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一般言語学 アーカイブ

2017年2月 4日

MM先生へのメール

MM先生、

先日は、大変興味深いご発表をありがとうございました。

で、言葉遣いは、ずれると思いますが。
「人が認識しなければ、それぞれdiscreteなモノとしては
 存在しない」

というのは、ソシュール先生が仰ってるんですね。

宮岡先生が『言語人類学を学ぶ人のために』第1章で、
まさにその、「我々を取り巻く生(き)のままの環境は
連続的なもので、人間が言語記号によって範疇化することに
よって初めて認識できるようになる」と、

諸人類学者を引いて仰ってるんです。でもソシュールの
ソの字もでてこない。<笑>

これの教訓は、我々は宮岡だけでなく、ソシュールも読まないと
いけないということですね。

(脱線)
     千野先生が異化(アクトゥアリザツェ)と
     自動化(アウトマチザツェ)をチェコの
     ハブラーネックを引いて仰ってるんだけど、
     それは数年先んじてロシアの文学者の
     シュクロフスキーも言っていて、
     (オストラニェーニエとアフトマチズム)
     千野先生がそれをガン無視してしまったのは
     何故なのか、これも謎です。

     また、ウチのドイツ語のF先生が、
     ドイツやスイス・ドイツ語圏の哲学者に端を発した
     categorical judgementとthetic judgementという区別を
     生成文法の黒田重幸氏が1972年に初めて言語学界に紹介して、
     それは物凄い偉業だった。っていう研究発表を
     約1年前に語研でなさったんですけど、
     よくよく聞くと、categorical judgementは
     テーマ・レーマを持った陳述、thetic judgement
     はレーマだけを持った陳述としか思えないのです。
     チェコ・プラハは、フランス語やドイツ語でも
     発信してたと思うんですけど、哲学と言語学の違い
     というのも手伝ってか、チェ独国境を越えなかった
     のだなあと思ったり。その後、生成文法あたりでは、
     プラーグ学派のテーマ・レーマを久野氏が紹介していて
     両者は関連付けられているみたいですが。でも
     F先生は、一切それに触れなかった。

(もとい)

私の分野ですが、手話言語学において、手話能記の表記法が
全く標準化されないままで、このままでは、音声言語の
IPA的なものも、手話能記による正書法も生まれずじまいに
なってしまうのではないかという懸念があります。

なんてことを、アフリカ関係の研究会で、グダグダと語っていたら、
H先生に、「音声をちゃんと記述して、その中から音素を
見つければいいだけじゃないか」と小馬鹿にしたご指摘を
いただいたのですが。

でも、MY先生によると、(僕も半ばそう思っていたのですが)
IPAっていうものが最初っから自然と存在していたのではなくて、
諸音声言語で、「区別されがちな」ところを区別するということを
念頭に置きながら、エティックなところと(個別の)イーミックな
ところを行ったり来たりして、さらには、音響の知識も加味して
そもそもIPAは成り立っている、と。

そう考えると、手話諸言語でも、同様のことをやらないと
いけないのかなあと思っています。ただ、手話の「音響」的なことは
どうやればいいのか全然わかりません。

とりあえずは、エティックなところと、個別のイーミックなところを
行ったり来たりするしかないのかなあと思っています。

さらに言うと、「正書法」に関して、世の手話言語学者は
「区別しているところはすべて区別して書かなければならない」
と思い込んでいるんですが、音声言語だって、そんなことしてないじゃ
ないですか。ということで、underspecificationから始めて、
それで区別できないところはオプションで付け加えていくって
言うのでいいのではないかと考えているところです。

と、随分と、私の方に引き寄せた話ばっかりになってしまいましたが
平にご容赦ください。

また、また色々とお話を聞かせてください。よろしくお願いします。


箕浦信勝

追伸。M君がタイ語のkamlangが文法的な働きをしているって
言ってきて、私としては、語形から、これは、クメール語系の
接中辞(-am(n))が入っているに違いないと思いついちゃったのですが、
やっぱり、SR先生が、「タイ語には接辞も無いし、形態論も無い。
クメール語やサンスクリット・パーリ語などからは、それぞれの
語形が外来語として入ってきたのであって、タイ語内で形態論的手法に
よって作られたものではない」と仰っていて。
まあ、それはそうなんでしょうね、と。日本語の-ii+naがどんどん
和製英語の形容動詞を作っていく(ボリューミーな)のようなことは
無いのでしょう。
で、もとい。kamlangから、接中辞を除いたものは、Haasの辞書に
乗っているkhl?ngだと、私は見たんですが。確かに、これは
タイ語内での派生ではなさそうですね。

