自らの問いに出会い、それを磨き、放つことで社会を変えていく力を創造する〜大学院博士前期課程2年伊藤優花さんインタビュー〜
外大生インタビュー
東京外国語大学学際研究共創センター(TReNDセンター)では、学際研究と社会との「知の交流」を促進し、人文社会学系研究の位置づけを多角的に見つめ直す機会を提供しています。渋谷駅直結の大規模施設「渋谷スクランブルスクエア」15階に位置する共創施設「SHIBUYA QWS」 *1 を拠点とした本学学生(大学院生)と企業や自治体の方々との交流も取り組みのひとつです。
当センターの教職員と意欲的な大学院生たちが中心となり、言語・文化・地域への深い理解を基盤とした国際的な知見を社会のニーズへ活かす実践モデルを発信しています。
今回、QWSでの活動に協力している大学院博士前期課程2年の伊藤優花(いとう・ゆうか)さんがプロジェクトリーダーを務める東京外大Web・SNS研究会の4名から成るプロジェクトチームの「問い」が、QWSが募集する「未知の価値に挑戦するプロジェクト」(通称:QWSチャレンジ)見事採択されました。これを受けて、伊藤さんに発案からプロジェクト形成に至る過程まで、産官学連携における取組みのひとつとしてお話を伺いましたのでお届けします。
取材担当:下間 彩加(大学院総合国際学研究科 博士後期課程1年、広報マネジメント・オフィス 学生ライター)
―――今回の「問い」に至った経緯を教えてください。
現在、私自身がWebコンサルティングやSNS運用代行に携わっているため、その経験を踏まえた独自の切り口からSNSについて考えを深めたいと、今回の問いである「SNSで『世界』は本当に広がったのか」に出会いました。
―――なるほど、「運用者の立場からSNSを問う」ということですね。「問い」への入口はどこにあったのでしょうか。
そうですね、例えば、インターネット上ではよく「行きたい△△ランキング〇〇選!」といった記事を見かけると思います。このランキング記事には、SEO *2 といって個人や企業のWebサイトを検索結果の上位に表示させるための策が施されています。要するに、検索エンジンで上位に表示されるように、ユーザーが求めるコンテンツをWebサイトに組み込み、最適化する戦略です。でも、これって発信者が向いている先は伝えたい相手ではなく、検索エンジンなんですよね。だから書き手が書く文章の質よりもむしろ、タイトルや構成、検索される「キーワード」を組み込むといった小手先のテクニックで大量の読者を獲得できてしまうわけです。現在、私はHPの観点からWebコンサルティングやSNS運用代行を展開しています。Webページに載せる文章を書く際は、その質を重視しています。情報の送り手と受け手、両者の存在があってコミュニケーションが成り立つという前提に立ったとき、マニュアル化され一方的に発信された情報に人が集まるという実態に違和感を覚えました。また、人を見ないマーケターの投稿に魅せられるユーザーという関係性にも違和感を覚えます。こうした「違和感」が積もり積もって、「問う」ということを後押ししてくれたのだと感じています。
―――Web運用者ならではの鋭い観点ですね。伊藤さん率いるプロジェクトチームでは、①SNSの普及による影響を多面的に分析すること、②SNSの価値を再評価すること、③SNSの新たな可能性を発見することの3つを目的とし、特に「言語化能力や思考力」「多様性」「SNSと現実の境界」を軸に問いを掘り下げていくものと理解をしています。この点を、詳しくお聞かせ願います。
はい。では、まず「言語化能力や思考力」という点からお話しますね。
情報のfast化が招くslowな発信・処理への忍耐力低下
