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大学で学ぶ「理論」としての国際法や語学は、複雑な利害が絡み合う外交の「現場」でどのように機能するのでしょうか。本対談では、東京外国語大学で国際法を教える松隈潤教授が、現在、外務省の最前線で活躍する2名の職員を迎えました。
気候変動や軍縮といったマルチ外交の現場を経験してきた殿村さんと、人事課の視点から組織の根幹を支える近藤さん。専門言語も経歴も異なる二人が、学生時代のサークル活動や留学での原点から、AI時代における「人間ならではの外交」の重要性、そして若いうちから国家の責任を背負って働くことの醍醐味までを熱く語り合います。理論と実務の境界線で磨かれた、外交官たちの「思考のタフさ」と「情熱」に迫るクロストークです。

対談者

  • 松隈 潤 教授  東京外国語大学教授。専門は国際法。かつて外務省の専門調査員として在英国日本国大使館に勤務した経験を持つ。
  • 近藤 庸史さん  外務省 人事課課長補佐。2009年外国語学部欧米第二課程スペイン語専攻卒。学生時代はフリスビーやバンドのサークルに打ち込み、自費でのスペイン留学も経験。在ウルグアイ日本国大使館、在ボリビア日本国大使館、中米カリブ課や国連政策課等での勤務を経て現職。
  • 殿村 さおりさん  外務省 軍備管理軍縮課主査。2016年3月外国語学部欧米第一課程ドイツ語専攻卒。学生時代は松隈ゼミに所属し、模擬国連サークルでも活動。入省後は気候変動課、在ミュンヘン日本国総領事館、在タンザニア日本国大使館を経て現職。

熱源としての「ゼミ」と「サークル」

松隈教授 今日は、私のゼミ生でもあったドイツ語学科出身の殿村さんと、スペイン語学科出身で現在は人事課で専門職の採用・広報にも携わっている近藤さんにお集まりいただきました。お二人の学生時代の体験が、今のお仕事の原点としてどうつながっているのか、お伺いできればと思います。

殿村さん 私はドイツ語専攻に在籍しながら、松隈先生のゼミで国際法を勉強していました。国際法のゼミに入ろうと思ったきっかけは、所属していた「模擬国連サークル」での活動です。国連や国際法への関心が強く、サークルの先輩方も先生のゼミで学んでいたこともあり、私も同じ道を選びました。

松隈教授 殿村さんは当時から非常に熱心でしたね。特に交換留学先での経験も大きかったのではないでしょうか。

殿村さん はい、ウィーン大学へ1年間交換留学に行きました。留学中も、国際法や国際政治の授業を履修しました。ウィーンは国連都市ということもあり、留学先では実際に国連職員の方とお会いしたり、現在の職場の先輩にあたる大使館の方から直接お話を伺ったりする機会がありました。実は留学に行く前から、「大学で勉強しているドイツ語や国際法の知見を、卒業後も活かせる場所に就職したい」という思いをぼんやりと持っていたんです。それが留学先で、最前線で働く方々と実際に出会い、交流したことで、外務省で働くというイメージが自分の中で非常に具体的でクリアなものになりました。

殿村さん

近藤さん  私は殿村さんのように優秀な学生ではありませんでした(笑)。実は交換留学に申し込んだのですが落ちてしまい、親に頼み込んで、1年間、自費でスペインへ留学しました。結局、大学には計6年間在籍していましたし、外務省の試験勉強に専念するために1年間休学もしています。学生時代は勉強一辺倒というよりは、高校までやっていたサッカーの経験を活かし、当時はまだ人数も少なかったフリスビー(アルティメット)の部活やバンドのサークルに入って、サークル活動に打ち込んでいました。

松隈教授  そうした勉強以外の活動が、現在のお仕事に活きていると感じる部分はありますか。

近藤さん  大いにありますね。私が専門とするスペイン語圏ではサッカーはまさに「共通言語」ですし、フリスビーも中南米などで経験者が意外と多いため、現地のコミュニティに飛び込んでいく絶好のきっかけになります。こうした趣味を通じて「どんなグループにも入っていく力」を養えたことは、今の仕事でも大きな武器になっています。一方で、キャリアとしての動機は非常にシンプルで、「自分の専攻語であるスペイン語を武器にして働きたい」という強い思いが軸にありました。

