TUFS Today
TUFS Today
特集
東京外大教員
の本
TUFS Today
について

北極圏の未来を見つめて──国際サマースクールに参加 〜大学院博士前期課程・水垣 陽香さんインタビュー〜

外大生インタビュー

バナー画像

気候変動、資源開発、先住民族の権利──複雑に絡み合う北極圏の課題に、次世代のリーダーたちはどう向き合うのか。2025年6月23日(月)から7月2日(水)まで、ノルウェー北部の都市トロムソにあるトロムソ大学(UiT)で開催された「Open lectures at Future Leaders of the Arctic(北極圏の未来リーダー育成サマースクール)」には、アジア、ヨーロッパ、北米から選抜された学生と専門家が集い、学際的な対話を繰り広げました。

このサマースクールに参加した本学の水垣 陽香さん(大学院総合国際学研究科 世界言語社会専攻 博士前期課程)は、講義やフィールドワークを通じて、環境問題の新たな視点と、文学的想像力の可能性に触れたと言います。国際的な知見と個人的な気づきが交差する現地での学びについてインタビューしました。


──参加のきっかけと応募の経緯について教えてください。

今年度の博士前期課程の学生向けオリエンテーションで本プログラムの公募があり、応募しました。もともと環境問題には関心がありましたが、特に今年に入ってから、トランプ政権によるグリーンランドへの関心の高まりが報道されていたこともあり、北極圏が大国の利害に影響を受ける地域であることを強く意識するようになりました。今回のプログラムでは、北極圏における地政学が主軸の一つとなっていたため、ぜひ学びたいと思いました。

また、学部時代からネイチャー・ライティングという文学分野に関心があり、研究対象であるレベッカ・ソルニットの作品を読む中で、自然と「場所」「時間」「移動」「ランドスケープ」といった概念との関係や、世代間正義をはじめとする環境問題の倫理的側面に興味を持ってきました。自然豊かなトロムソの地で、これらのテーマについて自分の考えを深めたいと考えたことも、応募の大きな動機となりました。

──今回参加されたプログラムについて、簡単にご紹介いただけますか?

はい。今回参加したのは、ノルウェーのトロムソで開催された8日間の国際プログラムです。日本、インド、ドイツ、フィンランド、スウェーデン、アメリカなど、さまざまな国から学生が集まりました。東京外大からの参加者は私ひとりでしたが、本学で博士号を取得されたGunnar Rekvingさんのご紹介で、東京外大生向けに公募があり、応募して参加することになりました。

前半は、科学者や法学者、NATOなどの国際機関で活躍されている方々によるレクチャーが中心で、北極圏における政治や環境問題の現状について学びました。後半はグループに分かれて、最終発表として政策提言を行うという構成でした。

私は、先住民であるサミ族の権利や、環境問題の倫理的側面、人文学の分野からどのようなアプローチが可能かという点に関心があり、参加を決めました。

参照:トロムソ大学「Open lectures at Future Leaders of the Arctic」Webページ

息抜きにメンバーでハイキンク

──印象に残った講義やテーマについて教えてください。

科学者による講演の中で特に印象的だったのは、北極圏が地球温暖化の影響を最も早く、凝縮された形で受ける場所であるという指摘でした。温度上昇や氷床の縮小など、北極における変化が科学的に示される中で、こうした危機感を科学の枠を超えてどう伝えていけるのかという課題が強く印象に残りました。海氷の専門家であり、英国南極研究所(British Arctic Survey)の研究員であるジェレミー・ウェイルキンソンさんは、クリエイティブ産業との連携が不可欠であるとおっしゃっていましたが、私自身は文学的想像力が果たせる役割についても考えてみたいと思いました。つまり、科学的なデータだけでは伝えきれない感覚や価値観を、文学的な想像力を通じて補完できるのではないかと感じました。

