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東南アジアに位置する多民族国家、マレーシア。マレー系、中華系、インド系といった多様な民族が、それぞれの言語や習慣を守りながら共生し、独自の社会を築いています。今回の「地球ディッシュカバリー」の主役は、マレーシアの民族グループ「オラン・アスリ」の一つである「バテッ」の人々です。今回のゲストである河合文准教授は、文化人類学を専門とし、「バテッ」の人々を研究の対象としています。彼らは熱帯雨林の中で吹き矢を用いて狩猟を行い、嫌なことがあればその場を立ち去る「執着しない」生き方を大切にしています。河合准教授は、かつて彼らのコミュニティに2年間滞在し、生活を共にしながら「環境と人間」の深い関係性を調査してきました。

お笑いコンビ・ママタルトの二人と共に、日本初のハラール料理店としての歴史を持つ東京都池袋のマレーシア料理店「マレーチャン」を学びの舞台に、知られざるバテッの世界に迫ります。


ゲスト: 河合 文 准教授

東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授。専門は文化人類学、民俗学。 2016年に千葉大学大学院博士課程を修了し、2020年より現職。2009年にマレーシアの民族グループ「オラン・アスリ」の一つである「バテッ」の村を初めて訪問して以来、彼らの社会に入り込むフィールドワークを継続している。2010年からは2年間現地に滞在し、居候をしながら森での狩猟採集生活を共にした。現在は、政府の政策による定住化が進む中での「人口動態」や、生活習慣の変化がもたらす「身体や健康への影響」を主な研究テーマとしている。研究者情報

パーソナリティ: ママタルト 檜原洋平さん、大鶴肥満さん

\ぜひ耳で味わってみてください!/ 

「ママタルトの地球ディッシュカバリー〜東京外大の先生と一緒〜」

ポッドキャストでは、河合文准教授がマレーシアの熱帯雨林で先住民族「バテッ」の人々と長期にわたって寝食を共にした、フィールドワークの体験を語ります。吹き矢での狩猟や、挨拶も感謝もすべて「ウーッ」の一言で済ませる究極のコミュニケーションなど、不思議な森の暮らしが満載です。ママタルトの二人と一緒に、多民族が共生するマレーシアの深層を楽しく深掘りします。聴けば世界の見え方がちょっと変わる、驚きと笑いのひととき。ぜひポッドキャストでお楽しみください!

魚の頭に隠された共生の歴史

──次の料理が運ばれてきました! 先生、今度は何でしょう?

まず、大きな魚の頭が丸ごと入った「フィッシュヘッドカレー」です。これはマレーシアの多文化共生を象徴する料理の一つで、一説には、かつて海辺に流れ着いた中華系の人々が、現地の人から「頭だけなら」と譲り受けた魚の頭を、スパイスを駆使して美味しく調理したのが始まりと言われています。魚の頭から出る濃厚な出汁を楽しむため、魚専用のカレーパウダーが使われているのが特徴です。面白いことに、具材として油揚げが入っているのもマレーシア流で、スープをたっぷり吸ってとても美味しいんですよ。

フィッシュヘッドカレー
フィッシュヘッドカレーを食べる際は、頭の隅々まで味わい尽くすのがマレーシア流。(中央は店主の福澤笙子さん)

次に、ご質問いただいた「ココナッツチキンカレー」。マレーシアでは、ココナッツが料理にふんだんに使われています。このカレーには肉専用のカレーパウダーが使われており、ココナッツミルクのまろやかな甘みとスパイスの辛みが絶妙にマッチしています。

ココナッツチキンカレー

そして、ペナン島の名物として知られる「アッサム・ラクサ」です。サバなどの魚の出汁が効いた酸味のあるスープに、タピオカ粉で作られたモチモチした食感の麺が入っています。この独特な香りを支えているのは、「ラクサリーフ(別名:ダウン・クソン)」というハーブやショウガの花(ブンガカンタン)といった、熱帯雨林特有の植物たちです。これらの料理は、インド系が広めたスパイス、中華系の食材活用術、そしてマレーシアの豊かな自然が育んだココナッツやハーブが融合してできた、まさに「多民族国家マレーシア」の歴史と文化が凝縮された一皿と言えます。

アッサム・ラクサ

──これらの料理は、先生もマレーシアを訪れている時は、よく食べましたか?

