研究の要旨1 of アジア諸語を主たる対象にした言語教育法と通言語的学習達成度評価法の総合的研究

研究の学術的背景

(1) 我が国の高等教育機関では地球的課題に取り組む上で必要な世界諸地域の人々と協働するグローバル・インターフェース力を持ち、英語のみならず、現地語を含む複数の言語運用能力を備えた人材の養成が急務である。現在、その緊急性に反して、アジア諸語の効果的な教育法と個別言語の枠を越えた厳格な成績評価法の開発は、ほとんど着手されていないのが現状である。

(2) ヨーロッパ連合(以下、EU)では、高等教育の抜本的改革「ボローニャ・プロセス」の枠組みの中で、各国独自に担われてきた知的再生産を担う高等教育が標準化され、急速かつ質的に変容しつつある。とりわけ、外国語教育法の改革と言語能力評価基準の共通性を掲げた共通参照枠組み」(Common European Framework of Reference for Languages、以下 CEFR)の適用は理論面・実践面ともに急速に進みつつある。しかしながら、EUにおいて、アラビア語、中国語、日本語等、非印欧語へのCEFRの適用可能性の研究はされているものの、その困難さは、文字体系・音声・文法の隔たり、そして文化的ギャップのために、通言語的測定尺度は確立されていない。ここにこそ、日本やアジア諸国の当事者が研究活動を焦点化し先鋭化して、新たな国際的な共通枠組みを開発・提案する可能性を持っている。

(3) すでに研究代表者(富盛伸夫)は1990年代から本課題にかかわる多言語の対照言語学に基づく言語教育研究グループを組織し、東京外国語大学学内共同利用施設である「語学研究所」を中心に、そのための研究活動を開始した。本研究はその成果と組織を活用している。

(4) 平行して、他教育研究機関との連携を深めるために、「外国語教育学会」の内に、会長職にあった2004年以来言語教育政策に関わる研究活動を推進し、本研究に関連する分野で3度のシンポジウムを開催して研究交流を行い、本研究課題の企画に関する有益な示唆を得た。

(5) 上記の準備的活動をふまえ、2006年度より3年間、文部科学省科学研究費補助金基盤研究(B)「拡大EU諸国における外国語教育政策とその実効性に関する総合的研究」を組織・推進し、13名の研究参加者が対象国における聞き取り調査に基づく言語教育政策とCEFRの実践・実効性の研究を行い、その成果は研究集会と総括的報告書で公開した。

(6) 上記科研課題研究に引き続き、本研究の代表者富盛は2009年度より3年間、文部科学省科学研究費補助金基盤研究(B)「EUおよび日本の高等教育における外国語教育政策と言語能力評価システムの総合的研究」を14名の専門家によって推進し、ボローニャ・プロセスが進行中のEU諸国における言語教育の質的変容と欧米諸語の成績評価法の調査研究を現在総括しつつ、成果を公開した。

(7) 本研究は、東京外国語大学が提唱し2007年3月に結成した「アジア・アフリカ研究教育コンソーシアム」(以下、CAAS)の研究連携を活用し、イギリス・ロンドン大学SOAS、フランス・国立東洋言語文化学院INALCO、オランダ・ライデン大学、シンガポール国立大学、 アメリカ・コロンビア大学等との国際的研究連携を組織して共同研究が可能となっている。さらに2011年7月に締結した日中韓教育連携コンソーシアム(CAMPUS-Asia)の枠組みを利用し北京外国語大学、韓国外国語大学からの協力支援を得るとともに本研究課題の遂行に活用できる。研究代表者富盛はこの2つのコンソーシアムの研究推進者の一人であり、大きく類型論的特徴の異なる言語間に適用可能な言語教育法の開発と能力評価基準研究で国際連携を企画することについての合意を両コンソーシアムのメンバー大学から得ている。

(8) 2009年より東京外国語大学に創設された「世界言語社会教育センター」(以下、WoLSEC)のセンター長として富盛は、外国語学部言語教育のカリキュラムの構造化などの改革、GPA導入の準備的研究、成績の厳正化を可能にする方策の研究などを学内外の研究者を招いて研修会を開催してきた。特に、2011年3月には国際シンポジウム「高等教育における外国語教育の新たな展望 –CEFRの応用可能性をめぐって−」を上記(6)の科研課題研究と共同で開催し、欧米及びアジア諸国から13名の言語教育学分野での指導的研究者を上記CAAS加盟大学から招聘して貴重な研究交流の成果を得た。(欧文の会議記録論文集は2012年3月に刊行)本研究課題の着想は、このシンポジウムで提起された、アジア諸語の言語教育法と通言語的能力測定尺度を巡る議論から生まれた。本研究遂行にこれら海外参加から校の協力が得られることになっている。

(9) 上記2件の科研課題研究と東京外国語大学の学内外での研究連携から生まれた蓄積と成果の基盤の上に、EUの実践しつつある外国語能力評価基準CEFRの実効性の検証をさらに進めると共に、欧米諸語に加え、アジア諸語への適用可能性の研究を企画するに至った。