2019年11月 3日

「弱い者は耐えるのみか?」(ヴァロファキス)

たまたま知り合いの編集人T君から、原著の邦訳を出したいという話しを聞いたのは、3年ほど前のことであった。友人・知人を紹介して無事に翻訳チームが結成され、残る当方のミッションはお顔合わせ会合の幹事役だと軽口をたたいたものの、果たせないままに時は過ぎ、(しかもその間に同著者の別の書物が爆発的な売り上げを記録し)、しかしこの邦訳も無事に刊行となった。2019年7月の頃である。拙ブログで宣伝をと思いながら本日に至り、先に図書新聞に書評が出て、もちろんよかったのだがしまったとも思い、遅ればせながらここに簡単にご紹介するものである。

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邦訳タイトルは画像にある通りだが、原題は著者ヴァロファキスがケインズ、トゥキュディデスにちなんでつけたものでAnd the weak suffer what they must? つまり「(強い者はやりたい放題をしているのに)弱い者は耐えるのみか?」 である。いや、耐えるのみではない!10年あまり前のギリシャの経済危機を軸に、ポスト2008の世界を見据える重要な一書。目下、あまり時機を外さずにセミナーなどやりたいねと、訳者諸氏と相談しているところである。乞御期待!(ほんとかっ)

2019年10月31日

怒りの炎のように

 今朝は目覚ましのラジオから流れる「首里城が燃えている」の報道に、思わず飛び起きた。その後の報道によれば正殿、北殿が全焼、南殿もほぼ全焼とのことである。沖縄の人びとにとって、そして日本や世界にとって大切な歴史的建造物 ー世界遺産が焼失してしまうことは、とても悲しくまた大変な損失である。一刻も早く消火され、再建に向けた取り組みがなされることを切に願う。
 と同時に、世界遺産であるバーミヤンの石仏が2001年に破壊されたとき、モフセン・マフマルバフ監督が語り、かつ書籍にもなった「アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない。恥辱のあまり崩れ落ちたのだ」という言葉を、またも想起せずにはいられない(書籍タイトルとしては異例に長いこの言葉を忘れるのは、それ自体難しいが)。世界中の人びとが世界遺産の破壊を嘆き、怒りを表明したが、石仏の足元でアフガニスタンの人びとが殺され、貧困にあえぎ、苦しんでいたことには、世界の誰も目を向けていなかった。より大切なのは人のいのちではないのか。マフマルバフ監督はそのことを指摘したのであった。
 首里城は破壊されたのではなく火災に燃え落ちている。沖縄のシンボルが怒りと恥辱のあまり崩れ落ちていると、不謹慎にも思ってしまう。かつてベトナム戦争の頃、沖縄返還をめぐる政府の態度への抗議と怒りを訴える焼身自殺があったが、焼身自殺は人のいのちを失わせるもので、肯定されたり繰り返されたりしてはならない。人は抗議や怒りのために死んではならないのだ。首里城は沖縄の人びとの思いを背負い、身代わりになって焼失しつつある。そんな思いをぬぐえずに、事態をただ呆然と見ているばかりである。
 

2019年10月22日

お久しぶりでございます(デジタルデトックスしすぎ)

あまりに長くデジタルデトックスしていたので、もはやこれを読んでいる人はいないんじゃないか?と疑念をもちつつ、留学に出ているゼミ生などから「見てますよ」の声もあったことを信じて、えー、お久しぶりでございます。夏が過ぎ(その報告もいつかきっと...)、10月に入って秋学期も無事に始まったと思いきや、台風19号の猛威で日本中が大変なことになっている。
そんな先週、メンバー2人が登壇するというので、共同研究の他のメンバーと共に打ち合わせもかねて熊本に行ってきた。熊本市立図書館が企画した「ともに食べ、ともに考える」(https://www.library.city.kumamoto.jp/?page_id=159)である。初日の講演&トーク、二日目午前のキッチン・トーク、そして午後のビブリオ・トークともに大変充実していた。下記はキッチン・トークの一コマである。
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料理する高校生たちをたばねる慶誠高校の原美幸先生が何とも素晴らしく、現場で生徒たちを叱咤激励しながら、大切に大切に育てている様子が伝わってきた。
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そういえばここ一年あまり、当方の高校時代のご縁で下記の書物の刊行のお手伝いをしていた(解説も書かせていただきました!)。ご関心をもって手に取っていただけたらと願っている。
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2019年8月14日

