2021年11月 7日

戻りつつある日常

前回、拙ブログを書いたのが9月末、ちょうど「緊急事態宣言」明けが進みつつある頃だっただろうか。10月は大学の秋学期開始で例によって忙しく、なんだかんだで過ぎていった。しかし学部の講義も対面型授業に戻したりして、少し日常のペースが戻りつつある感じである。その授業の「アクティヴ・ラーニング」の課題の一つとして指定したこともあり、先日はJ.デップが製作、主演をした映画『MINAMATA』を観てきた。これがなかなかよかった!もちろん水俣関係者からは、この映画の細部などをめぐっては、いろいろな指摘があるとも聞いている。当方も5年熊本に住んでいたし、水俣に関するドキュメンタリーの類もいくつか観たり、石牟礼道子さんの『苦海浄土』をはじめとする文献にも親しんだりして知識をもっているので、その気持ちもわからなくはない。それでもこの映画が意義深いのは、いわば「外部」から、つまり「外部者」として水俣の写真を撮ったユージン・スミスを主人公に据え、この主人公たる人物に長らく関心をもってきた海外の製作者(というか超有名な俳優さんでもある)によって彼の目線で描かれたことで、MINAMATAが異なる色合いを帯び、これまでよりも多くの人にこの歴史が届く可能性が開かれたと思われるからである。フィクションの映画にも劣らぬドラマ性、充実した演技もさることながら、作り手の熱い思いがそこここにほとばしっていて、見る者を熱くする。ありがとう、ジョニー・デップ!それにしてもユージン・スミスに驚くほど似ている!
 そしてまた今日は、昨年たまたまご縁をいただいた俳優のF田宗久さんからご連絡をいただき、彼の出演する演劇『女は泣かない』をシモキタで観てきた。これまた久しぶりの観劇で感激である(ぶっ、ごめんなさい)。性暴力を扱った重いテーマであるし、そんな原作のプロットについては、ん?なところ、ツッコミたくなるところも多々あるが、これまた役者さんたちがほんとうに生き生きと演じていて、嬉しくなった。(アフタートークもあって製作者のみなさんの思いもよくわかった。お得感!)芝居が終わって街にでると、休日のシモキタに若者たちが楽しそうにうごめいている。ああ、このまともな日常!!久しぶりにふーっと大きな息ができた。

2021年9月27日

トランジット・ヤード transit yards

いよいよ9月も終わりに近づいた。9月も「夏休み」という実感はまったくなく、〆切に追われたり大学関係の仕事がいろいろあったりして、ほとんど忙しいだけだったが、それでも研究仲間のSさんからのアイディアで、M大のSゼミと当方のゼミの有志の合同ゼミを開催することができた(9月14日、21日の二回開催。一度目はM大、二度目は外大にて)のは、楽しい機会だった。1回目は拙著に関する簡単なレクチャーの後、グループディスカッションをはさんで拙著に関するディスカッションを行ったのだが、真ん中のグループディスカッション「昨日なに食べた?」(ええ、聞いたことのあるタイトルですね)で大いに盛り上がった。大学生の食生活は、かねてより気になっていたことで、外大のGS(グローバルスタディーズ)の授業でも聞いたりしたが、やはりゼミ的な形式でゆっくり話ができると、より興味深い。S先生が見事に前日のお夕飯と原料の原産地のお話しをされたのも印象的であった(当方はうかつにも前日食べたものを瞬時には思い出せなかった)。2回目の合同ゼミではD.グレーバーの『ブルシットジョブ』を集中的に読み切った。もちろん細かい議論はできなかったが、労働は大学生諸氏にとっても身近で考えたいテーマであり、いつもと違うメンバーと話しができたのはよい体験だったに違いない。
もう一つ、昨日9月26日にはゼミの卒業生と現役院生が企画した、監督さんをお招きしての映画上映&ディスカッションが行われた。佐藤隆之監督『ラプソディオブcolors』である。公的な宣伝文はともかくとして、大田区にあった「たまり場」colors に集まってくる人びとの生き様を、そこでのライブの音楽をはさみながら描いていくドキュメンタリーである。観た後の監督さんとの質疑応答・議論をじっくりやりたいとのことで、かなり人数を絞り込んだ企画であった。その方針が功を奏し、いろいろな論点をじっくり話せてとてもよかった。
 ところでこのcolors は実は「たまり場」ではなく、トランジット・ヤードと名づけられていた。監督さんにうかがったところ、外国の方が名づけたそうだが、いいネーミングである。トランジットはいうまでもなく、飛行機の乗り換えのために空港に置かれた空間だが、そこは形式的にはどこの国でもない。以前からおもしろい場所だなと思っていた。もちろんcolors は日本にあったのだが、人が集っては去りという場所は、もしその集いが人と人のよい関係を醸し出せるなら、そのときだけのどこでもない場所、いわばトランジットの空間になると言えるのかもしれない。
大学、そしてゼミという場所も、4年なり2年なり(あるいはもっと長く?)集まる人びとにとってのトランジット・ヤードであればと願う。コロナ禍でいささかもどかしい「ソーシャル・ディスタンス」に悩まされ続けているが、出口が見えることを祈りつつ持続的に抗っていきたい。

