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東京外国語大学のキャンパス内にはさまざまな施設があります。そのなかで、学生のみなさんにとって立ち入る機会が少ないのがアジア・アフリカ言語文化研究所(略称「AA研」)ではないでしょうか。在学生から「謎の施設」と思われているAA研は、アジア・アフリカの言語と文化に関する国際的な研究拠点です。そこでは国内外の研究者と共同で、アジア・アフリカ地域を対象に人文学を基盤とする共同研究活動が幅広く展開されています。このシリーズでは、AA研の多様な共同研究プロジェクトの一部をご紹介していきます。

AA研共同利用・共同研究課題、jrp000287、期間:2023−2025年度

ヒトはさまざまなものや行為を分かちあう。「分かちあい」は文化や社会によって多様なあらわれ方をする一方、ヒト以外の霊長類の社会にも萌芽的なかたちであらわれる。本課題では「分かちあい」の生成、成立を人類社会進化史上の画期的出来事ととらえ、その起原をめぐって人類学と霊長類学による学際的共同研究を展開する。人間と霊長類の事例をもとに、「分かちあい」が他者との共存を促し、群居という生活様態を生み出した経緯と社会性の進化に果たした意義を検討する。

人類学と霊長類学の協働から「分かちあい」を考える

ヒトは食物や道具、行為や情報など、さまざまなものを分かちあいます。「分かちあい」は文化や社会によって多様なあらわれかたをしますが、ヒトに特有の現象ではありません。ヒト以外の霊長類(以下、霊長類あるいはサル)の社会にも、食物分配、共食、協同行為などのかたちで萌芽的に認められます。われわれは「分かちあい」の生成と成立を人類の社会進化史上の画期的な出来事ととらえ、人類学と霊長類学の協働に基づく学際的共同研究を展開してきました。各自が蓄積してきたフィールドデータを持ち寄り、ヒトとサルにおける「分かちあい」の現実態を比較することによって、生成・成立の機序、成立条件、そして社会性の進化において果たした意義を検討することを目指してきました。「分かちあい」が他者との共存を促し、群居という生活様態を生み出し、支えた可能性についての議論は新鮮です。

マウンテンゴリラと山極氏の写真
マウンテンゴリラとともに(ルワンダ火山国立公園)。撮影:山極壽一
オランウータンの写真
オランウータンのオスから若いメスへ食物が分配される様子。撮影:田島知之

メンバーの活動紹介

本共同研究をいっしょに続けてきたメンバー全員の研究活動について、はじめに紹介しておきます。人類学と霊長類学に与する研究者の多様な興味と研究の広がりを知っていただけると思います。

【研究代表者】

河合香吏(生態人類学):人類学と霊長類学の協働を軸に人類の社会と社会性の進化について学際的な共同研究を進めてきました。個人研究では東アフリカ牧畜社会における家畜の略奪(レイディング)という敵対的な交渉をしつつも互いの存在を容認しあう集団間関係に着目してきました。こうした敵対的な共存を含め、共存のあり方が人類社会の進化に強く作用してきたという視点から、共存をめぐる諸問題に生物/生態学的、社会的の両面から接近しています。 

【副研究代表者】

川添達朗(霊長類学):野生ニホンザルを対象として、特にオスの行動や社会関係を研究しています。ニホンザルは群れでの集団生活を基本としていますが、一部のオスは群れ生活をおくらず、オスだけのグループであるいは一頭だけで生活することがあります。そのようなオスたちの行動観察をもとにニホンザルの社会を再考察しながら、種間比較を通して社会の進化についても考えています。 

【共同研究員】   

生駒美樹(文化人類学):ミャンマーの山間部で茶生産を行う少数民族タアン(パラウン)人について、文化人類学的視座から研究を行ってきました。調査では、「貸したものを返さない」ことよりも「貸したものを返すよう要求する」ことの方が不道徳とされたり、負債帳簿を詳細につけているのに数十年にわたり清算が行われなかったり、私たちの「あたりまえ」とは異なる事例にたくさん出会いました。こうしたフィールドワークで見つけた疑問を出発点に、負債が人びとの関係をいかに結びつけるのかを考察しています。 

岩田有史(霊長類学):主にあしなが育英会の奨学金を受けている奨学生世帯などを対象に、貧困についての調査を行っています。ヤングケアラーは老齢・障がい・幼いなどの理由でサポートを必要とする家族のケア以外にも、多くの家庭内労働に従事しています。なぜ彼らは一人で家庭内労働に従事せねばならないのか。なぜその経験を誰かと分かちあうことができないのかをインタビューを通して考察してゆきます。 

