2026年3月24日

いくつもの旅立ちを送る

「暑さ寒さも彼岸まで」をかろうじて保ってようやく春らしくなった先の連休、20日は外大の卒業式であった。桜は開花したもののあいにくのお天気。しかし華やかな晴れ着姿の卒業生たちは晴れやかに、学びの日々から旅立った。おめでとうございます。身体を大事に、自分の生を歩んでいかれたし!

翌日は高校時代の恩師の通夜。今月の初め頃から急に体調を崩され、あっという間に逝ってしまった。昨今は通夜といっても夜通しどころではなく、受付仕事やら何やらで忙しいうちに、これまたあっと言う間に終わってしまった。樺太生の95年間は、数々のことがらに立ち向かい抗い、書き続けた人生であった。先生ほんとうにお疲れ様でしたと思うばかりである。

その翌日は、現役のままに早逝した同僚の米谷匡史さんを「偲ぶ会」。企画者の一人としてささやかな会を準備したが、当日は150人近くの人びとが集い、20人ほどの方々が故人の横顔や思い出を語った。業績一覧を共有し、冒頭では仕事の全貌を整理した報告がなされ、研究仲間やゼミ出身者が数多く参加して、さながらご本人不在の最終講義のようだったが、現役ゼミ院生たちが音楽や写真で彩りを添えてくれた。たぶんご本人の魂(マブイ)が来てていますよねという、とある方のお話しに深く頷き、喜んでもらえたかなとひっそり願った。

2026年3月17日

生態学との対話(少しカタい話)

短い2月はあっと言う間に終わって、3月もなかばすぎである。この間にあったことで書いておきたいのが、「思想史と生態学の対話」、すなわち2月のなかば過ぎに(拙ブログとの関連では徳島出張の直後に)行われた小さな、しかしとても充実した研究会のことである。午前中は神戸市外大のO先生が字幕を入れたドキュメンタリー『なぜ新型ウィルスが次々と世界を襲うのか:パンデミックの生態学』(2022年、フランス、マリー=モニク・ロバン監督)を観て、午後は思想史研究者と生態学研究者が短い報告を重ねた。映画はたいへんに面白く(そして生態学者たちの評判も上々で)、午後の諸報告テーマは多岐にわたり時間は限られていたものの、かなり興味深い議論が交わされた。
事の起こりは昨年2025年10月の社会思想史学会のセッションで、数理生態学者リチャード・レヴィンズの仕事を思想史側が受け止める試みであった。これも小規模ながらなかなかに面白く、そのときに聞いてくださった方々ともう少しゆっくり話そうということになった。それで今度は生態学の専門家とご一緒に、となったのだ。すこしづつ歩みを進めて、いつか何かの形にできたらと願っている。

研究会報告の一つが、最近刊行されたばかりの『マングース・ヒストリー:ひとつの島を守るということ』(東京大学出版会、2026年)に関するものであった。CoverMangooseHistory.jpeg

人間社会の都合で外部から奄美大島に持ち込まれた「外来」のマングースが生態系を破壊するため、その根絶が何十年にもわたって取り組まれ、最近になってついに根絶に至ったという「世界的快挙!」(ー帯の文言)の話しなのだが、小著ながら考えるポイントが満載である。たとえば、マングース対策事業が事業仕分けにかかり、「根絶させたら失業するから根絶させないんでしょう」と対策事業の引き延ばしを勘繰られたというエピソードには、研究会での報告時にも報告者に共感して強い憤りを覚えたが、生態学の問題はそんな風にも人間社会や経済と分かちがたく結びついている。奄美や沖縄については、まったく別の観点から考えてきたが、生き物の視点から照らし返してみると、かなり違った景色が見えてきそうである。


