2025年6月26日

セネガル出張、行ってきました!

6月は上旬から中旬過ぎまで、わりと長めにセネガル出張に出かけてきた。特別研修中だからこそできた、わずかばかりの贅沢である(が、ダカール大学(シェイク・アンタ・ジョップ大学)の共同研究の先生たちからは、なぜそんなに早く帰ってしまうのかといわれた)。あいだにAsia-Africa Confest 3 の国際学会をはさんで前半と後半に2度、首都ダカールから車で5時間以上かかる南西部のメディナ・サバに行ってきたので、けっこう強行スケジュールであったが、貴重で楽しい経験も多くあり、命の洗濯をしたような気分である。
 学会では科研メンバーすなわち外大のK先生、電通大のY先生、ダカール大の3名の先生とパネル報告を行い、フィールドを手がかりに思想史とエネルギー工学、文化人類学、地理学、歴史学、生態学の学際的交点をさぐる知的冒険のとば口に立った (K先生、写真共有ありがとうございます!)。
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メディナ・サバでは前半は「タバスキ」というムスリムのお祭りの時期であったため、なかなか出会うことのできないハレの日 ー各家庭で羊を一頭買って家で捌きみんなで食するという御馳走にあやかり、夜中に大音量で音楽を流してみんなが踊るという「タムタム」に参加しー をご一緒させていただき、村々の会合には多くの地元出身者が帰ってきていて参加しており、なかなか豪華であった。後半には同じ三つの村を上記メンバー(セネガルチームからは1名のみだったが)とともに一泊で訪れたが、地元のラジオ局の方がずっと同行取材してくださり、すでに記事をアップロードしてくれていた。
え、雇用?! 地元の過剰な期待が危うく重いが、こちらのできることに最善を尽くし、よい関係を築いていけたらと願っている。

2025年6月 2日

6月に入りましたね

麗しの5月が足早に、といっても学会の仕事やら共同研究の招聘企画やそちらの学会報告準備、私的には近い親族の出産(!)などもあったりして、盛りだくさんに過ぎていった。大学では2年生のゼミ選択の季節が迫っているが、今年度は当方が特別研修中のため、ガイダンスなども行わずひっそりとしたものであった。が、ゼミ生有志が説明会を開いてくれたりして、話しを聞きに来る人もそれなりにいたとのこと。ありがたい限りである。教員なくともゼミ生育つ、いや持つべきものはゼミ生というところか。ありがとうございます!こちらは教師臭が抜けてきた感じがあって、長年何を身につけてきてしまっていたかに、ふと気づく日々である(職業病の類?)。

2025年4月30日

駆け足の4月

2025年度に入り、本務校に勤めてから25年目にして初めての「特別研修」、世にいうサバティカルを半年だけいただけることになった。4月1日の当方の年齢が最後の機会とのことで出してみたら採択された次第である。多少の例外的仕事はあるものの、基本的に研究に専念すべしとのことで、およそ大学院生時(ウィーン留学時)以来の、いや2006年7月から2007年1月まで7ヶ月の「特定国派遣」でのウィーン再滞在以来の、まとまった研究時間である。のびのびやればいいものを、たった半年、ありがたくてついいつも以上にケチケチと時間を使っているみずからに苦笑してしまう。
ところがそんな時にかぎって、学会のお役目が回ってきた。ちーん それでなくてもケチケチしていたところに、引継やら何やらで何かと時間が...。そんなわけで4月は駆け足で過ぎていこうとしている。しかしそれでも麗しの5月、GWと美しい季節が廻り来ている。時間よ、止まれ!(ゲーテかいな)


