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つながりと言葉

ピエリア・エッセイ

大津 友美

 近年、「つながり」という言葉をよく耳にしたり見かけたりするようになった。孤立し、育児に悩む母親、無縁社会など、人と人とのつながりが希薄になったことから起こると思われる社会問題も多い。「つながり」そしてそれに関わるさまざまな問題に、言葉の研究はどのように関わっていけるだろうか。

親しさを表現するために
 日本語を母語として話す人たちは、どのような言葉で、相手への近しい感情を伝え、相手との距離を縮めているのだろうか。日本語は、親しさの言葉を発達させてこなかったと『日本語は親しさを伝えられるか』の中で滝浦真人氏は述べている。敬語は江戸時代までの身分社会の中で発達し、明治以降、そして現代でもなお依然としてその価値を認められている。敬語は相手との距離を大きく取ることで、相手の領域に触れたり踏み込んだりしないという形で丁重さを表す言葉であるが、そのほかの働きがないため、使われると目立つ。そのため、話し手は、意図が相手に伝わらないのではないかという心配をする必要がなく、敬語さえ使っていれば礼儀知らずだと非難されることもない。しかし、その一方で、人には上手に人と仲良くなりたい、うまく友だちを作りたいという欲求もあるはずであるが、そういった親しさのコミュニケーションに関わる言葉は磨き上げられてこなかったとのことである。その結果、親しさを表現するための語彙や表現は十分でなく、人々は息苦しさを感じていると滝浦氏は述べている。かつて親しい関係にあった誰かと疎遠になったり、新しく誰かに出会い温かく親密な関係を構築することができなかったりするとき、一回一回のコミュニケーションの機会で、親しさを言葉で十分に表せていない可能性がある。コミュニケーションの場面で何が起こっているのかを明らかにすること、そうすることで言葉の研究は「つながり」とそれに関わるさまざまな問題にアプローチしていけるのではないだろうか。

新しいつながりを作るために
 人と人とのつながりが希薄化する中でも、地域の諸問題を解決したり、災害時などに人々が助け合える仕組み作りをしたりするための話し合いが行われ、それが新しいつながりの場になっていると思われる。そのような場で行われる話し合いでは、どのようなコミュニケーションが行われているのであろうか。『市民の日本語へ–対話のためのコミュニケーションモデルを作る』の中で、著者の一人である村田和代氏は話し合いの仕方がどう変わってきたかを説明している。一昔前なら頻繁に井戸端会議や寄り合いで情報交換できていた地域のつながりは希薄化した。さらに、現代では価値観や考え方が多様化し、「個」や「多様性」が重視されるようになってきた。その結果、これまでは言わなくても相手に伝わったことが、言わなければ伝わらないというケースが増えている。そんな中、今、話し合いに求められているのは、話すことで異なる価値観をすり合わせていく、違いを交渉しながら着地点を見つけていく相互理解のためのコミュニケーションであるとのことである。そして、そのような話し合いを実現するためには、自分が話すだけでなく、ほかの人の意見を「きく(聞く・聴く・訊く)」ことも重要となると村田氏は述べている。より良い話し合いのために人々はどのように言葉を使うのか、どのようにほかの人の話をきくのか、言葉の研究はそういった側面を探究することで、新しいつながりの場づくりに貢献できるのではないかと思う。

おおつ・ともみ 国際日本学研究院准教授 日本語学

文献案内

滝浦真人『日本語は親しさを伝えられるか』岩波書店、2013年
村田和代・松本功・深尾昌峰・三上直之・重信幸彦『市民の日本語へ–対話のためのコミュニケーションモデルを作る』ひつじ書房、2015年

2016年春号掲載

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