オランダ・ライデン大学での日本語教育インターンシップ ~博士前期課程・小澤七奈さんインタビュー~
外大生インタビュー
東京外国語大学大学院博士前期課程で、日本語指導が必要な児童生徒へのICT教育活用を研究する小澤七奈さん。学部時代は週6日をボート部に捧げ、現在はローイング競技の審判資格も持つというアクティブな一面を持つ小澤さんが、次なる挑戦の場に選んだのはオランダでした。 世界初の日本学科が設立された歴史あるライデン大学での1年間。それは、単なる「教育実習」の枠を超え、教案作成から成績評価までを担い、さらには「お笑いワークショップ」や天皇陛下の視察といった稀有な経験に満ちた日々でした。自分自身のティーチングとみっちりと向き合い、日本語教師としてのアイデンティティを確立させたという小澤さんに、異国の地での「誕生と成長」の物語を詳しく伺いました。
「母語を外国語として見る」衝撃から始まった、日本語教師への道
── まずは、小澤さんが日本語教師を目指したきっかけを教えてください。
高校2年生の時にオーストラリアへ1か月ほど留学したのですが、現地の高校の日本語クラスで先生から「日本人として助っ人をしてほしい」と頼まれて参加したのが始まりです。そこで「母語を外国語として見る」という初めての体験をして、それが非常に面白かったんです。ただ、同時に自分の母語であるはずの日本語を全然うまく説明できないことにも気づき、「これを教えられるようになりたい」と日本語教師という職業に興味を持ちました。
── それが、東京外国語大学への進学につながったのですね。
はい。日本語教育を専門的に学べて、さらに海外からの視座で日本について学べる国際日本学部に進みました。大学院に進学したのも、学部時代からお仕事を経験する中でより深く学びたいと考えたからです。現在は、日本語指導が必要な児童生徒へのICT教育の活用方法について、日本語教育的視点から研究しています。
── 研究以外にも、かなりアクティブに活動されていると伺いました。
学部時代は端艇部(ボート部)のマネージャーを週6日でやっていました。その「ボート愛」は尽きず、大学院に入ってからはローイング(ボート)競技の審判資格を取りました。将来の夢は、東京外大で培った語学力を生かして国際審判員になることです。実は、オランダでも現地のローイングクラブに参加していたんですよ。
シーボルトゆかりの地・ライデンでの挑戦
── 今回、インターン先にライデン大学を選んだ理由は?
ずっと海外で日本語を教えたいという思いがありました。ライデンという地名は、子供の頃に江戸時代の鎖国について勉強した時に「シーボルトハウス」がある場所として記憶に残っていて、日本と歴史的な関わりがあるイメージがありました。世界初の日本学科が設立された場所で日本語を教えられるなんて、挑戦しないわけにはいかないと思いました。
── 実際のライデンはどんな街でしたか。
運河が張り巡らされた、オランダ人も認めるほどかわいくてきれいな街です。レンブラントの生誕地でもあり、アムステルダムなどの大都市にも近くて非常に便利でした。ライデン大学自体もオランダ最古の大学で、街の中心部にあります。
── 授業ではどのような役割を担っていたのでしょうか。
ライデン大学では、日本学科と国際学科の二つの学科で日本語授業を担当しました。日本学科では1年生の聴解(リスニング)に特化した授業を、国際学科では1年生と2年生を対象に、初級前半から中級前半までの総合日本語を担当しました。どちらも上司の先生方と共同で教えていたのですが、非常に経験豊富な先生方の授業を見学させていただいたり、教案についてきめ細かなミーティングを重ねたりしながら、授業の方法を学び、実践を繰り返すという濃密な毎日でした。
── インターンとはいえ、かなり現場に深く関わっていたのですね。
