地球ディッシュカバリー【第11回・前編】言葉も習慣も多様な民族が暮らす国 マレーシア ゲスト:河合文准教授
研究室を訪ねてみよう!
東南アジアに位置する多民族国家、マレーシア。マレー系、中華系、インド系といった多様な民族が、それぞれの言語や習慣を守りながら共生し、独自の社会を築いています。今回の「地球ディッシュカバリー」の主役は、マレーシアの民族グループ「オラン・アスリ」の一つである「バテッ」の人々です。今回のゲストである河合文准教授は、文化人類学を専門とし、「バテッ」の人々を研究の対象としています。彼らは熱帯雨林の中で吹き矢を用いて狩猟を行い、嫌なことがあればその場を立ち去る「執着しない」生き方を大切にしています。河合准教授は、かつて彼らのコミュニティに2年間滞在し、生活を共にしながら「環境と人間」の深い関係性を調査してきました。
お笑いコンビ・ママタルトの二人と共に、日本初のハラール料理店としての歴史を持つ東京都池袋のマレーシア料理店「マレーチャン」を学びの舞台に、知られざるバテッの世界に迫ります。
ゲスト: 河合 文 准教授
東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授。専門は文化人類学、民俗学。 2016年に千葉大学大学院博士課程を修了し、2020年より現職。2009年にマレーシアの民族グループ「オラン・アスリ」の一つである「バテッ」の村を初めて訪問して以来、彼らの社会に入り込むフィールドワークを継続している。2010年からは2年間現地に滞在し、居候をしながら森での狩猟採集生活を共にした。現在は、政府の政策による定住化が進む中での「人口動態」や、生活習慣の変化がもたらす「身体や健康への影響」を主な研究テーマとしている。研究者情報
パーソナリティ: ママタルト 檜原洋平さん、大鶴肥満さん
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マレーシア、歴史が織りなす多様な文化と「自然の人」を訪ねて
──本日の“学びの食卓”は、池袋にある、マレーシアを中心とした東南アジア料理のお店、「マレーチャン」さんです。
この「マレーチャン」、35年以上前にオープンした日本で初めてのイスラム教のハラール料理店でもあります。店主によると、当時は日本にハラールレストランがほとんどなく、マレーシアのハラールセンターの協力を得て、日本を訪れるイスラム教徒が安心して食事ができる場所として誕生したという歴史があるお店です。
──まずは、マレーシアの基本情報から教えていただけますか。
マレーシアは、タイの南側に位置するマレー半島南部と、海を隔てたボルネオ島の北側から構成される国です。面積は日本の約0.9倍、人口はおよそ3,400万人です。公用語はマレー語ですが、都市部では英語が広く通じるほか、中華系の人々の間では中国語も日常的に使われています。首都のクアラルンプールは、マレー語で「泥の川(ルンプール)の合流点(クアラ)」という意味を持っています。
また、非常に特徴的な国王制度を持っています。マレー半島の各州には「スルタン」と呼ばれる伝統的な王がいて、その中から5年ごとに交代で国の国王(アゴン)が選ばれるという仕組みがあります。国王は政治に直接関与しない象徴的な存在であり、行政のトップとしては別に首相が存在しています。
マレーシアは「多民族国家」としても知られていますが、主な民族構成は、マレー系(ボルネオの先住民を含む「ブミプトラ」)が約7割、中華系が2割強、インド系が1割弱となっています。この背景には、イギリス植民地時代にゴムやスズといった資源開発の労働力として多くの人々が流入し、当時の統治政策によって民族ごとに異なる教育や政治体制の中に置かれたという歴史があり、それが現在の民族区分に大きな影響を与えています。
──先生は、そんなマレーシアについて、どんな研究をされているんでしょうか。