情報のfast化によって、多くの人が情報を反射的に発信し、反射的に受け取るというテンポ間をより重要視する傾向にあります。そうした中で、情報の拡散を望む発信者は、あの手この手でひとりでも多くの閲覧者を得ることに必死です。あるSNS媒体では「コメント欄まで操作(宣伝に利用)しろ!」と言われるくらい…。これは、短い動画の中に敢えてつっこみどころを残すことで閲覧者にコメントをもらい、新たな閲覧者を獲得するという「バズる*3」ための一戦略です。非常に巧妙ですよね。そして、不思議なことに新たな閲覧者にとってその動画が面白いか面白くないかは、再生する前の段階で他人が書き残したコメントによりジャッジされることになります。自ら考える負担の軽減が人々のタイパ*4嗜好と重なる反面、時間をかけて深く考えることへの耐性が失われているように感じられてなりません。また、個々人の利用方法にもよりますが、SNS上で他人が書いたものに共感する機会が増える一方、自ら「言語化」する機会は減っているように思われます。
―――「多様性」については、どのように考えているのでしょうか。
はい、一口に「多様性」といっても、語る切り口によって様々な見方ができると考えています。ここでは2例ほど紹介します。
多様化する『個』の魅せ方
情報の発信と処理のスピード感がより重視される中、最近では推敲を重ねた文章や吟味の末に選んだ写真よりも、むしろ今この瞬間を飾らずに発信することが好まれるように見受けられます。それがもっとも「あなたらしい」のだと。不規則に届く通知に合わせて写真を投稿し、日常を他人と共有するためのアプリが一時話題になりました。その瞬間の感情や置かれた状況を簡潔に、そして包み隠さず伝えることに「自然体」が現れ、美徳と受けとめられているのかもしれません。個の魅せ方が多様化する中で、SNSを一括りで語ることもより難しくなっています。
『塊』に集約される『個』
一方、運用者の観点から述べると、Webマーケターはユーザーを「個人」としてではなく、年齢や性別、社会的属性によってカテゴリー化し、「塊」として捉える傾向にあります。そもそも利用者の母数が多いため、致し方ない点はあるのかもしれません。ですが、翻って「個人」の捉え方にバイアスが生じたり、レッテルが貼られたりすることは課題として認識されるべきではないでしょうか。
―――大変興味深い現象ですね。「SNSと現実の境界」についてはいかがですか。
実は、この論点も非常に深いです。議論すればするほどに、問うことの難しさに気づかされます。
SNSと現実の境界
SNSが急速に拡大し人々の生活に欠かせないものとなる中で、SNSと現実の境界が非常に曖昧なものとなっているように感じられます。これは、現実の世界を軸にSNSをみる人とSNSの世界を軸に現実をみる人とが共存する、多様性の新たな局面とも捉えられるかもしれません。とても興味深い現象である一方、情報の真偽をめぐって意見の隔たりが生じるなど、軋轢や社会の分断を生む要因となっていることも事実です。自分と異なる意見を歓迎する姿勢や、多角的に物事を捉える力が、今後より重要になってくるのではないでしょうか。
―――伊藤さんがQWSを通じて世に投げかけた「問い」の奥深さを感じます。今後どのように「問い」を磨かれていくのか楽しみです。話は変わりますが、QWSチャレンジに応募したきっかけをお聞きしてもよろしいでしょうか。
はい。実は、QWSに足を運んだ当初は既存のプロジェクトチームに参加するつもりでいました。私自身の強みであるWebマーケティングを扱う「問い」を探していたんです(笑)ですが、なかなか見当たらず…。それならば、自らプロジェクトを立ち上げよう!と思い立ちました。
―――「ないものは自らつくる」を体現されたわけですね。素敵です!