そうなんです。単なる補助ではなく、コースのインストラクターの一人として成績評価まで責任を持って携わりました。作文課題の添削はもちろん、口頭試験や筆記試験の実施、そして採点に至るまでのやり方を一から教えていただきながら、責任を持って遂行しました。特に印象深いのは、日本学科1年生の中間試験です。聴解授業を担当していた私の提案を汲み取っていただき、(おそらく)日本学科初となるリスニング試験が行われたんです。私もリスニングの音声に登場したのですが、試験の後に学生から「小澤先生の声だってすぐに気が付きましたよ!」と声をかけてもらえたのは嬉しかったですね。
── 国際学科の授業についても教えてください。日本学科とはまた雰囲気が違うのでしょうか。
国際学科は非常に国際色豊かでした。すべての授業が英語で開講されているため、オランダ国内だけでなく、フランス、ドイツ、スペイン、イタリアなど、ヨーロッパ諸国を中心とした様々な国から学生が集まっています。彼らは国際学を本専攻として学びながら、地域選択として日本語を履修しています。そのため、限られた時間の中で文法の導入から口頭練習までを非常にテンポよく進める必要があり、授業中は「ぼーっとしている暇など一切ない」というような、活気とスピード感のある雰囲気でした。そこでは文化に触れる時間が少なかったので、東京外大がライデン大学に設置するGlobal Japan Office(GJO)のコーディネーターとして、書道体験やキャラ弁作り、ライデン大学植物園やシーボルトハウスへの見学ツアーなども企画しました。書道体験でかっこいい漢字を書こうと奮闘していた学生が、後で個人的に筆ペンを買って勉強を始めたとノートを見せてくれた時は本当に嬉しかったです。
「お笑い」がつないだ学生との縁と、天皇陛下の視察
── 日本学科で開催された「お笑いワークショップ」についても、詳しく聞かせてください。かなりユニークな試みですよね。
はい。きっかけは、ある学生の口頭試験でした。その子が思わずこちらが笑ってしまうような面白い話を披露したのですが、それを聞いた上司の先生が「もしお笑いコンテストがあったら優勝していたよね!」と話されていたんです。その言葉から着想を得て、「日本語でお笑いをやる」という企画を思いつきました。ちょうどその時、ライデン大学に来ていた日本人留学生の中に、日本の大学でお笑いサークルに入っていた方がいたんです。彼との出会いがこの企画の鍵でした。ワークショップの全体の構成作りや学生への告知・集客などは私が担当しましたが、実際のネタの作り方といった具体的な内容の考案から、当日の発表、さらには学生たちへの本格的な「漫才指導」まで、実務の核となる部分はすべて彼が担ってくれました。本学の国際日本学部でもお笑いを取り入れた授業実践が行われていることを知り、それらを参考にしながら約2ヶ月かけてじっくり準備を進めました。
── 2ヶ月も準備されたのですね。ワークショップはどのような内容だったのでしょうか。
全2回の構成にしました。1回目は「主に漫才について知り、実際にネタを作ってみる回」、そして2回目は「実際に漫才を発表する回」です。当日は多くの学生が参加してくれましたが、やはり人前で漫才を披露するのはとても勇気がいることですよね。最初はためらってしまう学生も多かったのですが、いざ挑戦してくれた学生たちは、みんな本当に素晴らしくて面白い漫才を披露してくれました。
── 学生たちの反応はどうでしたか。
驚くような後日談があるんです。このワークショップの直後に日本の大学へ留学した学生がいたのですが、なんと留学先の大学でお笑いサークルに入ったと聞いて、本当に驚きました。その学生は、私のワークショップで初めて「お笑い」というものに触れたと言っていたんです。自分が企画したことが、誰かの日本語学習やその後の道のりに何らかの影響を与えられたんだなと実感できて……。その報告を聞いた時は、非常に嬉しかったですし、挑戦して本当に良かったと思いました。
── ライデン大学の外では、どのような活動をされていたのですか。
