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東京外大で学んだ朝鮮語で、日韓の架け橋になりたい~外務省勤務、高桑慶さんインタビュー~

世界にはばたく卒業生

東京外国語大学では、どの学部・専攻に所属してもまずはしっかりと専攻語を身につけていきます。それは、地域の言語を使うことによって、他の言語に翻訳されることなく直接生の情報に触れることで初めてその地域の社会が持っている課題の本質を見極めることができるからです。東京外大で学び、社会で活躍する本学の卒業生や教員にお話を聞いていくシリーズ「飛び出せ世界へ、外大OBOG!」第1弾。現在、外務省に勤務する高桑慶さん(国際社会学部 東アジア地域/朝鮮語卒)にお話を伺いました。

インタビュー・取材担当

  • 言語文化学部フランス語4年 石山(いしやま)なるみさん
  • 言語文化学部ドイツ語4年 太田愛美(おおたあみ)さん

外交官という職を選ぶまで

——外務省を目指したきっかけについて教えてください。

高桑さん

きっかけは2点あります。どちらも4年生の時に韓国留学をした時に感じたことですね。

1つ目は、改めて世界における日本のブランド力を実感したことです。留学の際に、世界各地から来た留学生と交流する機会があり、そこで日本という国に対する評価がとても高いことを実感しました。具体的にいうと、東南アジアなどの地域では日本の電化製品など、日本ブランドに対する信頼が高いんですね。アフリカ出身の友人からは、地元で日本のプロジェクトによって道を整備してもらったという話も聞きました。他にも、パレスチナ地方出身の友人が、その当時パレスチナの情勢が悪く帰国できるか不安だという話の中で、「日本は戦争や東日本大震災など、困難を乗り越えて今ものすごく力を発揮しているから、僕たちの出身地もそうなればいいなと思っているよ」と言ってくれました。当時私は、留学も海外に行くこと自体も初めてでした。そのときまで、自分が生まれ育った日本という国が他国からどう見られているかを考えたことがあまりなかったのです。ですが、他国の友人からそのような話を聞いて、日本はこんなに国際社会で力を発揮している国なのだと意識するようになりました。そこで、日本がこれからも国際社会でブランド力を発揮し続けられるように貢献したいと思うようになりました。

2つ目は、直接日本に関係するお話ではないのですが、韓国に留学していた時に、中国と韓国の国際関係が悪化した時期があり、中国が韓国への団体旅行を禁止したことがあったんですね。当時韓国の観光地では、体感として中国人が8割を占めていたくらい中国の旅行客がたくさんいたのですが、それが禁止令によって急にガラっといなくなってしまいました。その時に、現在のようなグローバル社会で、国境を超える移動が簡単になった時代だからこそ、外交というのは人々の生活を支えているのだと実感しました。

この2つの体験をきっかけに、日本に貢献できて、かつ皆の生活を支えられる仕事がしたいと思い、外交官を目指しました。

——外務省の試験というととても大変なイメージがありますが、何が一番大変で、どう乗り越えたか教えてください。

留学時の一枚

今振り返ると気持ちの面で大変だったと思います。というのは、留学を経たことで試験勉強のスタートが遅れてしまったからです。試験が6月にあったのですが、普通は皆その1年前に準備を始めるんですね。ですが、私は8月に留学から帰ってきた時点ですでに2か月遅れていて、さらに民間にするか公務員にするかで迷ったこともあり、最終的に勉強を始めたのが9月中旬くらいになってしまいました。私は東京外大の*外交官等国家・地方公務員プログラムで勉強していたので、その基礎部分をハイスピードでやって冬頃に追い付けばいいよとは言われて、それを目安にはしていたんですけど、やはり焦りましたね。このままみんなと差が縮まらないままだったらどうしようという不安が常にありました。

そのような時に、東京外大のグローバル・キャリア・センターで授業のDVDを借りて見ていたんですけど、同じプログラムの受講生も私と同じ授業のDVDを見ていることに気づきました。あれ、結構周りも私と同じペースで進めているな、と気づき始めました。
そこで受講生に話しかけてみたら、やはり私と同じように留学から帰国したばかりの人が多くいました。東京外大生はやはり秋から留学して翌年の夏に日本に戻ってくるケースが多いですよね。受講生から、私も遅く帰ってきて、遅く始めたんですという話をして、お互い似たような状況同士、励まし合って乗り越えられました。これは東京外大ならではの乗り越え方だったと思います。

*外交官等国家・地方公務員プログラム:外務省専門職員採用試験、国家公務員採用総合職試験、地方公務員採用試験を始めとした公務員試験を受験する本学学生のためのプログラム。

外交官として働くとは

——入省してから今に至るまでで、印象的だったことはありますか?

