世界を語ろう@TASC シリーズ第1回 :アメリカ社会の多様性や人種問題 〜対談者:大鳥由香子講師
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2023年10月に新たに設立されたTUFS地域研究センター、通称「TASC」。本センターは、日本と直結するグローバルな諸地域の課題に対して、本学がこれまで推進してきた世界の言語・文化・社会に関する学術研究を発展させ、その成果を発信し、広く世界の平和構築と国際協調に寄与していくことを目的に設置されました。地域研究のシンクタンクとして、研究・教育の成果を社会に対して発信することを一つの役割として担っていきます。
そこで始まったTASC対談シリーズ。2024年は世界的な選挙イヤーです。吉崎知典TASCセンター長が、選挙が行われる国・地域を中心に世界各地域の諸問題について、本学の教員と対談していきます。
第1回は、アメリカ史を専門とする大鳥由香子講師と、アメリカの歴史や社会、人種問題などについて対談します。
第1回目の対談者:
大鳥由香子講師(東京外国語大学 世界言語社会教育センター)
略歴 東京大学教養学部卒業、ハーバード大学大学院歴史学研究科修了。博士(歴史学)。専門は、アメリカ史、特に、子どもの歴史。
ファシリテーター:
吉崎知典特任教授/TUFS地域研究センター(TASC)長
専門分野は平和構築、戦略論、日本の安全保障等。慶應義塾大学法学部卒業、同大学院法学研究科修士課程修了。防衛庁防衛研究所助手、同主任研究官、防衛省防衛研究所理論研究部長、同特別研究官(政策シミュレーション)、同研究幹事を歴任した。2023年4月より現職。その間に英国ロンドン大学キングズ校客員研究員、米国ハドソン研究所客員研究員なども兼任。
動画版
アメリカに関心を持ったきっかけ
吉崎 国内外のさまざまな地域事情について、本対談シリーズを通じて、本学教員の専門分野を踏まえたお話を聞いていく機会にできればと考えております。第1回の今回は、アメリカ史が専門の大鳥由香子先生をお招きしました。大鳥先生は、アメリカ合衆国に長く住んで研究をされていました。まずは、なぜアメリカに関心を持たれたか、お伺いできたらと思います。
大鳥 英語を習い始めた中学校はアメリカ人宣教師が創設した学校でしたので、アメリカの文化や歴史に触れる機会が多くありました。英語の授業を通して、例えば、ヨーロッパにおいて宗教的な迫害を受け自由を求めて新大陸に持ってきた人たちこそがアメリカの精神的な起源であるという「ピルグリム・ファーザーズ」の話などに触れていきました。高校生の時に初めてアメリカを訪れ、その後、学部でアメリカに1年間交換留学をしました。大学院で再びアメリカの大学に進学し、勉強する機会がありました。私がアメリカ合衆国に関心を持ったきっかけはいくつかありますが、英語を学ぶ中でアメリカの文化に触れたこと、また学部時代の留学の経験が大きいと思います。アメリカ研究の分野がとても楽しそうに見えたというのもあります。 学部の時は、スワスモア大学というアメリカの中で平和運動の母体になってきた人が創った大学に留学したのですが、そこでクエーカー(キリスト教プロテスタントの一派)の研究に深く触れ、卒業論文から修士論文まで、クエーカーと平和主義や人道支援のことについて研究を進めました。
アメリカ社会の多様性について感じること
吉崎 アメリカの国家の成り立ちについて触れていらっしゃいましたが、特にアメリカは、人工的に作られた輪郭がはっきりした国で、政府や議会といったものをまず定義して、その上で国を作る。私は平和構築を専門としていますが、アメリカ人の方がよく他の国に「国家を建設する(State Building)」という言い方をします。人工的に入れてよくなるような国の制度があればそれをコピーして、そしてそれが根付くことによって幸せな世界を切り拓いていく、そういった意味のアメリカンドリームがあると思います。アメリカの社会は、歴史的にも宗教的にもさまざまなバックグラウンドを持った人たちがいる社会なので、人種問題や移民問題があり、歴史の中で社会が劇的に変わっていきます。
