シリーズ「大学院ってどんなところ?〜東京外大の秘境を訪ねる〜」:「東京外大の大学院」だからこそできたこと:山田愛玲さん(香港研究・家族社会学)インタビュー
外大生インタビュー
「自分の研究テーマは東京外大でしかできない」、そのような思いを持って大学院の門をたたく学生は決して少なくありません。香港研究を行う山田さんもその一人です。「東京外大だからこそ経験できたことがある」、山田愛玲さんはそのように語ります。大学院進学の経緯や現地での調査、そして、TUFS Cinemaでの経験について伺いました。(取材は2023年度に実施しました)
山田愛玲(やまだ あいりん)さん:2024年3月大学院総合国際学研究科世界言語社会専攻国際社会コース博士前期課程修了。専門は香港研究・家族社会学。
取材担当:小勝周(おがつ あまね):大学院総合国際学研究科世界言語社会専攻国際社会コース博士前期課程2年
大学院進学について
―――東京外大の大学院に進学した経緯を教えてください
学部時代は、愛知県にある国公立大学の中国学科で、中国語に加え、中国の社会や政治、文化などを幅広く学びました。2年次には中国の南京大学に1年間留学をする機会にも恵まれました。3・4年次は中国政治を専門とするゼミに所属し、「返還後の香港における言論の自由に関する研究」をテーマに、政治学やジャーナリズム論を交えながら卒論を書きました。研究を続けたかったのですが、当時通っていた大学には香港を専門とされている先生がいらっしゃらなかったので、指導教員からのすすめもあり、香港・中国研究に造詣の深い先生が多数在籍されている東京外大の大学院に進学することを決意しました。
―――香港に関心を持ったきっかけは何ですか?
私の母は香港人なので、何か特別なきっかけがあったわけではないです。広東語や飲食文化、政治・社会問題などにもずっと関心はありましたし、「自分は日本人なのか、香港人なのか」といったアイデンティティーに関する葛藤を経験したことから、より香港に対する関心が深まったようにも思います。
ただ、香港を研究しようと思ったきっかけの1つは、2019年に香港で発生した大規模な抗議運動です。当時、日本においても、活発な報道や議論が行われていましたが、中にはSNS投稿や海外メディアの情報に基づく、やや一面的で感情的な捉え方も見られると感じていました。そうした態度やステレオタイプにとどまることなく、学術的な視点からあの一連の香港市民の動きを研究したい、そう思うようになっていきました。
その年の12月、つまり抗議運動が発生してからわずか7か月後に、東京外国語出版会から『香港危機の深層―「逃亡犯条例」改正問題と「一国二制度」のゆくえ―』(東京外国語大学出版会、2019年)という本が出版されました。日本の香港研究の層の厚さを実感すると同時に、そのような本を短期間で出版できる東京外国語大学の香港研究の底力のようなものを感じたことを今でも覚えています。これも東京外大の大学院を目指すきっかけの1つになりました。進学後、寄稿者の先生方や先輩方と実際にお会いすることができて、あの時読んでいた本の向こう側の世界を覗いている感じがして、なんだか感慨深い気持ちにもなりました。
―――大学院入試の対策について教えてください
私は大学院の秋季入試(一般入試)を受験しました。大学院進学に関する情報はあまり手に入らず、大学のホームページで公開されていた過去問もほぼ黒塗りでした。ですので、実際に愛知から東京外大のキャンパスまで訪れ、過去問をチェックして対策をしました。専門科目試験の対策としては、新聞やニュースを積極的に読んだり、卒論と重複する作業ではありましたが、先行研究を読み漁ったりしました。英語や中国語で書かれた先行研究を読むことは、外国語試験の対策にも有用だったと思います。
ただ、私が受験した年は新型コロナウイルス感染症の影響で筆記試験がなくなってしまい、研究計画書とレポートの提出のみとなりました。研究計画書の執筆にあたっては、学部時代の指導教員と何度も相談し書き上げることができました。私の大学院進学を強く後押しし、サポートしてくださった当時の指導教員には、一生足を向けて寝られません。
研究について
―――研究について教えてください
