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社会保障制度は誰のためにあるのか?

ピエリア・エッセイ

澤田 ゆかり

 「手取りを増やす!」なんと甘美な響きであろうか。

 自分は本学で勤務するようになって20年以上たつが、今でも毎月の給与明細を見ると、大学からの支給額合計と実際の振込額(これが「手取り」)のギャップの大きさに愕然とする。差額の正体は、ほとんどが税金と社会保険料だ。

 さすが日本は国民負担率46.2%(1)というだけありますね……(涙)。こんな時、国民民主党の冒頭のスローガンに対して、まったく心が揺らがないといえば嘘になる。

 実際に2024年10月実施の衆議院選挙では、減税と社会保険料の軽減を訴えた政党が躍進した。特に国民民主党は、20代と30代で得票率を伸ばし議席数を四倍に増やした。一方、60代では国民民主党の得票率は7%にとどまっている。これだけ見れば、現在の税と社会保険については、若者の間で不満が大きく、逆に高齢者が既得権益化していると思うだろう。

 だが、ちょっと待ってほしい。負担ばかりが脚光を浴びているが、それだけが社会保障ではない。負担の向こう側には、歳を取ったり病気になったり失業した時に受領する「給付」が存在するのだ。厚労省が2022年に発表した「令和4年 社会保障に関する意識調査報告書」によれば、「社会保障の給付水準を大幅に引き下げ、負担を減らすべき」と回答した者は、20代でわずか5.7%だった。これは同調査の60代の回答5.3%と比べて大差ない。

 社会保障の問題は、しばしば世代間での利益対立として捉えられる。しかし上記の厚労省調査の結果では、負担と給付に対する考え方の違いは年齢よりもむしろ所得階層に連動していることが示されている。しかも低所得層ほど給付水準の引き下げを容認し、高所得者ほど負担増を支持している。あれれ、社会保障は所得再分配の仕組のはずなのに、なぜこんな結果に?

 そう思った方にお勧めなのが、ガーランドの『福祉国家――救貧法の時代からポスト工業社会へ』である。書名は地味だが内容は極めて挑戦的で、よくある福祉批判を俎上にのせて反論を展開していく。たとえば生活保護の不正受給は、真面目に働く人々の怒りをかき立てるのに都合がよく、政治キャンペーンで社会保障制度の宿痾として指摘されがちである。これに対してガーランドは、現実の福祉国家は「貧困層より中間層を優遇する」こと、このため経済のお荷物ではなく成長を促すものであることを検証する。

 日本の現状に興味があるなら、山下慎一『社会保障のどこが問題か――「勤労の義務」という呪縛』も読み応えがある。著者は日本の社会保険の問題点として、制度設計当初から働き方が大きく変化したため、再分配そのものが格差を拡大する現実を指摘する。とりわけネット社会とAIの普及については既存制度とのミスマッチが懸念されている。この警鐘に重要な示唆を与えるのが、阿部真大『搾取される若者たち――バイク便ライダーは見た!』である。執筆当時、大学院生だった著者は、学費と生活費を稼ぐためにバイク便のアルバイトを始めたが、仕事に没頭するうちに「自己責任」の名のもとで自分から進んで危険な働き方をするようになる。赤裸々な現場からのルポルタージュであり、不安定雇用が若者の自己実現といかに結びつくかがよくわかる。

澤田 ゆかり(さわだ・ゆかり) 総合国際学研究院教授 現代中国地域研究、社会保障論


(1) 国民負担率とは、国民所得に占める税金と社会保険料の割合で示した指標。なお本文中の数値は、令和7年度(2025年度)の見通しである。出所は、財務省主計局調査課(2025)「国民負担率の推移(対国民所得比)」3月5日公表、https://www.mof.go.jp/policy/budget/topics/futanritsu/sy202503a.pdf、2026年1月10日閲覧

文献案内

デイヴィッド・ガーランド『福祉国家――救貧法の時代からポスト工業社会へ』小田透訳、白水社、2021年

山下慎一『社会保障のどこが問題か――「勤労の義務」という呪縛』ちくま新書、2024年

阿部真大『搾取される若者たち――バイク便ライダーは見た!』集英社新書、2006年

ピエリア pieria 2026年春号
特集「不穏な時代のライフハック」第Ⅰ部 視点の在処 掲載

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