噴火による被害の確認や復興に向けた協力が話し合われた。加えて、DRCの東アフリカ共同体(EAC)加盟問題(加盟に向けた手続きが進められている)や、両国の貿易、投資についてさらなる協力が約束された(25日、26日付New Times, Radio France International)。  ルワンダとDRCの関係は、第二次コンゴ内戦でルワンダがコンゴの反政府勢力を支持したことから2000年代には敵対的であったが、2010年代になって改善に向かい、チセケディ政権下でそれが一層加速している。チセケディは演説の中で何度もカガメを「兄弟」と呼び、両国の不幸な過去は忘れようと人々に訴えた。  ルワンダと国境を接するDRCの北キヴ州では、内戦以降今日に至るまで、治安情勢が改善されていない。両国首脳の蜜月が、実際に生活の改善をもたらすのか。人々の関心は、その点にあるだろう。

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エチオピア、ティグライ州の状況悪化

2021/06/26/Sat

 25日、国境なき医師団(MSF)スペイン支部は、エチオピアのティグライ州で活動していた職員3名(スペイン人1名、エチオピア人2名)が殺害されたと発表した。24日午後、自動車で移動中に連絡が取れなくなり、25日朝になって、空の自動車とその周りに3名の遺体が発見された。  6月21日、エチオピアでは、コロナ禍で長く延期されてきた国会議員選挙の投票が実施された。ティグライ州では治安悪化のため投票は先送りされたが、その前後から同州での戦闘が激化している。22日には、政府がティグライ州の州都メケレから約30キロ北西にあるトゴガ(Togoga / Togogwa)に対して、空爆を行った。この日は市が開かれており、多数の死傷者がでた。ルモンド紙は、64名の死亡、180人の負傷と報じている(25日付)。エチオピア軍は空爆の実行を認めたが、市民ではなく反乱軍を対象としたものだと説明している。EUや米国は、この空爆を激しく非難した。  MSF職員殺害について詳細は不明だが、エチオピア外務省は、事件が紛争当事者であるTPLFが活発に活動する地域(メケレ西方約50キロのアビ・アディ)で起こったと発表している(25日付ルモンド)。昨年11月に勃発したティグライ州での武力紛争は長期化し、最近では同州で飢饉が発生しているとの報道もなされている(6月7日付ルモンド)。今回のMSF職員殺害事件も、事態の泥沼化の一端を示すものと言えよう。

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カウンダ元ザンビア大統領死去

2021/06/19/Sat

17日、ザンビア政府は、ケネス・カウンダ元大統領が97歳で死去したと発表し、故人を偲んで21日間喪に服することを決めた。カウンダは1924年生まれ。独立運動を率いて、1964年の独立とともに大統領に就任し、1991年まで27年間その職を務めた。最近になって体調を崩し、14日に入院が発表されていた。  1924年生まれというのは、ジンバブウェのムガベ(2019年死去)と同い年、タンザニアのニエレレ(1999年死去)の2歳下、南アのマンデラ(2013年死去)の6歳下にあたる。ちなみに、1961年に殺害されたコンゴのルムンバより1歳上になる。独立直後のアフリカを率いた世代にあたる。  カウンダは派手なパフォーマンスの少ない政治家だったが、その任期中には、南ア解放運動のために亡命したANC(アフリカ民族会議)幹部を数多く受け入れるなど、白人少数支配への闘争を積極的に支援した。ムベキ元南ア大統領は、「南アとアフリカ大陸の解放のために闘った巨人が倒れた」と述べている。1960年代には米国を訪問し、マルコムXとも親交を深めた(18日付ファイナンシャルタイムズ)。  2000年に政界を引退した後は、アフリカ域内の紛争解決に尽力し、ケニア、ジンバブウェ、トーゴ、ブルンジなどで活躍した。AUは「アフリカは、最も素晴らしい息子の一人を失った」とコメントしている。息子の一人をエイズで失ったこともあり、エイズ対策にも力を注いだ。

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フランス、対サヘル軍事政策の転換

2021/06/12/Sat

 10日、フランスのマクロン大統領はバルカンヌ(Barkhane)作戦の終了を宣言した。バルカンヌ作戦では、サヘル地域のイスラム急進主義勢力掃討を目的として、5000人以上の部隊を投入してきた。フランスはすでに、5月24日に起こったマリのクーデタを受けて、6月3日にマリ軍との軍事協力の中止を発表していたが、今回の措置はサヘル地域全体に対する、軍事政策の大きな転換点となろう。  11日付ルモンドによれば、バルカンヌ作戦の終了は9日の国防評議会で決定された。1年のうちに部隊を全面撤退させるとの案もあったが、より段階的なやり方が選択された。すなわち、1)2022年初めまでに、マリにある通常部隊向け軍事基地を複数閉鎖、2)2022年夏までに部隊の人員を3割削減、3)2023年初めまでに部隊を半分に削減し、2500人程度にする、というものである。  この決定は、単なるクーデタへの対応ではない。2013年の介入開始以降、サヘル地域での軍事作戦で、フランス人兵士の戦死者数は50人に上っている。一方で、治安悪化はマリのみならずブルキナファソやニジェールなど、周辺国に拡大している。マリでは、治安悪化はフランスのせいだとして、反仏感情が高まりが報告されている。こうした状況下、バルカンヌ作戦の継続が政治的に困難になっていた。  ルモンド紙の分析によれば、今回の目的は、マリにおけるフランスの軍事的存在を、通常部隊の「域外作戦」としてではなく、多国間協力の枠組みへと転換させることにある。フランス部隊の人員は削減するが、ヨーロッパは関与を続けるという。EUは、サヘル地域で、ロジスティクスの支援、研修ミッション(EUTM)、Takuba(マリ軍を支援する軍事タスクフォース)など複数の支援枠組みを持っているし、国連の平和維持部隊(Minusma)も展開している。フランスとしては、こうした枠組みを活用することを考えているのだろう。しかし、こうした枠組みの転換が対イスラム急進主義勢力に対してどの程度効果的なのかは、全く不透明と言わざるを得ない。