私は文化人類学を専門としており、マレーシアに元々住んでいる先住民族である「オラン・アスリ」について研究しています。「オラン・アスリ」という言葉は、マレー語で「オラン」が「人」、「アスリ」が「自然の」や「元々の」を意味し、合わせると「自然の人」や「先住民」という意味になります。これは一つの民族を指す言葉ではなく、実際には18もの異なる言語や習慣を持つグループの総称です。私はその中の一つで、「バテッ」という人々(「バテッ」はバテッ語で「人」を意味する)の社会に入り込み、長期的なフィールドワークを行ってきました。2010年からは2年間現地に滞在し、彼らの家で居候をし生活を共にしながら、一緒に水汲みに行ったり、彼らが吹き矢を使って狩猟をしたり森の資源を採集したりする暮らしを間近で調査してきました。かつてはジャングルを移動しながら生活していた人々も多かったのですが、現在は政府の政策によって定住化が進められ、村に家や小学校が建設されて、イスラム教育を受けたりする変化も見られます。
多民族国家、マレーシアの食卓――サテ、オタオタ、ムルタバから知る文化の融合
──さあ、最初のお料理が運ばれてきました。先生、どんな料理かご説明いただけますか。
こちらのお皿に並んでいるのは、マレーシアを代表する料理たちです。まず「サティ」は、鶏肉などをレモングラスやターメリック(ウコン)に漬け込んで焼いた串焼きで、ピーナッツソースをつけて食べます。次にバナナの葉に包まれているのは「オタオタ」。魚のすり身にスパイスなどを混ぜて蒸し焼きにしたもので、屋台でもよく売られています。そして「ムルタバ」は、インド系ムスリムにルーツを持つミートパイのような料理です。
──それでは、いただきましょう! 先生、マレーシアで「いただきます」は、何と言うんでしょうか。
マレー語で食事をすることは「マカン(Makan)」と言いますが、私が研究しているバテッの言葉では、食べることを「チッ レ」と言います。「チッ」が「食べる」、「レ」が「〜してね」といったニュアンスで、何かを差し出されたときに「食べてね」という意味で使ったり、自分に対して「食べよう」というニュアンスで使ったりします。
──(サテを食べて)・・・美味しい! 先生、「美味しい」は何と言うんでしょうか。
マレー語では「スダップ(Sedap)」と言います。バテッの人たちに美味しいか聞くと、「ブデェエッ、ブデェエッ」と答えてくれます。
──(オタオタやムルタバを食べて)・・・ブデェエッ、ブデェエッ! マレーシア料理の特徴って、何でしょうか。
マレーシア料理の最大の特徴は、ココナッツミルクと多様なスパイスをふんだんに使うことです。味付けは「甘くて辛い」ものが多く、全体的に脂っこい料理を好む傾向があります。また、多民族国家であるマレーシアらしく、異なる文化が融合していることも大きな特徴です。例えば、インド系ムスリムにルーツを持つミートパイのような「ムルタバ」や、中国やベトナムの影響を感じさせる「生春巻き」など、各地の食文化が混ざり合っています。
さらに、イスラム教徒(ムスリム)が多いため、豚肉を一切使わない「ハラール」が食生活の基本となっています。肉を調理する際も、宗教的な資格を持つ人が特定の作法で屠殺し、血を完全に抜いた肉(ハラール認証を受けた肉)を使用しなければなりません。
マレーシアの人は甘いものが大好きで、マレーシアは砂糖の消費量が非常に多い国として知られています。練乳入りのミルクティーや、非常に甘いジュースやデザートが好んで親しまれています。
マレー系の人々はイスラム教徒(ムスリム)が多いため、基本的にお酒は飲みません。酒税が非常に高く設定されているので、都市部の一部で飲まれることはあっても、森で暮らすバテッの人々の生活にもお酒の習慣はありませんでした。
バテッの家族と過ごした濃密な2年間
──そもそも、先生がマレーシアに興味を抱いたきっかけは?
