8月22~24日、ルモンド紙にロシア・アフリカ関係に関する特集記事が掲載された。それぞれ読み応えのある内容で、重要な情報が含まれている。以下、3つの記事を順次紹介する。今回は8月22日掲載分の紹介である。(アフリカ出張のため、「今日のアフリカ」更新が遅れたことをお詫びします)
ロシアのアフリカへの接近は、2014年のウクライナ危機(クリミア半島併合)と関連している。西側の制裁のために新たな歳入源を探す必要に迫られ、アフリカの鉱山からの利益に着目した。それ以降、リビア、スーダン、中央アフリカ、サヘルといった地域で関係を深め、地歩を築いてきた。
2019年には、ソチでロシア・アフリカサミットを開催。ウクライナ侵攻後、アフリカ諸国は国連で西側の決議案に棄権、反対の立場を取った。アフリカ諸国の姿勢は必ずしも親ロシアとは説明できないが、西側とそれ以外の国々との間にくさびを打ち込むロシアの思惑を利した。イスラエル・ガザ戦争と、西側のダブルスタンダードも、ロシアを利した。ロシアのパレスチナ支持の姿勢は、特に北アフリカの民衆の間で親ロシア感情を強めている。
ロシア・アフリカ関係を考える上で、旧ソ連時代のアフリカ人による留学は重要な意味を持っている。1960年~1991年の間に、45,500人のサブサハラアフリカ出身の人々がソビエトの様々な大学で勉強した。そのうち5,500人は、パトリス・ルムンバ人民友好大学で学んだ。1960年に設立されたこの大学は、ソ連の対非同盟諸国向け戦略の一環であった。現在のマリではマイガ首相やカマラ国防相のがソビエト留学組だし、リビアのハフタル将軍もソビエトで学んだ。ソビエト留学組は、ロシアにシンパシーを持っている。
中央アフリカ、マリ、ブルキナファソ、ニジェールと、近年仏語圏諸国で急速にロシアの影響力が強まり、フランスでは、アフリカにおけるロシアの戦略を見誤ったという認識が広がっている。今回の特集記事にもそうした問題意識が強く表れている。
(武内進一)
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