専門知を社会へ拓く:東京都写真美術館インターンシップ
〜博士後期課程・大西達貴さんインタビュー
外大生インタビュー
博士後期課程に在籍しながら、東京都写真美術館(Tokyo Photographic Art Museum :愛称はTOP Museum)で1年間の長期インターンシップを経験されている大西達貴さん。博士後期課程でインターンシップに参加しようと思った動機から具体的な活動内容、さらに大西さんご自身が考える写真の魅力、そして今後の展望までを伺いました。(本インタビューは2025年9月12日に行われました)
インタビュアー:博士後期課程・井上共誇さん
写真家ルイジ・ギッリと出会い、導かれて
──なぜ博士後期課程でインターンシップに参加しようと思ったのでしょうか。
学部生時代は、就職活動がちょうどコロナ禍と重なりました。当時はオンラインで報道系のインターンを複数経験しましたが、専門知識を活かしてより主体的、かつ領域を横断して社会とつながりたいという思いがあり、大学院への進学を決めました。一般的に、美術館インターンの応募資格は「大学院在学中若しくは修了者」(*1)とされていることが多いです。博士前期課程(修士課程)での参加も検討しましたが、教育実習や大学院入試、そして修士論文の執筆といった学業との兼ね合いを考慮し、自身の研究の方向性が定まってきた博士後期課程2年次でのインターンシップを志望しました。東京都写真美術館でのインターンシップに応募した大きな理由は、「総合開館30周年記念 ルイジ・ギッリ 終わらない風景」(*2)が予定されていたことです。高校生時代に古書店でギッリの著書『写真講義』(みすず書房、2014)に出会って以来の愛読者であり、写真の撮り方だけでなく、「写真を撮るとはどういうことか」という理論的な側面についても、彼のテクストを通じて考察を深めてきました。今回のインターンシップは、そのギッリの個展に携わることができる貴重な機会だと捉え、その強い思いを応募書類や作文に込めて提出しました。
(*1) 又は、大学院生もしくは修了者と同程度の能力・経験を有する者(募集要項より)
(*2) イタリアを代表する写真家ルイジ・ギッリ(Luigi Ghirri, 1943-1992)のアジア初の美術館個展
──東京都写真美術館との出会いは、今回のインターンシップが初めてだったのでしょうか。
いいえ。実は、学部の卒業論文を執筆する際、研究の問いを立てるきっかけとなったのが、2020年に開催された展示「TOPコレクション 琉球弧の写真」でした。展示されていたのは、報道やエキゾチシズム(観光)といった従来の枠組みには収まらない、沖縄に生きる人々の目線で捉えられた作品群です。それらに触れ、「写真家たちはなぜ、このような表現を可能にしたのか」という問いを抱きました。あわせて、自主ギャラリーやワークショップなどの協働を通じ、当時「本土」と沖縄の写真家の間に存在した「壁」がどのように認識されていたのか、という点にも強い関心を寄せています。
修士論文では、沖縄の写真家・比嘉康雄(1938-2000)の初期作品群「生まれ島・沖縄」を対象とし、比嘉氏がいかにして写真家としての眼差しを獲得・形成し、他の写真家とどのような関係を築いたのかを考察しました。博士後期課程進学後に発表した論文「沖縄、そして「本土」の眼差しの交叉によって描く写真地図 ―仲里効『フォトネシア 眼の回帰線・沖縄』をてがかりに―」(*3)は、卒論・修論から一貫して先行研究として扱ってきた仲里効氏の著書『フォトネシア 眼の回帰線・沖縄』(未來社、2009年)の書評論文として執筆したものです。
(*3) 『Quadrante : クァドランテ : 四分儀: 地域・文化・位置のための総合雑誌』第27巻, p. 235-245, 発行日2025-03-31, 東京外国語大学海外事情研究所、MIRAI生としての研究成果報告はhttps://www.tufs.ac.jp/mirai/fellowship/055526.htmlを参照。
写真を介して研究と社会の接点を探る
──インターンシップを経験してみてのご感想はいかがでしょうか。