私がマレーシアに興味を持った根底には、もともと動植物が大好きだったということがあります。単に自然を眺めるだけでなく、それらが人々にどのように利用され、どのように認識されているのかという「人間と自然の関係性」を深く知りたいと考えていました。
最初に当時の先生に連れられて行ったパプアニューギニアでした。そこでの経験も非常に魅力的でしたが、フィールドワークを継続するにあたって治安などの不安要素もあり、「より治安の心配が少なく、かつ豊かな自然が残っている場所」として恩師たちがマレーシアを紹介してくださったのが、この国を調査地に選んだ直接的なきっかけです。特にマレーシアの熱帯雨林には、ショウガ科の植物をはじめとする熱帯特有のハーブや樹木が豊富に自生しています。これらがバテッの人々の暮らしの中で、料理のスパイスや病気の治療薬、さらに移動生活の際のキャンプの材料(床に敷く葉や屋根)としてどのように活用されているのかという点に、非常に強い関心を惹かれました。
──いつから現地で調査を始めたのですか。
私が初めてバテッの村を訪れたのは2009年のことです。当時はまだ千葉大学の学生でした。クアラルンプールからバスで4時間ほど移動し、そこからさらにレンタカーを自分で運転して2時間ほどかかるような場所に村はあります。先生方と一緒でしたが、初めて村に足を踏み入れたとき、椰子の葉の屋根でできた高床式の家が円形に並び、その中で子供たちがキャッキャと走り回っている光景を見て、「あ、ここで調査をしたい!」と直感的に強く惹かれたのを覚えています。村のすぐ裏には豊かな森が広がっており、その雰囲気も非常に魅力的でした。その翌年である2010年の夏から、丸2年間現地にどっぷりと滞在して調査を行いました。
当初は自分用の家を作ってもらいましたが、最終的にはいくつかの家族の家に居候させてもらう形になりました。女性一人だと危ないと、子供たちが一緒に寝てくれたりもしましたね。バテッの女性たちと一緒に川へ水汲みに行き、家事の手伝いをしながら日々を過ごしました。たまにお腹を壊したときなどは休養のために街に出ることもありましたが、基本的には2年間、彼らのコミュニティの中で生活を共にしました。この長期滞在は、2016年に博士課程を修了するまでの研究の大きな土台となりました。
──「バテッ」の人々は、どんな民族で、どんな暮らしをしているのでしょうか。
彼らは非常に特徴的な外見をしています。肌の色が濃く、髪の毛はくるくるとしたカーリーヘアです。体格は小柄で、150センチ台など、多くの日本人の平均よりも背が低いです。彼らはとてもおしゃれで、森を歩きながら見つけた花を髪に刺して飾る習慣がありますが、くるくるの髪のおかげでピンなどがなくても花がすっと留まり、それを羨ましく思ったりもしました。
性格は非常にオープンで明るく、自分の感情に素直ですね。自分に素直に生きている彼らのあり方は、非常に魅力的です。嫌なことがあったときに恨みや怒りを溜め込まず、その場から逃げて立ち去ることで解決しようとする「執着しない、さっぱりとした」性格です。誰かを攻撃したり粘着したりすることを良しとせず、心穏やかに生きることを大切にしています。
かつては森の中を移動しながら、地面に葉を敷いて、その上にヤシの葉でつくった屋根をつけるという簡易な「家」を使っていました。狩猟採集が基本で、吹き矢を使って猿(リーフモンキー)やトカゲ、タケネズミ、リス、コウモリなどを捕らえて食べます。また、川は水浴び、水飲み、洗濯、トイレとして、上流と下流を使い分けながら生活に欠かせない場となっています。
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学びを広げるリンク集
訪れたお店の紹介
マレーシア料理店
マレーチャン
東京都豊島区西池袋3丁目22-6(池袋駅 徒歩5分)
川筋の遊動民バテッ
マレー半島の狩猟採集民バテッ。縦横無尽にひろがる支流を全て記憶し、川の名を子に授け、自分の川で死ぬのを理想とする彼らは、地図上の領域で世界を区切る我々とはまったく別の風景をみていた。しかしいま、陸路とプランテーションの開発が迫るなかで世代がくだるごとに空間認識は変化しはじめている。川と陸路の風景のせめぎあいが私たちに問いかけるものとは。
『川筋の遊動民バテッ:マレー半島の熱帯林を生きる狩猟採集民』河合 文 著
出版社:京都大学学術出版会
シリーズ:生態人類学は挑む MONOGRAPH 5
A5並製・334頁
ISBN: 9784814003747
発行年月: 2021/12
世界を食べよう!―東京外国語大学の世界料理―
食を通じて文化を知る――そんな体験をもっと広げたい方には、東京外国語大学出版会の『世界を食べよう!―東京外国語大学の世界料理―』がぴったりです。料理から見える世界の多様性を、ぜひ味わってみてください。
世界を食べよう!―東京外国語大学の世界料理― 沼野恭子【編】
ジャンル:食文化・料理・地域研究
版・貢:A5判・並製・224頁
ISBN:978-4-904575-49-9 C0095
出版年月:2015年10月30日発売
本体価格:1800円(税抜)
本記事に関するお問い合わせ先
東京外国語大学 広報・社会連携課
koho[at]tufs.ac.jp([at]を@に変えて送信ください)