最終プレゼンはUiTのCenter for Sami Studiesにて

──グループで取り組んだ政策提言と、そこでの学びについて教えてください。

私たちのグループでは、ノルウェー政府に対して深海採鉱のモラトリアム(暫定停止)を求める政策提言を作成しました。深海環境は非常に多様で、科学的に解明されていない種や要素が多く、現時点では採鉱による環境への影響を正確に測ることが困難です。また、国連海洋法条約(UNCLOS)のもとで設立された国際海底機構(ISA)は、運営や情報提供の透明性に欠けるとの批判があり、深海採鉱をめぐる利益配分や環境責任に関する仕組みが未整備であることも、モラトリアムを求める理由の一つです。

この政策提言に向けた調査を通じて、「不確実性」が北極圏の資源採掘における重要な概念であることを学びました。地球とそこに生きる生命への影響が不確かな中で、何を、どのような時間軸で優先するのかという問いは、「私たち」に誰が含まれるのか、そして「私たち」がどう生きるのかという根本的な問いと結びついていると感じました。

北極圏でのモニタリングを行うAMAPでのセッション

──北極圏の環境問題を考えるうえで、先住民族の視点も重要だと感じました。先住民族の権利や環境倫理についても考える機会があったと思いますが、どのような視点を得ましたか?

北極圏における資源開発や環境保護の議論を深める中で、先住民族の視点を取り入れることの重要性にも改めて気づかされました。北欧を中心に居住する先住民族のサミ族は、トナカイの遊牧や漁業などを通じて自然と共生してきた文化を持ち、北極圏の環境と深く関わってきた存在です。サミ族の権利については、近年、政策決定への参加機会が増えたり、環境保護に関する発言が尊重されるようになったりと、現在では発言権も拡大しているとのことでした。環境倫理の視点では、北極圏の開発がもたらす短期的な利益や「豊かさ」に対して、世代間正義といった長期的な視点をどう持ち込むかが大きな課題となります。開発と環境保護が根本的に相容れないものであるのではないかという点についても考える必要がありますが、環境倫理を考える際には、現代社会のあり方そのものを問い直す必要があると感じました。

寮の近くには赤を貴重とした伝統的なノルウェーの家々が

──他国の参加者との交流で印象的だったことはありますか? 今回の経験が今後の研究や進路を考える上でにどう影響しましたか?

国籍も専門分野も異なる学生が集まったプログラムでしたが、毎回の講義後には積極的な質問が飛び交い、講師のもとに列ができるほど、さらに講師との議論を深めようとする姿勢が非常に印象的でした。分野の垣根を越えて、一つの問題に向き合おうとし、その過程で、その場にいるすべての人の意見に丁寧に耳を傾ける参加者の姿勢から、私自身大きな刺激を得ました。

そして、このプログラムを通じて、多面的な視点を持つことの重要性をあらためて実感しました。特に気候変動のような複雑な問題に向き合うには、さまざまな学問分野や社会的アクターの関与が不可欠です。大学院での研究においても、そのことを常に意識していきたいと思います。また、「ネイチャーライティングと気候変動」というテーマにあらためて関心を持ったので、今後の研究でも深めていければと考えています。

4日間の集中講義で活発な議論が飛び交った教室

──最後に、これから参加を検討する学生へのメッセージをお願いします。

本プログラムが来年度も開催されるかは未定ですが、同様の機会があれば、ぜひ興味のある学生には積極的に参加してほしいと思います。そして、気候変動についての対話がもっと広がっていくことを願っています。

環境問題は、この地球に生きるすべての人が当事者です。気候危機のただ中にいる私たちは今、自分たちの生き方や社会のあり方そのものを問い直す岐路に立っています。環境問題は専門分野に関係なく、むしろ専門分野を超えて議論されるべき課題です。そのことに一人ひとりがそれぞれの形で向き合い、まずは対話を始めてみることが、今最も求められているのではないでしょうか。

息抜きのハイキングにて
PAGE TOP