調査中は森の中にいるので、こうした手の込んだ街の料理を食べる機会は少なかったです。森では、自分たちで捕った肉を焼いたり、米を炊いたりといったシンプルな食事が中心でした。森で採れる「シロアリの巣から生えるキノコ」がとても美味しかったです。ニンニク、唐辛子、ターメリックと一緒に炒め煮にするのですが、シャキシャキとした食感で絶品でした。また、森に住むリクガメも、肉に甘みがあって美味しかったですね。

シロアリタケ

雷神ゴバーの怒りと、森が守る不思議な治療法

──バテッの文化や習慣で、特に興味深かったことはありますか。

特に印象的だったのは、彼ら独自の治療法です。まず治療についてですが、バテッの人々は病気になると、呪文を唱えながらターメリック(ウコン)を体に塗るといったおまじないのような処置を行います。また、赤ちゃんが病気になった際などには、お母さんが自分の脛(すね)をナイフで少し傷つけて血を出し、それを木の葉につけてお年寄りの力がある人に処置してもらうといった独特の習慣もあります。さらに驚いたのは、木から落ちて骨折した男の子が、特定の葉っぱを燃やした灰を塗ることで、病院に行かずに元気に回復していたことです。
また、食習慣にも面白い決まりがあり、森で獲った肉の調理には「塩」しか使ってはいけない一方で、魚や植物性の食材には「味の素」を使っても良いとされています。彼らは味の素を「アジ」と呼び、非常に好んで使っています。

右:吹矢の毒を集める(彼らのことばで「ドック」という)
中央:吹矢の綿(針の後から吹筒に入れて針を飛ばす)
右:吹矢の針をつくる
左:魚をとる、右:巻貝を探す

──マレーシアには、イスラム教徒、キリスト教徒、仏教徒、ヒンドゥー教徒など、人によって信仰が様々あるそうですが、バテッの皆さんはどうなんでしょうか。

彼らは独自の精霊信仰を持っており、「ゴバー」という雲の上に住む神様を信じています。奥さんを亡くして一人で暮らしている神様で、人間がタブーを犯すと、紐を振り回して雷を落とし、嵐を起こして怒ると伝えられています。ゴバーはバテッと同じ姿をしているとされ、人間がタブーを犯すと怒って紐を振り回し、稲光や嵐を起こすと伝えられています。代表的なタブーに「猿の血を川に流してはいけない」というものがあり、獲物を洗う際も横着して川で直接洗わず、一度陸に水を汲んできてから洗わなければなりません。

──フィールドワークを続けてきて、これまで大変だったことは。

フィールドワークは身体的に過酷な場面が多く、特に命の危険を感じた大きなトラブルが2回ありました。
1回目は、調査を始めて数ヶ月の頃に吹き矢の毒がついたリーフモンキーの肉を食べてしまったことです。バテッの人々が狩ったリーフモンキーの肉の中に、毒で黒くなっている部分があったのですが、当時はそれが毒だと分からず、また残すのは失礼だと思って無理に食べてしまいました。すると、夜中に寝床で激しい痙攣に襲われました。幸い、毒を体外に出し、水を飲みながら横になって過ごすことで何とか回復しましたが、野生動物を食べるリスクを痛感した出来事でした。
2回目は、おそらく森のキノコによるアナフィラキシーショックです。野菜が不足しがちな生活の中で、バテッの人たちがあまり食べない種類のキノコを「野菜代わりに」と一人で大量に食べてしまったのが原因でした。翌朝、目が開かないほど顔が腫れ上がり、意識を失ってしまいました。この時は「本当に病院へ行ってショックを止めなければ死んでしまう」と思いました。バテッの人々との体格差による苦労もありました。小柄な彼らは、意識のおぼつかない私を「運んであげる」とおんぶしようとしてくれたのですが、彼らにとって私は大きいため、おんぶしたまま動けなくなってしまったのです。最終的には自分で杖をつきながら、森から車の置いてある場所まで必死に移動しました。その後、プランテーションの村にある診療所で点滴を受け、アレルギーの治療をしてもらうことで一命を取り留めました。
森での生活では、蕁麻疹やお腹を壊すことは日常茶飯事ですが、「死の恐怖」を伴うような体調悪化に見舞われたことは、その後の調査をするうえでよい教訓になりました。

