2016年2月23日

ヘルシンキ・ブックフェア2015 「ロシアを読もう!」

ロシア語学がご専門の小林潔さんより興味深いエッセイの翻訳をご提供いただきましたので全文をここに掲載します。最初に小林さんの解説、その後にイリーナ・カペリアンさん(Irina Kapelian)のエッセイが続きます。

【解説】小林潔
2015年10月22~25日、フィンランドでロシアをテーマ国とした第15回ヘルシンキ国際ブックフェアが開催された。フェアのスローガンは 「ロシアを読もう! Читай Россию!」。ロシアから30人以上の作家が参加し、来訪者も4日間で8万人に達した大イベントであった。
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http://www.messukeskus.com/Sites3/Kirjamessut/en/Pages/News.aspx?url=/UutisetTiedotteet/HelsinginKirjamessutavautuu15ttakertaa.en-us.aspx

本ブックフェアについては、既にカペリアン氏の報告が 『ロシア文化通信 群』 に拙訳で掲載されている(イリーナ・カペリアン、小林潔訳「ロシアを読もう! ヘルシンキ・ブックフェア2015」 『ロシア文化通信 群』群像社、第47号、2015〔平成27〕年12月、4面)。
本エッセイは、フェアの熱狂からしばらく経って、あらためてフェアの意義を考察したものである。フィンランドという、ロシアと国境を接し、歴史的にも複雑な関わりがあり、現に人口の1%にあたる5万人がロシア語話者という国において、どのようにロシアが捉えられているか、どのような態度でロシア(語)文学に接しているかは、日本のロシア関係者にとっても興味深いと思われる。
原文はロシア語。著者のカペリアン氏はペトロザボツク出身、父はロシア人、母はフィンランド人で、ペテルブルク大学心理学部とヘルシンキ大学教育学部の両国高等教育機関を卒業したバイリンガルである。現在はヘルシンキの社会人学校Eiran aikuislukioで教員をつとめており、訳者も彼女の授業参観に出向いたことがある。

http://www.sukuni.fi/irina/

なお、フィンランドのロシア語教育については、例えば以下を参照。
須佐多恵「フィンランドにおけるロシア語教育――異言語、そして母語として――」 『ロシア語教育研究』(日本ロシア語教育研究会)第3号(2012〔平成24〕年11月):59-69頁。



【エッセイ】イリーナ・カペリアン、小林潔 訳
   「ブックフェアのページに真実を探求して」
ヘルシンキ・ブックフェアの出来事や事実はだんだん記憶から薄れていくが、何かとても意義深いものだったという感覚は多くの人に残っている。
あまりに選択肢が豊富で、選ぶのが難しいほどだった。というのも、14ものステージと800ものプログラムがあったからだ。ロシア文学・文化はその輝きをもって我々の目を眩ませる。いや、その塵埃によって、だろうか。「ロシアを読もう!」なるブースもあった。この名称を滑稽に感じる人もいるだろう。ロシアを書籍のように通読できるのかと。おそらく、最初から最後まで読みさえすれば、という話で、誰かが開けてくれたページからということではないだろうが。

ロシアでは不条理に満ちたカフカ的な状況が続いている。それを陰鬱で抑圧的な状況だと見る人もいる。出来事を頭や心で受け入れるロシア人の感覚は鈍くなっており、何かを疑ってかかろうとか、本質にまで達したいという気持ちはほとんど見受けられない。自分が真実だと思うことをずけずけ言ってのけ、言い方を気にすることもなければ、相手がどう感じるか気にかけることもない。そんなのは何ということもない、「真実」とは無縁の単なるニュアンスに過ぎない、ずけずけ言って何が悪い、というわけだ。まさに、自分の真実のほうが他の誰の真実よりも正しいことがわかっていて、それらを一つに纏める可能性も認めないというわけである。作家たちにさえこの可能性を認めず、彼らにレッテルを貼ってしまう。とはいえ、ロシアではこれまでずっと作家に特別なステータスがあった。
それは西側で今でも保たれている。作家にステータスがあるなど信じられないという人がいたとしても、ブックフェアのロビーに足を踏み入れ、長蛇の列の最後尾に並べば、疑いはことごとく消え去ったはずだ。ロシアの作家が登壇することになっているホールに入るための大行列が出来ていたのである。これほど多くの人々を行列に並ばせたものは何だったのだろうか。単なる好奇心、作家を直に見たいという望みだったのか。ある女性は、「ロシアで何が起きているか知りたいんです。できれば作家の口から直接聞きたい。作家なら信用できて真実が聞けるかもしれないじゃありませんか」と私に語った。世の個々の出来事からせめて部分的にも真実を引き出そうとする人がまだ残っているのだ...。
信じられないことに、ロシア人作家の話を聞きたいという人の多くが会場に入れなかった。私も中に入れてもらえなかったので、立ったまま、このフェアで捨て値で買ったフィンランドのリッカ・ペロ (Riikka Pelo 1972 - ) の小説 『日々の暮らし』 をぎゅっと抱きしめた。見事な叙述、素晴らしい言語、マリーナ・ツヴェターエワと娘アリアドナ・エフロンとの重苦しい――フィンランドの女流作家が深く感じ取った――物語だった。この小説はフィンランドの国家賞をとったのに、程なくセールにまわされてしまった。これはどんな文学がフィンランドで読まれているかという問題の一つである。なんといっても、この小説は、フィンランドの読者に、ロシアについての真実を垣間見させる可能性大なのに。ロシア性、真実の探求、ロシアのメンタリティ、心乱れるロシアの魂についての真実である。そう、心乱れる魂も今は流行ではないのである。
相反する感情に捉えられたまま、私はのろのろとソフィ・オクサネン (Sofi Oksanen 1977-) の話を聞きに出向いた。が、自分でも驚いたことに、全てかつて耳にしたことがあるものばかりのように思えた。彼女の小説 『ノルマ』 の髪のテーマは、ゴシック・ファッションで世界一の美女とされる作家の口から発せられたものであっても、心を動かされない。少なくとも今は。本屋で特売になったら、もちろん 『ノルマ』 を読むつもりだ。ただし、これまで一度もオクサネンの作品がセールになったのを見たことはない。この才能ある女流作家の長編 『粛清』 はフィンランドの大きな文学賞を受賞し、反ロシアの翼を広げて世界中に飛び立っていった。でも、こんな皮肉を言っては半ば不当かもしれない。オクサネンが提唱してフィンランドでようやくソルジェニーツィンの 『収容所群島』 が翻訳出版されたことを強調しておこう。彼女のこうした業績もやはり真実探求の一環である。しかし同時に、ブックフェアのテーマがロシアであることに多くの人が警戒感を抱いたのも、まさに恐怖心を煽るようなオクサネンの感情的な文体ゆえであった。例えば、「モスクワとクレムリンはフィンランドに隊列を送り出す。純粋で申し分なき知性を持ったフィンランドの読者をプロパガンダで押しつぶすために」といったような文体だ。