写真を介して、多様な人々や新たな知識との出会いを日々経験しています。私は4月末のインターン開始直後から、7月初旬に開催された「ルイジ・ギッリ展」に向けた幅広い補助業務に携わらせていただきました。具体的には、担当学芸員の山田裕理さんと共にイタリアから届いた作品の色やサイズを一点ずつ確認したり、印刷会社の方との図録やチラシの校正作業に立ち会ったりといった実務です。また、美術館の公式Instagramに投稿する展示案内のテキスト草稿も作成しました。SNSでの発信は、プレスリリースやチラシよりも柔らかい文面を心がけるとともに、情報の受け手が「実際に個展へ足を運びたい」と感じてもらえるよう、あえて語りすぎない絶妙なバランスを意識して執筆しています。こうした展覧会準備だけでなく、作品の保存や管理など、写真作品そのものの物理的な取り扱いについても、日々の体験を通じて専門的な学びを深めているところです。
──苦労されていることはありますか。地名などの翻訳や表記には、かなり気を遣われたと伺っています。
はい。図録のテキストや作品情報の校正補助にあたって、特に難しさを感じたのは、イタリア語の資料に記された「イタリア国外の地名」をどう日本語で表記するかという点でした。例えば、オランダ語の地名「Egmond aan Zee」(*4) の「Egmond [ˌɛxmɔnt]」の末表記「ト[t]」については原語に寄せるのかどうかを確認する必要がありました。フランス語の地名「L'Île-Rousse」(*5) についても、冠詞を外した表記である「Ile Rousse」にするのかという細かな疑問が次々と浮上しました。
また翻訳されたテクストを確認する校正補助作業の過程では「embankment」の日本語訳を「川岸」とすべきか、「土手」とすべきかで表記の確認が必要となった箇所がありました。文字情報や地図を見た感覚からは「土手」と推察しましたが、担当学芸員の山田さんに質問したところ、現地の様子や作品の撮影時を知るギッリとその作品の関係者曰く「川岸」という言葉がふさわしいとの助言をいただきました。単なる言葉の置き換えではなく、作家やその作品に深く関わる方々とのコミュニケーションを通じて、作品が持つ本来の文脈を正確に汲み取ることの重要性を痛感した出来事でした。
(*4) オランダ・北ホラント州の北海沿岸にある村のこと。
(*5) フランス・コルス(コルシカ)島北部にある村。
──先日、ルイジ・ギッリ展に伺いました。空間が洗練されており、展示一つひとつがとても見やすい印象でした。準備の段階で何か工夫されていることはあるのでしょうか。
作品の構成や配置は、基本的には展覧会を担当される学芸員の方が決定されます。今回、私はその前段階の作業として、デジタル図面上に縮尺通りの作品を並べていく準備作業に携わらせていただきました。実際に会場が完成した後、学芸員の方とお話ししたり、ギャラリートークでの解説を伺ったりする中で、展示空間にはあえて「隙間」が意識的に作られているのだと分かりました。私個人としては、その余白が生み出す開放感のある空間を、まるで「回廊」のように捉えています。一つの作品を鑑賞している最中に、隙間から差し込む光や別の作品が自然と視界に入り込んでくるような設計が、非常に印象的でした。
──アクセシビリティへの配慮を含め、東京都写真美術館は「公共の場」としてどのように機能していると考えていらっしゃいますか。
東京都写真美術館は、子どもから大人まで幅広い年代の方々がそれぞれに訪れやすい、非常に開かれた場として機能していると感じます。例えば「ルイジ・ギッリ展」の会期中には、鑑賞後にスタジオでサイアノタイプ(青写真)(*6) 制作を体験できるプログラム(*7)が実施されるなど、展覧会をより深く楽しむための教育普及活動が充実していました。実は私自身も、以前この美術館の現像・プリントワークショップに参加したことがあり、その原体験が今回のインターン応募の一つのきっかけとなりました。実務に携わる中で、写真というメディアに馴染みがない方でも「体験によって学ぶ」機会が用意されていることに、親しみやすいミュージアムを目指す姿勢を強く実感しています。