ありがとうございます。今回のQWSチャレンジに応募したことをきっかけに、私を含む4人のプロジェクトメンバーに加え、東京外大Web・SNS研究会全体で活発な議論を展開することにつながっています。私自身、後輩から数多くの刺激をもらっています。研究会に所属する後輩たちにとっても、実りある時間となっていることを願うばかりです。
ここで、プロジェクトメンバーについて紹介をさせてください。詳細はHPからもご覧いただけます。
【「東京外国語大学Web・SNS研究会」のメンバー紹介】
伊藤 優花/プロジェクトリーダー(東京外国語大学大学院博士前期課程2年)
田端 愛寧/プロジェクトメンバー(東京外国語大学学部3年)
森川 紗衣/プロジェクトメンバー(東京外国語大学学部2年)
陶 彩葉/プロジェクトメンバー(東京外国語大学学部1年)
―――せっかくの機会ですので、「東京外大Web・SNS研究会」についても教えてください。
はい! 東京外大Web・SNS研究会は、WebやSNSの運用を議論し実践する場として2024年3月に活動を開始しました。毎週木曜日と金曜日に活動をしており、現在は学内外の17名ほどが所属するインターカレッジサークルです。他団体の広報に携わっていてSNSの運用力を伸ばしたい方から、SNSの運用経験はないけれどぜひ挑戦してみたいという方まで、東京外国語大学という枠にとらわれない、すべてのひとに開かれた場であること目指しています。インターンや就活を前に、一歩先に進むための「踏み台」として活用してほしいとの思いから団体の創設に踏み切りました。ですので、大学や専攻分野の垣根を越え、より多くの方にご参加いただけると嬉しいです。東京外国語大学の魅力を学内外に向けて発信するYouTube「TufTube」に興味がある方もぜひ活動を覗きに来てください! お待ちしています!
【東京外大Web・SNS研究会 関連リンク】
公式Instagram:https://www.instagram.com/tufs_websns/
公式X(旧Twitter):https://x.com/TUFS_WebSNS?mx=2
―――QWSを利用してみての率直な感想を聞かせてください。
スクランブルミーティング*5でメンターからいただく批評がとても良い刺激になっています。大学の外に出て、自分たちとは異なる角度から世界を切り取る方々の価値観に触れる。必ずしも肯定的な受けとめだけではありません。ですが、厳しいご指摘も「私たちのためを想っての意見」であり、新たな気づきの種として大切に持ち帰っています。議論を深める中で、温めた種からまた多くの芽が出るように意見がわく。自ら考え、そして相手に伝える喜びを抱きしめるような日々です。QWSでの出会いや発見に支えられています。現在は、メンターからアドバイスをいただく立場ですが、プロジェクトでの経験を生かして、将来はアドバイスをする側として社会に還元したいです。
またQWSチャレンジに参加をする中で、自分が面白いと思ってやっていることを「いかにわかりやすく伝えるか」を日々意識しています。これは大学院での研究生活のみならず、今後社会人として働く中でも生きる力だと確信しています。
―――最後にひと言お願いします!
明確な「解」のない問いに溢れた現代社会では、実際にやってみなければわからないことが数多くあると思います。私は思い立ったらすぐ行動に移すことを心掛けているのですが、そうした個人の「やりたい!」「挑戦したい!」を尊重し、そして実践を後押ししてくれる環境としてTReNDセンターやQWSがあるということを、学内外の方々に広く知っていただきたいです。大変おこがましいのですが、そういった場を活用してほしいなぁ…と。積極的に活用すると同時にこうした恵まれた環境があることへの感謝の気持ちも忘れてはいけないと考えています。TReNDセンターのみなさま、そしてQWSでプロジェクトを支えてくださっているみなさまに心より御礼申し上げます。ありがとうございます。
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注釈)
*1 渋谷キューズ:Question with sensibility (問いの感性) の頭文字をとったもの
*2 Search Engine Optimization: 検索エンジン最適化の略
*3 SNS上で多くの人の注目を浴びること
*4 タイムパフォーマンスの略
*5 QWSで活動をしているプロジェクトメンバー限定の予約制メンタリングイベントのこと
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本記事は取材担当学生により準備されましたが、文責は、東京外国語大学にあります。ご意見は、広報マネジメント・オフィス(koho@tufs.ac.jp)にお寄せください。