「モスクワ」という言葉は、フィンランド人の耳にはしかと厳しく響く。モスクワは権力の権化であり、西側には馴染みのない政策の源である。そうした政治のこだまである。だからモスクワの作家達も警戒されたのだろう。きっとそれゆえに、ブックフェアでは、ロシアを捨てたモスクワ出身者への関心が高まり、彼らの言葉はより信頼されたのだろう。彼らがもたらす情報はより明確で、西側の既存のステレオタイプにより適っていたのである。
モスクワの生まれでロシアの反体制派であるアルテーミー・トロイツキーは、現在タリン在住だが、私にとって彼はなにより、ロシアン・ロック音楽史の大御所である。西側にとっては、彼は評論家で、プーチン主義にあからさまに対立し、反ロシア的な風潮を作っている。相変わらず押し出しが良く、遙か昔にテレビのお茶の間ロックショーで見た通りのままの、堂々たる反対派の大人物だ。彼はコラムを書き、ラジオ番組を持ち、ロシア社会について講演をしている。ロシアをどうしたらいい? ワルラム・シャラーモフとアレクサンドル・ソルジェニーツィンのおかげで知られるようになった囚人風の言い回しでトロイツキーは応える。「信じるな! 恐れるな! 求めるな!」と。そして曰く「自分の国が好きだ。とても好きだが、その未来を俺たちは失ってしまった――それは確信している」。これにトロイツキーは疑いの余地を残していない。だが、作家に宿命づけられていたのは常に疑いと狂奔だったではないか。
さて、ボリス・アクーニン(グリゴーリー・チハルチシヴィリ)は相変わらず「自身の国を理解」しようとしている。アクーニンはもはやモスクワ文学界と縁を絶っており、フランスで暮らしたりイギリスやスペインで生活したりしている。ブックフェアで行われた「読者との集い」では、それぞれの国の気候が特定のジャンルの作品を生み出すようだと語っていた。そう言えばアクーニンは、学術的な本をロンドンで、探偵小説をスペインで、所謂シリアスな現代小説をフランスで書いている。北イタリアにも行ってみたそうだが、執筆にはあまりに穏やかすぎる場だったという。ひょっとすると、単に特定の国と心を結びつけたくないだけなのかもしれないが。
ブックフェアにはこんなシーンもあった。ミハイル・シーシキンとボリス・アクーニンにインタビューしたのだが(ふたりともロシアから出て、口をそろえてロシアの現状を批判し、プーチン政権を攻撃していた)、とても興味深かったのは、政治状況を語りたいか語りたくないかという点でふたりの気持ちが正反対だったことである。シーシキンは全ての質問を文字通り無理矢理に政治に向け、文学の話題について半句でも彼からコメントを引き出すことは難しかった。一方、溌剌としたアクーニンからロシアの現状についてコメントを得ることは半句でも難しかった。答を用意していなかったのだろうか。もっとも、創作にとって周囲と魂との不和は有益である。
シーシキンは「人生という書物のページを繰って、幸福がこみ上げるのを探している」。フィンランドのマスコミでの多くのインタビューから判断する限り、彼の真実は酷で直線的だ。そもそも真実かどうかも、彼の長編 『ヴィーナスの毛(ホウライシダ)』 では疑われている。小説の主人公である通訳は皆の陰にいて人生の出来事を聞き、書き留める。そしてこれらの出来事を我々は彼が書き記したままに読む。正しいか正しくないかは大事ではない。話の半分は作り事か、自分のだと偽ったものだ。尋問で語られたある出来事、焼失した家や銃殺された身内の話は実際にあったのかもしれないが、話した者に起きたことではない。彼は単に、他人の不幸が自分を西の楽園に連れて行ってくれると考えているだけだ。その経歴は「真実」とは隔たっている。我々読者にとって何が大事なのか。真実か、それとも、我々が聞くつもりのことを再確認させる嘘なのか。