初夏のおもひで(中間発表会からはや半月)

7月末に卒論の中間報告会、3年ゼミの共通論考草稿検討会を行ってから、すでに二週間以上、半月あまりが過ぎた。大学方面はお盆でロックアウト中、夏休みの真っ盛りである。そんなあいだにも、ゼミ生有志は秋の企画や9月の合宿に向け、少しづつ準備を進めている。今日は7月末の会のスナップショットをもう少しだけアップしておこう。みんな元気で、よい夏の日々を!
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2019年7月21日

ようやく学期末

博士課程の共同サステイナビリティ研究専攻が4月に始まって3か月をすぎ、去る11日にはおめでたい「発足式」もあって、10年来あたためられた企画の実現を寿ぐ人びとの思いに触れた。昨日は春学期最後の授業と会議、ようやく学期末である。イエーイ!土曜や平日の晩もつぶして頑張った院生のみなさん、先生方、ほんとうにお疲れさまでした!! ほっこりー

 さて、そんな中で先週某日、ゼミ院生Hけん企画でドキュメンタリー「ダムネーション」をゼミ有志とともに観た。目立つテーマは環境運動家らが事態を動かして行われたアメリカのダム撤去であるが、取り上げられている事例から考えられるテーマは多様である。水の統治=治水は古来から大きな問題であり続けてきたし、ダム撤去によって回復した場所に魚が戻ることとからめて、養殖というテーマもちらついている。ゼミ有志の議論も充実した。加えて、映画の製作元がPタゴニアという企業であるところも興味深い。それはCSRという以上に、企業の担い手の理念そのものらしい。
そんなこんなでこの企業のことを少し調べていたら、本日21日は社員さんたちが選挙に行けるように全店休業にしたとのこと。ほー、なるほどー。興味深い取り組みがそっと(いや、十分宣伝もしているが)行われていることに嬉しくなる。
そう、みなさん、今日は貴重な意見表明の日ですね。H.ソローじゃないが、全力でこの一票を投じませう!

2019年7月 2日

あなたに負う(IOU)

先週末の日曜日は、若き俊英Sさん(そう、研究にも仁義を切るあのSさんである)の主催する「負債」の研究会の第一回が行われた。中堅、若手の文化人類学者を中心に総勢15名、大人数のためプロジェクト紹介とメンバーの自己紹介でも数時間を要した。D.グレーバーの『負債論』をてがかりにしながら研究会を重ね、議論を重ねていくとのこと。
グレーバ―はIOU(=I owe you.わたしはあなたに○○を負う、つまりわたしはあなたに○○だけの借りがある)という借用証書に、貨幣でカウントされる負債の原点をみる。当方の持ち分は貨幣論や理論パーツである。しかし宗教や文化をも踏まえた「負債」はそれにとどまらない。今後どんな議論が展開されていくのか楽しみである。

そんな折、当方が駆け出しの研究者の卵だった時代からお世話になった某出版社の元編集Tさんの訃報に接した。あまりに急な知らせに愕然とする。当時のK社長も今は別の出版社に移られているが、どんな気持ちでいらっしゃることか。当方、K社長とTさんには、まさにIOUというしかない恩義をいただいている。故S先生がこの出版社につないでくださって、当方にとって初めての翻訳(まさかの共訳!)が可能になり、これが「本を出す」ことの原点になったのだ。Tさんに負ったものは返せないままに突然に断ち切られた。経済的意味に回収されきらない「負債」の意味が身に染みる。

と、しめやかに終わりたいところだが、そんなわけで最近はなんだか週末も休めず、先週は平日に数日ダウン。いまだに酷い夏風邪をひきずっている。ずず ず...。「先生いつもは学期中はもつのに珍しいですね」とゼミ生諸氏に指摘された(苦笑)。
「風邪は医者にかからないと一週間かかるが、医者にかかれば7日で治る」(ドイツの諺。本日のゼミで紹介したらけっこうウケた)。はい、つまらないことを書いてないで、早く寝るべきですねー。ちーん

2019年6月20日

手の美しい動き:読むということ(続き)

