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言語モジュールで学ぶ「にほんご」:海野多枝教授にインタビュー

研究室を訪ねてみよう!

みなさんは「東京外国語大学言語モジュール」を知っていますか? 東京外大で学べる27言語を発音、会話、文法、語彙の4つのモジュールから学ぶことができるツールです。そして、実はその中に「日本語」のモジュールがあります。

今回は日本語モジュール開発者のひとりである海野多枝(うみの・たえ)教授にお話をうかがうことができました。日本語モジュールの開発経緯や日本語教材開発の今、そして日本語教育と教材開発の「これから」について、少しのぞいてみませんか…?

取材担当:市川尚寿(いちかわ・なおひさ)さん(国際日本学部2年、広報マネジメント・オフィス学生取材班)

---先生のご専門や研究についてお聞かせください。

私の研究分野は、第二言語習得論、応用言語学、日本語教育学などです。具体的な研究課題としては、第二言語の教室外学習、自律学習・独習、留学中の第二言語習得、ライフストーリー研究法、マルチモーダルナラティブ研究法などがあります。

外国語というのは、教室の中だけで学ぶわけではなくて、教室の外でもいろいろな形での学習がありますよね。たとえば、電車の中で英語を聞いたり、アプリで単語を覚えたり、留学生の場合は、日本でアルバイトをしながら日本に暮らす人々の中で日本語の使い方を覚えたり、アニメのセリフを覚えたり、いろいろとやっていますよね。教室外学習というのは、簡単にいうと、主に教室の外で学習者がどのように言葉を学んでいるのかということになります。もともとこのような分野に興味を持ったきっかけは、国際交流基金が制作した『テレビ日本語講座初級(Let’s Learn Japanese BasicⅠ,Ⅱ)』という教材作成に関わったことです。

もともと私が学生だった時に当時の先生がなさっていてお手伝いをしていたんですけど、次第に出演などもするようになりました(笑)。これは海外、主に英語圏に向けた日本語学習の独習用教材で、映像教材と教科書があります。『ヤンさんと日本の人々』というドラマ教材をベースに、初級の文法や語彙、会話表現を学習できるように制作されています。アメリカやオーストラリア、カナダなどで放送されて、その後は中国や韓国をはじめ、世界中で放送されました。1990年代後半から2000年代にかけて、10年くらいはやっていたと思います。作る側は一生懸命作っているんですが、学習者はどのように使っているのか知りたいということで調査をしたこともありました。たとえば使っている人たちの学習方略(ストラテジー)や、言語学習や教材についての考え方(ビリーフ)などですね。このような教材を使って学ぶ学習者は教室に通わずに主に独学で学んでいるわけですが、独習者のビリーフやストラテジーは当時あまり調査されていませんでした。これをきっかけに、教室外での多様な教材・リソースを使った学びや自律学習にも関心を持つようになりました。メディアこそ違うんですが、独習を想定しているので、日本語モジュール作成にも生かされていると思います。

また、研究アプローチとしては、ナラティブ研究法やマルチモーダルナラティブ研究法にも関心があります。マルチモーダルナラティブ研究法というのは、言語だけでなく、画像、音声、動画などさまざまな非言語的な様式をも組み合わせて構成されるナラティブを研究に活用していく方法です。最近では、2019年に世界15ヵ国の研究者と共著で“Visualising Multilingual Lives: More Than Words”という本を出しました。これはマルチリンガル、つまり多言語話者の世界を、マルチモーダルな観点から理解するというアプローチの本です。インタビューといった言語的データだけでなくて、多言語話者や第二言語学習者自身が撮影した写真・動画や作成した自画像・作品なども分析し、彼らの視点から見た言語習得プロセスやアイデンティティの変化などを多角的に理解していくといった内容です。こんなことを最近やっています。

海野教授の著書の一例

言語モジュールの開発

---ここからはモジュールについてうかがいたいと思います。先生は文法・会話モジュールに開発者として携わられていますが、先生が日本語モジュールの開発に参画された経緯をお聞かせください。

もともと言語モジュールは、文部科学省の事業である21世紀COEプログラム「言語運用を基盤とする言語情報学拠点」という5年間のプロジェクトが2002年から2006年にかけて本学で採択されて、その目玉として始められました。プロジェクトのリーダーでフランス語学がご専門の川口裕司教授にお声をかけていただいたのが参加のきっかけですね。このプロジェクトは言語教育学、言語学、情報工学という3つの分野を融合して、言語の研究や言語教育に役立てるというものなのですが、さらに本学の特徴でもある多言語教育のための拠点を作ることも、このプロジェクトの目的でした。