優しい「真実」がきれいな服で歩いていた。
寄る辺なき至福の障がい者たちの為に着飾って。
粗野な「嘘」がこの「真実」をおびき寄せた。
うちに泊まっていけと。
何千ものフィンランド人に親しまれ愛されているウラジーミル・ヴィソツキーのしわがれ声が私の思いに合わせてホールに響いた。
客観性を保つべく、ザハール(エヴゲーニー)・プリレーピンの 『修道院』 から引用する。「人生を描くには真実だけでは足りない。事実、それらの列挙、意味づけさえも、人生の滑稽なごくわずかな外面を覆うにすぎない。真実を描くとは虚偽を手にするということだ」それで、調書に記されるように無味乾燥な真実は退屈で陰鬱なのではないか。プリレーピンはブックフェアには来ていなかったし、『修道院』もいまだフィンランド語に訳されていない。翻訳が待たれる。
ペテルブルクはフィンランドにより近い。政治色を抜きにした文学の枠組みの中の町としてより容易く思い浮かべられるだろう。その美しさを引き立てるのはドストエフスキーとプーシキンとの神秘的な邂逅だ。ロシア文芸のディノザウルスたるアンドレイ・ビートフのプログラムは盛りだくさんであった。彼は暗黒の1937年レニングラート生まれである。彼の考察は読者側の不理解にもふれた。作家の思いを読者は時に理解しないと。実際、両者はそんなに離れているのだろうか。作家と、何らかの自分の真実を求める読者とは乖離があるのか。
彼は疲れ、出来事から若干距離を置いていて、文学と、そこでの作家の位置について語る。「作家も孤独であるし、読者も孤独である。しかし、本を読むことで孤独でなくなる者もいる。実際、文学の課題とは二つの孤独を一つにすることなのではないか」――これがビートフの問いである。この言葉は、作家がブックフェアの長い一日の終わりに疲れ切って自分の本を布鞄にしまうのを見ていた時だけに、ひときわ鋭く沁みるものであった。彼は一人だった。だが、ここにいるのは、読者が取り囲んでいるべきクラスの作家である。息を殺して待つ。『プーシキンの家』 の著者であり、無検閲文集 『メトロポール』 の創刊者の一人たる彼が更に何か言わないだろうか、と。
ブックフェアで私が注目したのは、ペテルブルクの作家であり、中世ロシア文学の研究者でもあるエヴゲーニー・ヴォドラスキンであった。彼は、全ての時代が文学にとって適しているわけではない、戦争や革命の時代というのは素材としては良いかもしれないが、環境としては文学に向いていない、そういうのは社会評論の時代だという考えを披露し、自分自身で反駁してみせた。彼の長編『ラヴル』のフィンランド語訳が特にフェアの開幕に合わせて刊行された。本書は偉大な文学の一つである。「驚きなのは、肯定的な主人公の出てくる本が無条件に受け入れられているという事実である。つまり、まだ全てが失われたわけではないということだ」とヴォドラスキンは語っている。このような聖なる主人公が現代に暮らす小説を書くつもりはあるか、という質問に対しては、こう答えている。「文学では義人よりも人でなしを書く方が遙かに簡単だ。現代の聖人に巡り合えたらすぐに書くことにしよう」。
作家は我々を魅了し、美を作りだすものだし、自由の感覚を広めることができる。詩の一行が持つ力だけで平和を打ち立て、また打ち壊すことができる。作家というのは、自著のページから生も死も愛も約束することのできる者である。我々皆が求める真実を約する者である。
ブックフェアに参加したひとりひとりがその出来事から真実の一粒なりとも引き出そうとした。それができた人にとってヘルシンキ・ブックフェア2015は今後もずっと記憶に残ることだろう。
(2015年12月30日) 


