地球ディッシュカバリー【第10回・前編】
言葉から見えてくる もうひとつのモンゴル
ゲスト:山越康裕教授
研究室を訪ねてみよう!
「地球ディッシュカバリー」10カ国目となる今回の舞台は、中国・内モンゴル自治区の北端、フルンボイル。そこに暮らす「ブリヤート」と呼ばれる人々が、今回の主役です。
彼らが生きるのは、冬の最低気温がマイナス50度にも達する極限の地。あまりの寒さに水道すら通せない環境の中、人々は深い井戸から水を汲み、乾燥させた「牛の糞」をかまどで燃やすという伝統的な知恵で、厳冬をサバイバルしています。しかし、そんな過酷な自然と共に生きる彼らが操る言葉の仕組みは、私たち日本人にとって驚くほど親近感にあふれるものでした。語順から助詞の使い方まで、まるで「遠い親戚」のようなつながりを感じさせるブリヤートの言葉。そこには、一体どのような世界が広がっているのでしょうか。
東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所の山越康裕教授をゲストに迎え、お笑いコンビ・ママタルトの二人と共に、東京都調布のモンゴル料理店「青空」を学びの舞台に、知られざるモンゴルの深層へと迫ります。
ゲスト: 山越 康裕 教授
東京外国語大学 アジア・アフリカ言語文化研究所 教授。東京外国語大学 外国語学部 モンゴル語学科を卒業。北海道大学大学院で博士(文学)を取得し、札幌学院大学を経て、2014年に母校である東京外国語大学に着任。記述言語学の手法を用いて、モンゴル諸語、とりわけ北部に分布する言語・方言の調査・研究を行う。特に内モンゴル自治区の「シネヘン・ブリヤート語」の調査・研究に長年従事するかたわら、現地の民話を日本語とモンゴル語の絵本にする活動も行っている。研究者情報
パーソナリティ: ママタルト 檜原洋平さん、大鶴肥満さん
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調布で再会する、幡ヶ谷の名店「青空」
────さて、本日の「学びの食卓」は、東京・調布市にあるモンゴル料理のお店「青空」さんです。こちらのお店は、もともと渋谷区の幡ヶ谷で20年もの間愛されていた名店なのですが、去年の6月にここ調布へと場所を移して再オープンされたんですよね。先生はこちらのお店にはよく来られるんですか?
私の勤める東京外国語大学は調布の隣の府中にありまして、私自身もその近所に住んでいます。幡ヶ谷にあった頃よりも、こちらに移転されたことで通いやすくなりました。
────なるほど、先生にとってここは、職場の近くで本場の味を楽しめる最高のスポットなわけですね。
その通りです。実は都内にあるモンゴル料理店でも、モンゴル国の方が経営されているお店と、こちらのように内モンゴル自治区出身の方が経営されているお店では、料理の系統が少し異なります。
モンゴル国と内モンゴル自治区、似て非なる「二つのモンゴル」
────先生、まずはモンゴルの基本情報から伺いたいのですが、いわゆる「モンゴル国」以外にもモンゴルはあるのでしょうか。
皆さんが一般的にイメージするのは、相撲などでもおなじみの独立国「モンゴル国」だと思いますが、実はモンゴル系の人々が暮らしているのはそこだけではありません。中国の北側にある内モンゴル自治区や、ロシアにもモンゴル系の人たちが暮らしています。人口では、モンゴル国は約350万人ですが、内モンゴル自治区は約2,400万人と非常に多くの方が暮らしています。もちろん、この2,400万人の多くは漢民族なのですが、モンゴル人だけで見ても約420万人います。つまり、モンゴル国よりも内モンゴル自治区に住むモンゴル人の方が多いというのが実態なんです。
────なぜ「内」モンゴルという呼び方なのでしょうか。