開発当時のモジュールは17言語でした。17言語に対して同じ枠組みで教材を作る壮大なプロジェクトでしたので、言語系の教員は総動員でしたね。

言語モジュール説明会(2004年)

ベテランの教員だけでなく、若手の教員や大学院生にも参画してもらい、若手人材の育成を図っていくことも、川口先生のねらいでした。それで私が当時若手だったということもあります(笑)。

私は日本語モジュールを作っただけではなくて、当時同じく若手でいらした林俊成先生などと一緒にプロジェクトの実働メンバーにも入っていました。国際的な拠点を作るため、海外の出版社から英語で書籍を公刊して成果を発信したり、英語によるシンポジウムを開いて国際的ネットワークを広げたりするといったミッションもありました。私がロンドン大学で学位を取った後でイギリスやヨーロッパとのネットワークもあったので、若手で英語でも発信できて、教材開発の経験もあるということで、お声をかけていただいたのかなと思います。

日本語モジュールについての学会発表(当時大学院生で現在長崎外国語大学特任講師の松本剛次氏とシンガポール国立大学にて)

---日本語モジュール開発時に工夫されたことや、印象に残った出来事があればお聞かせください。

会話モジュールでは、27言語が共通の40の機能をベースに作られているので、複数の言語を言語横断的に比較することができます。たとえば、「誰かを紹介する」というユニットでは、画像のように、日本語での紹介場面(下の画像の左)とインドネシア語での紹介場面(下の画像の右)を比較してみれば、言語を超えた共通性や、逆に各言語の独自性を見出せるかもしれません。

このように共通した枠組みがあることはメリットでもある一方で、この枠の中で日本語としての独自性をどうやって出していくのかも考えなくてはなりません。日本語会話モジュールでは、日本語の独自性として、日本人が大切にしている四季を取り入れ、会話表現やトピックの中に盛り込めないかなと考えました。日本語モジュールの主な対象は大学生なので、大学生活の4月から3月までの学年暦を軸にして季節感を盛り込んでいきました。春には登校、授業登録、証明書をもらうなどから始まり、夏が近づいていくと夏休みの予定、旅行の計画、レポートを出すなどと続きます。秋には芸術や学園祭、最後3月になると謝恩会、就職、最後のユニットは卒業式で終わります。この他、会話に出てくる関連表現や社会・文化事項をよりよく理解してもらうために、『学習者ガイド』も作成し解説を加えました。

あとは登場人物を設定してちょっとしたストーリー性を持たせるため、『ヤンさんと日本の人々』の経験をもとに考えました。いろいろな方に役者として出演していただきました。荒川洋平先生や、当時大学院生だった幸松英恵先生や阿部新先生などにも出演していただいています。プロジェクトを通じて、違う言語の先生方や院生の皆さんなど、普段なかなか関わる機会のない、いろいろな方々とのネットワークができた点でもよかったなと思います。

登場人物を設定してちょっとしたストーリー性を持たせた

日本語モジュールをどう活かす?

---日本語モジュールの持つ強みと弱みについてお聞かせください。

強みの1つは多言語教材であるということですね。いろいろな言語の中の1つとして日本語があり、同じ枠組みで比べられるので、「多言語の中の日本語」という視点で、日本語を相対化できるということがあると思います。まさに本学の強みですし、今の国際日本学部のコンセプトとも重なりますね。また、日本語モジュールだけ多言語版というのがあって、英語や中国語などいろいろな言語を通じて日本語を学ぶことができます。最初は日本語で作り、それを本学で教えているいろいろな言語に翻訳していきました。こういう多言語的なアプローチというのも本学の強みだと思います。

会話モジュール 場面1(挨拶する)

それから2つ目の強みは、モジュール教材なので結構自由な使い方ができることですね。自己完結型のユニットからなる教材なので、たとえば会話モジュールの40ユニットは、最初から順番にやっていかなくてもよくて、好きなところから使えます。また、発音、会話、文法、語彙という4モジュールの使い方も自由で、発音に興味があれば発音モジュールだけを使って発音の復習をするといったこともできます。しかもスマホやタブレットなどモバイル学習もできるので、いつでもどこでも好きなときに、好きなところを自分の好きなように見ることができます。手軽に使えて、しかもタダ(笑)。とてもお得な教材だと思います。

2003年2月から2021年2月までのアクセス状況

これは、当時プログラマーの梅野毅先生にいただいた2003年から2021年までの言語モジュールの利用状況のグラフです。これを見ると当初よりも今の方が使われていますね。コロナ禍でオンライン学習が広がり、学校でもタブレットなどを使うようになり、そういう状況にもマッチしていて、今のニーズにすごくあっている教材なのだと思います。通信インフラや機材が、ようやく私たちのモジュールで想定していた世界に追いついてきたのかなと思うこともあります。そういう意味では時代を先取りしていたといえるかもしれません。いろいろなニュースサイトで取り上げていただき、SNSなどでも好評をいただいているようです。