2025年3月25日

桜開く前に旅立ちの

東京で桜の開花宣言がなされ、わずかにほころんだ桜の花びらがテレビ画面に映し出されていたのが24日のことである。それに先立つ21日、卒業式、修了式が無事に行われた。寒い日であったが、晴れ着姿のゼミ生たちがまぶしい。昨年度の卒業生が一人、現役(今年度の院ゼミを一緒にやっていた)D生が一人、お祝いに来てくれた。ありがとう!
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研究室では長年の懸案だった本棚の整理と蔵書のデータ打ち込みを、ゼミ生有志の力を借りて3月上旬に行い、およそ8割がたくらいは片付いたかと思われる。これまでは何の本があるのか当方しかわからないという状態だったのが、だいぶ見晴らしもよくなり、データとしても(まだ未整理ながらちゃんと整理し終われば)活用しやすくなるはずだ。本の持ち主としては読んできた本が総体としてあらわになって、頭の中身が露呈しているような変な感じだが...。まーそれはともかく、本を大切に扱いたい気持ちがようやく満たされて、シンプルに嬉しい。ゼミ生有志も、面白そうな本がいろいろあるのが解って楽しかったと言ってくれた。一人では到底、手を付けられなかった作業である。多謝!

2025年2月12日

学年末っ!!

そうこうするうちに立春を過ぎ、なぜか一層寒い日々が続く中、今年度のゼミの卒業式である「卒論等発表会」を一昨日、昨日と行うことができた。「等」は通常、3年ゼミ生の書くゼミ論、修士院生の書く修論を含むが、今年度は来年度の前倒しで2年生が共通論考を書き始めており、その第一稿の検討会も加わった。2年ゼミ生の多くが参加したので、総勢30名を超えるクラスサイズであった。
卒論生はそれぞれ晴れやかに卒論と大学生活を振り返り、修論生は堂々たるアカデミックプレゼンテーションを行った。3年ゼミ生はゼミ論セッションの他、コメンテーターやタイムキーピング、片付けや追いコンの仕切りなど、大活躍で助けてくれた。2年生もひとたび発言し始めればしっかりしたもので、頼もしい限りである。たくさん写真を載せたいところだが、最近は個人情報とかがアレなので、集合写真だけにしやうとおもふ。20250211a.jpg20250211b.jpg

吉祥寺へと流れた追いコンは賑やかに、しかしそこここにはじっくりと話し合う姿も見られて、ともあれあっという間の2時間であった。それにしてもみんな、いい笑顔である。ほんとうにお疲れさまでした!
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2025年1月 4日

今年もよろしくお願いいたしますー

2025年明けました!拙ブログを読んでくださるみなさまに、よいことがたくさんありますようにお祈りしております。

当方2024年最後の一カ月は、いつものゼミ生諸氏の論文準備追い込みもさることながら、12月21日に明治大学での国際シンポジウム報告、23日から29日までのセネガル出張の準備で、というかそれまでに年の瀬の仕事を終わらせなければならないこともあって、時間の余裕が全然ないままに過ぎていった。なんとかそれらをこなして、ようやくほっとした新年である。松がとれる頃には寒の入り、寒い日々が続くだろうが日差しは明るく暖かい。春の訪れを待ちながら丁寧に仕事をし、大切に暮らしていきたい。今年もどうぞよろしくお願いいたしますー。

2024年11月20日

あやかり同窓会(?)

