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音楽、この星のしらべ ―『地球の音楽』出版記念インタビュー―

研究室を訪ねてみよう!

2022年3月に東京外国語大学出版会より『地球の音楽』が出版されました。

本書の編者を担当された、山口裕之(やまぐちひろゆき)教授と橋本雄一(はしもとゆういち)准教授に、本書の誕生秘話や魅力の数々についてお聞きします。

取材担当:国際社会学部 東南アジア第2地域/カンボジア語科4年 野口亜依(のぐちあい)さん

(文中では、山口教授:山口、橋本准教授:橋本)

■地球全体が鳴り響く ―『地球の音楽』誕生秘話―

―――この度は、『地球の音楽』のご出版、おめでとうございます。私も本書を読ませていただきまして、各地域の専門家・研究者の方々だからこそ描き出せる音楽の姿を、とても楽しませていただきました。今回、東京外国語大学の中で「音楽」をテーマに本を出版しようと思われたきっかけは何だったのでしょうか。

山口 本書の出発点となったのは、2015年に東京外国語大学の沼野恭子先生が中心となって刊行された『世界を食べよう』という本でした。この本は世界各国の料理紹介にとどまらず、食べ物を通じて世界の多様な文化のあり方を描き出しています。東京外国語大学の教授が集結したからこそ出来た、まさに壮大な文化の見取り図といえます。この様な本を、料理にとどまらず他の切り口でもやりたいという思いから今回、『地球の音楽』企画が始まりました。

―――なるほど、壮大な文化のあり方を「食」から、そして今回は「音楽」から描き出されたのですね。2015年以降はどのような段階を経て完成まで至ったのでしょう。

山口 東京外国語大学には、文学・芸術・人間科学のさまざまな領域を研究する総合文化研究所という研究組織があります。そこで毎年研究誌を発行しており、2018年、2019年に音楽をテーマとする特集が組まれました。今回の本は、そのエッセイから再度新しく、より広い地域を対象に先生がたに書き上げてもらったものです。2019年夏に出版会企画が始動してから、20年は新型コロナの影響で活動が難しくなったこともあり、21年度末にようやく完成しました。

―――完成後、この本を手に取ってどのように思われましたか。

山口 それぞれのエッセイが魅力的であるだけでなく、それらが集まったときの『地球の音楽』という本全体がもつ力がすごいと感じました。様々な地域の音楽がそれぞれの場所で奏でられながら、地球上で大気のようにめぐってゆく、そしてそのようにして地球全体が鳴っていく。そのようなイメージが、この本の中で実現できたのではないかと感じています。

橋本 音楽が地球の表面で鳴りながら、自らも自転し太陽の周りを回っていく、この星の不思議さを感じますね。音楽の聴き手たる書き手の皆さんの力が結集したからこそ完成した1冊です。

―――非常に壮大な世界観が凝縮された一冊だと、私も感じています。完成前にイメージしていたものが実現できたということですかね。

山口 かなり壮大なイメージをもって立てた企画でしたが、出来上がったものはイメージを超えていました。単に各国の音楽史をたどる教養書のようなものにならないようにと思っていましたが、執筆していただいた先生がたはみなさん、特定の具体的な対象を切り取ってとりあげ、とても魅力的で読者を惹きつけるエッセイを書いておられます。

橋本 切り取ることのダイナミックさと重さが一つひとつの章に詰まっていますね。切り取っても各エッセイの端々に、その音楽の歴史、縦軸も織り込まれています。各先生が自分の心に響く時代・音を選び出し、ありありと描き出してくれたおかげで、まるでその音楽を聴いているような感覚で、各章を読み進めることが出来ました。是非、第3弾もやりたいですね。食べ物、音楽と来て次は何にしましょうか。

―――第3弾、今からとても楽しみです!

■さまざまな国や地域を集結した力強さと奥深さ

―――本書では東京外国語大学内外の、世界各国の研究者・専門家の方々が執筆されています。その数なんと50人!この大作業を通じ、編集の上で大変だったことはありましたか。

山口 大変だったのは、本書の出版を担当してくださった東京外国語大学出版会編集者の大内宏信さんの仕事に尽きると思いますよ。私たちは編者として、全体のコンセプトをもちつつ全体の舵取りをしてきました。書き手50名は素晴らしい先生がたばかりでしたので、内容には大きな信頼を寄せていました。人数が多かったので、一人ひとりとの連絡など実務的な大変さはありましたが。

橋本 自分の原稿以外の原稿を読むのは、非常に楽しい作業でした。この3月に出版すると決まってから時間的な余裕はあまり無かったため、誤字脱字や校閲に関しては大変な面もありましたが、どの章もその音楽を聴く感覚で楽しませていただきました。多くの先生が各章の最後に、その音楽を実際に聞くことが出来るYouTubeなどネット上の正規コンテンツを紹介してくれているので、それをもとに実際にその音楽を確認する作業も非常に有意義な時間でしたね。

