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世界で2番目に大きな島、ニューギニア島。その東半分に位置するパプアニューギニアは、日本よりも広い国土に800以上の言語がひしめき合う、多様性の極致とも言える国です。

お笑いコンビ・ママタルトさんをパーソナリティに迎え、世界の食文化を入り口に、地域の社会や文化を掘り下げるポッドキャスト「ママタルトの地球ディッシュカバリー 〜東京外大の先生と一緒〜」。今回の「地球ディッシュカバリー」では、文化人類学の立場から長年この地を研究してきた東京外国語大学の栗田博之名誉教授をゲストに迎え、東京・青梅市にある日本唯一のパプアニューギニア料理店「ニウギニ」にて、その深遠なる文化と食の世界を語り合いました。


ゲスト: 栗田 博之 名誉教授

東京外国語大学名誉教授。日本オセアニア学会会長。専門は、文化人類学、特にパプアニューギニアを主な研究フィールドとしている。1978年、東京大学教養学部卒業。東京大学大学院社会学研究科に進学。大学院時代、「ヒクイドリは鳥ではない」という論文に興味を持ったことがきっかけでニューギニア研究の道に入る。1981年にオーストラリアの大学へ留学し、翌1982年からパプアニューギニアでの現地調査を開始した。

パーソナリティ: ママタルト 檜原洋平さん、大鶴肥満さん

\ぜひ耳で味わってみてください!/ 

「ママタルトの地球ディッシュカバリー〜東京外大の先生と一緒〜」

ポッドキャストでは、栗田博之名誉教授が40年以上にわたるパプアニューギニアでの現地調査や研究を通じて培ってきた、興味深いお話が広がっていきます。ママタルトさんの軽快なトークと笑いに包まれながら、800以上の言語がひしめき合う多様性や「平等主義」の社会、そして伝統の石蒸し料理「ムム」から現代の「ラーメンライス」まで、普段はなかなか触れられないパプアニューギニアの世界が、ぐっと身近に感じられるはずです。聞けば世界がちょっと広がる、楽しくてためになるひととき。ぜひポッドキャストでお楽しみください!

「宵越しの金は持たない」――分かち合いの掟

────続いてのお料理……えっ、ご飯の上にインスタントラーメンがのっている!?……(一口食べて)うまっ!! いや、正直これが一番美味しいです! 醤油と塩と旨味! これこそが僕たちが求めていた味ですよ!

(APO店長) 今のパプアで最も愛されているメニュー「マギー・ライス」です。

この劇的な味の変化こそが、近代化のインパクトなんです。現金収入さえあれば、みんなこの「マギー」や鯖缶、ツナ缶を求めてお店に走ります。この濃い味を知ってしまうと、「自分たちが今まで食べていたものは何だったのか」という感覚を抱くほど、圧倒的な力を持っていますよね。

────いやあ、この「マギー・ライス」の味は本当に衝撃的です。これまでの伝統料理の薄味から一転して、舌にガツンとくる旨味。パプアの人たちが虜になるのも分かります。でも、このマギーの麺や、一緒に煮込むツナ缶や鯖缶を手に入れるには、自給自足の生活だけではダメで、「現金」が必要になりますよね。

その通りです。現金さえあれば、みんな喜んでこうした嗜好品を買いに走ります。面白いのは、彼らの金銭感覚です。パプアの人々は、現金が手に入ると貯金などはせず、その場ですぐにマギーやビール、缶詰などを買って、ワーッと使い切ってしまう。まさに「宵越しの金は持たない」という世界で消費が行われています。実はそこが、パプアニューギニアという社会の非常にユニークで大変なところなんです。たとえ一人が個人の努力で現金を稼いだとしても、その人には「ワントーク(同じ言葉を話す仲間)」という膨大な数の親戚や友人がいます。自分が現金を持っていることが知れれば、彼らがどっと押し寄せてきて「分けろ」と言われる。もしそれを拒んで独り占めしようものなら、その仲間社会から弾き出されて、生きていくことができなくなってしまいます。結果として、一人の利益はコミュニティ全体に吸収され、「平等化」される仕組みになっています。これを私たちは「平等主義的社会」と呼んでいます。誰か一人が突出することを許さない。格差は生まれませんが、個人が蓄財することも非常に難しいのです。さらにこの社会には、絶対的に命令を下す「首相(リーダー)」のような存在もはっきりとはいません。みんなが平等であるため、誰の言うことを聞く必要もない代わりに、自分の言うことも聞いてもらえない。だからこそ、日々の人間関係は常に繊細な「ギブ・アンド・テイク」の調整によって成り立っています。

────マギーライスの美味しさは、単なる食の変化ではなく、伝統的な「分かち合い」の精神と、新しく入ってきた「現金」という波がぶつかり合っている象徴なんですね。

コーヒーの香りと「ワントーク」の絆

────食後のコーヒーが届きました。パプアはコーヒーの産地なんですか?