2018年3月 6日

「顔がわからない人」考

1)「顔がわからない人はダメです」

と、どこかのG出会い系アプリにあった。

これって、英訳するには、かなり
手を入れないと無理だよなあと直感的に
思った。

その前にまず日本語で弄ってみる。

連体修飾を解いてみる。

2)「あの人は顔がわからない」

となると、

3)「顔がわからない人」

の「人」は、「顔」の所有者ですね。

(2)を英訳すると、

4)「As for that person, (I) do not know his face」

なんともこなれないが、動作主というか視覚感覚の
持ち主が表現されていなくて、逆使役(≒中道態)っぽく
なっているのですん。

受身にしてみる。

5)「As for that person, his face is not known (to me)」

形容詞にしてみる。

6)「As for that person, his face is not recognizable」

ちょっと違うか。(6)から弄ってみると、(1)は、

7)「A person whose face is not known to me, I will not socialize with him」

主題化を解いて、

8)「I will not socialize with anybody whose face is not know to me」

か。で、もっと英語らしくすると、

9)「I will not socialize with anybody who has no face pic in the bio」
10)「I will not talk to anybody who has no face pic in the bio」
11)「NPNC (= no pic, no chat)」

か。いずれにせよ、直訳はできないし、いろいろと
機械翻訳泣かせの種満載の文ですね。

2019年3月 6日

口ずさむは、クランベリー形態素抱合動詞

口ずさむは、口+すさむらしい。

しかし、現代語には、「すさむ」そのものは無い。

(「気持ちが荒む」とか、「凄まじい」とかはあるが。)

よって、「すさむ」がクランベリー形態素が語幹の動詞で、
それが口を名詞抱合していることになる。

古文では、

「口遊む」
口遊むの意味 - 古文辞書 - Weblio古語辞典 http://bit.ly/2TAFJEY

さらには、
「荒む」
荒む(すさむ)の意味や読み方 Weblio辞書 http://bit.ly/2TlygKI

「すさぶ」
すさぶの意味 - 古文辞書 - Weblio古語辞典 http://bit.ly/2XJkLD0

すさむと、すさぶは、ある時代には、別々な意味を担って
いたのかも知れないが、cognateであろう。

「-む」「-ぶ」を派生接尾辞と考える言語理論であっても、
それらは無関係では無かろう。

「すさむ」の方からすると、
自動詞「気の向くままに物事をする 」、
他動詞「心のままにもてあそぶ。慰み興ずる」
が意味的に近いだろうか。

「すさぶ」の方も、
自動詞「慰み楽しむ。気の向くままに...する。慰みに...する」
が近かろうか。

現代語では、「〜を口ずさむ」はあるので、他動詞でも
ありえるが、上の古語辞典では、「〜と口遊む」が2例
あるだけで、自他は判じがたい。

いずれにせよ、「口」は身体部位であり、道具であり、
対象物が抱合されたと見る必要は無かろう。

となると、現代語で「口ずさむ」が他動詞なのは
「口ずさむ」だけの問題なのか、
「すさむ」から他動性を引き継いでいるのか。

そもそも「すさむ」が無いのであるから、
ナンセンスな議論ではあるが。

閑話休題。

古文において、「すさむ」「すさぶ」の大まかな意味、
「もてあそぶ」と、「あれる」とは、もし同音異義ではなく、
多義であるのだとしたら、どちらからどちらが派生した
意味なのだろうか。

これは、古文の共時態で意味がある議論であって、
現代語には関係ないことですけれどね。

2019年3月23日

ことば2題

1. 「豚に改造された狸」

https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1903/23/news021.html

「豚に改造された狸」の「豚に」っていうのは、
与格・向格にしかとれなくて、もう1つの可能性、
受け身の行為者としてはとれないんだけど、

それって、統語論では決まって来ないよね。
意味で決まってくる。というか、後者が
意味的に排除される。

で、思い出すのは、日本語のニ格の守備範囲の広さで、
それを(本人は専門的に認知言語学を研究しているわけ
ではなく、いろんな理論の使えるところをつまみ食いで
引っ張ってくるだけの人が)認知言語学の意味マップを
書いて説明していたことがあったんだけど。