―――確かに、まるでその音楽を聴いているかのように読み進められました。東京外国語大学以外の作者の方々にも執筆をお願いされたのですね。

山口 外部の方々は、つながりあるかたにお願いをいたしました。本書の中には、例えばオセアニアからメラネシア、ポリネシア、ミクロネシアのように、他の国・地域と比べてかなり深く入り込んだところもあります。なぜこれらの地域をここまで揃えているのだろうかと思われるかもしれませんが、実際にここに出てきたエッセイがすごいですね。全体として、その地域を研究している先生でなければ書けない文章と写真が掲載され、細部に入る奥深さと、50人の執筆に携わった方々のエッセイが集まった時の力強さがものすごいと感じました。

―――なるほど、これほど幅広い地域におけるディープな視点を集結した本は唯一無二ですね。

■音楽は社会そのものを描き出す ―中国とドイツの音楽―

―――先生方ご自身も、中国とドイツの章をご担当されたという事で、その内容についても少しお伺いしたいです。橋本先生は中国の章「ハルビンのストリートと大河に声を」を執筆され、日本当局の監視下でも声を届ける中国のハーモニカ演奏グループについて描かれています。音楽は時に、その国の原動力として人々を支えてきたのですね。

橋本 音楽を奏でる意味合いや思想は、時代と共に多様化してきました。ハルビン・ハーモニカ社の演奏の中には、モンゴル族の元王朝時代に生まれた演劇を題材にしたものがあります。13世紀モンゴル支配に置かれた中国において、演劇はまさに話される中国語によって「中国の存在証明」としての役割も持ったと言えます。そして数百年後、今度はハーモニカ社がそのような歴史由来の文化コンテンツを、近代音楽の響きに乗せて人々に届けます。数百年前の多層な文化と思想が詰め込まれた演劇を、タイムマシンに乗って見に行くように、音楽によって人々の心に響かせていく。日本人という新たな異民族による統治の下における何かの主張だった。元朝の時とのアナロジーを思います。音楽の美しい多様性は、時には支配に抗う武器として、多方面に放射する事で、人々の耳にその声を届けてきました。

―――音楽は時代をも飛び越えて人々の声を届けてきたのですね。山口先生はドイツの章「ドイツ音楽の呪縛?」を執筆され、それまで「ドイツ音楽」として理解されてきたものが、第一次世界大戦後には劇的に変化する姿が描かれています。ドイツ音楽は第一次世界大戦を通じて、どのような変化を遂げたのでしょうか。

山口 第一世界大戦は、音楽にとどまらず、文化・社会全般における価値変換をもたらしました。ドイツ音楽は19世紀を通じて、音楽の世界で突出したポジションを占めていましたが、第一次世界大戦後のワイマール時代に文化のあり方が大きく変わったことで、音楽も多様化することになります。19世紀のドイツ文化や音楽は、社会の中のエリート層である教養市民層が中心的な担い手となっていましたが、それとはまったく異なる価値観の文化が第一次世界大戦のあとに生まれてきました。

―――第一次世界大戦は文化と社会、両方において大きな変化をもたらしたのですね。音楽は時代の節目や政治の動きに伴い、大きく変化してきたのでしょうか。

橋本 ハルビンで用いられたハーモニカの製造元はドイツでした。クラシック音楽の厚みがあるヨーロッパの楽器が、開国によって中国国内に流入し文化的にも開かれていきます。このように音楽は動き、形を変え、新しく作られ、時には伝統に帰る。すなわち「Move(旅)」を繰り返し、あらゆる時代や境界を越えて人と人とをつなぎ合わせてきました。一方で、こうした音楽の変化は近代以降、特に激しく現れてきます。ビートルズのライブ公演をとっても、音楽は自らの場所の政治と歴史を引きずってやって来ました。ビートルズ公演は、日本より以前に香港で実現しました。というのも、香港は公演の60年代はもちろん、1997年までイギリスの植民地だったからです。この本の中で香港の歌謡について語ってくださった執筆者も指摘しています。音楽が境を超えてつながるのは非常に美しく鮮やかに見える半面、このように政治をまとって動かされる側面を忘れてはいけませんね。

山口 目に見える大きな出来事や事件が起こると、それが目立って見えてしまいがちです。しかし、音楽はそうした具体的な出来事や政策にかかわる政治だけではなく、もっと大きな文脈での政治的な領域、社会全体の動きと、密接に関わっています。もちろん、本書でもミャンマー・クーデターにおける対抗歌のように、音楽にはその都度の政治的出来事が関わる側面はあります。でもその音楽自体はその時初めて生まれたものではないし、突然変わるものでもない。音楽はその土地の社会、広い意味での政治全体と深く関わりながら生みだされ育ってきたものだといえます。

橋本 更に、音楽は政治にとどまらず、その時代や生活、視覚など、あらゆる舞台の中から生まれてきます。音楽は政治と切り離せないけれど、政治をも飛び出す存在ではないでしょうか。