一方、私個人の意見として、写真の鑑賞は視覚に頼る部分が大きいため、すべての人にその魅力を等しく伝えることには特有の難しさもあると考えています。現在、テキストの音声化や言葉による作品説明、手話通訳付きのギャラリートークといった、視覚情報を補完する取り組みが行われていますが、それらで補える部分と、実際に「イメージを見る」ことでしか伝わらない感覚的な部分が併存しているのが現状ではないでしょうか。
インターンを始めて約5ヶ月が経ち、現在は実務を通じて展覧会準備から作品管理、教育普及までを幅広く学んでいる段階にあります。こうした実践での気づきを積み重ねながら、これからの社会における(写真)美術館のあり方について、自分なりの考えを深めていきたいです。
(*6) サイアノタイプ(青写真)とは、銀以外の感光性材料によるものでは最も古い写真技法であり、英国の天文学者ジョン・ハーシェルによって1842年に発明された。この技法では日光などの光化学反応により鉄塩が還元されることによって鉄由来の顔料、プルシアンブルーが形成され、名前の通り青みを帯びた画像を形成する。ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボットのフォトジェニック・ドローイングと同じくカメラを必要とせず、また安価かつ容易に製作できたことから19世紀に広く普及し、20世紀には建築・設計図面の複製にも用いられた。日光写真とも呼ばれ、今日でもワークショップが実施されているほか、技法書やキットが販売されている。 参考:ベルトラン・ラヴェドリン、ジャン=ポール・ガンドルフォ、シビル・モノー[白岩洋子 訳]『写真技法と保存の知識 デジタル以前の写真―その誕生からカラーフィルムまで』(2017)青幻舎、164-165頁。
(*7) 小学生とその保護者が一緒に参加できるファミリープログラムとして実施された。https://topmuseum.jp/contents/workshop/details-5244.html
知識の積み重ねを多角的に活かす
──現在、東京都写真美術館でインターンシップに従事されているもう一人の方は修士課程の学生だと伺っています。大西さんのような博士後期課程の学生が実務に参加することに、どのような意義を感じていらっしゃいますか。
博士後期課程に在籍しているからといって、何か特別な活躍ができるとは考えていません。美術館での実務は私にとって初めての経験ですので、まずは謙虚な姿勢で、現場から学び取ることを何より大切にしたいと思っています。
一方で、これまで「越境的」に積み重ねてきた知識や経験が、実務の中で横断的に役立っていると実感する場面も増えています。例えば、「ルイジ・ギッリ展」のSNS広報用テキストを作成した際、ドイツの映画監督ヴィム・ヴェンダースに言及しました。彼がギッリの著書『写真講義』の帯文を寄せていたことから、学部時代の映画講義で鑑賞した代表作『ベルリン・天使の詩』の記憶が、現在の写真実務と鮮やかにつながったのです。写真は、見る側の脳内にある思考や知識によって、その見え方が刻々と変化していきます。知識が深まるほど、鑑賞するたびに作品の新たな魅力に気づかされる――。そうした多角的な視点を持って実務に臨めることこそが、研究を続けてきた学生が参加する一つの意義なのかもしれません。
瞬間を閉じ込め永遠化する
──大西さんにとって、写真の魅力とは何でしょうか。
私個人の観点として、写真は写真家(撮影者)がカメラ越しに見た世界を鑑賞者が覗き見るための「窓」であると同時に、ヒトやモノがその瞬間にその場所に存在したという「証(あかし)」でもあると考えています。特に、AIやデジタル加工技術が発展する前のフィルム写真は、その「存在の記録」としての性質がより鮮明に表れています。また、今回の「ルイジ・ギッリ」展でも展示されているポラロイド写真(*8)は、シャッターを切ったその場で像が浮かび上がります。その瞬間に得た発見や感動を、複製不可能な唯一無二の形として残せる点は、ポラロイドならではの魅力ですね。