月に1~2回ほど、アムステルダム日本語補習授業校でのボランティアに参加していました。ここは、平日はオランダの現地の学校やインターナショナルスクールに通っている「日本にルーツを持つ子どもたち」が、土曜日だけ集まって、日本の国語・算数(数学)・社会科のカリキュラムを日本語で学ぶ学校です。
── 具体的にはどのようなお手伝いをされていたのでしょうか。
小学生のクラスでは、算数の時間に一緒にコンパスや三角定規を使って図形を書く練習をしたり、絵本の読み聞かせをしたりしました。また、中学生のクラスでは、彼らの将来の進路の参考になるようにと、私自身のこれまでの歩みについてお話しさせていただく機会もありました。授業だけでなく、卒業式や入学式、さらには運動会といった日本の学校ならではの行事にも参加しました。子どもたちと接する中で、彼らが平日に通っている現地の学校のカルチャーを垣間見ることができ、とても興味深かったです。何より、海外という環境にいながら、土曜日を使って日本の勉強にも一生懸命取り組む彼らの姿には、私自身、非常に感銘を受けました。
── 任期の最後には、非常に貴重な経験もされたとか。
はい、ライデン大学をご視察された天皇陛下を間近で拝見する機会に恵まれました。日本学科の学生とお話しされている様子を見て、改めて日本の歴史とつながりの深い場所で教えているんだと強く実感しました。
手厚い指導と多国籍な仲間
── 今回のインターンシップで、特にご自身の中で変化を感じた部分はありますか。
一言で言えば、まさに日本語教師としての「誕生と成長」の1年だったと感じています。実はオランダに行く前は、自分の中でまだ「日本語教師」としてのアイデンティティがしっかりと確立されていなかったんです。ですが、現地では上司の先生方が本当にきめ細かく、1から丁寧に指導してくださいました。自分のティーチングとこれほどまでにみっちり向き合う時間をいただけたことで、教育の基礎をしっかりと抑えられるようになりました。さらに、自分が日本語教師として今後どんなことができるのか、その可能性をより幅広く考えられるようになったことが大きな収穫です。
── ヨーロッパ、特にオランダの学生と接する中で、日本との違いを感じることはありましたか。
「複数の言語を使うこと」への感覚の違いには驚かされました。東京外大生の私にとっても、他言語を使うことはどこか「特別なこと」という感覚がありましたが、彼らにとっては3言語から5言語くらい理解できるのはごく当たり前のことなんです。ただ、そんな彼らにとっても、日本語はヨーロッパの言語とは仕組みが大きく異なるため、「話すのが難しい」と嘆く学生も少なくありませんでした。彼らの「多言語を話すことへの心理的ハードルの低さ」を活かして、なんとか日本語ももっと気楽に捉えてもらえないかと試行錯誤する毎日でしたね。でも、ライデン大学の学生は本当に真面目で、大変な勉強も楽しんで取り組んでくれました。「いつか日本に行くのが楽しみ!」と言ってくれる学生たちを教えるのは、私自身も本当に楽しかったです。
── 他国から来たインターンの仲間たちとの交流も、大きな支えになったそうですね。
はい、同じ志を持った同僚であり、それを超えてかけがえのない友人になりました。エジプトのインターンからは自分にはなかった優しさをたくさんもらいましたし、日本語が堪能な台湾のインターンには仕事で助けてもらうだけでなく、一緒に旅行にも行きました。特に韓国のインターンとは、私が学部時代に唯一、教養外国語で朝鮮語を上級まで履修していたこともあり、彼女たちの母語でじっくり話せたのが嬉しかったです。ある時、彼女たちが学生向けに「韓国舞踊」のワークショップを開くことになったのですが、私が東京外大の体育の授業で韓国舞踊を履修していたと話したら、「도와주세요(手伝ってください!)」と頼まれて(笑)。一緒に学生の前で踊ったのは良い思い出です。
── 素敵なエピソードですね!お別れの時も印象深かったとか。
滞在最後の日の夜に、インターン仲間全員で集まって、ライデンの運河をボートで巡りました。これまでの思い出を語り合いながら過ごしたあの時間は、一生忘れられません。
