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1795年から1918年までの123年間、地図からその名を消していた国、ポーランド。ロシア、プロイセン、オーストリアという大国に翻弄され、「平原(ポレ)」という名の通り遮るもののない国土で侵攻と分割を繰り返されながらも、人々は独自の言語と文化を失うことはありませんでした。

お笑いコンビ・ママタルトさんをパーソナリティに迎え、世界の食文化を入り口に、地域の社会や文化を掘り下げるポッドキャスト「ママタルトの地球ディッシュカバリー 〜東京外大の先生と一緒〜」。今回は、ポーランド語学の第一人者である森田耕司准教授をゲストに迎え、東京都調布市にあるポーランドドーナツの専門店「ポンチキヤ」を舞台に、不屈の精神を持つポーランドの歩み、「自由」を求めて戦い続けた人々の魂、そして、食や音楽、映画を通じて、私たちが知らなかった「等身大のポーランド」に迫ります。


ゲスト: 森田耕司 准教授

東京外国語大学大学院総合国際学研究院 准教授。専門はポーランド語学、スラヴ言語学。ポーランドで博士号を取得し、計10年以上現地に滞在。国外に住むポーランド人の言語変化やアイデンティティについても研究を行う。著書に、初学者向けに分かりやすく解説した『10のレッスンでわかる入門ポーランド語』(スリーエーネットワーク)などがある。研究者情報 

パーソナリティ: ママタルト 檜原洋平さん、大鶴肥満さん

\ぜひ耳で味わってみてください!/ 

「ママタルトの地球ディッシュカバリー〜東京外大の先生と一緒〜」

ポッドキャストでは、森田准教授が10年以上にわたるポーランドでの生活や研究を通じて培ってきた興味深いお話が広がっていきます。ママタルトさんの軽快なトークと笑いに包まれながら、普段はなかなか触れられないポーランドの世界が、ぐっと身近に感じられるはずです。聞けば世界がちょっと広がる、楽しくてためになるひととき。ぜひポッドキャストでお楽しみください!

ロックと映画が果たした「自由」への役割

────先生はポーランドのロックや映画についても研究されていますが、これらと言語学、あるいは歴史にはどのようなつながりがあるのでしょうか。

私がロックに興味を持っているのは、単に音楽的な関心からだけではありません。ポーランドは長らく外的な抑圧を受け、自由が制限されてきた歴史があります。そのような社会主義時代のポーランドにおいて、ロックは自由を求める若者たちの精神的な支柱であり、民主化に向けた大きな原動力となりました。

────ロックが国を動かす力になったということですか?

はい。特に社会主義体制下の1980年代、若者の心を掴む手段としてロックが重要な役割を果たしました。当時は厳しい検閲があり、政権批判は許されませんでした。そこでアーティストたちは、地下のライブハウスなどで、巧妙なメタファー(比喩)を使ってメッセージを伝えたのです。例えば、当時の有名な歌詞に「コンクリートの上に花は咲かない」というものがあります。この「コンクリート」は共産主義政権の象徴です。ストレートに批判すれば捕まってしまいますが、「コンクリートの上には何も咲かないよね」と言えば、一見ただの事実を歌っているように聞こえます。しかし、聴衆である若者たちはそこに「この体制下では希望は育たない」という真意を読み取り、熱狂したのです。色の表現なんかも使われました。例えば、自由のない社会を「灰色」と呼び、「灰色の悪夢」や「灰色の天地」といった言葉を連呼することで、当時の閉塞感を表現しました。こうした表現の工夫があったからこそ、検閲を潜り抜け、人々の心に火を灯し続けることができたのです。1989年の共産党政権崩壊において、ロックが果たした役割は計り知れません。

ポーランドのロック音楽文化に関する研究文献

────表現の自由を勝ち取るための戦いだったのですね。映画についてはいかがでしょうか。

ポーランドは、フランスやイタリアと並び称される世界的な「映画大国」です。その中心にいたのが、2000年にアカデミー賞名誉賞を受賞したアンジェイ・ワイダ監督です。彼の作品は、戦争の悲劇や厳しい現実を描きながら、一貫してポーランド人としてのアイデンティティと自由を訴え続けてきました。彼は「自由」というものを、健康と同じように考えていました。健康は失って初めてその有り難みに気づくものですが、自由もまた同じです。ワイダ監督の映画は、自由を当たり前に享受している現代の私たちに、「本当の自由とは何か」を問い直す機会を与えてくれます。