―――なるほど、音楽は文化や政治、生活と、社会全体と密接に関わり合うことで生み出され、変化し続けてきたのですね。

■地球という土壌 ―音楽、星となって宇宙を廻る―

―――本書の題名は、『世界の音楽』ではなく『地球の音楽』という、より壮大な世界観が表されています。この「地球」という舞台には、どのような意味を込められたのでしょうか。

山口 『世界の音楽』にしてしまうと、世界各国の音楽を単に紹介するような本に見えてしまうかもしれないですね。確かに世界中の音楽は多様でバラバラですが、それらが混じり合って一つの大きな動きを描き出すというイメージから『地球の音楽』というタイトルが出てきたのだと思います。

橋本 80年代以降に流行した「ワールドミュージック」や「民族音楽」という括りでは、各地域の音楽をCD本として紹介したものが数多くありました。しかし本書はそうしたものと異なり、音楽と共にそれを生み出してきた土地や歴史、文化までをありありと描き出します。

山口 「ワールドミュージック」という言葉で思い描かれているものだと、出来上がった音楽だけを享受しているのかもしれません。それに対して、この本で試みようとしたのは、音楽と共にそれが生まれてきた歴史、政治、文化、社会そのものを浮かび上がらせることです。それが全体として集結したとき、それぞれの場所で音楽が生み出されてきた地球という土壌そのものが描き出されることになります。

橋本 僕としては、宇宙から地球を見る視点を実現したい思いがありました。1991年のオムニバス映画に「ナイト・オン・ザ・プラネット」という映画があります。作品は最初に宇宙から地球を映し出し、そこから世界、都市へとアングルを寄せて、各地域のタクシー運転手の人間模様を描き出します。「世界」と言ってしまうと、地球という宇宙イメージが無い、閉じられた感覚がつきまといますよね。音楽という、これだけ豊かなモノが、宇宙の中でひとり星として廻っている、こうした意味合いを込めたかったんです。この奇跡のような重さと可愛さを宇宙人が目の当りにしたら、本当に驚くと思いますよ。

―――音楽、それを通して見つめたこの星の壮大さに気づかされました!

■音楽は我々を待っている ―世界を開く第一歩に―

―――では、最後に読者の方たちへメッセージをお願いいたします。

橋本 いま新型コロナによって、外国に旅行や留学することは難しいとされています。ですが、次に新しく世界のどこかに出るときには、そこでどんな音楽が鳴っているかという興味を頼りに、その地の音や声を聞きに行くのがいいなと思うんです。僕もこの2年間フィールド調査に行くことができませんが、また「あの時の音楽」あるいは新しい音楽を聴きに出て行けることを願っています。そうした旅行や留学のあり方を楽しみの一つとして持てるよう、この本をそのガイドブックにしてもらいたいです。音楽や音というのは空気の振動であり、一言であらすじを表すことが出来ません。僕たちはその音の細部に耳を澄ませる必要があり、耳が試され、耳が楽しくなる。そのために音楽は我々を待っている。そんな風に海外に行ける世界に、地球に、また回復していきたいなあと思います。

山口 一番大切なのは、自分が知っている世界をより大きく拡げていくことかなと思っています。多様な文化を知り、受けとめ、そして一緒に生きていく。それが、この東京外国語大学の特色であり、それを音楽の中で語ろうとしているのがこの本です。もしも知らない世界が少し開けたら、次はそこへ少しずつ入っていって、知っている世界を増やしていく。そういう意味で、東京外国語大学がこの本に凝縮されているように思います。音楽に限らず、知らないものを知る、気づく、そしてもっと知りたい、楽しみたいという経験を広げてもらう。この本がそのような最初のステップになるとうれしいですね。

橋本、山口 この、東京外国語大学らしい豊かな1冊を築き上げて下さった、著者の先生がた、出版会の皆さま、全体の取り纏めから構成まで担当してくださった大内宏信さんには心より感謝申し上げます。そして、地球の各地の今日と歴史をそれぞれの生活のなかで音楽とともに生きる人々に、連帯を示したいと思います。

―――本日は貴重なお時間を、誠にありがとうございました。

左から、山口教授、橋本准教授、取材担当・野口さん、出版会・大内さん

2022年6月7日、東京外大近くのカフェ Kaffeehaus にて。

インタビュー後記

音楽は世界に魂を与え、精神に翼を与える。私の好きなプラトンの言葉です。『地球の音楽』を読んだ時、私はこの言葉を改めて思い起こし、音楽から開ける世界、この星の壮大さに気づかされました。自分の暮らす世界から一歩踏み出し、広い世界の中で共に生きていく。それは非常に奥深く、そして面白い!『地球の音楽』はその一歩を後押ししてくれる1冊です。この記事を通じて、本書の壮大なる魅力を少しでも多くの人に伝えることができれば幸いです。

取材担当:野口亜依(国際社会学部 東南アジア第2地域/カンボジア語4年)

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