僕は、そういうんじゃなくて、ニ格とデ格は
両方とも広めに「斜格領域」をカバーしていて、
何らかの棲み分けをしているんだとは思うけど。
でも、意味マップは使いたくない。

意味マップは、ある用法から「隣の用法」へと
拡がっていったということに適したモデルだと
思うけど、ニ格などは、もともとの汎用斜格なのでは
ないかと思うのです。

と、ものすごくオールマイティーな汎用斜格のaminaを
持つマダガスカル語を見ていて思うのです。

終わり。

--

2. ツイッター界隈で、「ホームレス」は人ではなくて、
状態なので、人は、「ホームレスの人」「ホームレスの方」
って言うべきだ!と断じている人がいたんだけど。

日本語のその辺りを見てみると、状態あるいは行為を表わす名詞と
その状態にある人(状態者)あるいは行為者が、別々の名詞で
表されている場合もあるけれど、どちらも同じ名付けがされて
いる場合がある。

これは、メトニミー(換喩、隣接している意味領域の意味に、ある単語の
意味が拡張すること)に依る。

例えば、元来痴漢は行為者である。他方、犯罪は、行為である。
でも、「痴漢は犯罪」という標語は巷に溢れている。

行為者名詞と行為名詞を厳密に区別するのが日本語の常だとしたら、
「痴漢は犯罪者」あるいは、「痴漢行為は犯罪」としないと
「正しくない」ことになりかねない。

でも、我々が普段「痴漢は犯罪」という5文字を見たときに
違和感を覚えないのは、行為者名詞から行為名詞への、
また、行為名詞から行為者名詞へのメトニミーが
わりと我々日本語話者の中には刷り込まれて、
自然に共有されているということではあるまいか。

で、元に戻るが、「ホームレス」は状態であるが、
メトニミーの原理によって、その状態にある人のことを
表わすことも可能になっている。

じゃあ、特にホームレス関係の援助ボランティアなどを
している人たちが、「人」を「ホームレス」と呼びたがらないか。
それは、丁寧さの問題である。

状態名詞の「ホームレス」で、その状態にある人を
メトニミーで「ホームレス」と呼んでしまうのは、
その辺りの事柄をぞんざいに考えている間接的証拠にも
なってしまう。

だから、そういう場面では「ホームレスの人」「ホームレスの方」
と丁寧に言った方がそぐう。ということではなかろうか。

2019年3月29日

随想

1. Ariana Grandeさんが、歌Seven Ringsを漢字にして、
七輪とタトゥーを入れたら、日本人に笑われて、
タトゥーも消して、それまで勉強していた日本語も
辞めたという話。

そもそも、日本語では、カタカナで音訳するだけで、
漢字では書かないのが通常。

むりやり漢字で書くなら、ringって輪じゃなくて、
環でしょう?と思う。

Arianaも、聞いた相手が悪かったし、
安易に答えたその人も悪かった。
としか言いようがない。


2. トランス女性っていう表現が、当事者と、
世間一般の間で噛み合っていないんだけど、
それは、当事者は、性自認が女性であるMTFは、
トランス女性だし、他の人も当事者を尊重して
そういうべきだと主張しているんだけれど、

世間一般は、「元々男として生まれたんでしょう?
だったら、トランス男性じゃん!」って言っているんですね。
一部マスコミも「そういう基準」のママで
記事を書いたりしている。

両者を公平に、平たく見るのなら、
それは「認識」の問題であり、両者で認識に
隔たりがあるということだけれども、

日本はとかく、「当事者集団の言い分を尊重する」
という点では、いろいろなところで立ち遅れています。
(これは、ある当事者1人の言い分を容れればいいという
 わけでもないので、実は難しい問題ではあります。)


3. マルコ2:1-12

マルコによる福音書(口語訳) - Wikisource http://bit.ly/2HZoWWc

レントの第2週の主日の福音書は、マルコ2:1-12だった。

イエスがカペナウムで、中風の人に「お前の罪は赦された」と言って
病を癒やす記事のところです。

説教者は、当時のユダヤ人の間では、「病には罪のせいでなる」
と信じられていて、病人は、そのような社会的な偏見にも
晒されていた。その社会的偏見と、病気の両方を
イエスは取り去ったのだという風に仰っていました。

