平和への国創り 〜国連職員 伊東 孝一さんインタビュー
世界にはばたく卒業生
世界をより平和にしたい、その思いから国連職員として平和構築に携わってこられた本学卒業生の伊東 孝一(いとう たかかず)さん。複雑化する国際社会の中で、私たちに何ができるのか。世界と向き合い、未来へ歩みを進める東京外大生へ、いま読んでほしい、珠玉のメッセージです。
取材担当:国際社会学部 東南アジア第2地域/カンボジア語科4年(取材した2023年3月当時) 野口 亜依(のぐちあい)
国連の平和構築
―――本日はよろしくお願いいたします。
伊東さんは現在、国連オペレーション支援局(DOS)で、どのようなお仕事をされているのでしょうか。
国連では20年余りにわたって、国際の平和と安全にかかわる仕事、平和構築や平和維持に従事してきました。
現在、国連オペレーション支援局で私が取り組んでいるのは、国連、日本をはじめとした支援
国、国連PKO要員派遣国の三者が協力する「国連三角パートナーシップ・プログラム(UN Triangular Partnership Programme)」という、国連平和維持活動(PKO)の能力構築(キャパシティ・ビルディング)事業です。この事業は、国連PKOに従事している、主に途上国の平和維持要員(ピースキーパー)に対して、必要な能力の構築を支援するものです。
―――キャパシティ・ビルディングとは、具体的にはどのような活動なのでしょう。
国連PKOの現場では、重機操作を含む工兵(施設)、医療・衛生、通信・情報・監視・偵察などさまざまな分野の知識や能力が必要となります。ところが、私が国連PKOでの勤務を通して実感した課題は、多くのピースキーパーがこうした知識や能力を十分に習得しないまま、派遣されてしまっているという現実でした。
そこで、東ティモールのPKOミッション勤務後、国連本部において、PKO要員に必要な知識や能力を習得してもらうキャパシティ・ビルディング事業を企画したという経緯があります。
具体的には、国連が、工兵(施設)、医療や通信などといった分野の教育・訓練プログラムを企画し、支援国から教官を募集・派遣してもらい、アフリカや東南アジアの途上国のピースキーパーたちに対する訓練を実施しています。
日本はこれまで、陸上自衛隊員300人を教官として派遣し、多くの国のPKO要員を育てるという形で、国連PKOに貢献しています。また、 この事業の主目的は、 あくまでも国連のPKO要員の能力構築なのですが、 アフリカ連合(AU)の平和維持要員も訓練対象としており、 アフリカ連合からは、AU人員への更なる訓練・ 教育を要請されています。
―――現地のピースキーパーに、必要な知識やノウハウを提供しているのですね。
途上国やPKO活動の安全を維持するうえで、非常に大切な事業であることがわかります。
内紛を乗り越えて ―東ティモール統合ミッション―
―――これまで、コソボや東ティモールといった国々の平和構築にも携わってこられたとのことですが、なかでも印象的だったお仕事について教えていただけますか。
はい、これまで国連本部と紛争地などの現地(フィールド)を経験してきましたが、現地の方が、良くも悪くも、自分の仕事の結果が目に見えやすいと感じます。
一番印象的だった仕事は、政務官や事務総長特別代表の特別補佐官として取り組んだ、東ティモールでの平和構築です。
東ティモールは、2002年にインドネシアから独立した、まだ若い国です。2006年には、国の西部と東部の住民、国軍と警察が衝突して内戦状態に至り、一時は、首都ディリで15万人もの市民が国内避難民化しました。
この事態に対処するため、国連は2006年にPKOミッション(国連東ティモール統合ミッションUNMIT)を立ち上げ、治安を安定化させ、2007年と2012年の2度にわたって、大統領選挙、国民議会選挙が平和裏に行われるよう支援しました。
―――伊東さんも実際に、現地で活動されたのですね。
はい、当初は政務官として、現地で治安・政治情勢の情報収集・分析に努め、自由で公正な選挙が行われるよう、その環境整備にも努めました。
当時の東ティモールには、長年に渡るインドネシアとの独立闘争を戦った人たちが支持母体だった政党もあり、些細な問題でも簡単に暴力につながりやすいバックグラウンドがありました。そのため、私たち政務官は、各政党本部などに足を運び、政党幹部や候補者らに、選挙活動や選挙結果が暴動につながらないよう、決して支持者らを挑発したり扇動しないように働きかけを行いました。
その後は、東ティモール担当の国連事務総長特別代表の特別補佐官として、民主、ガバナンス、人権、治安、経済・社会開発など、国連ミッションの多岐に渡る活動に幅広く携わりました。
―――あらゆる面から、東ティモールの再生と復興に携わられたのですね。
東ティモールの人々が内紛状態を脱し、平和に国を発展させていける状態にまで持って行くための復興支援。すなわち「その国の人々自身による国創り」のお手伝いができたことに、とてもやりがいを感じました。