北村光二(生態人類学):「贈り物にはお返しをする」という互酬性の原則が当たり前ではない社会において、贈与がどのように成り立つのかを、東アフリカ牧畜民トゥルカナの事例から考えています。そこでは返礼の義務は重視されず、贈与の要求は困難への援助を求めるかたちで行われます。結果よりも関係づくりを重視するこの方法は、チンパンジー類の行動とも通じ、それが人類社会の進化に果たした役割に注目しています。 

座馬耕一郎(霊長類学):タンザニアのマハレ山塊国立公園で野生のチンパンジーを調査しています。この研究会では、自分がどんな出来事を観察したときに「分かちあい」とみなすか考えながら、チンパンジーの生活をふりかえっています。たとえばみんなで同じ木にのぼって果実を口にしている場面は、食べ物の分かちあいをしているように見えます。そこからさらに、なぜ自分がその場面に「分かちあい」を認めたのか、分析を加えて考えています。 

島田将喜(霊長類学):野生ニホンザルやチンパンジーを中心に動物の遊び行動の研究を続けてきました。ヒトと動物の社会的遊びの比較を通じて、両者の共通性・差異性を明らかにしてきました。ヒトでは普遍的に見いだされるものの、動物からは報告例がない遊びの特徴を指摘し、その人類進化上の重要性について考察をすすめています。 

田島知之(霊長類学):ヒトに近縁な大型類人猿であるオランウータンの食物分配の研究をしています。文化によらずヒトが普遍的に行う食物分配は大脳化や肉食化に伴う生存上のリスクに対抗する戦略として発展したと考えられていますが、ヒト以外の霊長類にも観察されます。ヒトとオランウータンの比較を通じて、ヒト科で共有される食物分配の進化的基盤について考えてきました。 

夏原和美(人類生態学):高校時代に不登校を経験し、5年かけて卒業しました。その後、美術の道に行ったり看護師免許を取ったりと紆余曲折を経て人類生態学に出会いました。パプアニューギニアやラオス、日本のフィールドでフードシェアリングや地域包括ケアシステムの互助など、人の思いやりや共感に関しての研究をしています。 

西川真理(霊長類学):群れで生活する霊長類がどのように他者との共存を実現しているのかに関心があり、ニホンザルの群れメンバーの離合集散動態や夜間の生態について明らかにしてきました。本研究会では、ニホンザルの移入事例を取り上げることで、「同じ群れのメンバー」だと認識する手がかりについて考えています。

 馬場淳(社会人類学):ケニア共和国のメル社会で盛んに行われている頼母子講は、経済的な助け合いを主軸にしつつ、個人や家庭問題に関わる情報共有から日々のさまざまな支援まで、人々の共存を可能にする重要な集団です。とくに父系社会に生きる女性にとっては、金銭をめぐるやりとりに還元できない意義深さがあります。本共同研究において、私はこの営みを「分かちあいの時間」としてとらえ、民族誌的に考察しています。 

山内太郎(人類生態学):人間の生態、とくに食と栄養を軸に研究を続けてきましたが、排泄という営みが長らく視野から抜け落ちていたことに、研究生活30年を経て気づかされました。食を「生」、排泄を「死」と捉えるならば、排泄物を処理・循環させるサニテーションは「再生」のプロセスです。地域の文脈に根ざしたサニテーションの共創という「小さな物語」と、地球規模の命の循環としてのプラネタリーヘルスという「大きな物語」を、「分かちあい」の視点から結び直して考察したいと考えています。 

山極壽一(人類学・霊長類学):分かち合いという社会現象を進化の観点から眺めると、資源や生活場所の「分け合い」から「分かち合い」へという方向性を認めることができます。人類は森林から草原へ進出する過程で直立二足歩行を用いて「見えないものを欲望する」という新たな精神性と、家族と集団という重層構造の社会で暮らす認知能力を高めました。それは「弱みを強みに変える」戦略でした。しかし、食料生産による定住と所有を原則とする暮らしと、科学技術による「強みを拡大する」戦略は分かち合いを阻害して社会に分断をもたらしています。 

【研究協力者】

木部美帆子(人類生態学):ラオス北部の農山村における生業変容と、そこに暮らす集団の生存戦略を研究しています。2021年、新型コロナウイルス感染症による渡航制限中に、調査村ではサトウキビ(換金作物)の大規模栽培が始まっていました。収穫期は特に忙しく、午前3時ごろから収穫作業をしています。過酷なサトウキビ栽培の導入は、労働力や土地の使い方、住民同士の関係性にどのような影響を与えたのか、現地で得たデータをもとに丁寧に記述したいと思います。 

デイビッド・スプレイグ(霊長類学):人類学では人々の家族構成が生業によって支えられているという前提のもと、その有り様を生態学的に分析します。現代の少子化についてもまた、私たちの生活を取り巻く社会経済的な要因を包括する生態学的分析が可能です。現代の少子化は19世紀初頭の産業革命に端を発すると歴史人口学者によって指摘されるなか、その後の社会経済の展開、ひいてはより直近における一見豊かな社会を見るとき、生態学的な視点からの貧しさが浮かび上がるとする理論を検証しようと考えています。 