我々SOGI人の場合、当事者は、その状態(SOGIであること)
が取り去られたほうがいいとは思っていない人が、
今の日本では大半だと思います。
(治りたいという人も一部いるとは思いますが。)
でも、社会的偏見は、取り去られたらいいなあと
思います。
耶蘇寺の中でも、「これは偏見ではない!聖書に基づいている!」
と主張して、差別してくる人たちが多くいます。
でも、差別すること自体、また自身ではなく、他人に対して
「変われ」ということ自体、おこがましいです。
まずは、自分のことを考えてください。

4. 〜ガ〜ガ述語
ラジオを聞いていて、述語に2つのガ格項が掛かる例を
聞き書きしました。

「高速道路が工事のため渋滞しているところがあります」

規範派には、ニ・ガに直したい人もいるかも知れません。
でも、自然に耳に入ってきて、自然に解釈できる文です。
ハ・ガで無いのは、テーマ・レーマの区分が無く、
全体がレーマで、また、ニよりもガが選ばれたのは、
場所格的な格関係よりも、無標のレーマ標識としての
ガが選ばれたということでしょう。
尾上先生の、B級主語という考え方を援用するならば、
1つ目のガは普通の主語で、2つ目の主語はB級主語でしょう。
あるいは、1つ目のガの述部は、「工事」以降全部で、
2つ目の述部は、「あります」と考えられるかも知れません。

5. (象は)鼻が長い

これもラジオで聞いた文です。

「ネパールとかカンボジアとか、漢字じゃない国からやってきた学生」

これは、「中国や日本は漢字だ」に対する
「ネパールとかカンボジアは漢字じゃない」

なんだろうけど、「象は鼻が長い」という
二重主語文の、2つ目の主語が「言われていない」文だと思ったのです。
(そもそも無いものに「省略」ということは慎重にしなければなりませんが。)
それを補うと、

「ネパールとかカンボジアとか、文字が漢字じゃない国からやってきた学生」

となります。

他方、「漢字じゃない」というコピュラの否定は、
 「漢字を使っていない」の「省略だ」という説もあろうかと思います。
となるとこれは、ウナギ文問題になりますね。


6. Rufus Wainwright

のコンサートに行ってきました。
https://udo.jp/concert/RufusWainwright

この人は、25歳で全世界的にカミングアウトして、
雑誌The Advocateの表紙を飾ったときから知っていて、
それからもう20年になるんですね。Time flies!

その間にMontrealのLe Cabaretでのライブにも行ったし、
NYCでのライブにも行った。

追っかけて行ったわけでなく、たまたま行った先で
ライブのことを知ったんですけどね。

昨日のライブの前半は、first albumからのものが多くて、
殆ど、僕の口からも歌詞が出てくるもの、きそうなもの
ばかりでした。

poperaと称されることもありますが、それは
operaの唱法とは違いますけれど、
でも、彼独特のもので、引き込まれます。
楽しい夜でした。

2019年5月27日

先週末

先週末は、土日が日本アフリカ学会の大会でした。

日曜日に発表をしました。

コメントで、
「マダガスカル手話をTTMと言っているが、
 アメリカ手話をASL、日本手話をJSLと言うように
 MSLとはしないのか?」

というごコメント。

んー、全く近視眼的で、相手にしてさしあげるのも
なんとも違和感。

えーっと、ドイツ手話がDGS、オランダ手話がNGT、
トルコ手話がTİDというのが広まっているのに、
なぜTTMだけはダメなんでしょうか?
全く理解できません。

他は、K氏から、
私が使役だと言った

「ラスア 呼ぶ 招く ラベ 座る」
(ラスアがラベを座らせた)

という構文は、もしかして、複数の節が
連なっている、causalなjunctureじゃないですか?

というご指摘。

それ、正しいと思います。

これは、使役マーカーを持った単節文ではなく、
複数のpredicateが連なった構文な可能性が高いです。

ただ、日本語の「-テ」形のような、
節を連ねていくマーカーは恐らく無いので、
何か別な説明が必要かも知れません。

--

日曜日は、自分の発表と、言語学の発表、
I氏の発表を聞いたあと、
大阪に向かって、
神虎で、赤虎ラーメンを食べました。

--

その後、院生時の指導教官先生と
お会いできました。

清瀬の派生文法に似た分析が
特に理論言語学界隈では花盛りですが、
そうではない解釈ができるという話で、
年初来宿題が出ていたのですが、
それには、上首尾に答えられて、
美味しいお酒が飲めました。