逆に日本語を極めたいとか、初級から上級まで体系的に学びたいという人にとってはこれだけでは足りないので、他の教材も合わせて使う必要があります。内容的には、文法も語彙も初級レベルしか扱っていないので、基礎的なことに興味を持ってもらうということが中心になるかと思います。ただ、上級レベルの人でも発音やアクセントをきちんと学んだことがないという人もいて、最近本学の留学生の利用者からモジュールの内容の質問を受けることも増えました。使える部分があればレベルを問わず使っていただければと思います。

---日本語モジュールは主に留学生、特に大学生が対象であると思いますが、その他の方々でも活用することはできるのでしょうか。

もともと主に大学生向けに作成しており、特に会話モジュールの会話は大学生向けですが、大学生でなくても社会人や海外の中高生などさまざまな方に活用いただけると思います。たとえば語彙モジュールの中に「かな・カナの書き方」「漢字の書き方」というものもあり、仮名や簡単な漢字の書き方の学習に使えますが、これなどは、年少者でも使えるのではないでしょうか。

以前、マレーシアのマルチメディア大学というところから招待をいただいて、マレーシアの学会で、マルチメディアを使った1つの事例として発表したことがあります。そのときに現地で教えている日本語の先生から、特に非母語話者の先生にとって参考になるというコメントをいただきました。非母語話者の先生方が日本語を教えるときに、日本語自体を調べたり、自分が練習する教材として使ったりしたいということもありますよね。たとえば発音モジュールで日本語のアクセントを調べるとか。そういうリソースとしても利用できるというのです。そういう利用の仕方もあるのですね。

---今後、日本語モジュールを含めた日本語学習のための教材開発はどのように展開していくとお考えですか。

時代がどんどん変化していくなかで、変化に応じて、その時代の人が使いやすい、時代にあったリソースにアップデートしていく必要があると思います。媒体としてのあり方だけではなく、描かれている場面や情報も古くなっていきますので、そういった点もアップデートしなければなりません。一方で、一度作った教材をアップデートしていくのは時間もコストもかかりなかなか大変で、既成の教材だけに頼るのにも限界があるように思います。たとえば情報の新しさという点ではインターネット上の最新の生のリソースの方が優れていますよね。学習者の側も与えられた教材を使うだけでなく、それぞれのニーズに応じて、自分に合ったリソースをうまく組み合わせて、自分の学習をデザインしていくとよいと思います。たとえば、リスニングを強化したい人はアニメやドラマ、日本語能力試験を受ける人は問題集、漢字学習には漢字教材やアプリなどをそれぞれ併用したりしていると思います。1つの教材ですべてのニーズを満たすことはなかなか難しいので、学習者の皆さんには、いろいろなリソースを組み合わせて使いこなしていってほしいですね。

---最後の質問です。日本語モジュールをどのように活用してほしいですか。

それぞれの方が使いたいように使ってほしいですね。日本にいる留学生が日本の大学生活の会話を学ぼうと思って使ってもいいと思うし、海外にいる先生が日本語を教えるためのリソースとして使ってもいいし、言語学に興味のある人が対照言語学的な観点から多言語を比較するために使ってもいいですし。使いたい方が、使いたい場所で、使いたいように使ってくださいっていうことですね(笑)。それができることが正にこの教材のいいところなんです。

インタビュー後記

どうして言語モジュールに「日本語」の項があるのか?多くのみなさんはきっと最初にそう思われたかもしれません、ひいてはどうして東京「外国語」大学に「日本」に関する課程があるのか、と。言語を学ぶというのは何も日本人の外国語学習に限ったことではなく、たとえば海外の人に日本語を教える「日本語教育」という視点で見れば、彼らにとっての未知なる「外国語」を、母語話者たる日本人としてさまざまな視点から斬り込んでいくという学問に様変わりします。今回海野教授にはそうした日本語教育に対する視点を、「言語モジュール」を通してたくさんお話いただきました。この記事を通して、日本語も実は世界の中の言語の1つであること、だからこそ国際日本学部には多くの国にルーツを持つ留学生がおり、東京外大には日本や日本語といったフィールドを国際的な環境の中で捉えていくことができる場所があるということを感じ取っていただければ幸いです。
最後に、海野教授をはじめこのインタビュー実施に関わった全ての方々に心から感謝申し上げます。

取材担当:市川尚寿(国際日本学部2年)

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