これには歴史的な経緯があります。今の中国ができる前、清朝という王朝があったのですが、その末期に、ゴビ砂漠を挟んで、当時の中心地だった北京に近い方を「内側(内蒙古)」、遠い方を「外側(外蒙古)」と呼んでいたことに由来します。ただ、「内モンゴル」という呼び方はあくまで北京中心の視点なので、モンゴル人の中にはこの呼び方を好まない人もいます。もともとモンゴル語では「北モンゴル」「南モンゴル」という呼び方をしているため、そのように呼んでほしいという声もあります。後に北側のモンゴル人は独立して「モンゴル国」となりましたが、内モンゴルの方は中国の一部に組み入れられ「内モンゴル自治区」となりました。この二つが一緒に独立しようという動きもあったのですが、最終的には分かれる形になったという複雑な歴史があります。内モンゴル自治区でもモンゴル語が話されていますが、私はその中でも、内モンゴル自治区の北にある「フルンボイル」という街の近くで暮らす、「ブリヤート」と呼ばれるモンゴル系の人々の言葉を調査しています。シネヘン川と言うのが近くにあるので、その地域の言語を「シネヘン・ブリヤート語」と言います。およそ6千人〜8千人が日常で使用している、モンゴル語のなかまの言語です。
羊の脂は「命の燃料」。塩入りお茶の衝撃
────最初のお料理が運ばれてきました。先生、こちらはどんなお料理ですか。
これは、「干豆腐(Ganduofu)」と呼ばれる干した豆腐のサラダです。内モンゴルの料理は、モンゴル国に比べると少し中華料理のエッセンスが入っているのが特徴ですね。そしてこちらが、モンゴル料理の代表格「ボーズ(蒸し餃子)」です。見た目は小籠包のようですが、中身は羊の肉がぎっしり詰まっています。
────それでは、さっそくいただきましょう! 先生がご専門のシネヘン・ブリヤート語で「いただきます」「乾杯」は、なんと言うんでしょう。
シネヘン・ブリヤート語には「いただきます」という決まったフレーズはないんです。日常生活では、食事ができたと呼ばれて席に着いたら、着席した人からどんどん食べ始めるのが一般的です。日本のように全員が揃うのを待って、一斉に挨拶をしてから箸をつけるという文化ではないんですね。ちなみに「乾杯」についても決まったフレーズがあるわけではなく、その場に合わせて「皆さんの健康と幸福を祈って」といった挨拶をしてから盃を掲げるのがモンゴル流です。
────では、いただきます!・・・(千切り豆腐サラダを食べて)あ、ちょっとスパイシーですね。でも美味しい! カレーというか、タンドリーチキンのようなスパイシーな風味を感じます。
私が調査で行っている地域でも、パーティーなどの際の前菜としてよくこういった料理が出てくるんですよ。
────続いて、ボーズをいただきます。・・・(ボーズを食べて)肉汁がすごい!
────モンゴルの方はこれを日常的に食べているんですか?
普段の食事で出ることもなくはないのですが、やはり「モンゴル料理といえばこれ」と言われる、おもてなしやハレの日を代表する一品ですね。中身は基本的に羊の肉ですが、牛の肉を使うこともあります。ボーズは中国語で「包子(パオズ)」なので中国から伝わっている料理ですね。実は、モンゴルの調理法がこのボーズのような「蒸す」、あるいは「茹でる」という形が主流なのには理由があるんです。モンゴルは寒さが非常に厳しい地域ですから、寒さをしのぐために脂分をしっかりと摂取してエネルギーを蓄えることが命に関わります。もし肉を「焼いて」しまうと、調理の過程で貴重な油が外に落ちて逃げてしまいますよね。ですが、蒸したり茹でたりすれば、肉の脂を逃さず、余すところなく体に取り入れることができます。現地では「赤身」と「脂身」を別の食材として使い分けるほど脂を大切にしているんですよ。
────このお茶、色が独特ですが……しょっぱい。でも、スープみたいで落ち着く味です。
塩が入ったミルクティーです。モンゴルの多くの地域では塩を入れます。モンゴルでは「スープ」に近い感覚で飲まれます。
────先生、お食事のときに飲むお酒というのは、どのようなものがあるんでしょうか。
内モンゴル自治区では穀物を使った「白酒(パイチュウ)」という中国の蒸留酒が出ることが多いですね。一方で、モンゴル国の方では、ロシアの影響もあって白酒の代わりにウォッカがよく飲まれています。基本的にはアルコール度数が40度くらいあるような、強いお酒が好まれる傾向にあります。
────ビールなどは飲まないんですか?
