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詩となってロシアへ帰る

ピエリア・エッセイ

前田 和泉

 ロシアの歴史を振り返ってみるならば、「不穏」でなかった時代の方が珍しい。少なくとも近世以降、この地の人々は強権的な体制のもとで戦争や革命、粛清などに次々と見舞われてきた。

 不穏の中に生きる者の「ライフハック」となったのは「言葉」である。不条理な社会を笑い飛ばすアネクドートも、従順を擬態するクリシェも、すべては不穏から身を守る武器だった。

 ロシア人にとって言葉によるライフハックの極致と言えるのが文学だ。「社会が大変動の最中にある時、自分の人生や生活が足元からぐらぐらと揺らぐ中で立っていなければならない時、誰かに語りかけることは孤独の質をわずかであれ変容させてくれる」(高柳聡子『埃だらけのすももを売ればよい』)。人々は不穏な社会を生きのびるため、感情や思考を言葉にして文学に託した。ロシアが文学大国になったのは、まさに「不穏な国」であったからに他ならない。

 とりわけ詩はロシアにおいて特別なものであり続けた。散文と比べて極度に凝縮された詩の言葉は、どこか魔術的な加速力を孕んでいるからなのかもしれない。ノーベル賞詩人ブロツキイ曰く、「時にたった一つの言葉、たった一つの韻の助けによって、詩を書く者は以前に誰も到達しなかったところに、そしてひょっとしたら自分が望んでいたところよりも遠くに、辿り着くことができる」。スターリン体制下のソ連に生まれたブロツキイは、15歳で学校をやめ、職を転々としながら独学で修養を重ねて詩人となった。弾圧を受けて流刑となり、1972年に亡命した後、96年にニューヨークで亡くなるまで、二度と故国に戻ることはなかった。

 ロシアは今もまた不穏の只中にある。2022年のウクライナ侵攻以降、死者の数は増え続け、国内の言論統制は著しく強化され、まるでソ連時代のように多くの文化人が国外へ逃れた。

 こうした状況下で、やはり詩は特別なライフハックとなっている。〈After Russia〉(2023)は、ウクライナ侵攻後にロシアを離れたミュージシャンたちによるコンピレーションアルバムで、収録された楽曲はすべてロシア革命後に亡命した作家たちの詩に曲をつけたものだ。Monetochka やNoiz MC など人気アーティストも参加して話題を呼んだこのアルバムの最後を飾るのは、R.A.SVETの〈詩となってロシアへ帰る〉。歌詞には詩人ゲオルギー・イワノフの詩が使われている。イワノフは1922年に亡命し、58年にフランスで没した。自身はもう戻れないが、代わりに自分の詩がいつかロシアへ帰る日が来るだろうというこの作品は、今まさに亡命中のアーティストたちにとってこの上なくアクチュアルである。

 アルバムのタイトルは、ロシアを代表する詩人マリーナ・ツヴェターエワが1928年、亡命先のパリで出版した詩集に由来する。彼女が20歳の頃に書いた詩に次のような一節がある。

店々に埃をかぶって打ち捨てられ
誰ひとり手にとることのない
高価なワインのような私の詩に
やがて自分の時代が訪れる

 今でこそ絶大な人気を誇るツヴェターエワだが、当時はまだほとんど無名だった。だが、彼女は自分の詩がいつか必ず読者に届くことを信じて疑わなかった。ツヴェターエワにしろ、イワノフにしろ、詩の言葉への信頼の強さは驚嘆に値する。そして実際、彼らの詩は世紀を超えて私たちを揺さぶり続けるのである。

前田 和泉(まえだ・いずみ) 総合国際学研究院教授 ロシア語文学

文献案内

ヨシフ・ブロツキイ『私人――ノーベル賞受賞講演』沼野充義訳、群像社、1996年

前田和泉『マリーナ・ツヴェターエワ』未知谷、2006年

高柳聡子『埃だらけのすももを売ればよい――ロシア銀の時代の女性詩人たち』書肆侃侃房、2024年

ピエリア pieria 2026年春号
特集「不穏な時代のライフハック」第Ⅱ部 混濁にたゆたう 掲載

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