(APO店長) はい、実は1960年代にジャマイカから「ブルーマウンテン」の苗木が持ち込まれ、パプアの土地と相性が良くて定着したんです。今ではコーヒー豆を売って現金を得るのが、村人たちの数少ない重要な収入源になっています。彼らは豆を収穫して売るだけで、自分たちで焙煎して飲む習慣はあまりありません。道端に「量り買い業者」がいて、収穫した豆を持っていくとすぐに現金が手に入る。そのお金でビールを買いに行ったりしますね(笑)。

呪い、食人、そして「生殖」の不思議な論理

────こちらのお店には、不思議なお面がたくさんありますが、先生、パプアにはまだ「魔術」や「呪い」の信仰が残っているのでしょうか。

非常に鋭いご質問ですね。店内に飾られている「マッドマン」のようなお面を見ると、おどろおどろしい儀式を想像されるかもしれませんが、実情はもう少し複雑です。まず、このようなお面や彫像といった造形物の多くは、現在は「生きた文化」としては失われつつあります。19世紀から20世紀にかけてキリスト教の宣教師が入り、急速に布教が進んだことで、伝統的な精霊信仰に基づいた道具は「悪魔の世界のもの」として廃棄されてしまったからです。今では、お祭りなどのパフォーマンスとして披露されることはあっても、日常の儀礼で使われることは少なくなりました。

ファスの祭礼(1982年撮影。栗田名誉教授提供)
ファスの祭礼(1982年撮影。栗田名誉教授提供)

しかし、目に見える道具がなくなっても、人々の心の奥底にある「魔術」や「呪い」への信仰は、驚くほど根強く残っています。彼らの世界観において、最も特徴的なのは「自然死」という概念が希薄であるということです。たとえ高齢で亡くなったとしても、あるいは不慮の事故で亡くなったとしても、彼らは「なぜ今、この人が死ななければならなかったのか?」という理由を、誰かの悪意や呪いに求めてしまいます。例えば、誰かが亡くなると「あいつが以前、自分を裏切ったことを恨んでいたはずだ」といった過去のトラブルと結びつけられ、それが「呪い(魔術)」の証明として扱われることがあります。こうした超自然的な力が原因だと信じられているため、時にはそれが復讐(リベンジ)の連鎖や部族間の紛争に発展することすらあるのです。私自身、現地で調査をする際は、この「呪いの論理」に巻き込まれないよう細心の注意を払っていました。 村の人に薬(抗生物質など)を頼まれて渡すときも、「これは非常に強い薬だから、もしこれでお前の病気が治らずに死んでしまっても、それは私のせいではないぞ」とあらかじめ明確に断りを入れていました。そうしないと、もしものことがあったときに「あの日本人が呪いの薬を盛った」と疑われ、取り返しのつかない事態になりかねないからです。このように、現代のパプアニューギニアはキリスト教国でありながら、その根底には今なお、目に見えない「魔術」の力が社会の人間関係やリスク管理に深く関わっている、非常に多層的な世界なのです。

────復讐……。かつては「食人」の文化もあったという話もありますよね。

ええ、パプアニューギニアは世界的にも「食人(人を食べる)」文化があった場所として比較的有名ですね。これについては研究者の間でも諸説ありますが、多くの調査結果から「実際にあっただろう」と考えられていますし、私自身も時間をかけてその実態を調査しました。私が村に入った40年前の時点ですでにキリスト教の浸透や政府の統治が進んでおり、実際に目の前で行われているわけではありませんでしたが、人々の家系図を辿りながら「この兄弟はどうして亡くなったのか」と詳しく聞いていくと、「敵にやられた(殺された)」という話が当たり前のように出てくるんです。そしてその話には、しばしば「食べられてしまった」という内容が付随していました。