ビールも出ますし、飲む人もいます。ただ、現地の人たちは「熱い食べ物と一緒に冷たいものを飲んではいけない」とよく言いますね。冷たいものを一緒に摂るとお腹を壊すと言われているのですが、これはおそらく、羊の脂の融点が高いことが関係しているのだと思います。熱い羊料理を食べている最中に冷たいビールなどで胃を冷やしてしまうと、脂が固まってうまく消化できなくなってしまうのでしょう。
マイナス50度のサバイバルと言葉のフィールドワーク
────先生のご専門であるモンゴルの言語、中でも「シネヘン・ブリヤート語」についても伺いたいです。興味を持たれたきっかけは?
元々は、東京外国語大学のモンゴル語学科に入学したことが始まりです。せっかくアジアの言語を学ぶなら、「人と違う、あまり人が勉強していないような言葉をやりたい」という気持ちが強かったんですね。それに加えて、実は私、暑いところが非常に苦手なんです(笑)。「涼しそうな場所」という条件で候補を絞っていった結果、モンゴルという選択肢が残りました。その後、大学院に進んでから「実際に現地へ行って、まだ他の人が研究していない言語をフィールドワークで調査しよう」と考えました。いくつか候補があった中で、この「シネヘン」という場所に暮らすブリヤートの人々が最終的な候補に残ったんです。これが本当に偶然なのですが、とある先生の研究室に相談に行った際、そこにちょうどシネヘン出身の留学生がいたんですよ。「うちの実家に泊まってもいいですよ」と言ってくれて、それがきっかけで2000年に初めて現地へ行きました。それ以来、2017年までほぼ毎年現地に滞在し、彼らと生活を共にしながら、サバイバルで言葉を身につけて調査を続けてきました。
────現地の方は、どのように暮らしをしているんですか?
私が調査をしているフルンボイル市は、北海道と九州を足したくらいの大きさがあり、都市には30万人の人が暮らしています。都市部ではマクドナルドもケンタッキーもあり、大都市ですが、私が調査している村は伝統的な暮らしをしています。インフラについては、まず水道が通っていません。冬の寒さが厳しすぎて、水道管を通してもすぐに凍りついて破裂してしまうんです。そのため、各家庭で地面を深く掘って井戸を作り、そこから水を汲み上げて生活しています。一方で、電気は通っていますし、皆さんスマホも持っていて、水道以外は私たちの生活とあまり変わりません。
────電気はあるのに水道はない……。冬の寒さは相当なものなんでしょうね。
冬の最低気温はマイナス50度に達することもあります。鼻毛は凍りますし、自然に出た涙が睫毛で即座に凍りつくような世界です。そんな極寒の地で命をつなぐために欠かせないのが、家にある「かまど」と、その燃料となる「乾燥させた牛のフン」です。草しか食べていない牛のフンは実質的に繊維の塊なので、しっかり乾燥させると全く臭わず、非常に優れた燃料になるんです。
────なるほど。食事についても、季節で違いがあるとか。
はい、かつての伝統的な食生活では、冷蔵庫がないため暑い時期には肉をさばかず、夏は乳製品(ヨーグルトや馬乳酒など)を中心に食べてお腹の中を綺麗にし、冬におもに肉を食べるという食生活を送っていました。
────先生が現地でキツかったことではどんなことがありますか。
最初にキツかったのは、寒さですね。冬は最低気温がマイナス50度になることがあります。最高気温がマイナス20度という環境です。夏は夏で40度くらいまで上がるので、気温差が90度くらいあります。
トイレも外にあって、マイナス30度の中を完全防備で行かなければなりません。ただ、冬は排泄物もすぐに凍ってしまうので、夏よりも臭いがせず快適だという面もあります。
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学びを広げるリンク集
訪れたお店の紹介
モンゴル料理店
青空
東京都調布市小島町1丁目34−9(京王線 調布駅 徒歩5分)
モンゴル諸語のオンラインデータベース
- モンゴル諸語対照基本語彙(https://mongolicbv.aa-ken.jp/index.htm)
- モンゴル語およびその関連諸言語のテキスト資料を公開するオンラインデータベース(https://mongolictxt.aa-ken.jp/)
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世界を食べよう!―東京外国語大学の世界料理― 沼野恭子【編】
ジャンル:食文化・料理・地域研究
版・貢:A5判・並製・224頁
ISBN:978-4-904575-49-9 C0095
出版年月:2015年10月30日発売
本体価格:1800円(税抜)
本記事に関するお問い合わせ先
東京外国語大学 広報・社会連携課
koho[at]tufs.ac.jp([at]を@に変えて送信ください)



