TUFS Today
TUFS Today
特集
東京外大教員
の本
TUFS Today
について

草の根の声を拾い上げる研究を 〜シエラレオネ駐在・内山歩美さんインタビュー〜

世界にはばたく卒業生

異例のゲリラ豪雨や台風に見舞われた今夏、ようやく暑さも落ち着き秋の訪れを感じる季節になりました。今回は8月よりシエラレオネでアフリカの開発研究コンサル会社の駐在員として働いている、本学卒業生の内山歩美さんにお話を伺います。学部時代は本学大学院総合国際学研究院・舛方周一郎准教授が受け持つゼミに所属しており、現在はジェンダー暴力やジェンダー規範の定量化について研究を行っているそうです。7月に舛方ゼミで行われた報告会の様子をレポートします。

取材・執筆:言語文化学部3年・堀詩(広報マネジメント・オフィス 学生広報スタッフ・学生ライター)

ジョンズ・ホプキンス大学大学院で学ぶことを決めたきっかけ

内山さんは本学のラテンアメリカ地域スペイン語を専攻し、2022年に卒業されました。卒業後に日本経済団体連合会からの奨学金を受け、ジョンズ・ホプキンス大学大学院に留学することを決めた経緯についてこう語ります。

「私は学部時代に中南米地域における移民問題、ギャングによる暴力、治安、女性の人権、社会運動などについて学ぶうちにジェンダーに基づく暴力の予防と介入に関心を持つようになりました。また、後で詳しく述べますが修論で扱った「ジェンダー規範」というものは家庭なり学校なり仕事場なり、さらには社会の法律なんかにも色濃く出ていて、様々なシステムを通して、生まれた時から死ぬ時まで人の生活に影響を及ぼすことがあります。この人の生活に影響を与える、という意味で喫煙や飲酒、健康管理などの公衆衛生の文脈でもジェンダー規範の公平さを図っていくことが必要であると考えたんです。修士課程を通して公衆衛生に関する知識を身に着け、ジェンダー暴力やそれを取り巻く課題についてさらに専門性を高めたいと思ったので留学を決意しました。」

「公衆衛生って日本で進学のオプションとしてあんまりない気がしていて。多分医者の方が医者になった後にプラスで学ぶ学問、みたいなイメージがあると思うんですけど、アメリカではかなり大きい分野として扱われ、特にジョンズ・ホプキンス大学はその分野で世界的な注目を集めている大学なんです。研究予算の規模が桁違いで、テーマやフォーカスする地域もものすごく幅広くて、教授だけではなく卒業生も世界中のいろんな場所で活躍しているので、そういったところも魅力的でした。」

ジェンダー暴力の予防・介入を目指したケニアでのフィールドワーク

内山さんが選んだコースでは、1年次に基礎知識の習得に力を入れ、教授の研究補佐をしながら自分が得た知識を実際の研究プロジェクトでどのように応用できるのかを学びます。内山さんのキャリアに大きな影響を与えることになったのは2年次のケニアでのフィールドワークでした。

「以前から研究補佐をしていた教授がケニアでジェンダー暴力に関するプロジェクトを行っていたので、それに協力する形で2年次の前期半年間を使ってケニアでのフィールドワークに挑みました。その時の研究テーマは「myPlan Kenya(マイプランケニア)」というものです。これはウェブサイトのアプリで、これを使用してジェンダー暴力、特にパートナー間の暴力への予防介入について研究していました。ナイロビってスラム街でもかなり携帯電話、特にスマホを持っている人が多いんですよ。でもスラムや治安の悪い地域だと医療体制の整備も限られてくるし、じゃあその中でどうやってジェンダー暴力を研究できるか、それを経験した女性とどのように繋がることができるか、どうしたら限られたリソースの中で知識の共有やエンパワーメントの機会を最大限作れるか、というのを考えた上でこのアプリが選ばれました。」