関野文子(生態人類学):カメルーン東部州熱帯雨林地域に暮らす狩猟採集民バカの人々の分かち合い行動、特に食物分配について研究してきました。モノのやりとりや贈り物などは、人類に普遍的にみられる行動ですが、それらのやりとりとバカの人々の食物分配がどのように異なり、特徴づけられるのかを研究してきました。近年出稼ぎ者が増え、村にいる人が少なくなり、村での分配の調査がしにくくなったため、バカの人々のカカオ出稼ぎ労働について調査を始めたところです。 

以上のメンバーで3年間の共同研究を続けてきました。具体的にどのような議論を展開してきたのかについて、以下に紹介してゆきます。

木の枝に腰を掛ける2頭のサル
宮城県金華山島のオスグループの様子。一部のオスたちは、群れ生活を送らず、同年代のオス同士で一時的にグループを作って行動を共にすることがある。撮影:川添達朗
容器に食料を仕分けて入れている女性
カカオキャンプで茹でキャッサバとプランテンバナナを分ける女性。農作物でも森の採集物でもとってきた食料は料理して別の世帯に分ける。カメルーンの狩猟採集民・バカの集落にて。撮影:関野文子
摘んだチャが入った籠を背負って歩く子供たちの後ろ姿
ミャンマー、シャン州ナムサン郡の村。チャ摘みを終えて村に戻る様子。撮影:生駒美樹

共存のよすがとしての「分かちあい」——ヒトの社会とサルの社会の比較から

ものや行為のやりとりは、互酬性や互恵性、あるいは利他行動の枠組みで説明されがちです。けれども、互酬性を人間の本性として前提してしまうと、それがどのような条件のもとで成立したのか、また互酬性に回収されない関係がどのように存在してきたのかを十分に問えません。人類学や霊長類学のフィールドには、交換や損得の説明からこぼれ落ちてしまう事例が数多く観察されます。「分かちあい」研究会ではそうした現場からもたらされる知見をたいせつにし、共存の論理を「分かちあい」から組み立て直そうとしてきました。それは、共存のよすがとして「分かちあい」をとらえ直す試みです。

じゃれ合う2頭の子ザル
京都市嵐山のニホンザルの子ども同士の取っ組み合い遊び。仰向けになりお腹を嚙まれている方の子どもはプレイフェイス(笑い顔)を見せている。撮影:島田将喜
牛の群れと牧畜民
ウガンダの牧畜民ドドスの家畜キャンプから日帰り放牧に出かけてゆく牛群。撮影:河合香吏

とくに重要なのは、互酬性・交換・協力・道徳といった枠組みを最初から説明原理として置かないことです。ヒトとサルを比較することで、それらは「説明の道具」ではなく、観察されうる現象の一部として、いったん記述の側に引き戻されます。他方、われわれは「分かちあい」を資源分配に還元することも、利他性や道徳の起原として語ることも目指しません。その手前にあるもの、すなわち共存(coexistence)に焦点を当てました。具体的には、分かちあいがどのような場面でどのように立ち上がるのかを、定量的なデータも用いつつ厚く記述し、それが共存にどのように関わっているのか、効いているのかを問う姿勢でとり組んできました。

野菜の入った鍋とその隣に置かれたヤカン
パプアニューギニア東高地州の村で撮影した、鍋いっぱいの地元の野菜(緑の葉物野菜は総じてKumと呼ばれる)と、1997年には既にこの家にあったヤカン。撮影:夏原和美
暗闇の中、ヘッドライトの光を頼りにサトウキビを収穫する人々の姿
ラオス北部の農山村におけるサトウキビの収穫。午前3時ごろからヘッドライトを付けて作業を行う。太陽が昇るまでは、ダウンジャケットを着ていても凍えるほど寒い。撮影:木部未帆子

「分かちあい」の生成機序——互酬性の手前

「分かちあい」研究会では、分かちあいを「分与と共有を含む概念」と暫定的に定義して研究を開始しました。対象は大きく三つです。第一に「もの」です。食物を中心に、道具、生活用品、象徴的価値をもつものなどが含まれます。霊長類でも食物以外のものの分かちあいがあり、たとえばチンパンジーがおこなうアリ釣りの棒やナッツ割りの石が分与・共有される例が知られています。第二に「行為」です。協同作業、協同育児、遊び、活動の同調、身体的同調、歌やダンス、挨拶、対等な毛づくろいなどが含まれます。第三に「情報」です。音声・言語情報、ニュース、知識、在来知、秘匿的知識などが含まれます。人間に特有の音声言語が関与する領域ですが、言語以前でもサルの警戒音のように情報の共有は可能であり、分かちあいの射程に含めて検討が可能です。これら三つに加え、「時間」と「場」も分かちあいの対象となります。「時間」は待つ、合わせるというかたちで分かちあわれるし、「場」は同所的に存在する者たちの調整や抑制として分かちあわれます。 