「なぜこれをするのか」を伝える大切さ
── 日本国内で教えるのと、海外の学生に教えるのとでは、また違った苦労や発見があったのではないでしょうか。
そうですね。オランダに行く前は都立高校で、日本で生活している生徒たちに日本語を教えていました。それに比べると、オランダの学生にとって日本という国は非常に「遠い」存在であるという点で、苦労も楽しさもありました。特に時間を割いたのは、リスニングやスピーキングの時間をいかに確保し、授業外でも実践してもらえるかという点です。日本人留学生による会話クラブへの参加を促したり、GJOコーディネーターとして企画したイベントに留学生を呼んで交流の場を作ったりと試行錯誤しました。
── その試行錯誤の中で得られた一番の「学び」は何ですか。
「教師としての練習の意図や思いを、しっかりと言葉にして学生に伝えること」の大切さです。 日本学科の聴解の授業で、ある時から「なぜこの練習をするのか」という意図を何度も伝えるようにしたんです。すると、学生たちの練習への向き合い方が目に見えて変わりました。「今日の授業の目的」を最初に伝えるという、教師にとっての基本を改めて捉え直すことができました。
── 小澤さん自身も、オランダ語を勉強されていたそうですね。
はい、毎日本当に少しずつですが。これは私がずっと意識していることなのですが、「学習者の母語を知ろうとすること」と「学習者の気持ちを忘れないこと」を大切にしています。 学部の時から、日本語と全く違う文字を使う言語などをあえて選んで学ぶようにしていました。オランダでも、現地の言葉を学ぶことで、「言葉の概念」を学生の視点から捉え直すことができ、彼らと向き合う上での大きなヒントになりました。
未来のインターン生へのメッセージ
── 大学院での研究(日本語指導が必要な児童生徒へのICT教育活用)が活きたと感じる場面はありましたか?
直接的な研究内容もそうですが、学部時代から続けてきた「日本語指導が必要な児童生徒へのサポート」という視点は、私の教育実践のベースにあります。ライデンでも、学生がいかに内容を理解し、ハードルを感じずに学べるかという視点で授業を考えられたのは、これまでの学びがあったからこそだと思います。
── この濃密な1年間の経験を、今後はどのように活かしていきたいですか。
日本語教師としての基礎を確立する1年を過ごし、非常にハイレベルなことを学ばせていただきました。ですが、この経験を本当に活かしきるには、まだまだ実践が必要です。 まずはここで学んだことをしっかりと自分のものにできるよう、これからも教壇に立ち続けたいです。そして、日本語教育を通して自分が人々に貢献できる「ぴったりの場所」を、これからも探し続けていきたいと思っています。
── 最後に、このプログラムに興味を持っている方へメッセージをお願いします。
ライデン大学は、先生方があたたかく手厚く指導してくださる、これ以上ないほど成長できる環境です。私自身、渡航前は教壇に立った経験は多くありませんでしたが、ここで1から学ぶことができました。何より、一緒に成長させてくれるような熱心な学生たちがいます。彼らのおかげで、私自身も日本語教師としての新しい一面に出会うことができました。日本語教育に携わる場所は色々ありますが、その選択肢の1つとして、ライデン大学のインターンシップは心の底からおすすめしたいと思います!
ライデン日本語教育インターンシップ報告会について
記事のインターンシップについての報告会を、2026年7月22日(水)11:50~12:30にオンライン(Zoom)で開催します。参加を希望する方は7月21日(火)15:00までに氏名、学籍番号、所属(学部等)を本文中に記載して、ojec-staff[at]tufs.ac.jpへお申込みください。報告会のミーティングURLをお送りします。
お問い合わせ先
東京外国語大学 広報・社会連携課
koho@tufs.ac.jp