────今のポーランドの若者たちにとっても、彼の映画は意味を持っているのでしょうか。

非常に重要です。今のポーランドの大学生たちは1989年以降の「生まれた時から自由な国」で育った世代です。彼らは自由を失った苦しみを知りません。だからこそ、ワイダ監督の映画や、当時の緊張感を伝えるためにロック音楽が劇中で使われた作品(レフ・ワレサ元大統領の伝記映画など)を観ることで、自分たちが手にしている自由の重みを再確認することができるのです。

ショパンの調べを支えた「音楽的」な響きと、文字体系の知恵

────ここからは先生のご専門である「ポーランド語」について、さらに詳しく伺いたいと思います。そもそも先生がポーランド語に惹かれたきっかけは何だったのでしょうか。

実は学生時代、最初はロシア語を勉強していたんです。ただ、他にも多くの人が学んでいるロシア語ではなく、もう少し珍しい「スラヴ語」をやってみたいという好奇心がありました。そこで、同じスラヴ語圏でありながら、ロシアのような東方正教ではなく、ラテン・カトリックの文化を持つポーランド語に興味を持ったのが始まりです。

────実際に学んでみて、どのような印象を持たれましたか。

何よりもまず、発音や音声の響きが非常に美しいことに驚きました。ポーランド語は非常に音楽的な言語だと言われています。例えば、作曲家のショパンがあれほど素晴らしい旋律を生み出せたのは、彼の母語であるポーランド語の音の響きが、彼の音楽的感性に強く影響を与えていたからだという説があるほどです。当時、ショパンの友人だった他の作曲家たちも、「彼の曲の背景には、ポーランド語特有の音楽性がある」と口にしていたそうです。

────言葉そのものが音楽の源泉になっているというのは、とてもロマンチックですね。具体的にはどのような音が特徴的なのでしょうか。

日本語にはない「鼻母音(びぼいん)」、つまり鼻に抜けるような音や、日本語の「し」や「じ」に似ているけれど少しずつ違う、多様な子音のバリエーションが豊富です。これらが組み合わさることで、ポーランド語を知らない人が聞いていても「なんだか綺麗だな」と感じさせる、上品で独特なリズムが生まれます。ポーランドは歴史的にカトリックを受容したため、ラテン語のアルファベット(ラテン文字)を使って自分たちの言葉を表記することになりました。しかし、ラテン文字だけでは、ポーランド語特有の複雑で繊細な音をすべて表すことができなかったのです。そこで先人たちは、文字の上に点を打ったり、斜線を引いたり、あるいは「しっぽ」のような記号を付けたりすることで、独自の文字を作り出しました。例えば「L」に斜線が入った文字や、3種類もある「Z」などがそうです。一方で「X」は使わないといった特徴もあります。限られた文字をいかに駆使して自分たちのアイデンティティを表現するか――。そこには、数百年にわたる試行錯誤と知恵が詰まっているんです。

お店ではポーランドの雑貨やコーヒー・紅茶も販売している

────語順も自由だと聞きました。難しそうですが、自由度が高いのは魅力的ですね。

そうですね。名詞が複雑に形を変える(格変化)おかげで、語順は比較的自由に入れ替えることができます。男性・女性・中性という名詞の性別もあり、確かに覚えることは多いのですが、その複雑さこそが、ポーランド語の豊かな表現力を支えていると言えます。

────今日お話を伺って、ポーランド語に興味を持った読者も多いと思います。ただ、やはり「難しそう」というイメージも拭えませんが、何か良い入門方法はありますか。

実は、そうした方々のために『10のレッスンでわかる入門ポーランド語』(スリーエーネットワーク)という本を出版しました。これまでの教科書は内容を詰め込みすぎて、初心者が途中で挫折してしまうことが多かったんです。そこでこの本では、あえて難しい要素を削ぎ落とし、まずはポーランドを好きになってもらうための「入門の入門」に特化しました。日本で初めて「CEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)」という基準に基づき、最も基礎的なA1レベルの内容を丁寧にまとめました。全ての例文にウェブで聴ける音声が付いているので、音からポーランド語に触れることができます。

書影
森田耕司 著『10のレッスンでわかる入門ポーランド語』(スリーエーネットワーク)

────さらに、現在は「映画のセリフ」から学ぶ本も準備中だと伺いました。

そうなんです。映画は生きた言葉の宝庫ですから、セリフを通じてより楽しく、深くポーランド語の世界を冒険してほしいなと。こちらは2026年中の出版を目指して執筆していますので、楽しみにしていてください。

