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ムガベ前ジンバブウェ大統領死去

2019/09/08/Sun

9月6日(金)、前ジンバブウェ大統領ロバート・ムガベが療養中のシンガポールで死去したことを、ムナンガグワ現大統領がツイッターで確認した。ムガベは95歳であった。シンガポールには4月以来入院しており、シンガポール外相スポークスマンは、遺体をジンバブウェに戻す手続きを進めていると述べた。
 6日、7日付の有力紙は大きな紙面を割いてムガベの訃報を掲載している。ムガベは1924年に北西部マショナランドで生まれた。学生時代は極めて優秀であったが、少年期に父親を失ったこともあり、孤独を好み、友人は少なかったという。当初教員として活動し、研修を受けたガーナのアチモタ校での経験に触発されて政治活動に入った。アチモタ校の同僚であったガーナ人のSally Hayfronと結婚している(サリーは1992年に死去)。1964年から75年まで国家転覆罪で収監され、その間に息子を亡くしたが、アクラで行われた葬儀への出席は叶わなかった。釈放後はモザンビークから解放闘争に従事し、1979年のロンドンでの協議を経て、独立に向けた選挙が実施されることになった。ムガベは独立するジンバブウェの首相を務めることになったが、選挙ではムガベ率いるZANU(ジンバブウェアフリカ国民連合)とンコモ率いるZAPU(ジンバブウェアフリカ人民連合)との亀裂も明らかになった。
 ンコモとZAPUは南部のンデベレ人を主たる支持基盤としていたが、1982年~84年にかけて、ムガベは「グクラフンディ」(gukurahundi)と呼ばれる反政府勢力掃討作戦を南部で展開し、ZAPU支持勢力を抑圧した。1987年には大統領となり、政治権力を一身に集中させた。1990年代後半から2000年代には、白人農場の強制収用や野党の抑圧で国際社会の批判を浴び、国家経済を破綻に追い込んだ。結局、2017年に腹心の部下ムナンガグワを中心とする軍部が反旗を翻し、ムガベは辞任を余儀なくされた。
 ムガベは複雑な人物である。マーガレット・サッチャーと親交を結び、エリザベス女王を敬慕し、労働党を嫌悪する一方で、英国の植民地主義を正確な英語で罵った。ムガベの死に際して、ラマポサ(南ア)、ルング(ザンビア)、ガインゴブ(ナミビア)、マグフリ(タンザニア)、ケニヤッタ(ケニア)、ンクルンジザ(ブルンジ)、キール(南スーダン)、ブハリ(ナイジェリア)、サル(セネガル)などアフリカ諸国の指導者は、そろってその功績を称えた。ムガベを批判的に振り返るコメントはごくわずかであったという(9月7日付ルモンド)。ルワンダの政府系新聞New Timesは社説でムガベの死を取り上げ、「その欠点にもかかわらず、最後の独立の闘士が人々を勇気づけてきたことは認めねばならない。巨木が倒れ、内部には白アリが巣くっていたということだ」と結んでいる(9月7日)。