────それは……現代の僕らからすると、かなり衝撃的なお話ですね。

非常に興味深いのは、その調理や解体の方法が、先ほどから話題に出ている「豚」とは明確に区別されていたことです。豚の場合は内臓まで余さず食べますが、人間の場合は内臓などは食べずに現場に残しておくのだそうです。それは、後で殺された側の遺族や仲間が現場から持ち帰り、弔いや供養(儀礼)ができるようにするためだと言われています。一方で肉の部分は持ち帰り、やはり伝統的な石蒸し料理の「ムームー」と同じ手法で、石を使って調理されたという話でした。

────単なる残酷な行為ではなく、そこには独自の論理や作法があったんですね。

その通りです。これらは決して空腹を満たすための「食事」ではなく、先ほどお話しした「復讐」や「敵対関係」という社会的な文脈の中で行われていたものです。誰かが死ねば「誰かの呪いだ」と考え、それが復讐の連鎖を生むという彼らの世界観において、食人はその極限の形として存在していました。現在は失われた歴史ですが、こうした強烈なエピソードの背後には、彼らが数万年かけて築いてきた複雑な人間関係のドラマが隠されているのです。

────先生は「セクシュアリティ」の研究もされているとか。

文化人類学の世界では、かつて男女関係や性の話は一種のタブーとして扱われ、正面から論じられることが少なかったのですが、1980年代頃から「セクシュアリティも人類学の重要なテーマとして取り上げよう」という動きが始まり、私もその議論に加わってきました。パプアニューギニアにおける「性」のあり方は、私たちが当たり前だと思っている常識を根底から揺さぶるほどユニークです。まず、「子供はどうやってできるのか」という生殖の論理が非常に独特です。ニューギニアの別の地域の事例では、子供ができるのに「男性は関与していない」と信じられている場所すらあります。そこでは、霊的なものが女性の体内に入ることで子供が生まれると考えられており、性関係と生殖が切り離されているのです。

一方、私が調査したファスの人々の間では、性関係によって子供ができることは認められていますが、そのメカニズムの説明が面白い。彼らによれば、「男性の白い液体(精液)」と「女性の赤い液体(経血)」が体内で混ざり合うことで、子供の体が形成されると考えられています。村では「あの家で双子が生まれたのは、旦那が白い液体を出しすぎたせいだ」なんていう冗談が真面目に語られたりもするんですよ。こうした性の話は、現地でも非常にデリケートなタブーです。調査を始めたばかりの頃に性器の名称などを聞こうとすると、村の人は思春期の若者のように照れてしまい、まともに答えてくれません。何年もかけて信頼関係を築き、「ワントーク(仲間)」として認められて初めて、こうした深い話ができるようになります。

ファスの若者と栗田名誉教授(1983年撮影。栗田名誉教授提供)

また、「いつ、どこで性行為を行うか」という点も、彼らの社会構造を反映しています。先ほどお話しした通り、男性はロングハウス、女性は個別の家と、男女が空間的に隔離されて暮らしているため、家の中で夫婦が共に過ごす時間はほとんどありません。ではどうするかというと、人里離れた自分たちの畑などで、人目を避けて「昼間」に行うのが一般的です。夜は「呪い」などの危険がある場所だと考えられているため、性的な活動の場にはなりにくいのです。さらに興味深いのは、「出しすぎは体に悪い」という禁欲的な信仰です。男性が性行為にかまけすぎると、体内の「大切な白い液体」が失われてしまい、どんどん痩せ衰えていくと信じられています。これは、若者が性に溺れないように自制を促す社会的な規律としても機能していると言えるでしょう。
一見すると「とんでも理論」のように聞こえるかもしれませんが、こうした性の論理を真面目に調べることで、私たちが「自然なもの」だと思い込んでいる家族や性の概念がいかに文化によって形作られているかが見えてくるのです。これこそが文化人類学の醍醐味であり、私がこの分野を研究し続けている理由の一つでもあります。