(*8) 1937年創業のポラロイド社によるインスタント・フィルムは47年に白黒のものが発売され、60~70年代にかけてカラーでのインスタント・フィルムが専用のカメラとともに普及した。インスタント写真はシャッターが押された後フィルムがカメラ内のローラーを通過する間にアルカリ処理剤の袋が押しつぶされて広がることで露光したハロゲン化銀の層が現像される仕組みであり、約1分ほどでイメージが完成される。ポラロイドを含めインスタント写真はネガを持たない唯一無二の写真であり、複製もできないためコレクションにおいては特に注意深い取り扱いが求められる。 参考:ベルトラン・ラヴェドリン、ジャン=ポール・ガンドルフォ、シビル・モノー[白岩洋子 訳]『写真技法と保存の知識 デジタル以前の写真―その誕生からカラーフィルムまで』(2017)青幻舎、232-233頁。
──ギッリの作品を鑑賞していると、時に被写体が何であるか一瞬戸惑うことがありますが、そこに新たな魅力を感じました。見る人によって受け取り方が異なるのも、写真の奥深さかもしれません。
ユーモアが忍んでいたり、視点の置き方や鑑賞者の解釈一つで印象が劇的に変わる瞬間があったりする点こそ、ギッリが撮る写真の醍醐味と言えるのではないでしょうか。私自身、展示や図録を繰り返し眺めるたびに、常に新しい発見があります。
基礎を固め、「美術館×教育」へ
──今後の抱負を教えてください。
まずは、このインターンシップを通じて、写真とキュレーションに関する知識をより確かなものにしていきたいです。その経験を基盤として、写真の領域からさらに一歩踏み出し、教育や社会連携にも深く関わっていきたいと考えています。教育現場と美術館がより密接につながることで、学生たちが「本物」に触れる機会を増やし、社会に開かれた美術館、そして誰もが芸術文化に親しめる空間づくりに貢献していきたいです。
──大西さんは教員免許もお持ちとのことですが、「美術館×教育」という社会連携のあり方にも強い関心をお持ちなのでしょうか。
はい。博士後期課程修了後のキャリアパスとして、教壇に立つことも一つの大きな選択肢です。将来、教職員となった際には、美術館がどのように教育現場と連携を図っているのかを、実務を通じて間近に見た経験が必ず生かせると考えています。教室での学びを深めることはもちろん重要ですが、一歩外へ出て「本物」の作品に触れる体験は、学びをより一層豊かで深いものにしてくれると信じています。
──東京都写真美術館には図書室もあるそうですね。詳しく教えてください。
館内の図書室には、写真雑誌、特に私が研究対象としている1960~80年代の刊行物が非常に豊富に所蔵されています。例えば、私の研究対象地域である沖縄県で発行された自主制作の写真雑誌『LP』(Photogenic person’s peace, 2007年〜)といった地域レベルの刊行物まで網羅されており、国内で写真に関する情報を調べる拠点として、これほど心強い存在はありません。本学の学生の皆さんにも、ぜひ最大限に活用していただきたいですね。
──対談はここまでとなります。本日は貴重なお話をありがとうございました。
ありがとうございました。
【余談】東京都写真美術館周辺のあれこれ
──東京都写真美術館は恵比寿ガーデンプレイス内に立地していますね。美術館周辺で、大西さんおすすめのスポットはありますか。
そうですね、まずは美術館の1階にあるカフェ「フロムトップ」がおすすめです。展覧会とのコラボメニューが登場することもあり、鑑賞前後の余韻に浸りながら休憩するのに最適な場所です。また、平日のランチタイムには、恵比寿ガーデンプレイスの広場に日替わりで5種類ほどのキッチンカーが出店しています。大学の学食とはまた違った新鮮な雰囲気の中で屋外ランチを楽しむのが、私自身とても気に入っている時間です。夕方以降のおすすめを挙げるなら、やはりビアバーの「YEBISU BAR STAND」でしょうか。恵比寿という土地ならではの楽しみですし、風が心地よい夕涼みの季節には、テラス席で過ごすのも格別ですね。
──次に美術館を訪れた際には、ぜひカフェ「フロムトップ」にも立ち寄ってみようと思います。
はい、展覧会とあわせてぜひ足を運んでみてください。同じ作品であっても、複数回鑑賞する中で以前とは異なる印象を抱くことがあります。そうした「前回の自分とは違う視点」を実感できることも、美術鑑賞の大きな魅力です。ぜひ、存分に楽しんでください。
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東京外国語大学 広報・社会連携課
koho@tufs.ac.jp