近藤さん

国際法のフレームワークと外交のリアリズム

松隈教授  殿村さんは入省1年目で気候変動課に配属されましたが、そこでの経験はいかがでしたか。

殿村さん  配属された2016年は入省1年目で、まさに右も左も分からない時期でした。当時は、前年にCOP21で「パリ協定」が採択され、日本がそれを締結するプロセスを進めている真っ最中でした。 実は学生時代、先生の授業で「署名」や「締結」といった用語を教科書で読んでいた時は、正直「ふーん」と思う程度でした。しかし、現場で実際にそのプロセスに少しでも関わってみると、一つの条約を締結するために、膨大な調整が必要であり、それがどれほど大変なことなのかを身をもって知りました。「締結する」という言葉の持つ重みを、まさに肌で感じた経験でした。現在は軍備管理軍縮課で核不拡散条約や国連総会第一委員会などを担当していますが、こうしたマルチ外交の枠組みの中で、国連総会決議や条約が各国の利害の中で具体的にどう機能しているのかを目の当たりにしています。学生時代の学びが、まさに今の仕事のダイナミズムに直結していると感じています。

松隈教授  近藤さんは人事課という、いわば組織の根幹から多くの職員や学生をご覧になっていますが、東京外大生が持つ資質や、これからの時代に求められる能力についてどうお考えですか。

近藤さん  やはり我々は「外大生」ですから、まずは語学というものがすべての基礎になるという点は、今も昔も変わりません。 私自身も、専攻語であるスペイン語を使える仕事をしたいと考えて外務省に入り、幸いにしてスペイン語で採用されました。 大学時代に実際に留学をし、多くの経験ができたことなどは、今振り返っても本当に大切で、行っておいてよかったなと感じています。
ただ、語学だけではありません。私は当時、ゼミ以外でも国際政治や経済に関心があり、特にスペイン語圏の中南米の政治・経済について幅広く勉強していました。 卒業論文も中南米について書きました。当時は左派政権が中南米諸国でも増えてきた時期でしたが、 それから20年が経ち、当時学んでいた国々に今は実務で関わるのですが、歴史や時間の流れを感じ、非常に感慨深いものがあります。 学生時代に「理論」や「知識」として学んだ世界を、今まさに「リアルタイムの現実」として生きているという感覚です。国際社会が大きく動いている時代において、学生時代の学びは確実に私の血肉となっています。
こうした経験があるからこそ、最近の学生さんや高校生から「AIで翻訳や通訳の仕事はなくなるのでは?」と聞かれても、私は「本質的な部分は残る」と答えています。 我々の仕事は、単にAIを使って意思を伝えるだけのレベルでは済まないからです。
外交の正念場で物事を決めるのは、結局のところ、トップレベルや事務方レベルでの信頼関係に他なりません。その信頼は、自ら外に出て相手の懐に飛び込み、泥臭く人間らしい行動で関係を築いていくプロセスからしか生まれません。こうした「語学力を武器に信頼を構築していくこと」は、AIには代替できない、我々人間の外交官に求められる大切な能力だと確信しています。

響き合う「知」のアップデート

松隈教授  実は私も若かりし大学院生時代、外務省の専門調査員としてロンドンで仕事をしていたことがあります。当時は『タイムズ』や『インディペンデント』、『フィナンシャル・タイムズ』といった主要紙の公開情報を読み込み、要約して本省へ送る、いわば「情報の専門商社」のような役割も担っていました。ミュンヘンの総領事館でも、やはり現地の報道を通じた分析は重要だったのではないですか。

松隈教授

殿村さん  はい。全国紙はベルリンの大使館が主に見ていますが、総領事館では地方紙を中心に地域の動向を深く追っていました。ドイツには日本における『ジャパンタイムズ』のような、国内ニュースを網羅した英字紙がほとんどありません。たとえ国際的な国であっても、ドイツ語が分からないと一次情報のアクセスには相当な限りがあるというのが現場の実感でした。