異文化という鏡に映る「自分たち」の姿

────40年間の研究を通じて、栗田先生が一番得られたものは何でしょうか。

私が40年間の研究を通じて一番に得られたものは、「人間社会の原点に立ち返って考える視点」です。私たちは普段、道路があり、車が走り、お金を払えば商店で食べ物が買えるという環境を「当たり前」だと思っていますが、パプアニューギニアの社会は、そうしたインフラや国家の仕組みがない中で、人間がいかにして生きていくかを突き詰めた世界です。例えば、パプアには「上から力で抑える権力」が伝統的に存在しません。その代わりに、人々は「ワントーク(仲間)」との日々の付き合いの中で、絶え間ない「ギブ・アンド・テイク(相互扶助)」を繰り返すことで、信頼関係と社会の安定を築いています。こうした社会を深く知ることは、私たちが当たり前だと思っている現代文明や「国家」「貨幣」という仕組みが、実はどれほど長い道のりを経て作られた、驚くべき信頼の体系であるかを再認識させてくれます。
文化人類学の醍醐味は、「自分たちとは全く違うものを見ることで、鏡のように自分たちの本当の姿を描き出す」ことにあります。パプアという鏡を通して、私たちの社会が何を大切にし、何を失ってきたのかを問い直す。その地道な作業こそが、私が40年以上かけて得た最も大きな財産です。……まあ、学術的な気づきは非常に大きいのですが、正直なところ、「日本料理は本当に美味しいし、何よりお塩があることはありがたい」ということも、身に染みて得られた教訓の一つですね。

ファスの祭礼(1986年撮影。栗田名誉教授提供)

────今日は美味しい料理と、深いお話を本当にありがとうございました。最後は現地の言葉でお別れしましょう。

こちらこそ、ありがとうございました。パプアニューギニアの深い文化の一端を、この青梅の地で皆さんと共有できて非常に有意義な時間でした。最後にお別れの言葉ですが、先ほどもお話しした通り、私が調査していたファス族の人々の間では、本来は別れ際に特定の言葉を交わす習慣はありませんでした。しかし、外部の人間との交流が増える中で、キリスト教や西洋文化の影響を受け、彼らなりに現地語の音を組み合わせて「挨拶」としての言葉を新しく発明したのです。
その言葉は、日本人にとっても非常に馴染みやすい響きをしています。 まず、「さようなら」は「アヤバ」と言います。そして、「ありがとうございました」は「スシエ」です。

 ────スシエ! アヤバ! 本日はありがとうございました!

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学びを広げるリンク集

訪れたお店の紹介

パプアニューギニア料理店

ニウギニ

東京都青梅市大柳町1203(JR青梅線 青梅駅 徒歩15分)

関連論文 

  • 「赤ちゃんはどこから来るの?」(『性の民族誌』所収、1993年・人文書院)

  • 「ニューギニア『食人族』の過去と現在」(春日直樹編『オセアニア・オリエンタリズム』所収、1999年・世界思想)

『地球の音楽』

東京外国語大学の世界各地・各ジャンルの 50名の専門家・研究者らが奏でる珠玉の音楽エッセイ集。
音楽は音楽は、その場所で個別に奏でられ、地球上で大気が流れていくように移動し、ほかの音楽と混じり合い、それぞれの場所で異なる音楽が鳴りわたりながら、地球全体が壮大な音楽を響かせている――。東京外国語大学の研究者たちが、それぞれの場所に固有の音楽の姿を、写真と文章で紡ぐ。世界の音楽エッセイを一冊に!

『地球の音楽山口裕之 橋本雄一〔編〕

ジャンル:音楽・文化・地域研究
版・貢:A5判・並製・292頁 
ISBN:978-4-904575-97-0 C0095
出版年月:2022年3月31日発売
本体価格:1800円(税抜)

https://wp.tufs.ac.jp/tufspress/books/book75/

本の表紙画像

世界を食べよう!―東京外国語大学の世界料理―

食を通じて文化を知る――そんな体験をもっと広げたい方には、東京外国語大学出版会の『世界を食べよう!―東京外国語大学の世界料理―』がぴったりです。料理から見える世界の多様性を、ぜひ味わってみてください。

世界を食べよう!―東京外国語大学の世界料理― 沼野恭子【編】

ジャンル:食文化・料理・地域研究
版・貢:A5判・並製・224頁 
ISBN:978-4-904575-49-9 C0095
出版年月:2015年10月30日発売
本体価格:1800円(税抜)

https://wp.tufs.ac.jp/tufspress/books/book39/

本記事に関するお問い合わせ先

東京外国語大学 広報・社会連携課

koho[at]tufs.ac.jp([at]を@に変えて送信ください)

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