今は入省3年目なのですが、印象的な出来事は、本省に配属された時のことです。配属後、すぐに韓国の大使と外務大臣がお話する機会があって、隣の課の上司が通訳として参加しました。普段同じ部屋でデスクワークをしている上司がノートを持って通訳に行く姿を業務が始まって間もない頃に見て、自分も研修が終わったらそんな風に働けるのかなと緊張もしつつ、やはりかっこいいなと思いました。外国語を使って重大な任務に携われる姿を間近に見ることができて、とてもモチベーションが上がりました。

あともう1つ、入省して1年目の11月くらいに現在の天皇の即位の儀式があった際に、色々な国から来賓として首脳レベルの方や王室の方がいらしたんですね。そこで、首相と来賓の方々が会談を行うという外務省の一大イベントがあり、私を含め若手職員も多く集められたので、印象的な出来事として覚えています。私は会談に関する日時の調整や会場設営など、会談に関する全般的な業務を扱う班に配属されました。「日時の調整」と簡単に言っても、4日間で50か国の方々と会談を行うので、調整がとても大変だったことを覚えています。私はまだ若手だったので会談の細かい日時調整まではしなかったのですが、もし一度会談が決まったあとに日時を変更するとなると、国家間においての関係悪化に繋がりかねません。調整一つをとっても、外交とはとても繊細な作業なのだということを、そばで見ながら肌身で感じました。まだ若手として右も左もわからない時でしたが、大きな行事の一員として業務を担えたので、とても貴重な経験だったと思います。若手の頃にそういう経験を積めるのはありがたいと思います。

——逆に辛かったことはなんですか?

仕事量が多くて、単純に体力的に大変だというのはありました。ですが、職場には若手に気を使って下さる方も多く、少し時間の空いたときに「最近調子はどう?」と話しかけくれたり、上司が新人のときの体験談とか、ちょっとした失敗談など、親近感が持てるようなお話を共有してくださったり…。上司の心配りのおかげで、精神的にはそんなに辛くはなかったです。今ものすごくバリバリ働かれている上司が新人の時は私と変わらないようなミスをしていたんだなと知ることができただけで、精神的に楽になりました。また、若手同士でも連絡を取り合い、お昼も一緒に食べたりして、近況報告し合うことで気持ちをリラックスさせていました。体力的にはきつかったけど、なんとか周りの人に助けられて乗り越えられたなと思います。

——今は韓国の大学院で勉強されていると思いますが、どのような生活を送っているのでしょうか?

外務省の在外研修として2年間という期間で専門とする言語を学びつつ、担当する国や地域の政治や歴史、経済・文化を学ぶという目標が与えられます。その目標をどう達成するかは各自が設定することが出来ます。そのため、絶対に大学院に行かなければいけないというわけではないのですが、私は東京外大で専攻していた朝鮮語を担当しており、留学時に語学学校の勉強は一通り終えていたので、大学院で勉強することに決めました。

今は、文化人類学を学んでいます。留学先では、外務省の職員がなぜ文化人類学を勉強しているのかと言われることもありました。先輩も政治や外交、国際関係を専攻する人が大部分なのですが、私は大使館勤務中には出来ない経験をしたいという気持ちがありました。やはり大使館に勤務すると、政治や経済を扱う業務が中心となり、韓国の人々が実際にどう暮らしているのかを、社会について実際に出向いて見聞きするという経験はできなくなるのではないかなと思いました。研修のうちはむしろそういう経験を積んでおきたいと思い、社会に出向いてフィールドワークを通して学ぶ文化人類学を専攻しています。

韓国に来てからの写真

——これからのキャリアビジョンについてお伺いしたいです。どういう外交官になりたいか、仕事をする上で何か達成したいことなどがあればお願いします。

東京外大で朝鮮語を学び、仕事で朝鮮語を使っているのもありますし、私は人とコミュニケーションをとるのがとても好きなので、やはり言語能力を生かせる外交官になりたいです。韓国の政治や歴史に詳しい同期はいるので、私は自分の強みとして言語を磨いて、通訳などの手段を通して貢献できる外交官になれればなと思っています。