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ナミビアでジェノサイドをめぐる交渉に不満の声

2021/06/10/Thu

 ドイツ政府は先月、20世紀初頭にヘレロ人、ナマ人に対して行った行為を「ジェノサイド」だと認め、ナミビア政府に対して11億ユーロ相当の援助をすると約束した。この交渉過程に対して、ナミビアの野党や当該コミュニティの代表が反発している。  8日、野党側は議会で、政府がドイツとの交渉を独占し、野党やヘレロやナマのコミュニティを遠ざけてきたと批判した。野党「土地なし人民運動」(Landless Peoples Movement Namibia:LPM)のアイサックス(Edson Isaacks)議員は、「政府がやったことはアパルトヘイト」だと批判し、「交渉は買いたたかれた」と述べた。また、別の野党「国民統一民主組織」(National Unity Democratic Organisation:NUDO)の指導者カウアンデンゲ(Josef Kauandenge)議員は、「ドイツとナミビアの政府間で署名されたのだろうが、ナマとヘレロの大多数は軽蔑とともにこれを拒否するだろう」と主張した(9日付ルモンド)。  ナミビア首相は、野党の批判を受けて、国民の団結を呼びかけつつも、交渉に際して当該コミュニティ(ヘレロとナマ)への意見聴取が不十分だったと認めた。協定はナミビアとドイツの外相が署名し、その後ドイツ大統領が正式に謝罪することになっているが、具体的な日程は決まっていない。協定には補償として援助が盛り込まれているが、コミュニティ側は「侮辱的な」水準だと反発している。  植民地期の清算をめぐる交渉は、しばしば被害国の国内政治に巻き込まれる。それは特に民主主義体制の下では、避けられないことかも知れない。この問題への対応は本当に難しいと思う。いずれにせよ、被害を受けたコミュニティに対して、ナミビア政府とドイツ政府が誠実な態度で接することから始めるしかない。

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マリ:二度目のクーデタと国際社会の制裁

2021/06/05/Sat

 3日、フランス軍事省は、マリにおける事実上のクーデタへの制裁措置として、同国がサヘル地域で展開している軍事作戦「バルカンヌ作戦」とマリ軍との協力を停止すると発表した。  5月24日、マリ軍は移行政権の大統領と首相を逮捕、解任した。28日には、憲法裁判所が、副大統領のゴイタ(Assimi Goïta)大佐を国家元首と認める決定を下した。ゴイタは昨年8月のクーデタを指揮した軍の指導者だが、自らが移行政権の主導権を握る姿勢を明らかにしたと言える。  これに対して、西アフリカ経済共同体(ECOWAS)は30日にマリを資格停止とし、アフリカ連合(AU)も6月1日に、「通常の立件秩序が回復するまで」の期間、同様の措置を取ることを決めた。軍事協力に関しては、米国がクーデタ直後に停止を決めたのに続き、上述の通りフランスも3日に制裁に踏み切った。  マリではイスラム急進主義が北部、中部で勢力を拡大しており、国際社会も苦渋の判断を迫られた。フランスも「一時的、回復可能な形で」の軍事協力停止を発表している。もっとも、実際の戦闘においては、マリ軍はあまり役に立たず、フランス軍はもっぱらチャド軍の支援を得ていたといわれる(4日付ルモンド)。マリ国家が正当性を持った形で存立しなければ、サヘル地域における政治的安定はあり得ないという危機意識を示すための制裁と言える。  ゴイタをトップとする暫定政権は、市民社会の運動体であるM5-RFPに首相を委任する意向で、マイガ(Choguel Kokalla Maïga)の就任が有力視されている。M5-RFPでは、イスラム急進主義勢力との対話に前向きなディコ(Mahmoud Dicko)師の影響力も強く、フランスが懸念を持っていると報じられている(4日付ルモンド)。マリの市民集会では近年、フランスに敵意を示し、ロシアの関与を求める声が目立つようになっている(5月31日付ルモンド)。市民社会から首相を出すことが政治的安定につながるかどうかは、現時点では何とも言えない。

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