「私は、対象地域でうまくいった暴力への介入方法をナイロビ全域に広げるために、どういう課題があるのか、行政の人はこのアプリの使用を許可してくれるのか、など、研究の成果をスケールアップさせる時に生まれる課題にどう対処していくかをずっと考えていました。具体的に私がサポートしていたのは、400名の女性と彼女らを含め医療関係者やNGOなどの計800人に行ったサーベイ調査です。スラム街の中にある市民団体を訪問して、「こういうプロジェクトがあります、あなたは普段の生活で、パートナーから暴力を受けている女性と巡り合うことはありますか?そうであれば、その状況や彼女たちとの関わり方について教えてくれますか?この問題に関してはこういう介入法がありますがどう思いますか?アプリでできるのであれば使ってみたいと思いますか?じゃあ使ってみてください」という感じで、協力者を増やし、草の根の人たちの声を拾いながら調査を続けました。」

ジェンダー規範の数値化と調査方法

「修論はケニアでの活動とは別のテーマで執筆しました。というのもケニアでやっているデータ収集がまだ中途半端な状態だった、かつ量的分析の力をつけたかったので、すでに行われたサーベイ調査で自分が分析できるものはありますかって教授にお伺いを立てたんですね。そこで提案されたのは、ジョンズ・ホプキンス大学のチームが既に行っていたバングラデシュ、コロンビア、ウガンダでの携帯電話を使った調査の分析です。これは主に喫煙や飲酒、生活習慣病に関する全国調査だったんですけど、ジェンダー規範に関する質問もたくさん埋め込まれていて、そのジェンダーに関わる部分を分析して欲しいとのことだったので、修論ではサーベイ調査を用いてジェンダー規範を数量化することに挑戦しました。」

「ジェンダー規範って、すごくモヤっとしたテーマじゃないですか。例えば『夫は妻に暴力を振るってもいいと思うか』という質問みたいに、もやっとしたジェンダー規範というのを数値化して、全国調査で全国の人口に当てはめることができ、かつ複数国の間で比較できる指標を作りたいと考えました。これまでジェンダー規範について行われてきた研究の多くが質的調査を用いており、インタビューやフォーカスグループのディスカッションといったあまりシステマティックではないやり方で行われてきたため、どこの環境下でも使える調査が少なかったんです。なので量的調査の手法を用いた今回の研究は、より正確で他の地域にも応用可能、つまり全国的な結論づけを期待できるっていう点で新しい取り組みだと思っています。」

内山さんが分析した調査では、ランダムに生成された携帯電話番号にひたすら電話をかけ回答してもらうというサンプリング方法が採用されていました。

「カスタマーサービスとかで聞く「なんとかであれば1を押してください」のような音声を流して行うものです。質問表は「Gender Equitable Men Scale」というブラジル発祥のものを使っていて、これはもともとジェンダー規範を測るための質問票ではないのですが「カップルは子供を持つかどうか一緒に決めるべきであるか」「女性はぶたれてよいか」「女性が家事や子育てをするべきか」など暴力やジェンダーに関するテーマが幅広くカバーされていたため使用されました。」

全国共通の指標を作る難しさ

「最も頭を悩まされたのは、これらの質問の回答をどのように全国共通の指標化していくのかという点です。結局、ポジティブなステートメントに対して同意した人は1点、ポジティブなステートメントに対して反対した人は0点とし、逆にネガティブなステートメントに対して賛成した人は0点、それ以外の人は1点として、合計点数を出しました。ただ合計点数の分布が正規分布になっていないと使えない統計分析もあり、実際分析がつかえない場合もありました。コロンビアの人は良い感じの分布になったけど、バングラデシュは正規分布とは程遠かった、とか。偏った数値を分析するために、さらにこの合計点数を公平度合いが強い人、全く公平じゃない人、中間と3つに分け、何がジェンダー公平な態度を決めるのか、年齢なのか性別なのか教育レベルなのか、または農村都市のギャップなのか、ということも掛け合わせて関係性を導き出しました。」

様々な工夫を凝らして数値化に取り組んだそうですが、このスコアの作り方については今も正解を模索中とのことです。

「調査の結果としては、コロンビアの人が一番ジェンダー公平な態度を示していて、その次はバングラデシュ、最後にウガンダという形になりました。ただ、先ほどお伝えした通りジェンダー規範もいろいろなタイプがあるじゃないですか。具体的にお話しすると、セクシュアリティにおいて、バングラデシュが一番コンサバティブな態度を示したんですね。多分それは文化的なところで、例えば性行為についてサーベイ調査で質問されるっていうこと自体に抵抗の強い文化のため、質問票から削除された項目もありました。そのような文化的な違いが結果に影響している可能性を考えると、スコアの出し方が非常に難しくなってきます。」