2016年2月14日

『世界』 2016年 3月号 ノーベル文学賞受賞記念講演

『世界』 3月号にスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチのノーベル文学賞受賞記念講演 「負け戦」 (全訳)を載せていただきました。


「この壇上にいるのは私ひとりではありません......。声をあげてくれた何百人という人たちが私とともにここにいます」

「私は日常的な感情、考え、言葉を集めています。自分の生きている時代の生活を集めているのです。私が関心を持っているのは、魂の歴史、魂の日常的な面です。『大きな歴史』がふつう見逃したり見下したりする側面です。つまり私が扱っているのは、見落とされた歴史なのです」

「私には家が三つあります。私のベラルーシの大地は父の故郷で、私がこれまで住んできたところ。ウクライナは母の故郷で、私が生まれたところ。そして偉大なロシア文化なくしては今ある自分を想像することはできません。どれもみな私には愛しい家です」

『世界』3月号は「震災から5年」の特集を組んでいます。目次はこちら。
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https://www.iwanami.co.jp/sekai/

2016年2月 4日

平松洋子さんの書評 ―― 『世界を食べよう』

『サンデー毎日』 2016年2月7日号に、平松洋子さんが 『世界を食べよう!――東京外国語大学の世界料理』(東京外国語大学出版会)について「異文化研究者30人が語る食の多様性」と題する素晴らしい書評を書いてくださった。
平松さんと言えば、食文化の専門家であり、そのしなやかなエッセイには定評がある。『世界を食べよう!』を評してくださる方としてこれ以上望めない人選だ。本当にありがたい。
  
「なんと贅沢な一冊だろう。世界の食文化案内であり、食いしん坊を舌なめずりさせる読み物であり、旅のガイドであり、しかもレシピ付き。東アジアから始まってヨーロッパ、オセアニア、アフリカまでぐるり、いながらにして食卓の遊覧旅行だ」

http://mainichi.jp/articles/20160126/org/00m/040/034000c


「本書のオリジナリティーは、三十人余の執筆者にある。東京外国語大学の異文化研究者たち。つね日頃から異文化と格闘している研究者が、精通する各国の歴史や文化を背景にしつつ、食をどう読み解くのか。"違いの際立つ"内容そのものが、おのずと食文化の多様性を物語るかっこうだ」
ほとんど全文を引用したいところだ。ぜひ上のURLをご覧ください。



2016年1月10日

卒論発表会

沼野恭子ゼミでは、卒論発表会を2回に分けて行います。
2016年1月14日と1月21日 16:00より 422 総合文化研究所セミナー室にて。
興味ある方はどうぞいらしてください。

1月14日(木)16:00ー18:00
一色望 「ロシア魔法昔話における『渡り』」
大内悠 「ウズベク・アヴァンギャルド研究―ヴォルコフを中心に」
甲斐まどか 「絵画は何を語るのか―シャガールの描いた詩」
水谷麻優子 「ロシアから世界へ―多様化するダーチャ」
横山有道 「日露戦争と音楽・風刺画―芸術が映す戦争」

1月21日(木)16:00-18:00
市川透夫 「二葉亭四迷の文学観―ゴーゴリとのかかわりから」
太田千暁 「ロシア食文化研究―ソ連初期から解体後まで」
合田沙矢加 「ヴルーベリの見た世界」
須藤知沙 「ベラルーシにおける戦争の記憶化とその表象」
工藤順 「『読まれない』ことばへ―ゲンナジー・アイギと詩をめぐって」
千葉元 「様式たる『個人主義』―建築家メーリニコフと1920年代」

もうひとり「逆境のイコン画家、山下りん」という卒論を書いた学生がいますが、あいにく旅行と重なってしまい、発表はできません。
なお、下のポスターは合田沙矢加さんが作ってくれたものです。

2015年10月28日

『世界を食べよう!』 出版

『世界を食べよう! 東京外国語大学の世界料理』 (東京外国語大学出版会、2015)が出版されました。

   ↓
http://www.amazon.co.jp/dp/4904575490

「食」を切り口に「世界の多様性」を提示するというコンセプトの本で、40名近い東京外国語大学関係者が、腕によりをかけて 「食」文化エッセイを執筆しました。料理や調理器具、食風景の写真。そして、現地の「異質性」をそのまま含んだレシピ。世界に広がる日本料理の受容も紹介しています。
全224ページ。オールカラー。1800円+税。

目次は以下のとおり。

【東アジア】
中国料理 ~大運河の遺産――江蘇随一の名菜揚州料理 川島郁夫 12
韓国料理 ~韓国流おもてなしの二枚目役、ジョン 南潤珍 18
台湾料理 ~台湾B 級グルメ、屋台料理 谷口龍子 24
モンゴル料理 ~これぞ遊牧民の知恵の結晶 岡田和行 30
 ☆世界にひろがる日本料理 東アジア編 36

【東南アジア】
ベトナム料理 ~いろいろ妄想しながら米製麺を食べてみる 野平宗弘 40
カンボジア料理 ~大地と川の恵みを人との絆で味わう 岡田知子 46
ラオス料理 ~ちゃぶ台を囲む「もち米」の和 鈴木玲子 52
タイ料理 ~世界一の美食マッサマン・カレー 宮田敏之 / スニサー・ウィッタヤーパンヤーノン 58
ミャンマー料理 ~「スィー・サン・サー」に吹く新しい風 土佐桂子 64
フィリピン料理 〜やさしい国のおいしい料理 長屋尚典 70
マレーシア料理 ~海の十字路の食文化――その多彩さとつながり 左右田直規 76
インドネシア料理 ~早い、安い、旨い、三拍子そろったパダンの味 青山 亨 82
 ☆世界にひろがる日本料理 東南アジア編 88

【南アジア・西アジア】
ベンガル料理 ~キチュリってなに? 丹羽京子 92
インド料理 ~たかがカレーと侮るなかれ 水野善文 98
イラン料理 ~色彩豊かな宝石箱でおもてなし 佐々木あや乃 104
アラブ料理 ~知られざる食の宝庫 八木久美子 110
トルコ料理 ~イスタンブルで囲む優美な食卓 林佳世子 118