「病膏盲に入る」かもしれないが、先のNY公共図書館のことがなんだか消化しきれず、ワイズマン監督あたりをあれこれ探っていたら、なんだ、あるじゃないか!『G代思想』2018年12月の特集「図書館の未来」に寄せられた論考、鈴木一誌「多からなる一」(pp.69-77)である。著者はワイズマン監督がこれまで、ナレーションなし、字幕テロップなし、現場音以外の音楽もなし、特定の人物や出来事も追わないという「不在」の手法で、高校、盲・聾学校、警察、裁判所、病院、福祉事務所、百貨店、競馬場、動物園、精肉工場、修道院、共同住宅を、「生きられつつある場所として」描いてきたことを紹介した後、最近は境界のあいまいな広域を主題にするようになっているとして、
「学校や警察、病院にしても、閉じているのではなく、かならず社会への開口部をもっている。建物や限定された地理的な場所といったフレームを布置することで、内部の価値観が浮かび上がり、内と外との出入りもまた見えてくる」と論じる。
ナルホド。
まーこれでワイズマンの関心が何となくわかったとして、ここに書きたいのは、上記論考でも取り上げられている映画のワンシーンである。そこでは一人の手話通訳者が、異なるトーンで読み上げられた文章(これがまた、ジェファーソンによる独立宣言の草稿の冒頭だったりするのだが)を、手話で「訳し」分けていく。同じ文章がかなり違った風に「訳され」ていく。手話を「読む」人にとっては、通訳者の手や身体の動き、表情、醸し出す雰囲気だけが唯一の言葉であり、文字である。手話通訳者の身体は「翻訳」である以上に、もう一つの言葉を生み出しているといえるだろう。それでもう一つ思い出す別のシーンもある。白い紙に刻まれた突起を、指と手で読む手法を、スタッフが初めての来場者に示すシーンである。これがまた美しい。「読む」とは本来これと同じように、一文字一文字と順に追ってゆき、言葉や意味が立ち現れるものなのだと、当たり前のことを思い出させてくれる。ワイズマンが盲・聾学校の映画を撮ったことがあるとわかれば、さもありなんであるが、これらの「手」仕事は、とても印象的である。

そういえば、以前にも書いたかもしれないが、一時帰国中のアーキビストの卵(カナダ留学中)が大学に寄ってくれて、かつて彼女が話してくれたことをあらためて話した。古文書などから印刷技術で本ができるようになり、今や電子本の時代である。しかし保存の技術的可能時間は、どんどん短くなっているという。彼女曰く、電子本については「最も先進的なイギリスの技術をもってしても十年が限度」とか。ぎょええええ それはいくらなんでも短すぎるやん! やはり紙の書物は守らなければならない。うぬ。

2019年6月18日

公共を考える契機:やっと観た映画

そう、昨今評判の「ニューヨーク公共図書館」である。205分の映画を観に行くにはそれなりの覚悟がいるし、恐ろしいことに、休日は混雑で入れないかもしれないから、平日の晩にどうぞとされている。7月初めまで上映予定だが、行ける日は限られている。-しかしこのまま観ずに終わらせるのは口惜しい。そんなわけで、昨日ようやく観に行ってきた。月曜の晩だというのに上映15分前に滑り込んだらホールはもう大変な賑わいで、整理券が60番台である。いったいどんな人たちが?!

ちょうど半分ぐらいで5分休憩があったものの、さすがに3時間25分は短くはない。終わったときにはぐったりであった(半分は空腹によるものだったが)。もう少し切り詰めたらそれなりに観やすい映画になったのではと思わなくもない。ただ、監督は図書館的日常をそのままのテンポで写し取り、観る人をそこに参加させたかったのかもしれない。ニューヨークのストリートの匂いをも感じさせるような美しい映像で、図書館は本の置き場ではなく人間でできているという言葉のままに、有名な人にも無名な人にも、老若男女ひとりひとりに同じように焦点を合わせ、カメラを止めずに寄り添う。多くの利用者はつつましい暮らしを送る人びとである。図書館スタッフたちは、きわめてまっとうにそれを考慮し、議論し合い、人びとに接している。公共ということ、今日的な本のあり方、図書館という場の意味と意義。この映画は、世界がまだ捨てたものではないかもしれないと思わせてくれる。そして日本においても、岩波ホールを毎日混雑させるほどの人びとが関心をもち、観に行っているという事実が、希望のかけらを与えるのである。