中国・香港の社会保障などをご専門とされている澤田ゆかり教授のもとで、2019年以降の香港市民の海外移住を、家族社会学やメディア論の観点から研究しています。2019年の抗議運動は、親密圏・家族を分断し、極端な政治的分極化を進展させました。加えて、近年では、何十万人もの香港市民が海外移住していることで、親密圏・家族の物理的な分断も発生しています。私は、海外に移住した香港の人々と、現地に残った家族との関係性がどのように変容したのか、またその背景には何があるのか、そういった人々の家族観を探求したいと思っています。これは移民研究にも関わる、重要な問題だという意識があります。
大学院生活について
―――大学院の日々について教えてください
今は大学院2年生なので週2、3回ほどキャンパスに来ています。大学院の講義は学部とは異なり、ただ席に座って先生の話を聞くだけではなく、事前に資料や書籍を読んできて、輪読やディスカッションを行うことが多いです。大学院に入ってから、自身の研究に関わる先行研究も含め、読む時間はとても増えました。長期休み中は、修士論文(修論)に必要な調査や、資料の入手、研究会・学会に参加するため、イギリスを中心にあちこち足を運びました。
大学院の講義や研究は、大変なこともたくさんあります。読まなければならない文献は山のようにあるし、修論と並行して就活や進学の準備もしなくてはいけない。修論も順調には進まず、書いては消し、書いては消し、何も書けなくてただ消す…、といった日が続いています。
そういった苦しい時は、講義やゼミ終わりに友人らとご飯を食べに行って「大変だよね」と共感しあったり、悩みを相談し合ったりしています。共通の敵(?)に立ち向かう仲間がいると思うと、踏ん張る力をもらえます。実はこの(インタビューの)後も、ゼミの友人たちと一緒に「おつかれさま会」として焼肉を食べに行ってきます!
―――東京外大の大学院に進学して良かったことはありますか?
ここに進学したからこそ得られた経験が沢山あったと思います。例えば、東京外国語大学には海外映画を専門家の解説と共に無料で公開する「TUFS Cinema」という企画があるのですが、倉田明子准教授のお力添えのもと、私は先程の『香港危機の深層』の寄稿者である小栗宏太さん(当時博士後期課程在学中)と一緒に、香港映画の「縁路はるばる」や「ソロウェディング」の日本語字幕を担当しました。難しい部分も多かったですが、私たちの専門性や研究が社会に還元される面白い取り組みで、非常にやりがいがありました。
ありがたいことに、「縁路はるばる」は全国の映画館で上映していただくことができました。こうした貴重な経験ができたのは、東京外国語大学ならではだと思います。
大学院進学を考えている方にメッセージ
―――大学院進学を考えている学生にメッセージをお願いします。
研究したいことがあって、進学しようか迷っている方には、ぜひ大学院に挑戦してほしいです。迷っている時点で、本当は心のどこかで「行ってみたい」と思っているのではないでしょうか。なので、敢えて力強く背中を押してみたいと思います。
私は大学院に来てから、研究の面白さを改めて知ることができました。それは、長年香港と向き合って研究してきた尊敬できる先生・先輩方からご指導いただけたことや、修士論文という高い壁を一緒に乗り越える仲間、香港研究を志して東京外大に進学してきたかわいい後輩と出会うことができたからだと思います。研究は、孤独な戦いの部分も多いですが、いろいろな人に支えられてここまで来ることができたという実感があります。
大学院に進学したからといって、必ず研究者にならなければいけないわけではありません。修士修了後、就職することも十分可能です。東京外国語大学の大学院だからこそ得られる経験もたくさんありますし、「迷うぐらいならやってみる」、大学院を考えている方にはそうお伝えしたいです。
インタビュー後記
このインタビューは2023年7月に行ったものです。その後、山田さんは修士論文を書き上げ、国際交流や貿易に関する団体へ就職しました。私も山田さんと同じく香港に関する研究をしており、今も山田さんのような研究との向き合い方を目標として頑張っています。今後も、新たなフィールドで活躍されてゆくことと思います。またいつかお話を伺えること、楽しみにしています!
小勝周(大学院総合国際学研究科世界言語社会専攻国際社会コース博士前期課程2年)
本記事は本学学生により準備されましたが、文責は、東京外国語大学にあります。ご意見は、広報マネジメント・オフィス(koho@tufs.ac.jp)にお寄せください。