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エチエンヌ・チセケディ、2年遅れの葬儀

2019/06/02/Sun

2017年2月1日にブリュッセルで死去したエチエンヌ・チセケディの遺体が2019年5月29日にキンシャサに戻り、3日間にわたって葬儀が行われた。モブツ時代から野党指導者としての立場を貫き、2011年には大統領選挙に立候補してカビラと争ったこともあったが、2年前に84歳で死去した。その後、遺体の本国送致と葬儀のやり方を巡ってカビラ政権との間で合意ができず、遺体はブリュッセルに留め置かれていた。
 2年遅れの葬儀は、1月の大統領選挙で当選したエチエンヌの息子フェリックスの指導体制が一応固まったことで可能になった。5月20日に新首相を任命したばかりで、事実上、内閣の初仕事が父親の葬儀だということである。葬儀には、ルワンダのカガメ大統領、アンゴラのロウレンソ大統領など、近隣諸国の国家元首が出席した。コンゴ内戦時からその後の東部地域の紛争に関連して、カガメはコンゴの敵と見なされており、彼の出席は両国の関係が大きく変わったことを印象付けた。一方で、ファユルを始めとした野党勢力は、この葬儀に出席しなかった(ファユル自身は招かれなかったと述べている)。また、市民の参加もそれほど多くなかったと報じられている。
 フェリックス・チセケディの新体制については、当面カビラの影響力からどのくらい自由なのか、という点が注目される。彼の当選は、カビラとの密約があって可能になったと考えるべきであり、議会や知事、軍など、国家の主要な制度はカビラ派で固められている。軍においても、カビラ時代の幹部がそのまま留任している。ただし、全く新しい動きがないわけではない。諜報機関ANRのトップであったムトンド(Kalev Mutond)が3月にそのポストを外されたり、スポークスマンを務めていたメンデ(Lambert Mende)がダイヤモンドの不法取引疑惑で一時逮捕される(5月)など、カビラ時代には考えられない動きも起きている。
 フェリックス・チセケディは当然、カビラからの自律を求めて動く。それがどのような形となって現れるかがコンゴ政治を見るうえで重要なポイントになる。