【東ヨーロッパ・中央ヨーロッパ】
ロシア料理 ~東西の食文化を呑み込む大きな胃袋 沼野恭子 126
リトアニア料理 ~すりおろしじゃがいもと蜂蜜への深い愛情 櫻井映子 132
セルビア料理 ~仲間で囲むよき食物 山崎佳代子 138
ポーランド料理 ~自然素材にこだわった手作りの伝統 森田耕司 144
ドイツ料理 ~ソーセージ王国? もっと多彩なドイツのキッチン 山口裕之 / 西岡あかね 150
 ☆世界にひろがる日本料理 東ヨーロッパ編 158

【西ヨーロッパ・南ヨーロッパ】
フランス料理 ~多様性の饗宴 博多かおる 162
イタリア料理 ~パスタとともに生きる 小田原 琳 170
スペイン料理 ~海と大地と太陽の恵みを食べる 久米順子 176
イギリス料理 ~シンプルゆえの美味、伝統家庭料理 狩野キャロライン 182
ポルトガル・ブラジル料理 ~ポルトガルとブラジルの国民食 タラとフェイジョン 武田千香 188

【アメリカ・オセアニア・アフリカ】
アメリカ料理 〜シンプルなおいしさの追及 鶴田知佳子 198
オーストラリア・ニューギニア料理 〜基本は「素材で勝負!」 山内由理子 204
アフリカ料理 ~ともに食べ、ともに生きる 坂井真紀子 210

2015年8月 9日

ICCEES 幕張大会 無事終了!

ICCEES 第9回 幕張世界大会が無事に幕を閉じた。
じつに長くて暑い(熱い)嵐のような1週間であった......。
私は去年の秋から「募金部会」の組織委員に加わっただけだが、ずっと長く準備に携わってきた組織委員会・事務局の人たちの感慨はいかばかりかと思う。数々の困難と試練をよくぞ乗り越えてきたものである。
総計、50以上の国から1200人を越える人が参加してくれた。

すべてを万遍なく紹介することはできないけれど、忘れないうちに、とりあえずごく私的な ICCEES 報告をしておきたい。

「縁の下の力持ち」として大会を支えてくれたのは、50人を越える「研究者ボランティア」と約40人の神田外大の「学生ボランティア」。
7月20日(月)東大本郷に「研究者ボランティア」に集まってもらい、打合せをした。
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7月24日(金)神田外大との打合せ(会場校である神田外大とは、ここで初めて連絡体制が確立)。
8月1日(土)組織委員会の「先遣隊」はこの日から幕張国際研修センターに泊まりこみ。「超・強化合宿」が始まった。
8月2日(日)幕張メッセに組織委員と研究者ボランティアが何十人も集まり、手分けしてコングレスバッグにプログラムやメモパッド、ボールペン、ネームホルダー、各種お知らせ等を詰める。はてしなく続く辛い作業だったが、翌日の準備万端整う。

8月3日(月)10:00よりレジストレーションが始まり、15:00 いよいよ幕張メッセで開会式。司会は松里公孝(東京大学)事務局長と亀田真澄(東京大学)事務局次長。
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15:30 下斗米伸夫(法政大学)組織委員長によるオープニング企画「元首相サミット」に続き、18:00よりウェルカムパーティ。千葉の「利き酒コーナー」が設けられる。
一方、「会場部会」や「広報部会」の組織委員と研究者ボランティアの一部は終日、神田外大で会場設営。すべての教室のパソコン設定からブックスタンドの設営まで大変な作業だったと思う。ご苦労様でした。
ブックスタンドはこんな感じ。
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8月4日(火)神田外大で研究発表の始まり。8日までの5日間、連日 30に近い教室に分かれて「パネル(司会+報告者3名+討論者)」と「ラウンドテーブル(司会+3名以上の報告者)」を並行しておこなう。夕方は夕方でイヴニングセッションが企画され、複数のイベントが実施された。
私はこの日、Ⅰ-2-14 英語パネル「ナボコフⅠ」で司会を務める。
発表者の毛利公美さん(一橋大学)がパワーポイントをチェックし報告の準備をしているところ。
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ボランティアはいくつかの班に分かれ、それぞれの持ち場で重要な仕事をこなした。みなお揃いのTシャツを着たのだが、プログラムの表紙やチラシと同じデザインのこのTシャツはたいへん好評だった。
わが東京外国語大学からも、たくさんのポスドク、院生、学部生が研究者ボランティアとして大活躍した。本当にご苦労様でした!
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ランチもこの賑わい。世界中から研究者が来てくれ和気藹々と歓談しているさまを見ていたら、どうしようもない感動がこみあげてきた。
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午後はⅠ-3-15 ロシア語パネル「ポスト・ソヴィエト諸国の文学教育」と、Ⅰ-4-7 ロシア語ラウンドテーブル「現代ロシア芸術シーンにおけるフレーブニコフ」を聴く。
ラウンドテーブルの報告者ヴェーラ・ミトゥーリチ=フレーブニコワさん(アーティスト)がフレーブニコフ家のアーカイヴを紹介し、ステパン・ボチエフさん(カルムィクの画家)が自身のイラスト入りの本を見せてくださる。
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18:30 から始まったカフェテリア「ラパス」でのレセプションには、500名を越える参加者が集まった。
和太鼓が披露され、人気の日本料理はあっという間になくなった。
日本名門酒会のご厚意により日本各地の美味しい地酒が振る舞われた。日本名門酒会を主宰する岡永の金子尚恭さん他が、はっぴを着てサービスしてくださる。ありがとうございました!
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8月5日(水)外国人研究者に日本文化を体験してもらおうと企画した「お茶会」の準備をする。お茶会は「むつみの会(裏千家)」の田中和子さんに主宰していただく。
文学シンポジウムの冊子も印刷所から届く。事務局は、絶えずいろいろな人がありとあらゆる問い合わせでやってくるので大忙しだった。
私は、Ⅱ-3-15 ロシア語パネル「日露文学関係Ⅰ」を聴きにいく。
18:30 からのイヴニングセッションでは、「東西関係のなかの北極海と極東」と「ロシア革命の新しい展望」がおこなわれる。