新幹線の終電で帰京しました。

2019年7月 8日

素性[± X]とは何か

Юさんのご発表。 

素性(そせい)が、[+ X][- X]で対立する音素(その他)は、
プラスの方に特徴があって、マイナスの方に特徴が消極的な感じで
「無い」のではなく、マイナスの方は積極的にその素性が無いという
対立であるという話でした。

(Trubetzkoyなんかが、細かいところでどう議論していたかは
よくわからないけれど、)Saussureによれば、そうなると。

ご発表からだと、例えば、タイ語の4声と5声は、同じ
「下降上昇」という特徴を持ちながら、
5声は、最低F0域に到達する、(F0は基本周波数)
4声は、最低F0域に(積極的に)到達しない
という対立になっていると。

(生前の藤村先生が、F0を藤村曲線より下げるのは、
 cricoid cartilageか、thyroid cartilageのどっちかだと
 おっしゃってた覚えがあるのですが、どっちでしたっけ。)

C氏は、「上昇下降」「下降上昇」「緩やかな下降」
っていうのも、Trubetzkoy的というか、現代の「音韻論」の
主流の考え方における、2分法、2分法の組み合わせで
書けないかと言っていたけれど、そこは軽々に
抽象化すればいいってモノじゃあ無いんでしょうね。

会場では、数年前(20年前位ですね)に流行った、
underspecification theoryが使えるんじゃないか?
(+, -の他に0を立てるようなヤツ)って言っている
人がいたけど、どうでしょうねぇ。

--

そう言えば、池上二良先生が、御著書
講座言語 第2巻 言語の変化 池上 二良 https://www.amazon.co.jp/dp/4469110523/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_oAIiDbP8DQY44
の中で、±と-の不完全な対立のことを書いてらっしゃいます。

(当時、あるいはその前の時期の)長野県の方言では、

「鯉だ [koida]」と「漕いだ [koida]あるいは[koĩda]」という
不完全な対立があると。
これは、東京共通語からの同調圧力もあっただろうけど、
「無くなりつつある対立」という不安定な段階だったのではないかなあと
今の僕は考えます。

--

また、ご発表の内容ではないけれど、規範的韓国語の
/u/と/ɯ/の対立は、まさに、[+ rounded]が前者では積極的にあって、
後者では、積極的に無いということで、円唇と張唇に
離れた感じになって対立してますよね。

現代諸方言では、その対立が中和しつつあるところも
あるらしいですが。

--

翻って手話諸言語などで、
通常、音素と言われている
手形、位置、動き(その他)、NMM(非手指標識)は、
よく、対立が必ずしも無くても「かくかくしかじかの特徴がある」
って言われちゃうけれど、そこは、再吟味の必要が
あるかも。

というか、対立が無いのに、特徴があるっていうのは、
シニフィアンとシニフィエの間の、オノマトペ的な
iconicityが発揮されているかも知れないっていうことは、
今思い付きました。

それから、手話言語学外にいて、手話を良くご存知無い方々が、
「その音素(手形、位置、動き、その他)っての、
ホントは素性じゃないの?」って
言ってくることがまだあります。
欧米では、もうそんなこと話題になってなさそうですが。
でも、これは、即時に却下していいものかどうか、
僕にはまだ躊躇いがあります。

2019年9月24日

言語音考

ちょっと、日本語の言語音に関して考えたことを。

1.
私がロシア語学科の1年生だったときに、
ネイティブの先生がアルファベットを発音するのを聞いて、
Бがどうしても、ベーではなく、ブェーか、ボェーみたいに
聞こえてたんです。でもまあ、大学1年生ですから、
音声学の素養も無く、そのままにしていました。

先日、ロシア語母語話者に、厳密な最小対には中々見つからなかったのですが、
外来語にはある、/e/の前の非硬口蓋化音(ロシア語学では硬音と呼ぶ)の/m/を
発音してもらったのです。

/mer/ 「市長」

そうしたら、

[mˠer]

という感じに、軟口蓋化していました。
(わからなかったら、音声学をお勉強してくださいね。)

下記は主格ではなく、「ゲージ、メジャー」の複数・属格の形ですが、

/mʲer/ [mʲer]