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(本文とは直接は関係ありません。でも映画の中の光は、こんな感じで美しい。先日のゆるピクニックのひとコマ、いや4コマ)

2019年6月 5日

昨日、虫歯の日(?)に

めずらしく朝からブログ。忙しい時間帯なのだが、今日は勤め先の健康診断で朝ごはんを食べられないため、暇である(笑)。ほんとは昨晩書きたかったのだが、疲れて寝てしまったー。
昨晩は久しぶりに市民講座に呼んでいただき、初めてP自由学校にお邪魔させていただいた。ゼミを2つ終えてからダッシュで都心に向かう。晩の19時過ぎから「グローバル経済と民主主義の未来」の連続講座の第一回目、総論という名の前座として、「私たちはどこに立っているのか:新自由主義の臨界点で」というお題をいただいていた。このテーマで一体どんな人たちが集まるのか、そもそも人が集まるのかといぶかしく思っていたが、20名以上の人気講座だそうである。ふーん ご担当様にお願いしてコメントシートを集めたら、定年を迎えたばかりの人びとや、もう何年も様々な講座に通っている方、ちょうど転職したところという方、またご自身お住まいの場所で地道な運動に取り組む人びともいらしたようだ。
総論なのでその後に続く各論を視野にいれながら、ざっくりした話をしたのだが、質問、コメントでなるほどと思うものがいくつもあった。ひとつは「新自由主義」という用語について。この用語だけでここ数十年を考えるのは無理ではないかというコメント。たしかに。ただ、さまざまに呼ばれてきたことがらに数十年の一貫性があることを示すには、わりと便利な用語であったりする。もう一つは、話しの中で少し触れ、質問でもいただいた「中国の新自由主義?」という論点である。1980年代以降の「改革、解放」の時期を新自由主義と位置づけるかどうかは、議論のあるところである。わが本務校の学生、院生には中国出身者のみなさんも割と多く、ときどきこの議論をする。どちらかといえば否に軍配があがることが多いのだが、しかしたとえば、Tアンモン事件が何であったのかを考える際には有用である。新自由主義を支えたのが雑多な社会集団であったことは、アメリカの1960年代の徴兵制廃止の議論でも、中国のこの事例でも、意外と共通するところがある。ちょうど昨日は30周年ということで、日本でも報道や記事があった。虫歯の日、だけではない。

そんなこんなで終了時間をけっこう延長してしまい、慌てて帰宅に向かった。22時にまでに食事を終わらせなければならない。どうにも間に合わなそうだったので、新宿で途中下車して格安店のチキンカレーを急いで完食。ちーん さびしい... しかし、さあ、今日は健康診断だっ!

2019年5月28日

懐かしの卒業生の訪問

大学では目下、学部2年生が入ゼミ決定期に入っている。ゼミは大学生活シニア時代、いや大学生活全体を大きく決定するので、真剣に選び、決めるのは大事なことである。もちろんまだ2年次が始まったばかりで明確に関心を定めるのは難しいかもしれないが、この機会に一歩踏み出してみてほしいと思う。
そんな日々を送る中、わが本務校の修士「平和構築・紛争予防」コースを第一期生として修了した留学生のSくんが、まったく突然に研究室を訪れてくれた。うわあああ、久しぶり!!大学にいても平日の日中、研究室にじっとしていることはあまりないのだが、たまたま別の人を待っていたところでまだ少し時間に余裕があり、なんともよいタイミングで来てくれたものだった。第一期生のなかでも指折りの優等生だったSくん、修了してからは仕事でUK.USと世界を飛び回って活躍し、ここ数年は念願かなってエチオピアの政策決定支援にコミットしていたとのこと。まあまあ、なんと立派になって...(すっかり親心のモード)

こちらの近況として、博士課程の共同サステイナビリティ研究専攻ができたことなどを話したのだが、世界を視野にはたらくS君のような人びとにも説得力をもって説明できるプログラムでなくてはと、あらためて襟を正す思いになる。 ーしかし現実的には、社会人院生には時間もエネルギーも限られていたり、自然科学と社会科学の「融合」ならぬ摩擦もあったりと、なかなかムズカシイ;いやはや... PCSのときもそうだったが、第一期生はそれだけに教師も学生も思い入れが深くなるのであった。少しほっこりー 

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