8月6日(木)私は、Ⅲ-1-16 ロシア語パネル「ロシア演劇におけるロシア文学のテクスト」で討論者を務める。ロシアの小説がどのように芝居化されているかを分析した3人の報告者の発表はどれも面白かった。田中まさきさん(東京大学)の組織したパネル。
これは、マリーナ・シードロワさん(モスクワ大学)が、『カラマーゾフの兄弟』をコンスタンチン・ボゴモーロフがどう演出したかについて話しているところ。
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パネルを終えて記念写真。
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この後「お茶会」に駆けつける。20人ずつ 5回転で、お菓子を食べ、お点前を見て、琴の演奏を聞き、その後、実際に自分でお茶を点てる。茶道について英語で説明がなされた。約100名の外国人が参加し、みな口々に「楽しめた」「面白かった」と言ってくれた。
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18:00 ワレーリイ・グレチコさん(東京大学)のブックパネル 『遠い東(極東)と近いロシア』を聴く。
18:30 からのイブニングセッションでは、「現地から見るウクライナ動乱」と「東アジアにおけるロシア文学の今日と明日」が同時におこなわれる。私は、クリスタルホールでおこなわれた野中進さん(埼玉大学)司会の後者を聴きに行ったが、ロシア文学研究・翻訳の現状が、キム・ジンヨンさん(韓国ヨンセイ大学)、リュー・ウェンフェイさん(中国外国文学研究所)、望月哲男さん(北海道大学)により報告され、情報量も多く大変勉強になった。ロシア文学研究が急速に発展しつつある中国や、日本とは異なる展開を見せている韓国の研究者と今後、交流を深めていきたいと思った。
20:00 からアジアン食堂「食神」で懇親会。中国のロシア文学研究・翻訳をぐいぐい(という感じで)牽引しているリューさんと話していると、知合いの現代ロシア人作家が何人も共通していて(例えばウリツカヤやスラヴニコワやシーシキン)、とても面白かった。
 
8月7日(金)ICCEESも佳境といったところで、私にとって最大のイベントがおこなわれる。それぞれの日程で無事日本に到着していた4人の作家(スイスのバーゼルからミハイル・シーシキンさん、キエフからアンドレイ・クルコフさん、アムステルダムからドゥブラフカ・ウグレシッチさん、ベルリンから多和田葉子さん)とカフェ「バルコーネ」で打合せをし、18:30よりシンポジウム「スラヴ文学は国境を越えて」で司会進行を務める。
まず、ポーランドの詩人アダム・ザガイェフスキの詩をネイティヴのアンジェイ・シフィルコスキさん(アダム・ミツキェヴィチ大学)が朗読。その後、日本語訳と英語訳が続く。
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それから各作家の発言。シーシキンのスピーチはまさにこのシンポジウムにぴったりのマニフェストのような内容だった。「作家はロシアの国家体制を変えることはできない、それでも、できることをしなければならない。それは沈黙しないこと。もし黙ったら、いま国で起きていることに賛同することになってしまう。驚きに目を見張る世界を前に故国が自殺しようとしているというのに、黙っていたくないし、黙っていることなどできない」と力強く語った(それにしても、「ロシア」を「日本」に置き換えれば、そのまま日本にも通用する内容ではないか)。
向かって左がクルコフさん、右がシーシキンさん。
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クルコフは、現代ウクライナの文学状況について語った。多くのウクライナの作家たちがジャーナリズムやネットの世界で活動していること、ウクライナ語作家が台頭し、ロシア語作家は肩身の狭い思いをしていること、ウクライナの作家がウクライナの歴史や文学にこだわり続けていることが浮き彫りになった。ロシアと違って、ウクライナでは歴史的にウクライナ語の使用が禁じられたことが何度もあったので、ウクライナの作家にとって「ウクライナ語を守る」ことこそが最大の課題になったというのは自然なことだと思われる。
そうした状況の中にあって、クルコフは敢えてロシア語作家であり続ける。それは、ロシア語が「侵略者の言葉」であるとウクライナの人たちに思われたくない、ロシア語は「文学の言葉」でもあるのだということを示したいからなのだ。