松隈教授  大使館とはまた違う、総領事館ならではの視点もありそうですね。

殿村さん  大使館は国の中央政府とのやり取りが主ですが、総領事館は地方自治体や州政府との関わりが中心になります。ドイツは連邦制ですので、私の管轄だったバイエルン州やバーデン=ヴュルテンベルク州の政治動向を細かくウォッチしていました。
学生の頃は、ドイツという国を一つの大きな「国単位」でしか捉えていませんでしたが、実務を通じて、より細分化された現地のダイナミズムを肌で感じることができたのは非常に面白かったです。特にコロナ禍では、州ごとにロックダウンのルールが異なっていたため、ドイツ語を駆使してそれらを一つ一つ精緻に調べる必要がありました。その作業を通じて、「大学で学んできた語学や法的な思考が役立っている」という強い実感を得ることができました。

松隈教授  AIが膨大な情報を処理できる時代だからこそ、そうした「現地に根ざした人間ならではの深い洞察」が、外交の視座を決定づけるのですね。そうした実務者としての「視点の成長」を促す環境についてはいかがですか。

近藤さん  外務省には、若手を入省後1~2年で海外研修に出し、そこから2年間(言語によっては3年間)じっくり現地で過ごさせるという、非常に思い切った育成システムがあります。私自身も2年間のスペイン研修の後、中南米のウルグアイとボリビアの大使館に計5年間勤務しました。中南米の比較的小規模な大使館では、現地の言語を自在に操れるのは大使と次席、そして若手の自分の3人だけ、ということも珍しくありません。

松隈教授  それは若手にとって、かなり密度の濃い環境ですね。

近藤さん  その通りです。人数が限られているからこそ、若手であっても大使や次席に随行してハイレベルな面会に同席する機会が数多く巡ってきます。実は人事課も、研修中の若手にはあえて色々と世話をせずに、各自の自主性に任せる部分が多くあるのですが、それはこうした「自分がやらなければならない」という厳しい環境で壁にぶつかり、学生時代の「知識」を現場における「能力・行動」へと昇華させてほしいと期待しているからです。自ら現場の人間関係に割って入り、情報を直接取りに行く経験こそが、外交官としての視座をタフにアップデートさせていくのだと感じています。

同日に行われた在学生向けの講演会

パッションを次の世代へ引き渡す

松隈教授  最近では外資系企業などの採用サイクルが非常に早く、外務省を志していた学生が早期に民間へ流れてしまうという悩みもあります。そうした中で、若手の「視点の成長」を促す環境や、外務省という職場の魅力についてどうお考えですか。

近藤さん  民間や外資系企業でも海外駐在の機会はあると思いますが、外務省のように「若いうちから、国家を背負う責任ある立場で現場に出してもらえる職場」は、他にはない強みです。民間のようなスピード感も刺激的ですが、中長期的な視点で「日本のために何ができるか」を考え、政策の立案に携われることは、公的な仕事ならではの大きな醍醐味だと思います。

殿村さん  近藤さんが仰る「若手の責任」は、私もミュンヘンで痛感しました。先ほどの近藤さんのお話と同様に、総領事館でも専門的な実務を担うのは私を含め数人でした。「自分が頑張らなければ情報が届かない」という緊張感の中、コロナ禍で夜通し領事メールを送り続けた際、在留邦人の方から感謝のお手紙をいただいたことは忘れられません。

松隈教授  それは、どんなスタートアップや商社でもなかなか得られない、公的な責任を伴う貴重な経験ですね。

殿村さん  はい。大変な時期もありましたが、「自分が好きで学んだ語学や知識が、今まさに人様のために役立っている」という確かな手応えを、入省4~5年目という若いうちに直接味わえる。こうした社会貢献の実感を若いうちに直接味わえることこそが、外務省で働くことの何よりの魅力だと感じています。

グローバル・キャリア・センター長の菊池陽子副学長を交えて記念写真

(2026年6月25日収録)


本記事に関するお問い合わせ先: 広報・社会連携課 広報係 koho[at]tufs.ac.jp([at]を@に変えて送信ください)

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