大鳥 日本社会にいるとアメリカは一枚岩の他者のように見えると思いますが、アメリカ社会は、政治的な立場も社会的な背景も文化的な経験も全く違う人たちが、どうやって一つの国に暮らしているんだろうという思うぐらい非常に多様です。私が留学していたのは、いずれも東海岸の大学街なので、おそらくアメリカの中でもアメリカらしくないところだと思いますが、そこに集まってくる、自身もアメリカの国内でマイノリティとして育った方や移住してきた方など、アメリカ社会を構成する多様性を自分の背景として持った人たちが多く、そのような人たちと一緒に学ぶという経験は、留学したからこそ得られた醍醐味だったと思います。
吉崎 私が初めてアメリカを訪れたのは、第一次イラク戦争が始まった1991年7月でしたが、その際は、ワシントンD.C.、ニューヨーク、フロリダ、ボストン、シカゴ、ヨセミテ、サンフランシスコ、ハワイとアメリカの各地域を巡りました。シカゴの郊外でドイツ移民の方の家にホームステイをする機会を得まして、ある日曜日に教会に一緒にいきました。その際、地域のドイツの移民の方々と交流したのですが、いかにドイツの人たちが結束して高い意識を持って開拓をしてきたかという話をしてくれました。見渡す限り彼らが開拓した牧場で、それが誇りなのですよね。ワシントンD.C.のシンクタンクやボストンなどの教育水準がとても高く研ぎ澄まされた知性や組織を持ったアメリカも印象的ですけど、圧倒的多数のいわゆる普通のアメリカ人というのは、こういった生活をしている。海を見たことがないアメリカ人も結構多くいると思います。なぜトランプ氏があんなに人気があるのかというのは日本人には感覚的にはわかりにくいのですが、そういった多様なバックグラウンドの方々の中で、トランプ氏が特に訴えかけるような事柄は、何か響くのかもしれません。それが良いか悪いかは別として、これもアメリカの社会の多様性の一つなのかなと思います。
大鳥 アメリカを訪れるまでは、本や映画、ニュースなどを通して見ていた人種問題のイメージは、それぞれのマイノリティの境界、グループの境界線がはっきりしているという印象でした。今でも例えば、アメリカの人種差別と言われると、多数派の白人と人種差別の対象になってきた黒人というようにカラーラインがはっきりと分かれていて、両者がすぱっときれいに別れる二つのグループであるような語り口が見られると思います。高校生で初めてアメリカに訪れたときに印象に残っているのが、同じグループに属するだろうという人たちの中にも、肌の色も違えば、人種をどれぐらいその本人が意識して過ごすのかも違いもあって、決してそんなにきれいに分かれるようなグループではないと感じたことです。アメリカ史を専門的に学び始めてみると、例えば、アメリカのいわゆる白人のグループであっても、私が専門にしている19世紀末から20世紀初頭では、現在では間違いなく白人のカテゴリーに入れられるような東欧や南欧出身の移民は、完全なる白人のカテゴリーには入ってなかったですし、彼らが白人性を獲得していく過程でアメリカ式の人種差別を身につけてしまうようなこともありました。アフリカ系のコミュニティをとってみたとしても、アメリカ合衆国で初めての非白人の大統領であったオバマ大統領は、「アメリカのいわゆる奴隷制の時代からいる黒人の子孫ではない」というような但し書きが付けられたりします。アフリカ系のコミュニティの中でもルーツもいろいろと違います。人種的なカテゴリーが曖昧な側面、恣意的に運用される側面があるということに、アメリカで生活する中で触れるようになりました。
吉崎 私も全く同じような感覚を持っています。私が担当しているPeace and Conflict Studiesコース(PCS)というコースには海外からの学生が多数所属しています。ジブチ出身やイエメン出身の学生もいて、彼らをぱっと見てもどちらがジブチでどちらがイエメンの人かは、日本人から見てもわからない。ところが、ジブチはアフリカ、紅海を挟んだその対岸のイエメンは中東という区分になります。一つの明確な区別があるわけではなく、社会的なコンテクストとか、歴史的なコンテクストの中で、アフリカ、中東と区別されていますね。アメリカでも黒人という形で一括りになりますが、オリジンは全く違うわけです。多様性というのも、定義するのがとても難しい。東京外国語大学にはそういった留学生はたくさんいますし、いろんなバックグラウンドを持っていて、言葉もいろいろある。言葉を学ぶことで社会を学び、世界との連続性を感じるのではないかと思います。