また、私自身朝鮮語を学び始めたきっかけがK-POPで、日本で韓国の文化が流行し、文化を通じた相互理解を経験してきた世代として、今度は日本の文化を韓国へ伝える側になりたいという目標もあります。日本がもっている魅力を対外的に発信して日本に対する理解、親近感を深めるような業務にいつかは関われたらと思っています。

東京外大での経験が今の仕事にも活きていく

——学生時代は韓国留学の他にもチアリーディング部に所属されていたと思いますが、東京外大での経験が今にどう活きているか教えてください。

チアリーディング部の活動時の写真。中央三人の真ん中が高桑さん

チアリーディング部の活動は私の大学生活のほとんどを占めていました(笑)。部活という小さい組織ではありますが、一つの組織の中で自分の役割を果たすことがどういうことなのかを体験できた貴重な機会だったと思います。組織の中で、1年目で求められている役割と3年目で求められている役割はそれぞれ違いますが、そういうことを自分の実際の体験を通して知ることができたというのは大きいですね。社会人になって外務省というとても大きな組織に入り、自分は若手としてどう貢献できるかを考えながら働くことが出来ているのはやはりチアリーディング部の活動があったからこそだと思います。

鮮語科の学生は卒業式にチマチョゴリという伝統衣装を着ることが多い

あとは、結構東京外大には留学生を含めて様々なバックグラウンドを持つ人が多いじゃないですか。海外での生活を経験した人もいればずっと日本にいた人もいるし、そういういろんな人がいて当たり前だよね、という雰囲気がすごく東京外大らしかったなと、社会に出た今になって思います。そうやっていろんな人がいる中で、お互いをどう理解していくか、同じ目標にどう向かっていくかということを自然と学べたのは、社会人として生きていくのにも重要な経験だったと思います。海外に滞在していても自分とは全く違った価値観の人と出会うことは日常茶飯事ですが、人によってはそのような違いにショックを受けて心のシャッターを下ろしてしまうような人もいます。やはりいろんな価値観があって当たり前だよねという環境で過ごせた分、柔軟に世の中を生きていく姿勢が身に付きました、このような姿勢はこれからの人生にも活きると思っています。特に、今では日本もいろんなバックグラウンドを持つ人も増えているので、これからますます重要な姿勢になるのではないかなと思いますね。

——最後になりますが、キャリアに悩んでいる外大生、外務省に行きたい後輩に向けてメッセージをお願いします。

外務省は業務量が多いというお話もしましたが、日本が国際社会で生き抜くうえで必要な業務がぎゅっと詰まっているので、なぜこの仕事をしなきゃいけないのかと思うことはあまりありませんでした。自分が日々日本の社会を支えているんだという実感を持てることが多く、やりがいの多いお仕事だと思っています。それに、若手のうちに2年間海外で研修できる期間があるというのは他の組織ではあまりない制度でとても魅力的ですよね。こういった海外の研修も含め、外国語に興味があり柔軟に物事を考えられる東京外大生は外務省と親和性が高いと思います。もし外務省を目指すか迷っている人がいるなら、またとない機会ですので、ぜひ挑戦してみてほしいです。

そもそも就職活動は、大学生が社会に出る前に社会の仕組みについて学べる良い機会だと思います。今振り返って思うと、大学生まではあくまで「学生」というフィルターでしか社会を見ていなかったので、就職活動を始める前は、私自身かなり視野が狭かったと思います。例えばある商品1つをとっても、表面上はそれを販売している企業しか見えませんが、就職活動の企業研究を通して、その商品1つに関わっている様々な企業を知ることができます。企業説明会において、そのような企業1つ1つの最前線で働かれている方のお話が聞けるというのも、貴重な機会だと思います。外務省の専門職員という職業も、このように視野を広げていく中で見つけた職業でした。

——本日は貴重なお話を聞かせて頂き、ありがとうございました。

インタビュー後記
東京外大での経験が今に活きているというお話がとても印象に残っています。やはり多言語多文化の環境や外国語の強みは東京外大ならではのものであり、就活に悩む東京外大生や外務省志望の方にはとても参考になるお話だったと思います。私自身就職を控えている身なので、東京外大ならではの経験を最後まで積んでいきたいと思いました。
取材担当:石山なるみ(言語文化学部フランス語4年)

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