2021年9月11日

三日天下(?)のお知らせ

拙ブログでも何度も告知をさせていただいた連続セミナー「BLM(ブラックライヴズマター)運動から学ぶこと」のシリーズを終わったというので、大学広報から企画者二人にインタヴュー(対談)をしていただいた。9月10日から大学のトップページにバナー(というのだったかどうか)掲載していただいている。

ええ、晴れがましいことでございます。おほほ。9月13日には別のものがトップページに扱われるそうなので、いわゆる3日天下(?)であるが、まー、そのくらいがちょうどいいですかね。どうかご笑覧くださいませー。

ところで今日はいわゆる2001年9.11から20年が経った日である。この日を一つの区切りにしたかったアメリカの目論見は8月末に見事に裏目に出て、アフガンをめぐる状況変化が世界を激震させている。日本政府は相変わらずコップの中の嵐に大騒ぎで、まったく対応していないのではと懸念されるが、コロナのパンデミックや気候変動に加えて、この世界情勢の動きを注視する必要がある。市民にできることは少ないかもしれないが、基本軸はそれこそ「ライヴズ・マター」である。少なくとも、政治亡命者や難民の人びとを本国に送還するような行為がとられないよう注視していきたい。

2021年9月 5日

ご無沙汰して失礼いたしました(;)

残暑お見舞いも申し上げず大変失礼いたしました。拙HPの方も大幅デジタルデトックス中みたいな状態になっていて、某卒業生O氏から大丈夫ですかとメールが入り、確認してみたところ、8月上旬にアップしたはずの(いや、アップしようとしたのが例によって夜中で、しかもサーバ点検の日に当たっており、明日やろうと思ったままに...)ページも上がっておらず、それにしたってそれからまた1か月。いやいやホントにすみません。(このページをみてくださっている人もそれなりに減少していると思いますが)。たいへんにご無沙汰いたしました。ナカヤマは何とか無事に過ごしております。

7月下旬から夏休み、といっても合宿もできず旅行もできず、仕事はいつも通り、あるいはいつも以上につまっていて、ワクチン接種もちょうどその頃で、2度目には人並みに副反応で38度を越える熱、子ども時代を思い出す懐かしの氷枕なんかをあてがって、数日寝込んだりもいたしました。その後は原稿〆切をいくつか抱えて、なんとかご迷惑をかけないようにこなしつつ、いまだにいくつかその続きを引きずって、という今日この頃です。ようやく涼しくなったような、また数日で残暑が戻るような、コロナ禍はなおも収まる気配もなく、展望も立てにくく、しかしまー、なんとかやってまいりましょう!みなさまもどうかご無事でお過ごしくださいませ。とりいそぎ、長いご無沙汰のおわびのご挨拶にて、失礼いたします。


2021年7月 3日

急ぎで拡散

雨の土曜日。それでも東京地方には晴れ間が見えてきているそんな折、下記の署名、拡散願いが回ってきた。本日(3日)の新聞報道にもあったものである。

これは政治や政局の問題ではなく、「普通はやらないですよ」というごく常識的な判断の問題である。「もう後にはひけない」ではなく勇気ある撤退を、というのは、どんな人にも難しいものだと思うが、難しいからやらないということにはならないだろう。そう、勇気ある撤退を。

2021年6月23日

緊急事態宣言は明けたが...

例年6月はなんだかひどく忙しく、たいてい下旬頃にぶっ倒れるのだが(サステイナビリティ研究の担当とは言えない不養生)、今年はコロナにかかってはいけないと体調に気を配っているからか(?)、何とか倒れずに持ちこたえている。今日は沖縄慰霊の日。かつてゼミ合宿でこの日を沖縄で過ごしたことが、はるか遠い昔に感じられる。コロナが落ち着いたらまたそんなゼミ合宿なども再開したいものである。
 しかし昨年来、通常以上にゼミ卒業生たちから連絡があり、日本や世界の未曽有の不安定な状態の中、大学に関わる者には何がしかの行動が求められているという感触を次第に強くしていた。より直接的に「有志の勉強会とかしないんですか」つまりしなさいという要望を出してくれる人もおり、そんな気運に圧されてようやく、その第一回目を明日の晩にオンラインでやってみることになった。小難しい理屈のための理屈ではなく、大学を出て大人になっても何かちゃんと考えたい、向き合いたいという人びとのための、ささやかな場となれたらという願いをこめて「考える大人の会」(現役ゼミ生からは、さして冴えないという講評をもらったが...)。明日の初回は、卒業後しばらく勤めていたのを一区切りとし、イタリアで「食のサステイナビリティ」を学んできた元ゼミ生の登壇である。ただし「卒業後もこんなに輝いてます!」みたいなキラキラ感ではなく、等身大の自分の足元から考えることの共有こそが重要で、一日を終えてひと息つく晩のひとときをゆったり語り合いながら過ごせたらと思っている。

2021年5月13日

あれから一年経ちました...