人間社会で普遍的原理のように語られてきた互酬性や所有との関係が改めて問題になりました。「分かちあいは互酬性の手前にある」と考えるものもいれば、これに対して「逆ではないか」という意見も出ました。後者は、互酬性が確立した後にそれをいったん棚上げし、自他の境界を曖昧にして「いっしょに経験する」こととして分かちあいがあらわれる、という主張です。こうした議論は、分かちあいをはじめから互酬性の枠内で定義してしまうことの危うさをよく示しています。また、互酬性はしばしば「負い目(負債の感情)」と結びつけられますが、分かちあいはそのような感情とは別の関係様式であるかもしれません。さらに、経験や感情・情動の共有、たとえば「喜びを分かちあう」といった現象をどう扱うのか、言語の登場は分かちあいの様相をどう変えるのか、といった論点も重要です。

木に登って果実を食べる7,8頭のチンパンジー
みんなで同じ木にのぼって果実を食べるチンパンジーたち(タンザニア、マハレ山塊国立公園)。撮影:座馬耕一郎
屋外で円になって座る女性たちと、その横に立つ女性の姿
ケニア、メル社会で、毎週開催される頼母子講の様子。撮影:馬場淳

「分かちあい」から接近する人類進化史的な課題

「分かちあい」研究会は、分かちあいを切り口として、人類社会の進化に関わる複数の大きな課題に接近します。
第一に平等性の成立です。大型類人猿の社会に芽生えた群れ内個体間の「条件的平等原則」、すなわち、群れの中で特定の個体が恒常的に特権を独占しないという意味でのそれは、個体どうしの共存を保証するかなめであり、その延長線上にヒトの平等原則社会を想定できます。第二に家族とコミュニティ(共同体)の重層的並立です。男女のペアとその子どもからなる排他的な家族と、複数家族からなるコミュニティは利害が衝突しやすく、論理的には共存が難しいはずです。しかし、食物を家族内に囲い込まずコミュニティで分かちあうこと、協同育児や共同労働など家族の枠を越えて行為を分かちあうことが、両者の並立を可能にしたと考えられます。第三に価値の発生と共有です。分与・分配は「自分にとって好ましいものが相手にとっても好ましい」と認めるような他者志向性を育み、価値の発生と共有へとつながった可能性があります。これはものだけでなく行為や情報にも敷衍され得ます。第四に所有と原初的交換・流通の開始です。分かちあい(分与・分配)によって価値あるものが個体間を移動すると、獲得者がただちに消費するという単独摂食のシステムに遅延がかかり、譲渡という屈折を経て別の個体が消費者になります。獲得したものをすぐに自分で消費するのではなく、他者に渡すかどうかを選べるようになることは、処分権としての所有の萌芽と考えられます。それは、交換や流通の開始にとって基底的な原理でもあります。さらに、「分かちあい」研究会では分かちあいと集合性の関係にも注目します。分かちあうためには「持ちよる」過程があり、持ちよることで集合し、分かちあった後に離散するというダイナミクスが生じます。分かちあいは相互行為であると同時に、離合集散という集団の編成原理でもあるのです。

道路脇で毛づくろいをするサルの群れと、車道に飛び出す1匹のサル
屋久島に生息するニホンザルの一群。日当たりのよい林道で毛づくろいをする日常の風景。撮影:西川真理
山々を背景にした奨学生たちの集合写真
「つどい」に参加する奨学生。彼らの世帯を対象にYC(ヤングケアラー)の調査を行っている。撮影:岩田有史
暖かい午後の日差しが差し込む児童公園
子どもたちを待つ午後の児童公園。撮影:デイビッド・スプレイグ

「分かちあい」研究会は、人類学者と霊長類学者からなる体制で進められてきました。真の学際的共同研究を目指す以上、人類学と霊長類学のうちのどちらかがどちらかの「お役に立つ(補助となる)」のではなく、両者が同じアリーナで同等の資格において同じ課題に協働して取り組む、できれば研究の全過程において協働することがたいせつです。人類社会の進化という文脈で社会を理解するためには、進化の隣人である現生霊長類を研究する霊長類学者と人類学者の協働が極めて有効です。「分かちあい」研究会はその実践をとおして総合知や学際研究を具体化するものです。人間中心主義を相対化しつつ、人間社会の普遍性と独自性、一般性と多様性を、霊長類社会との比較のなかで描き出すことを、われわれは目指しています。

(河合香吏)

大勢の子供たちと山内氏
カメルーン熱帯雨林に暮らす狩猟採集民Bakaの子どもたちとサステナブルなトイレを共創している。撮影:山内太郎

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