2026年2月16日

徳島ビギナー

先週は卒論・ゼミ論発表会が2日間にわたって開催され、無事にゼミの卒業式を行うことができた。それも書きたいことなのだが、それから週末には博士後期課程の共同サステイナビリティ研究専攻のミニ学会形式の発表会もあり、それも書きたいことなのだが、ともあれ昨日15日から一泊で徳島に研究出張に行ってきた。初めての徳島、イエーイ!徳島ビギナーである。
といっても到着するや否や徳島大のK先生のところに向かい、暗くなるまでひたすら翻訳打ち合わせをして、宿泊ホテルの場所へとK先生に案内していただく道すがら、少し街の様子をうかがっただけで、そのとき辺りはすでに暗くて写真も撮れず、明けて今朝は早い飛行機に乗るべくバスに乗って、つまり徳島を知るどころではなかった。(朝ご飯でいただいた「鳴門わかめ」はすばらしく美味であったが!)

それだけではあんまりだと空港バスの中から無理やり数枚のショットを撮った。えーいっ、超久しぶりに中山凡作集の掲載だっ!
Tokushimajoushi.jpeg
ええ、くっきりしたバス窓の青と座席、座席表示などの奥の方に、うっすらと徳島城址の塀が見え...ますよね...、一応。

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はい、こちらは吉野川を渡るところですねー。朝日が美しい。春はあけぼの(なんのこっちゃ)。徳島にはたくさん川があるとのことですが、やはり吉野川が大きくて圧巻でした。この写真からは全然わからないですがー。

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はい、これは徳島空港に着きましたら大きなひな壇がありまして、まあ素敵と激写。とか、早く着いたので余裕をかましていて、ゆったりとチェックインしたら「保安検査場が混雑しています。早く来てください」との知らせ。はっ、何だろうと思いながら保安検査場に着いたら、修学旅行と思しき夥しい数の制服姿の男女が黒だかりのように行列をなしており... オーマイガッ 

2026年2月 1日

真冬のブレーカー故障

寒中お見舞い申し上げます。とご挨拶する季節もあと数日、暦の上では春が近い。それで小ネタだが当方が見舞われた真冬の災厄(大げさ)を書き留めておきたい。すぐに書こうとおもったものだが少し前、ちょうど大寒の頃のことである。
仕事を終わって帰宅し、暖房をつけ床のホットカーペットをつけお風呂をわかし夕食準備中の出来事である。テレビをつけ野菜屑の処理機を回しガス台をフル活用しながらレンジで何かを温めようとした瞬間だったか、ブレーカーが落ちた。2011年3月の震災後に契約アンペア数を落として以来、初めてのトラブルである。マジか!と動揺しつつ手探りで懐中電灯を探し当て、ブレーカーを上げ ーようとしたが上がらない!いくつかのスイッチを切り電源を抜き、いろいろ試したが主電源のスイッチが壊れているらしい。手探りでスマホを探し出し、24時間対応の業者さんに電話をしてみると「やはりブレーカーの器具が壊れているようですね。東京電力さんに連絡されたら、無償で直してもらえるはずですよ」とのこと。21時をゆうに超えた時刻である。こんな時間に来てもらえるのか?!!
ともかく東電の担当部署の電話番号を探して電話し「60分から120分お待ちください」との対応に、コートを着込んで暗闇の中で待つこと1時間弱。昔の人の暮らしはこんな感じだったのかな、とかろうそくとマッチは目に付くところに出しておこうとか、直らなかったらとにかく寝るかなどとあれこれ思う。やがて救いの主が到着し、無事に無償で器具を付け直してもらって事なきを得たが、ブレーカーの他の部分も耐用年数を大幅に超えていることが判明、今後修理をしなければいつ壊れるかわからないとのことだった(ぎょえええ、遠からず直すことにします)。
 
器具の故障はともかく、震災後、一度にたくさん電気を使わないように心がけてきたつもりだったが、日々の寒さを前にあっさり緩みがでていたのだ。原発再稼働関連のニュースを見て日々苛立ちを感じていた自分に、いやお前もだろう!と突っ込まざるを得ない。やれやれ、ほんとうに春が待ち遠しい(笑)。

2026年1月10日

今年もよろしくお願いいたします!