──バテッのこれからについて、心配されていることなどありますか。

急速な生活の変化による健康への影響です。森が減り、プランテーションに囲まれるようになったことで、森の資源への依存が難しくなり、安い食用油や大量の砂糖を摂取するようになっています。マレーシアはもともと砂糖の消費量が世界一と言われていますが、バテッの人々の間でも糖尿病や高血圧などの生活習慣病が増えていくのではないかと危惧しています。また、子供のころからの喫煙習慣も問題になっています。
バテッの村は、以前よりはアクセスしやすくなっていますが、彼らは社会的に繊細な立場にあるため、訪問には政府への申請などが必要な場合もあります。彼らの文化を尊重し、外からの病気を持ち込まないといった配慮も欠かせません。

「ありがとう」も「さようなら」も一言「ウーッ」。文脈が紡ぐシンプルで豊かな絆の終わりに

──それでは、デザートタイムです。先生、こちらは何でしょうか。

テーブルに並んだのは、マレーシアを代表するスイーツ、「ブブチャチャ」と、マレーシア風かき氷の「アイスカチャン」です。

左が「アイスカチャン」、右が「ブブチャチャ」

まず「ブブチャチャ」は、温かいものも冷たいものもありますが、基本的にはココナッツミルクをベースにしたデザートです。中にはお豆や、色鮮やかなゼリー状のものが入っています。非常に甘いのですが、ココナッツミルクのまろやかさと相まって、食後にぴったりのスッキリとした爽快感があります。

そして、こちらのカラフルなかき氷が「アイスカチャン」です。この鮮やかなピンク色は、イスラム教徒の方々も好んで飲むローズシロップによるものです。さらに、緑色のゼリーは「パンダン」という熱帯の葉っぱで香りをつけたものです。このパンダンの香りはマレーシアの人々に非常に愛されており、ご飯を炊くときにも使われるほど一般的です。独特の甘い香りが特徴で、バニラやキャラメルのようだと感じる人もいれば、どこか懐かしいお菓子のような香りだと言う人もいます。

左がパンダンのシロップ、右がローズシロップ

中にはあんこや多様な豆類、ピーナッツなどがたっぷりと隠れており、それらを崩しながら混ぜて食べるのがマレーシア流です。暑いマレーシアの街中で、森から出てきたばかりの時に食べると、あまりの冷たさに驚くこともありますが、多民族国家らしい多様な食感と香りが一度に楽しめる贅沢なデザートと言えます。

──ここまで「バテッ」のお話を伺ってきましたが、都市部にいて、マレーシアらしさを感じることといったらどのようなことがありますか。

都市部にいても、やはり「多様なルーツが重なり合って共生している」という点に最もマレーシアらしさを感じます。今日いただいたお料理がまさにそうであったように、日々の食事一つとっても、異なる文化が混ざり合っていることを実感しますし、街を歩けばインド系の方が鮮やかなサリーを着ていたりと、視覚的にも多様性が溢れています。日本だと「これが標準(スタンダード)」という暗黙のルールに縛られがちですが、マレーシアの人々は「自分はこのスタイルでいく」という強い自信を持っています。そして周囲も「それはそれでいいよね」と、お互いの違いを当たり前のこととして尊重し合っているんです。こうした「自分とは違う他者をそのまま受け入れる空気感」こそが、多民族社会であるマレーシアの真髄ではないかと感じます。もちろん、ただ混ざり合っているだけではありません。仕事場ではマレー系も中華系もインド系も仲間として共に働いていますが、食事の際にはイスラム教徒(ムスリム)への配慮としてハラールを優先するなど、お互いの宗教や習慣に対する「共通理解」と「配慮」が社会のベースにしっかりと根付いています。また、都市部ならではの面白い現象として、文化の融合も進んでいます。例えばクアラルンプールなどの都会では、「ムスリムの中華料理」というものがあり、豚肉を使わずに鶏肉で作った小籠包などが人気を集めています。自分のルーツを大切にしながらも、他者の文化を取り入れて新しい楽しみを見つける。そんなしなやかでオープンな姿勢に、私はマレーシアという国の魅力を強く感じます。