 昨晩は下北沢で、拙ブログでも告知させていただいたNくんのB&Bのイベントが行われた。日が暮れて気温の下がったシモキタ西口からほとほとと歩いていくと、5分ほどで会場に着いた。ジェントリフィケーション(富裕化)という言葉が頭をよぎる。かつて小汚かったシモキタでよく遊んだ者としては、なんだか違和感がある。Nくんの本は、戦前から戦後にかけての広島の町を素材に、原爆の落ちた町のジェントリフィケーションやスラムの問題を問う意欲作なのだ。まあ、とにかく寒いから中へ入ろう!
 適当に狭くも広くもない会場は明るく暖かかった。Nくんがいた頃のゼミの卒業生が何人も到着し、なんとも懐かしい。それは、かれら・彼女らの卒業後も連絡を絶やさなかったNくんの功績なのだが、あやかりプチ同窓会状態である。他にもNくんの研究仲間たち、出版社のMさんなど、これまた懐かしい顔ぶれがー。一方で、Nくんが先生として指導してきた学生さんたちが(遠方からも!)参加していた。時間は確実に流れているわけである。
 イベントそのものは、登壇者のアーティストのお二人がとても生真面目にNくんの本を読んでコメントをしてくださり、巷の学者たちの(いや、もちろん例外もあるものの)書評会などよりもずっと良心的であった。Nくんは主役のはずだが、二人の登壇者の聞き手のように一生懸命、司会や段取り、タイム・キーピングをがんばっていた。まあ、ほかに司会はいなかったわけだが。それでも、Nくんがかつて研究テーマを定め、やがてこの本に至る研究を進めてきた大きなきっかけとなったアートの作り手と自著について話すことができたのは、やはり幸福な時間であっただろう。おめでとう、Nくん!よかったね!そしてまた、この息苦しい世界で身体を張ってがんばっているお二人のアーティストたちの、キレッキレの頭脳に触れたことにも、たいへんに勇気づけられた。

イベントが終わっての懇親会にも多くの人が残り、Nくんはなおも気丈に気配りを続けていたが、あっという間に夜更けとなった。電車のこともあるのでなかばで失礼したが、ゆたかな体験であった。ゼミ卒業生たちは、みんな立派になって輝いていた。ふー。すごいなー。

2024年11月14日

IT批評おそるべし?!

連投すみません。ときどき着実に更新すればよいのだが、なかなかその時間がとれずー。そんな折、9月にインタヴューしていただいたIT批評さんのウェブ記事が公開となった。
「東京外国語大学大学院教授・中山智香子氏に聞く」(『IT批評』2024.11.5~11.9)

『IT批評』はその名のとおり、現代のIT関連技術と社会の関わりを考えるウェブ雑誌で、かつての連載インタヴューが『生成AI時代の教養:技術と未来への21の問い』(IT批評編集部編、桐原永叔著、 風濤社、2024年)としてまとめられている。技術的で難しいかと思いきや、インタヴュー形式なので意外と読みやすい。というか、話しの入り口はインタヴューされる人の個人史みたいなあたりから入るというスタイルなので、その工夫のおかげもあるかもしれない。
当方のインタヴューもそこからで、というかその部分が肥大したような内容となった(笑)。たまたま当方、今年カンレキを迎えたところなのだが、なんだか人生を振り返るみたいなタイミングである(?)。
 まーそれはともかく、インタヴューを終えて校正やら何やらこの間にあり、ようやく編集さんから「ウェブ掲載が始まりました」とのご連絡をいただいた先週、その翌日か何かに、職場のエレベーターで乗り合わせた職員の某氏から「先生、文転の記事読みましたよ(フフフ)」と言われ、えっっ?早すぎんか?!と仰天した。いや、依頼が職場の広報係を通してきたものだったから、たまたま知ってたのかなーなどと思ってやり過ごしていたら、先ほどの授業では授業後にある受講生から「先生の恩師の方って札幌南校で教えていらしたんですね」とのコメントが!どえっっ 確かにあのインタヴューにはそんな話も出てくるんだが、しかしなんで若い人も読んでるんだ?!!IT日批評、おそるべし!なのか?!というか、何か当方がわからないところで世界はものすごいスピードで情報を拡散しているのか?!

と、驚きも新たに、慌てて拙ブログを更新している次第であった。
そういえば、もともと依頼をいただいた時のテーマは「アントロポスは変革の夢を見るのか」みたいなもので、おお、鋭いと引き受けたのだが、結果的には「東京外国語大学大学院教授・中山智香子氏に聞く」になっていた。ちーん、あまりにそのまんまではないか...。多少は捻ろうよ...。

仙台行ってきました!