新年明けまして2026年となりました。今年もどうぞよろしくお願いいたしますー。はい、そんな年末年始もがんばった卒論ゼミ生11名が昨日、無事に提出(今やオンライン提出)を果たしました!〆切30分前ぐらいに研究室のインターネット環境が不安定になり落ちるというまさかの事態が発生し、大慌てしましたが...・提出直後の晴れ晴れした表情のワンショットです!(来られなかったYかも祝ったかな)

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その後、借りていた本を返却したり資料を片付けたりした後に、みんなで近くの「なにわ」に移動して打ち上げ。こちらには春学期みてくださったK先生がお仕事後に駆け付けてくれて、一同大喜びでした。

そして今日は、このメンバーの大半が朝7時に集合してスキーに出かけたというまさかの行動。いやー、若いっっ しかし今頃、移動中のバスで眠りに落ちているのではないかと...

2025年12月19日

はや年の瀬にて

あっと言う間に11月が去り12月が来て、気がつけばなかばを過ぎている。ゼミ生たちには卒論やゼミ論の〆切が視野に入り、卒論にはゼミ内部の〆切もあったりしたので、なおさらのプレッシャーもあったようだ。はや年の瀬、2025年の終わりも近い。ホームページやブログという発信形態は時代遅れのようだが、それなりの良さもあるように感じてもいる。何かと気ぜわしく副作用も多い昨今のSNSとやらには手を出さず、もうしばらく時代遅れを続けていきたいと思う。それにしても、こんなわずかな頻度の更新では見てくださる方に申し訳ないので、もう少しは発信するように努めたい。(と、いつもながら「あすなろ」みたいなことを言っている)

2025年11月20日

外語祭の時期には

足早に秋が通り過ぎて、11月もなかばを超えた。本務校の学園祭、外語祭の季節である。今日は初日で、たまたま卒業生のSちんが訪ねてくれた。「円形」上に広がった各国料理を物色しながら近況などをきいた。ずいぶん迷っていくつか食べたが、美味しかったのはアフリカ料理のマフェとフフ。それで選んだわけではなかったのに、前者はなんとセネガル料理であった。びっくりー(向こうで食べたことはなかった)

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朝はかなり寒かったが昼頃には寒さが緩み、たくさんの人びとが楽しんでいた。先生方や職員の方もちらほら。退職されて久しぶりの先生や前学長さまにもばったりとお目にかかってびっくりした。お元気そうで嬉しかった。ただ、Sちんと別れて研究室でふと鏡を見たら、口元にフィリピンのバナナ春巻のチョコソースが...。学長様にご挨拶した時にもこの顔だったのか...。うわああ。。。

その後大学を出て移動中に、卒業生のMちゃんから電話。研究室の扉の表示を「すぐに戻ります」にしたまま慌てて出たので、それを見て近くにいると思ったそうだ。申し訳ないっ!そういえば数日前には卒業生のY(U)くんが転職報告に来てくれた。それぞれ卒業してから何年になるのだろう。それでもやはり外大生は、外語祭の時期に大学時代を思い出すのかもしれない。心がほっこり温かくなる。

各国料理に踊りに語劇と、美味しく華やかな外語祭は24日まで。お天気が続けば相当な人出となりそうですが、みなさまお時間あるようでしたら、ぜひともお出ましくださいませー。