シャルロトカ(Szarlotka)(りんごケーキ)。ポーランドはヨーロッパ最大のりんご生産国でもある

言葉を学ぶことは「相手と同じ釜の飯を食う」こと

────先生、最後に改めて伺いたいのですが、これだけ自動翻訳やAIが進化している現代において、あえて外国語を学ぶ意義とはどこにあるのでしょうか。

おっしゃる通り、単に自分の言いたい情報を伝え、最低限のコミュニケーションをとるだけなら、今はAIや自動翻訳などいくらでも手段があります。しかし、自分の口から相手の言葉で話そうとすることには、それらでは決して代替できない、極めて重要な心理的効果があるんです。たとえ、たどたどしい挨拶一つであっても、相手の言語を使おうとする姿勢は、「私はあなたの文化を理解したいと思っています」「あなたの文化を受け入れる用意があります」という強力な意思表示になります。逆に、最初からその努力を放棄して英語や日本語だけで押し通そうとするのは、極端に言えば「あなたの文化は受け入れません」と拒絶しているような印象を与えかねないんです。

────確かに、観光客の方に一言「ありがとう」と日本語で言われるだけで、こちらの受け取り方も一気に温かくなりますよね。

まさにそれです。私はこれを「同じ釜の飯を食う」ような行為だと考えています。同じ言葉を共有しようと歩み寄ることで、単なる情報の伝達を超えて、相手の懐に深く飛び込み、信頼関係の基礎となる「心の繋がり」を築くことができるんです。

────僕らも仕事の打ち合わせで、相手が僕らのことを全く知らないのと、事前に調べてくれて「あのネタ面白かったです」と言ってくれるのとでは、その後の盛り上がりが全然違います。それと同じことですね。

おっしゃる通りです。相互理解には、お互いが歩み寄ろうとする姿勢が不可欠です。例えばポーランドなら、「ジェンクイェン(ありがとう)」や「ド・ヴィゼニャ(さようなら)」といった数個のフレーズを覚えていくだけでも、現地の人々は「こいつは俺たちの仲間だ」と大喜びしてくれますよ。

────言葉は、相手のハートを掴むための最高のツールなんですね。

はい。自動翻訳機がどれほど便利になっても、本人の口から発せられる言葉の重みや、そこから生まれる信頼感には敵いません。自分自身の言葉で語りかけ、相手の文化を尊重する。その一歩こそが、未知の世界と深く繋がるための、外国語学習の真の醍醐味だと言えるでしょう。

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学びを広げるリンク集

訪れたお店の紹介

ポーランド料理店

ポンチキヤ

東京都調布市菊野台1丁目27−20(京王線柴崎駅より徒歩約5分)

『10のレッスンでわかる 入門 ポーランド語』

『10のレッスンでわかる 入門 ポーランド語』森田耕司 著

「10のレッスンでわかる 入門 外国語」シリーズは、本格的な外国語学習に入る前に、その言語の大まかな姿を知り、短期間で最低限必要な内容を理解することを目的としています。シンプルかつ実用的な会話に加え、文法説明や単語集も充実しているので、その先の継続学習を見据えた構成になっています。
旅行や出張で短期滞在する方にはもちろん、ある程度の期間(数か月~1年)滞在する方、語学に興味がありきちんと学習しようと考える方、日本語教師など国内で外国人と接する機会のある方にもおすすめです。

出版社:スリーエーネットワーク
ISBN 9784883199655
判型・ページ数 A5・124ページ
出版年月日 2025年6月18日
本体1,760円(税込)

https://www.3anet.co.jp/np/books/4580/

本の表紙画像

世界を食べよう!―東京外国語大学の世界料理―

食を通じて文化を知る――そんな体験をもっと広げたい方には、東京外国語大学出版会の『世界を食べよう!―東京外国語大学の世界料理―』がぴったりです。料理から見える世界の多様性を、ぜひ味わってみてください。

世界を食べよう!―東京外国語大学の世界料理― 沼野恭子【編】

ジャンル:食文化・料理・地域研究
版・貢:A5判・並製・224頁 
ISBN:978-4-904575-49-9 C0095
出版年月:2015年10月30日発売
本体価格:1800円(税抜)

https://wp.tufs.ac.jp/tufspress/books/book39/

本記事に関するお問い合わせ先

東京外国語大学 広報・社会連携課

koho[at]tufs.ac.jp([at]を@に変えて送信ください)

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