先週末、つまり11月9-10日の土日は東北大学@仙台で社会思想史学会の大会があり、これに参加しつつ二日目の朝にセッションを行ってきた。この時期の東北なので寒いだろうと警戒して行ったが、当日はさわやかな秋晴れ。たしかに朝晩は冷え込んだが、天気予報によれば日中は同日の東京より暖かくなるとのことであった。IMG_2205.jpg たしかに日中はコートもいらないようなポカポカ陽気、そういえば紅葉の季節だった!(写真は川内キャンパスの入口。地下鉄駅から0分)

 セッションの演目はHistory of thoughts and citizen archives: Sustaining the quality of our social life(思想史と市民アーカイヴ: 社会的生の質を保つために)」で、PARCのデジタル・アーカイヴ(拙ブログでもお知らせさせていただきました)が公開されたことのお披露目と、その意味の検討みたいな内容である。当方が世話人をつとめ、報告はPARCの事務局長のゲルさんこと田中滋さんと外大同僚の友常勉さんにお願いし、コメンテーターはPARC創設者の武藤一羊さん、武藤さんの長年の盟友のLau Kin Chiさん、そして友常さんが紹介してくださった Michael Hardtさん(ええ、ネグリ&ハート『帝国』の)の三人にお願いした。けっこう豪華な登壇者ではないでしょうか!
 というわけで英語で、アメリカとの時差のために午前中のハイブリッド開催となった。オンラインはともかく、広い会場に朝から来てくださったのは数名、並行セッションが他に3つあった(当方も行きたかったような面白そうなヤツ)こともあって、まあそんなものかなとは思ったが、拙ゼミ関係者が何人も来てくれたのはとてもありがたかった(くーっ、義理堅い!)。
 内容的には1969年に創刊したPARCの英文雑誌AMPOをめぐり、特にハートさんの近著が1970年代の市民運動論であることもあって、1970年代から1980年代終わりごろまでにかけての、PARCという市民運動の在り方や目線の変化がおもな論点となり、なかなか面白かった。今後何らかの形で記録を形にする予定なので、少しお待ちくださいませー。

2024年10月17日

広島論考のイベント(追加情報)他、近況など

やれやれ、東京もようやくキンモクセイが香る秋らしい気候になった。10月もなかばをすぎ、大学の秋学期も無事に進みつつある。
さて、そんな折、9月初めにこちらでも小さな企画を行ったNくんの書籍の、さらなる関連イベントが東京(下北沢のB&B)で行われるとの連絡をもらった
いわゆるBook & Beer というちょっと洒落た会場で、当方が本を出してもおよそ呼ばれない場所である(笑)。オンラインと対面参加の両方あるとのことだが、ご都合つけばドリンク付き対面参加でぜひー。

当方の近況報告をいくつかー
1)拙ブログの前回に書いたオーストラリア資料調査に関する論考、例によって貨幣関連であるが、なんとか原稿提出(ほっ)。論考集が刊行される段取りがわかったらまたお知らせしますー(いつ?!)
2)長いこと願い、また実現の仕方を模索していたセネガル関連の共同研究が、科研の「国際共同研究加速基金(海外連携研究)」、つまり先方に出向いて行う共同研究の枠で採択された。この10月から3年半、限られた予算でできることは有限だが、なんとかいい感じに進めていきたい。
3)先週金曜(11日)は久しぶりに市民講座で、ひばりが丘公民館にうかがって話しをさせてもらった。講座の時間、お子さんを預かるという制度を入れて女性限定とのことで、春学期に「概論」で話したテーマ(K.マルサル『アダムスミスの夕食を作ったのは誰か?』に関連する経済思想史と女性の位置)を持って行ったのだが、話しはとてもよく伝わった。つまりは、若いお母さんたち中心の受講者のみなさんが置かれている立場が、著者マルサルの指摘した問題にジャスト・ミートということであって、喜ばしい事態ではない。とはいえ、まずは問題を知ることが第一歩だ。講座の企画者のSさんが勧めてくれたチョン・アウン『主婦である私がマルクスの『資本論』を読んだら』も、たいへんよい本である。(タイトルが、かつて爆売れした『もしドラ』にひっかけすぎだろう!というツッコミは、とりあえずやめておこう)。


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