「全体の結果としては、各国のどの指標がジェンダー公平な態度と関係があるのか、結構コンビネーションが違ったんです。性別の観点では、コロンビアとウガンダでは男女の違いは全然関係なかったのに、バングラデシュでは女性の方がより公平な態度を持っていることがわかったとか、どの国も年齢はそこまで関係なかった、とか。また、注意したいのモバイルサーベイに参加してくれた人は圧倒的に若者が多くて、45歳以上の人の意見があんまり取れなかったことです。もしかしたらこの偏りが統計分析の結果に影響してるんじゃないかと思っています。ロケーションの観点はすごく面白くて、コロンビアでは都市部より農村の人たちの方がより公平な態度を持っていました。これは私の仮説とは逆の結果で面白いなと思いましたね。一方でウガンダでは都市部の人の方がより公平な態度を持っていて、予想通りの結果を得られたのも興味深いです。教育については、どの国でも教育レベルの高い人ほど公平という結果が出たので、ジェンダー規範を調査する上で有力な基準になることがわかりました。」

さらに、モバイルサーベイを行う際には誰がそれにアクセスできるのかということにも注意を向けなければいけないと内山さんは指摘します。

「夫が携帯電話を所持していてその妻の女性に回答権がない、なんてこともありますからね。またプライバシーに関することを回答するのに不安を持っている方も多いので、そういったサーベイに参加してくれない人も結構います。あとはデジタルコンピテンシーって言って「イエスであれば1を押してください」と聞いたところで、全員が全員指示についていけるわけではないじゃないですか。そこには教育レベルとか都市農村部の分断が影響してくるので、サンプルの取り方自体もよく考えないといけないんだなということが分かりました。あとは年齢や性別、ロケーションだけじゃなくて、他にももっとジェンダー規範と関連している特性ってあると思うんですよ。母親の教育レベルや、あとはなんだろう、年収とか、そういったものとの関係も調べていくともっと正確なデータがとれるんじゃないかと考えています。」

フィールドワークを通して気がついた「実装科学」の可能性

内山さんの研究を貫く実装科学。実装科学とはエビデンスに基づく介入を効果的に日常生活に取り入れる方法を開発・検証する学問です。日本ではその重要性がまだあまり認知されていませんが、ケニアでのフィールドワークを通してその必要性に気がついたと言います。

「研究では、自分が収集したデータが実際のアクションにつながるかどうかっていうのを大事にしています。研究室とか書棚に留まるだけで、データを集めても人の生活が変わらなかったら意味がない。質問票についても、突然電話がかかってきて100個質問されたら正直私は絶対答えないと思います。でも自分に影響のあることだったら答えようという気にはなるんですね。参加者してくれた方が、自分の集めたデータによってきちんと利益を得られるようにすることが研究者の義務だと思っています。」

ただその現象を明らかにするだけではなく、それがアクションとしてどのような効果を発揮するのかを考えなければいけないということですね、と舛方先生。

「まさにその通りです。もう一つ私が言いたいことがあって、アカデミックな研究ってこれまでアメリカ、ヨーロッパ、日本など金と権力のある国の研究者が情報を得て自分の論文で公開して終わり、っていうのが多いと思うんです。そうすると情報を収集された側の人間は自分たちのデータがどこに行ってどうなったのかわからない。でもそれって搾取じゃないですか。データの植民地化みたいな。そのデータが誰かのキャリアのために取られて発表されて論文になって、でも現地にいる人はそれが読めないしわからないし、政策も変わらない。だから実装科学を通じてその結果がちゃんと土地に帰っていくことが必要です。」