―――なるほど、貴重なお話をありがとうございます。
興味を見極める―国際機関で働くこと―
―――元々、伊東さんが国際機関で働こうと思ったきっかけは何だったのでしょう。
直接のきっかけは、国連日本政府代表部で派遣員として働いたことです。安全保障理事会の会合や、国連総会の各種委員会などでメモ取りをし、国連のさまざまな分野の活動に触れる中で、自分にとって一番興味があるのは、世界をより安全で平和にすることだと考えるようになりました。
―――派遣員として活動されたのは、大学卒業後ですか。
はい、そうです。私自身は大学時代、全然勉強のできない学生で、卒業後についても、海外で働きたいというふわっとした想いしかありませんでした。
卒業後は、海外支店の多い都市銀行に就職しましたが、すぐに銀行の再編・統合に向けた動きが始まり、海外支店はどんどん閉鎖されていきました。そこで、銀行を退社し、渡米後、国連代表部で働きながら、業務を通じて平和構築の魅力に惹かれていきました。
―――さまざまな経験をされた中で、伊東さんにとって一番の興味を見出されたのですね。
伊東さんには本学の国連スタディツアーも、毎年ご担当いただいております。スタディツアーの中で東京外大生のお世話をしていただいて、感じることはございますか。
スタディツアーの1,2年生の学生さん達は、自分の学生時代とは比べものにならないぐらい優秀だと感じました。国連本部で現役職員から英語でレクチャーを受け、それに対して鋭い質問をしている姿には驚かされました。
あとは、「国連に入るためにはどのような勉強したらよいですか」という質問がありました。よく聞かれる質問なので、ここでもお答えできればと思います。
国連の仕事は非常に多種多様です。ただ何でもいいから国連というのではなくて、大切なのは、自分の興味がある分野を見極めて、その勉強をし、キャリアを築いていって、将来的に国連が、キャリア・職業の選択肢のひとつに結びつくことだと思います。
―――確かに、まずは自分の興味を見極めることが第一歩ですね。国際機関を夢見る学生にとって、今回のツアーは大変貴重な機会になったと思います。
最後に―私たちにできること―
―――今日、世界全体が安全保障や、食料、経済危機に直面し、国際秩序が複雑化する中で、今後の国際社会には何が求められると思われますか。
ウクライナでの戦争にしても、また他の国や地域における戦争や危機にしても、一国のみで対処解決できる問題はありません。また、特に大国を含む多くの国が対立している状態では、問題解決に取り組むことすら難しくなってしまいます。
となれば、国際社会に求められるのは国際協調です。短期的に自国の利益を追求するのではなく、長期的にみて国際社会全体の利益、すなわち国際益を考え追及していくことが、なにより求められています。
―――若い人たちにできることはあるでしょうか。
東京外大生は元々、外国の文化や人々、生活に興味を持っていますよね。その好奇心を大切にして、世界のいろんな問題に関心を持ってほしいです。
また、国内外のメディアや大人、私が言うことも含めて、それが正解だとは思わないでください。一意見として受け止め、疑ってみることも大切です。
さまざまな世界の課題が解決できていない現状に対して、頭の固い大人が考え付かないような解決方法を、若い人たちが考え付く。そういうことが往々にしてあると思います。
―――最後に、本学の学生へメッセージをお願いいたします。
大学卒業後、長い人生の中で、自分が何をしたいか、何をやり遂げたいか考えてみてください。
ビジネスでの成功であれば、 民間企業への就職や起業などが良いキャリアパスかもしれません。 一方、もし関心が、安全保障、人権、開発、気候変動、 貧困問題だとしたら、さらには人事、経理、 ロジスティクスだとしても、ふと国連にも目を向けてみてください。
国連にはさまざまな仕事、分野があります。自分の成し遂げたい道のりの中で、国連を一選択肢として検討していただけると嬉しいです。
―――本日は、貴重なお話をありがとうございました。
インタビュー後記
君はどの道を切り拓き、今を越えて、どこまで高く行こうとするのか。絶えず進め、より遠くへ。私の好きな詩の一節です。自分の道を見極めることは、とても難しいけれど、実は一番大切なことなのかもしれません。まずは視野を広く持って、多様な文化や人と触れあい、そして自分の興味に耳を傾ける、その環境が本学には大いに広がっているように思います。あとは前へ、一日一日絶えず進んでいきたい。私自身、今回のインタビューを通してその思いを強くしました。この記事が、国際社会で働くことについて考える、自分の将来について考える第一歩として、少しでも多くの人の背中を押すことができれば幸いです。
取材担当:野口亜依(国際社会学部 東南アジア第2地域/カンボジア語4年)[2023年3月取材当時]