あらかじめ与えられていない相手という事実 ―歴史とは共通言語である
ピエリア・エッセイ
橋本 雄一
こちらはうつむいて歩いてばかりだ。ゆえに今朝、隣の河の水が跳ねて真っ赤な光が流れていくのが、見えた。
ハッとする。誰かが流れていくのか、と。耐えきれないから、顔を上げて空中を見た。
太陽が来た。
水にその星は自分の朝焼けを映していたんだ。
エリック・ドルフィーが無政府なアルト・サックスを口にして、15度傾き、自分の耳をも太陽のほうへ高く跳ね上げて跳び、信じた大きな河と海のイルカとダンスするかのように。
君も高く遡り、その紺色の天に横に歩を進めるように。太陽はそう言った。
今朝もの太陽が忘れるなと言う歴史は、河の水にあったんだ。後代の自分がその河を渡る時、他人が作った小さな電気箱グルマのレールの上にて偶然知ったとしてもだ。
「戦後」「80年」では無い。昨日も明日も歴史の人の声を聴こうと自分がし、ヘタっているときは一旦考えるのをやめるかもしれないが、それでも君はまたいつか自分で、先達が、被害者が、事実を証明した資料と本を読むだろう。
さすれば、今日また〈81年〉目だ。いや、新たな今日の一日目だ。またこの島グニが発動してしまった戦争のあの日を思う。東京でも大阪でもなく、北京盧溝橋の、上海の、杭州の、南京の……。かつ山西省の普通に生きていくはずだった女性の。
何が区切りなものか。殺された者に区切りがあるはずが無い。しかも。「残された者が記憶しなければ」ではない。殺されて死んだ者は、そこから永遠に他の記憶は無い。歴史がその最後の人間たちによって証明された。永遠に。それを記憶でなく、じっと視認だ。
しかしまだその先がある。暴虐からの体験を永遠に証明するその殺された人だけが、なぜそれを永遠に記憶し訴えなければいけないのだ! 他から負わされた二重の暴虐だ。今もここに居る加害者の側の土地に生きるニンゲンと、かつもはや死んだが暴力を行使した直接の加害者とこそが、訴え考え続けるべきなんだ。
僕たち後代の自分たちが、自分だけの高き青き場所から、ひとりひとり気づいて視認して感考すべきなんだ。
何が「80年」だ。あの太陽が、「明日もあるよ? 同じだよ?」とニンゲンに言ってくれているんだ。
飲馬渡秋水 水寒風似刀
平沙日未没 黯黯見臨洮
昔日長城戦 咸言意気高
黄塵足今古 白骨乱蓬蒿
王昌齢・唐《塞下曲》
馬に水を飲ませ秋の河を渡る
水は冷たく風はナイフのよう
果てしなき砂漠に太陽はまだ居て
向こうに味方の陣地がようやく見えて来た
むかし万里の長城に沿って戦った
皆のことばは勇ましい限りだった
黄土の砂塵は今も昔も吹き
戦わされて死んだ白骨が草むらの中に散らばっている
こちらはうつむいて歩いてばかりだ。ゆえに今朝、隣の河の水が跳ねて真っ赤な光が流れていくのが、見えた。
ハッとする。誰かが流れていくのか、と。耐えきれないから、顔を上げて空中を見た。
88年前の大陸の長江=揚子江じゃないのか、ここは。
1937年7月からの北京か。上海か。あいだの長い現地ネイティヴの生存空間を進軍してしまったこの島グニ軍隊。同じアジアの「敵」だと決めつけて、そこの同じ〈ひと〉〈たみ〉に暴力を行使しながら目指した12月の南京か。と。殺された人々の今朝のゲニウス・ロキが、今朝の東京に流れているのか。と。
今日もまた歴史の事実がやって来た。
太陽が来たからだ。
橋本 雄一(はしもと・ゆういち) 総合国際学研究院教授 中国文学、植民地社会思想
文献案内
笠原十九司『南京事件』新版、岩波新書、2025年
荒畑寒村『平民社時代』中公文庫、1977年
ピエリア pieria 2026年春号
特集「不穏な時代のライフハック」第Ⅰ部 視点の在処 掲載
