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混乱の周縁から読む中東のライフハック

ピエリア・エッセイ

青山 弘之

 2023年10月のガザ紛争以降、「新たな中東」の現出と形容されるようなパラダイム転換が進んでいるとの見方がある。人権、主権、テロ撲滅、占領克服、紛争解決、平和構築といった規範的正義が意味を失い、国益や個別の利害によって事態が動かされるなかで、近現代を通じて形成され、維持されてきた秩序そのものが変容しつつある。
 こうした不穏な時代において、中東における「混乱の集積地」として可視化しているのが、パレスチナやシリアといった国々である。同地をめぐっては、その惨状を記した緊急出版やルポルタージュ的な著作が相次いで刊行されているが、その一方で、目まぐるしい変化の速度に対し、全体像を俯瞰しようとする著作は十分に追いついていないというのが実情である。
 厄介なのは、そこで展開されている営為の多くが、主体的な選択というよりも、外部要因に翻弄された結果として生じている点にある。こうした動きを日々のメディア報道や関連書籍から追うことで、その実情の一端を知ることはできる。だが、そこから明らかになる被害は、あくまで「氷山の一角」に過ぎないという盲点も存在する。
 時代の趨勢をより的確に捉えるためには、翻弄されている側だけでなく、翻弄している側の論理や苦悩にも目を向ける必要がある。紛争は、被害者の声だけを聴いていても、その構造を理解することはできない。加害者とされる側の言動をあわせて読み解いてはじめて、混乱が再生産される仕組みが見え、わずかながらも解決への糸口が浮かび上がる可能性がある。
 ここでいう「加害者」とは誰なのか。それは、中東という地域秩序の形成に歴史的に関与してきた列強――西欧諸国、米国、ロシア――、そしてこの地域の紛争に介入し、代理戦争の舞台として利用してきた域内大国である。
 溝渕正季『アメリカの中東戦略とはなにか――石油・戦争・同盟』(慶応義塾大学出版会、2025年)黒田賢治『イラン現代史――イスラーム革命から核問題、対イスラエル戦争まで』(中公新書2882、中央公論新社、2025年)、近藤重人『サウジの憂鬱――パレスチナとアメリカの狭間で』(慶應義塾大学出版会、2025年)、今井宏平・岩坂将充『エルドアン時代のトルコ――内政と外交の政治力学』(岩波書店、2023年)は、現在進行形の混乱を、各国の国家戦略と歴史的文脈の中に位置づけようとする試みである。
 これらの著作に共通するのは、混乱を一過性の出来事としてではなく、長期的な力学の帰結として捉えている点にある。今起きている混乱の主要な当事者でありながら、同時に自らも紛争に縛られている存在――そこにこそ、「ライフハック」を必要とする主体が浮かび上がる。
 中東の混乱から導き出されるライフハックは、被害者に寄り添う視点だけからは見えてこない。混乱がどのように創出され、いかに維持されているのかという仕組みそのものを理解する必要がある。そこには、程度の差こそあれ、似た課題を抱える超大国や域内大国の姿がある。
 デッドロックに陥り、明るい未来が描けない困窮の中核に打開策を見出すには、あえて混乱の「周縁」に目を向けることが有効かもしれない。中東のライフハックとは、希望的観測や同情心ではなく、混乱の構造を見誤らず、消耗しきらないための思考の技法なのである。

青山 弘之(あおやま・ひろゆき) 総合国際学研究院教授 東アラブ地域・政治学

文献案内

溝渕正季『アメリカの中東戦略とはなにか――石油・戦争・同盟』慶應義塾大学出版会、2025年

黒田賢治『イラン現代史――イスラーム革命から核問題、対イスラエル戦争まで』中公新書、2025年

近藤重人『サウジの憂鬱――パレスチナとアメリカの狭間で』慶應義塾大学出版会、2025年

今井宏平、岩坂将充『エルドアン時代のトルコ――内政と外交の政治力学』岩波書店、2023年

ピエリア pieria 2026年春号
特集「不穏な時代のライフハック」第Ⅰ部 視点の在処 掲載

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