大鳥 人種差別する側、される側、あるいは無意識に差別してしまう側であれ、人種問題がある空間を当事者として生きるというのがどういうことなのか、自分がいる空間からちょっと一歩引いて俯瞰して見るような目線を、大学での学びを通して学生に何か汲み取ってもらえたらいいなと思います。
アメリカ社会においてBLM問題とその背景
吉崎 東京外国語大学出版会から『ブラック・ライヴズ・マターから学ぶ アメリカからグローバル世界へ』が刊行されましたが、大鳥先生も執筆に参加されています。アメリカ社会において、トランプ氏の時代にBlack Lives Matter問題が表面化してしまった、あるいはその前からさまざまな形で存在していたものがいっぺんに噴出したと考えていいかと思います。アメリカの社会が持っている根源的な問題点を改めて思い知ることになりましたが、あの現象を見ていて大鳥先生はどのようにお感じになりますか。
大鳥 今回の大統領選の状況を見ると、現時点では選挙の行方はわかりませんが、トランプ氏が再選されそうな勢いがあります。初めてトランプ氏が大統領になった際、私は、リベラルで多様性を志向する方が多い東海岸の大学街にいたのですが、周りの多くの方にも衝撃的だったということをよく覚えています。多くの方がヒラリー・クリントン氏が当選する事を期待していました。明らかに意気消沈していたというか、どう考えていいかわからないというような、そういう状況があったと記憶しています。私は留学生として暮らしていたので、トランプ氏を正面から支持している人たちと直接的に接する機会は限られていましたが、大学の外に出て、保守的な価値観を持っている人たちに会う機会はあるんですね。そういう方たちが人種差別的な発言ではないかというような表現を用いているような現場を目撃することもありますけど、留学生として接すると、実はとても親切で、目の前の困ってる人に対して彼らは非常に親切してくれる人たちだと言うことがわかります。親切にしてくれる人は、割と保守的な価値観を持っている人が多いということはままあると思います。トランプ支援者をテレビなどの画面を通して見ると、私も恐怖感が募ることはありますが、画面を通さずに会ったときには、全く違う感想を抱くのではないかと思います。
吉崎 私も全く同感です。古き良きアメリカというんでしょうか。残念ですが、9.11、2001年のあのテロ事件でアメリカは変わってしまったのではないでしょうか。その前、私が住んでいた頃はボランティア精神がすごく強くて本当に良い社会だなと思いましたが、あっという間に変わってしまいました。トランプ支持者がもし古き良きアメリカに戻ると主張するのならば、それ自体は新しい主張なのかもしれませんね。社会の真相を知るためにアメリカの歴史や社会をより深く学び、研究する必要がありますね。
大鳥 アメリカは国土が広いので、町と町、都市と都市、都市と田舎を行き来することが日本以上に個人の負担になり得、経済的な豊かさとモビリティが強固に結びつく社会だと思います。観光客としてあるいはその留学生として足を踏み入れる場所は限られますが、そこから一歩出るような機会が与えられたときには、その機会を大切にしてほしいと思います。そこで見えてくるアメリカ社会は、また大学で同年代の学生に囲まれて過ごす空間とは全く違う光景が見えてくるんではないかなと思います。
学生へのメッセージ
吉崎 最後になりますが、本学で学んでいる学生、これから本学に入りたいと思っている受験生の方にメッセージがございましたらお願いします。
大鳥 私は学生として一つの言語を深く習得し、留学をして、それまでの自分の人生では想像しなかったようなことにたくさん巡り逢いました。そしてその経験が研究の道を切り開いてくれたと思っています。一体何かわからないけれどもただ面白い、というようなものに取り組む時間を、人生の中で持ってほしいなと思います。
吉崎 本日はありがとうございました。