2025年10月15日

所属学会の大会迫る

9月末に秋学期が始まり、まるで半年間の特別研修などなかったかのように日常が戻ってきた。研究室には卒論やゼミ論を準備するゼミ生が集い、授業があって会議があって、日々が過ぎていく。その当たり前の日常こそ、愛おしく楽しいものである。
ーという感慨がなくはないのだが、所属学会の大会が週末に迫り、事務局としても細々とした仕事に追われている。とにかく前日の幹事会に至れば、あとは予定通りに行うだけとなるので、あと少しー。
 それにしても、なんだか50周年に縁がある。その昔本務校だったK大で、文学部設立50周年企画をたしか広報委員の一員として担当し、シンポジウムやら何やらを準備したり行ったり、昨年だか一昨年だったかには、理事を務めさせていただいていたNPOのPARCで50周年記念企画を準備したり実行したりした。今年度からは学会の仕事を仰せつかったのでPARCを失礼することにしたら、今度は学会の設立50周年!? またですかっ? 当方はお祭り担当なのか?!
そういえばこれまたK大に勤めていた頃、初めて参加した忘年会でウィーン帰りをウリにカラオケ「アルプスの少女ハイジ」(国、ちがうだろう!という自分へのツッコミは飲み込んで)を歌ったら、翌年度から「レクリエーション委員」を仰せつかり、大御所教授が「これは出世へのと竜門だ」とのたまった。ーいや、これは関係ない。 
ともあれ社会思想史学会第50回記念大会、青山じゃない青山学院大学(相模原キャンパス)にて18日ー19日。会員でない方でもご参加いただけます!(宣伝が遅すぎ)

2025年9月24日

共同研究のHPできました!

ようやく秋の気配が見えてまいりましたが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。かれこれこの一ヶ月の間、8月末に研究会に呼んでいただいたり、それからコロナに罹って数日寝込んだり、その後に病み上がりで(残り咳に悩まされたりしつつ)ドイツ出張に出たりして(そのときのあれこれについても書きたいことはいろいろあるのだが)、気がつけばなんと9月がもう残り少なくなっている。うあああおおおうう、わたくしの初めてにして最後の特別研修期間よ、サヨナラの時は近い...。
いや、まーそれはともかく、セネガルと日本の研究者たちで進めている共同研究 Lives Matter in Africa のホームページがようやくスタートした。当初は昨年度の終わり頃、ちゃちゃっと作成しようと考えて始めたわりに、ずいぶん手間暇かかってしまったが...。 当面、英語のみですが、お手すきの折にみていただけたら嬉しく存じますー。

日本語のブログ更新もおぼつかないのにおめーだいじょーぶかー、と遠くで耳鳴りがするような気もするが、まーなるよーになるべ、と謎の方言でこたえておこう。うむ。 あ、いや、更新がんばります。てか、コンテンツになるような活動がんばります、という方が正しいか。共同研究始まってもうすぐ1年、遅々たる歩みではあるが、少しづつ前に進んでいる。とおもふ... たぶん...


2025年8月16日

昨日の新聞

毎朝定刻にラジオを設定しておいて聞きながら起きたり起きながら聞いたりするのだが、昨日はJ.カビラさんが「今日の各新聞の一面と社説を読み比べてみてください。こんなに違うんですねー」というのをぼんやり聞きながら起きた。そうだ、新聞各紙買わなきゃ。高校時代の恩師のK先生が高校の授業で推奨した「社会を知る」手法である。だがそのうち忘れてしまって昼頃。そのK先生(今や90歳代なかばでホーム在住)からたまたまお電話で「今日の新聞各紙、買っておいてくれ」とのご連絡。そうだった!ぼけとんのか、ワレ!
みずからのうっかりに苦笑しつつ今日になって目を通したのだが、一面と社説だけでなく各紙全体がそれぞれの立場を示しており、まことに興味深い。どう考えても相容れない立場の議論の立て方に、なるほどそういう風に考えるのかと思ったり、記事の配列や大きさにさまざまな意図を読み取ったりー。新聞というメディアだけで社会のすべてが代表されているわけではないが、意見の食い違いの根元が垣間見える。苦境が続くとされるが、がんばってくれ新聞!
記事以外でへえ、と思ったのが、日経文化欄の下にあった早川書房の「本日、創立80周年を迎えました」という広告である。SFとかミステリーとかに強い出版社という印象だったが、戦争が終わったその日に創立というシンプルな事実に、創業者のひとかたならぬ強い決意が感じられた。今度本屋に行ったときには、何か一冊、手に取ってみたい。

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