ウグレシッチは、文学の自律性について、文学とイデオロギーの関係について、そして亡命と言語の関係について語った。「両極の間の緊張、つまり作家の政治参加と作家の自律性の間に見られる緊張関係は、旧東欧の文学においてとくに激しかった」という。
ウグレシッチさん。
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3人の発言を受けた多和田さんのコメントがまた素晴らしかった。ウクライナ問題についてドイツの雑誌や新聞に書かれる記事は、「トイレの水を毎回流すようにどんどん流れていって、あとには不満と不安が残るだけ」だけれど、シーシキンやクルコフの言葉はまったく逆で「読んだ記憶が鮮明に残る」。そして多和田さんは、「作家はどのような言葉で政治を語ることができるのか。その豊かな可能性について、日本の作家が東ヨーロッパの作家から学べるところがたくさんあると思う」と語った。
多和田さん
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20:00 シンポジウムの後、「食神」で作家たちと懇親会。

8月8日(土)最終日。午前中に私自身が組織した V-1-12 ロシア語パネル「現代ロシア文学のパラレルワールド」があった。報告者は、エカテリーナ・グートワさん(東京外国語大学)「ビートフの実験的な文学方法」、高柳聡子さん(学術振興会)「トルスタヤのインターテクスチュアリティ」、沼野恭子「ペトルシェフスカヤのメニッペア」の 3人。司会はワレーリイ・グレチコさん、討論者は村田真一さん(上智大学)。貴重なコメントや質問をたくさんいただいた。参加してくださった皆さま、ありがとうございました。

13:30 閉会式
14:30 「ラパス」でフェアウェルパーティ。私たちの予想をはるかに超える数の参加があった。200名以上いただろうか。今回の ICCEES 幕張世界大会のスローガンだった「たくさんの東とたくさんの西の出会い」が実現したかのように、あちらでもこちらでも、さまざまな人たちが談笑し、再会を約束しあっていた。

組織委員の半ば以上はパーティを楽しむひまもなく撤収に取りかかる(残務整理はまだ当分続くだろう......)。
こんな気の遠くなるほど大変な大事業を(何度、絶望のあまり気を失いかけただろう)、しかも大部分を自分たちの手で(予算を切り詰めるため、文字どおり手弁当で)、知恵を振り絞り議論しあいながら(ときに議論は白熱しすぎたきらいも?)、まったく、よく最後までやり遂げましたね。本当にご苦労様でした! 

組織委員会の中心的なメンバーたちの辛抱強さと献身と理性とユーモアに乾杯! 
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組織委員たちを突き動かしていたものはいったい何だったのだろう? だいたい、自分の「得」になることはあまりなく、「損」になること、負担になることのほうが圧倒的に多いのだ(実際、自腹を切っている人も 1人や 2人ではない)。大学の校務を通常どおりこなしつつ論文を書いたり翻訳をしたりしながらさらに ICCEES の仕事を引き受けていたのだから、みな滅茶苦茶大変だったはずだ。使命感からだろうか? 友情? 義務感?
いずれにしろ、ここには「経済原理」はほとんど働いていない。お金の儲かる仕事ではないのだから。
実利主義だけで人が動くものではないということを、経済界の方々にも知っていただければ幸いである。 

最後に、この大会を陰に日向に支えてくださったすべての皆様、山川出版社や新潮社ほかご協力いただきました出版社、国際交流基金、募金活動に多大のご尽力をいただきました田中哲二様、スポンサーになってくださった理解ある企業の皆様、毎日美味しい料理を提供してくださった栄養食、日本名門酒会、千葉市、千葉コンベンションビュロー、リンケージ、神田外語大学の酒井邦弥学長と学長秘書の松戸きよみ様に、心より感謝申し上げます。

ありがとうございました。

2015年7月29日

ICCEES (イクシーズ) カウントダウン始まる!

大規模学会である 「国際中欧・東欧研究協議会 International Council for Central and East European Studies」 略して 「ICCEES(イクシーズ)」 の第9回幕張世界大会がいよいよ間近に迫り、カウントダウンが始まった。

開幕まであと5日!

この大会は、旧ソ連・中欧・東欧を研究対象とする地域研究のオリンピックのようなもので、5年に1度開催される。今回はアジアで初めて開かれる記念すべき大会である。
私たち組織委員会+事務局は、8月3日から8日までの間、世界中からやってくる研究者を迎えてもてなし、自らも発表をおこなって研究成果を世に発信し、世界のスラヴ研究の発展に貢献するべく全力を尽くす。それにより、人文社会科学の存在意義と重要性を訴えたい。

詳細はこちら。
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http://www.l.u-tokyo.ac.jp/makuhari2015/

準備は着々と進んでいる。
大会のプログラム(左)とメモパッド(右)がお揃い。
グラフィックデザイナーの加藤賢策さんによる素敵なデザイン。どことなくロシア・アヴァンギャルド風?
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2015年7月26日

日本学術会議声明を支持する

2015年6月8日、文部科学省が国立大学のとくに人文社会科学系学部・大学院に対して、「組織の廃止」を含む「見直し」を求めた。
これに対して、7月23日、日本学術会議が幹事会声明を発表して反論・批判を展開している。
私も、今回の文科省の通知は近視眼的、実用主義偏重であり、日本の人文社会科学の重要性を軽視、無視するものであり、ひいては将来的に日本の研究・教育の全般的レベルを引き下げるものであると考えており、方向性そのものに強い違和感と危機感を抱いている。
以下に、日本学術会議幹事会声明を引用しつつ支持を表明したい。