「実際にケニアでフィールドワークを行った時、データを集めて分析し現地の人がどう解釈するか調べてみました。「パートナーからの暴力にあっている人のうち、スラム街のトタン屋根に住んでる人は何%、ボロボロではあるがアパートに住んでる人は何%、一軒家に住んでる人は何%」のようなグラフを作ってどう思うか聞いたら、「トタン屋根からアパートに引っ越したら暴力を受けなくなるのでは」と考える人がいたんですね。でも、これちょっと違いますよね。経済的な貧困がトタン屋根という住居に現れているだけで、家を変えたから暴力がなくなるわけではありません。だから、このようなデータの示し方にも文脈をつけるとか、別の形で伝えなければ、自分の意図するメッセージとして届かないことがあるんだなっていうことがわかりました。現地の人の解釈と自分が集めたデータで主張したいことが合っているかきちんと確かめるべきだと思います。」

また、内山さんは大学院で実装科学に関わる教授や学生をつなげるグループの代表メンバーも務めていました。

「博士課程のメンバーの下書き中の研究案を発表してもらって、ここがいいよねとか、ここはもうちょっと考えなきゃいけないよね、みたいなディスカッションをするのが楽しかったです。ゲストスピーカーを呼んで、実装科学を学んだ後に、現場で実践に移すためにどのような活動がなされているか、その時の障壁なんかも実際にお聞きすることができて貴重な経験になりました。」

質的調査と量的調査

「大学院では量的調査のトレーニングをとにかくたくさん行いました。私は数字が嫌いなので、もう何なんだよ!と思って苦労したんですけど、意外とできる人がいないので、基本を身に着け仕事を通してその能力が上がっていけば、自分がすごく有能な人材になれると思って頑張りました。数値化してデータにする量的調査は地域性を問わず使えるものなので、自分の得意分野にできたら強いですよね。」

量的調査の中でも内山さんが活用したサーベイ実験調査のデメリットは、数値で一般的な状況を表示することはできても、各事に対して具体的な実情を把握しにくいという点が挙げられます。舛方先生曰く、それは「ある状況の中で起きた現象を1回だけスナップショットとして撮ること」と似ているそう。

「大きな政策の実施や、有名人が癌で亡くなったため世間的に癌に対する啓発意識が高まった、みたいな一時的な変化もあるので、先生がおっしゃったように、スナップショットで撮ったデータがいかに今の状況に適用できるものなのかっていうのを常に厳しく評価していく必要があると思います。私が直面した問題は、分析した調査が行われている時にウガンダで同性愛が違法化されてしまったことです。この時、ゲイの方に対してどう思うかっていう質問や自分のセクシャリティの話に答えられないもしくは自分の意思と異なるものを答える人がいたと思うんですよね。大体、携帯電話のサーベイなんて誰が聞いてるのかもわからないし、家族が聞いてるかもしれないし、大学院の調査ですって言われてもどこまで信頼できるのかって話じゃないですか。そういった事情についても考慮しなければいけないんですよ。」

今後のキャリアプランについて

「そもそも大学院を目指した理由が開発、特に公衆衛生、または教育とかそのような分野で国際的に働ける人材になりたいというのがあって、そのためにやっぱり修士号が必要とされるじゃないですか。専門性や技術的能力、経験値っていうのが絶対に必要なので、その基本的な部分を揃えるっていうのは達成できたかなと思っています。また大学院で、研究のデザインを考えたりとか、データ分析を考えたりとか、そのような細かいことを考えるのがすごい楽しいことに気がつき、キャリアとしてもやっていけると将来性を見出すことができました。」

「さらにケニアでの活動は、外から外国人が入ってきて、現地の声を勝手に解釈し勝手に開発を進めてしまうことの問題点を強く意識するきっかけになりました。外国人としての自分の役割は何だろう、と今後自分が開発にどう関わっていきたいのかを考えるようになったんです。例えばですけどブラジルのことを研究するってなった時ブラジルに生まれてもない、住んでもない人間があれこれ言うのはどうなんだろう思いませんか。だったら現地に住む人やNGO、研究機関にパートナーになってもらい、彼らが資金やキャパシティ強化の機会を得て生み出したデータや経験が、私たちの研究に投影できるほうが良いじゃないですか。草の根の声をもっともっと引き上げられるような人材になりたいと思っていて、アフリカの社会開発に関わる会社で働く選択をしました。これから開発研究というフィールドで自分の役割を果たしていきたいです。」


本記事は取材担当学生により準備されましたが、文責は、東京外国語大学にあります。ご意見は、広報マネジメント・オフィス(koho@tufs.ac.jp)にお寄せください。

PAGE TOP