コロナ禍がどうにも止まらない。思い返すとちょうど一年前の今頃、4月に2週間遅れで始まった大学のオンライン授業はGWをふっとばす結果となり、GW明けてなおも試行錯誤のバタバタ続き、また当方がリジをつとめさせていただいているNPOのPルク自由学校でももちろん講座への申込者が激減し、リジ会一同で対策に頭をひねるうちに「そうだ、オンライン無料動画で講座のチラ見せをやろう!」ということになり、オープン講座へと形が整っていった頃である。
それから1年が経ち、同NPOにもさまざまな出来事があったのだが、ともかくそのオープン講座が一冊の本にまとまった。アジア太平洋資料センター編『コロナ危機と未来の選択:パンデミック・格差・気候変動への市民社会の提言』(コモンズ)である。売れっ子著者名が並ぶが、当方もひっそり名を連ねさせていただいている。総ページ数130頁程度の手軽なブックレットであるが、かなりはっきりした内容で、なかなかよい本に仕上がっているので、ぜひお手に取ってみていただきたい。

2021年4月22日

新学期が始まりました:またまたBLMセミナーのお知らせ

おっと、前回の拙ブログからちょうど一ヵ月、早くも4月は下旬に差し掛かろうとしている。新学期が始まり、大学では対面授業もそこそこ再開されて4月ならではの賑わいを見せている。当研究室付近では共同研究室506Bが昨年度でなくなるなどあってバタバタしていたが、ともあれゼミも始まった。

さて、そんな折に昨年度秋から継続しているBLM連続セミナーのお知らせです。直近は4月28日(水)晩ですが、7月までのすべての申し込みが可能です!第二期はジャズや文学のお話しや、映画監督を読んで映像を観ながら考えるなど、さらに多様な展開となる予定です。要予約ですがすべて無料! お早めに! 


2021年3月22日

例のダム映画について書きました

3月11日に上映会のあった、例のダム映画「悠久よりの愛」について、ご縁あって『週刊金曜日』の投稿欄の「論考」に書きました。3月19日号(先週の金曜日!に発売)に掲載されましたので、よかったら見てみてくださいませー。(今週の金曜日には次の号が出てしまうので、お早めに!(笑))

2021年3月15日

春来たれどもー

気がつけば3月もなかばとなり、3月11日から10周年の日も過ぎた(同日、武蔵境での例の映画の上映会は100人を超える来場者で大盛況!気仙沼から牡蠣漁師の畠山重篤さんもサプライズ来場してくださり、大いに盛り上がった)。「冬来たりなば春遠からじ」、そうやって古人は冬の寒さ、辛さをなんとかやり過ごしてきた。トーキョーの桜も開花し始め、春がそこまで来ている。だが、コロナは変異種やらなにやらで相変わらず世界各地で人間社会を翻弄し、日本各地ではグラグラと地震が続く。春来たれども、めでたしというわけにはなかなかいかないようだ。
 昨晩、所用を済ませて新宿駅から京王線に乗ろうとしたところ、改札の少し手前に小さな札を出して一人の若者が座っていた。何かの主張か物乞いか、いずれにせよ異例のことなので、近寄ってみると前に入れ物を置いてあり、物乞いであった。札に手書きで「いろいろ困っています」とか書いてある。あまりのダイレクトさに一度は通り過ぎたものの、ひきかえして少しお金を置いた。入れ物の中には小銭と変なおもちゃ、千円札が1枚。失礼になるのであまりしっかり見なかったが、中年にはまだいたらない男性であった。ホワイトデーとやらでかなりの人出があったが、足を止める人はいない。
 他の方策が尽きて、最後の手段に訴えたのだろうか。乞食と役者(変換ミスで訳者と出たが、訳者はその限りでは決してない)は三日やったらやめられないともいうが、こんな風に追いつめられた若者が、あるいは若くない人びとが、どこそこに多数いて、ついに街まであらわれ出てきたかのようだ。この国のタガは完全に外れてしまっている。とんでもない奈落へ、それと気づかず落ちていくような明るい絶望感が社会を覆っているのだ。そう思っていなかったわけではなかったが、何かそのことを目の前に突き付けられた気がした出来事であった。

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