──今後は、どんな研究をしていきたいですか。

今後は、定住化や生活の変化が進む中での「出生率、死亡率などの変化といった人口動態」と「身体や健康への影響」という二つの大きな柱で研究を深めていきたいと考えています。
まず人口については、もともと狩猟採集民のような移動生活を送る社会は、人口規模が非常に小さいと言われています。移動による身体的なプレッシャーや、授乳期間が長くなることで排卵が抑制され、次の子供が生まれるまでの間隔(出生間隔)が長くなる傾向があることなどが関係していると考えられてきました。しかし現在、バテッの村々では急激に人口が増えています。これが死亡率の低下によるものなのか、あるいは定住化によって出生率そのものが変化したのか、そのメカニズムを明らかにしたいと思っています。
次に健康面ですが、定住化は衛生環境に大きな変化をもたらします。かつての移動生活では、ゴミなどはその場に残して別の場所へ移動すれば済みましたが、同じ場所に住み続けるようになると、排泄物やゴミの処理が追いつかず、衛生状態が悪化するという問題が生じます。こうした環境の変化が、彼らの体にどのようなストレスを与えているのかを調査したいと考えています。また、以前お話ししたように、安価な油や砂糖の過剰摂取による生活習慣病(糖尿病や高血圧など)BMI(体格指数)や血糖値、さらには腸内細菌のバランスといった具体的な数値を測定し、科学的なデータに基づいて彼らの社会の変化を捉え直していきたいですね。
森が減り、プランテーションに囲まれて自由に動けなくなったことで、彼らが大切にしてきた「嫌なことがあれば逃げる」という紛争解決の手段が使いづらくなっています。人口が増え、逃げ場がなくなる中で、彼らの精神的な健康や社会関係がどう変わっていくのか。こうした現代的な課題にも、多角的に向き合っていきたいと思っています。

プランテーションを抜けて釣りへ出発

──最後に…バテッの言葉で、「ありがとうございました」は、何と言うんでしょうか。

実は、バテッの言葉には「ありがとう」という独立した言葉だけでなく、「こんにちは」や「さようなら」といった挨拶を区別する表現自体が存在しません。それらはすべて、「ウーッ」という一言で済ませてしまいます。これは単に言葉が足りないということではなく、彼らのコミュニケーションスタイルが非常に「端的でシンプル」であることの表れです。バテッの言語には文字がなく、文法も英語の関係代名詞のような複雑な構造は発達していません。驚くべきことに、私たちの生活では当たり前の「右」や「左」という言葉さえ、彼らの語彙には存在しないのです。そのため、彼らは「私は嬉しい」「私は悲しい」といった感情を直接的に繋げて伝えることはあっても、複雑な文法構造を使って自分の気持ちを表明することはほとんどありません。では、どうやって意味を使い分けているのかというと、すべては「文脈」です。相手に会ったとき、何かをしてもらったとき、そしてその場を立ち去るとき。発せられる言葉は同じ「ウーッ」であっても、その場の状況から、それが感謝なのか挨拶なのかを互いに判断しているのです。こうした言葉のあり方は、執着せず、その場その場の感情に素直に生きる彼らの「さっぱりとした性格」とも深く結びついているように感じます。ですので、今日のこのインタビューの結びも、バテッ流に言えばこの一言に尽きますね。

──本日はありがとうございました。ウーッ!

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訪れたお店の紹介

マレーシア料理店

マレーチャン

東京都豊島区西池袋3丁目22-6(池袋駅 徒歩5分)

川筋の遊動民バテッ

マレー半島の狩猟採集民バテッ。縦横無尽にひろがる支流を全て記憶し、川の名を子に授け、自分の川で死ぬのを理想とする彼らは、地図上の領域で世界を区切る我々とはまったく別の風景をみていた。しかしいま、陸路とプランテーションの開発が迫るなかで世代がくだるごとに空間認識は変化しはじめている。川と陸路の風景のせめぎあいが私たちに問いかけるものとは。

『川筋の遊動民バテッ:マレー半島の熱帯林を生きる狩猟採集民』河合 文 著

出版社:京都大学学術出版会
シリーズ:生態人類学は挑む MONOGRAPH 5
A5並製・334頁
ISBN: 9784814003747
発行年月: 2021/12

https://www.kyoto-up.or.jp/books/9784814003747.html

世界を食べよう!―東京外国語大学の世界料理―

食を通じて文化を知る――そんな体験をもっと広げたい方には、東京外国語大学出版会の『世界を食べよう!―東京外国語大学の世界料理―』がぴったりです。料理から見える世界の多様性を、ぜひ味わってみてください。

世界を食べよう!―東京外国語大学の世界料理― 沼野恭子【編】

ジャンル:食文化・料理・地域研究
版・貢:A5判・並製・224頁 
ISBN:978-4-904575-49-9 C0095
出版年月:2015年10月30日発売
本体価格:1800円(税抜)

https://wp.tufs.ac.jp/tufspress/books/book39/

本記事に関するお問い合わせ先

東京外国語大学 広報・社会連携課

koho[at]tufs.ac.jp([at]を@に変えて送信ください)

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