「声明」はまず、人が目指すべき「総合的な知」というのは「自然科学」と「人文・社会科学」の連携によって初めて形成されるものであるとして、「人文・社会科学のみをことさら取り出して『組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換』を求めることには大きな疑問がある」としている――然り、自然科学(つまり理系)と人文社会科学(つまり文系)は互いに補完しあい協力しあってこそ、知の密度が高められるのではないのか。

また「目には見えにくくても、長期的な視野に立って知を継承し、多様性を支え、創造性の基盤を養うという役割を果たすこと」も大学に求められている社会的要請であるとしている――然り、目先の目標や計量化になじまない分野をないがしろにしては絶対にいけない。

最も共感を覚えるのは「グローバル人材」の定義だ。「グローバル人材」とは、単に国際的なビジネスの競争に勝てる人材というのではなく、「人類の多様な文化や歴史を踏まえ、宗教や民族の違いなど文化的多様性を尊重しつつ、広く世界の人びとと交わり貢献することができるような人材でなければならない」という――然り、日本を、教養や洞察力のないロボットのような企業戦士ばかりの国にしてはいけない。「人文・社会科学の軽視は、大学教育全体を底の浅いものにしかねない」。

全文はこちらで読める。
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http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-23-kanji-1.pdf

2015年6月29日付 『日本経済新聞』 に掲載された一橋大学元学長の石弘光氏の記事には、理系と文系の「成果」の評価をめぐり、単純な数値に置き換えて両分野を比較することの無意味さがわかりやすい比喩で示され、痛烈に批判されている。

「つまり多量に論文を作成・公表しうる自然科学とまったく反対の人文社会科学とで、同じように論文数、論文被引用数を基準として研究成果は評価されている。これではバスケットボール(毎試合100点近い得点)とサッカー(僅かな得点)をそのまま得点で比較しているようなものだ」。

石弘光氏は、「経済界も要望する『社会に役に立つ』という視点のみから大学改革が行われようとしている」として「政府の介入の度合いが一段と強まってきた」ことに警鐘を鳴らしている。まったく同感である。

2015年7月23日

国際シンポジウム 「スラヴ文学は国境を越えて」



国際中欧・東欧研究協議会(ICCEES) 第9回 世界大会 記念特別企画として、国際シンポジウム 「スラヴ文学は国境を越えて―ロシア・ウクライナ・ヨーロッパと日本」を行う。

日時: 2015年8月7日(金)18時30分~20時 (会場18時)
場所: 神田外語大学(千葉市幕張)4号館101番教室

国境なきスラヴ文学団からの世界へのメッセージ
<大砲がうなりをあげる時でも、ミューズは沈黙しない>

パネリスト
アンドレイ・クルコフ(ウクライナ)
ミハイル・シーシキン(ロシア/スイス)
ドゥブラフカ・ウグレシッチ(クロアチア/オランダ)

討論者:多和田葉子(ドイツ/日本)
司会:沼野恭子

国際紛争が激化し、ナショナリズムに煽られて民族間の憎しみが増幅していく現代世界にあって、文学はどのような役割を果たすことができるのか。スラヴ作家たちは世界にどんな平和のメッセージを伝えることができるのか(あるいは、できないのか)。暑い夏の夜、幕張に集い、政治上の対立や国家の境界を超えて語り合う。

*使用言語:ロシア語、英語、日本語。逐次通訳つき。
*一般公開。入場無料、予約不要。どなたでも聴講できます。ただし座席は大会公式参加者用200名、一般市民200名。満席の場合は立ち見をお願いする場合もありますので、あらかじめご了解ください。

2015年7月22日

クルコフの新刊 『ウクライナ日記』


ウクライナのロシア語作家 アンドレイ・クルコフの新刊 『ウクライナ日記―国民的作家が綴った祖国激動の155日』(吉岡ゆき訳、ホーム社発行、集英社発売、2015年)がもうほんの数日すると発売開始となる。

2013年、当時のウクライナ大統領ヤヌコヴィッチがEUとの経済連携協定を見送り、それに怒った市民たちのデモが発生する。
最初にデモが起こったのがキエフの中心にある独立広場。ウクライナ語で広場を「マイダン」ということから「マイダン革命」と呼ばれるようになる。
クルコフはこのマイダンのすぐそばに住んでいて、マイダン革命の様子をつぶさに日記に記していた。だから原題は 『マイダン日記』だ。
日本語版には、池上彰氏の解説「ウクライナ情勢入門」が付されている。

アンドレイ・クルコフは不思議な魅力を持つ国際的ベストセラー 『ペンギンの憂鬱』 の作者である。
じつはこの8月(もうすぐ!)、クルコフが初来日する。日本でのクルコフ関連のイベントは次のとおり。

8月7日(金)18:30-20:00 神田外語大学(千葉幕張)4号館101教室 (無料)
ICCEES(国際中欧・東欧研究協議会)第9回世界大会特別企画の国際シンポジウム 「スラヴ文学は国境を越えて―ロシア・ウクライナ・ヨーロッパと日本」

8月8日(土)12:00-14:00 本屋B&B(世田谷区北沢)1500円
アンドレイ・クルコフ×亀山郁夫 対談 「マイダン革命、ウクライナ危機とロシア文学―新刊『ウクライナ日記』と、ロングセラー『ペンギンの憂鬱』をめぐって」