と最小対をなしています。

ここで思い出されるのが、Юさんがソシュールを引いて言っていた、

「フィーチャーのプラスとマイナスの対立というのは、
 プラスの方にそのフィーチャーがあって、
 マイナスの方にそのフィーチャーが(消極的に)無いというという
 対立ではなく、
 マイナスの方は、そのフィーチャーが無いということを
 積極的に表現する」

ということです。

まさに、硬口蓋化が無い方の/m/は、硬口蓋化というフィーチャーが
無いことを積極的に表現するために、余剰的ではあるかも知れないが、
軟口蓋化[mˠ]を帯びてしまった、ということのようです。

これが、私が大学1年生のときに聞き取っていた、
ブェーか、ボェーの正体なんでしょう。すなわちアルファベットのБは

/be/ [bˠe]

という風に、T先生の発音では、軟口蓋化を帯びていたんでしょう。


2.
TBS Radioで、平日22時から、Session 22という番組を持っている
荻上チキさんですが、

/CVri/という音素の並びがあったときに、その/ri/ 「リ」の部分が良く
[ɹ̩ʲ](有声歯茎接近音。音節主音となっていて、硬口蓋化している。)
と発音されることを観察していたのですが、

別個に、複数回
/ri:da:/「リーダー」を、
[ɹ̩ʲ:da:]

と発音なさっているのを観察しました。

これは、音素としては、/ri/という子音と母音の分節音が
ならんでいるが、それが実現した音声型では、
[ɾʲi, lʲi, ɹʲi]などのように、時間的に前後に配されるのではなく、
[ɹ̩ʲ]という風に、同時に実現していて、それがさらに、[ɹ̩ʲ:]と長くも
なるということです。

あ、チキさん!聞き取りに弊害がそれほどあるわけでは
無いので、STのところに通って治すほどではないですよ!

ただ、音声学徒、言語学徒にとっては、面白い題材に
なってくださっているというだけです。


3.
先日、J-WaveのDrive In Japanを聞いていたのですが、
大阪府出身の山口智充さんが、

両方を[ɟo:ho:]と発音していました。

音素表記をすれば、

/ryo:ho:/とでもなるものですが、

その最初の/ry/が、語頭なので、[ɖ]か何かの
破裂音で実現しようとして、さらに硬口蓋化/y/は、
音素/d/であったら[dʑ]などをもたらすところですが、
/d/と/r/は違うのでそのルールは適用されず、
でも、やっぱり硬口蓋化のせいで、
舌と口蓋の接触面が[ɖ]よりは後ろに広がって、
[ɟ]になったということでしょう。


4.
「ユッカヌヒーのポーポー」
というのが話題になっています。
https://j-town.net/tokyo/column/gotochicolumn/289968.html?p=all

「の」以外わからない、と。

そりゃそうでしょう。「の」は東京共通語の「の」ですから。

「ユッカヌヒー」というのは、旧暦の四日の日(ヨッカノヒ)で、

東京共通語とウチナーグチの母音の対応関係をしっていれば、
謎解きは途中までできます。「ヒー」が長いのは、また別な
説明が必要でしょう。

とはいえ、前提的知識が無い、東京共通語話者が、
「ユッカヌヒー」を見ると、何のことやらわからなく
なってしまうんですね。

そこで思い出されるのが、世田谷のE先生が言っていた、
「トマトはなぜ、和語ではなく、外来語と感じられるのか」

という問題です。

授業中に答えをくださることは無かったように思いますが、
何か、音素配列論的に、エキゾチックなところがある
かのように仰っていた感じがします。

でも、第1モーラと第3モーラが同じものだったら、
「憩い」とか、「酢蓮」とか、無いことは無いですよね。

私が私なりに考えているのは、

特に母語に関しては、音素配列論云々ではなくて、
「語彙」の中にある音素連続と、「語彙」の中に無いものに
違いがあるのではないかということです。

「語彙」の中に無い音素連続はエキゾチックに感じてしまう
のではないかと。

(ということは、皆さんがときどき行う「無意味語」の
 調査というのも、実は、慎重にやらないとイケないこと
 なのかも知れません。)

私が、以前、アラスカに行っていたころ、
現地の中年層より若い人たちの母語は既に英語になっていましたが、
私の名前Nobu [noubu:]を言わせようとすると、
Noboになったり、Nuboになったりして、
なかなか正確には覚えてもらえなかったのです。

これとて、英語の音素配列論に、それほど逆らっているとは
思えなかったんですけれどもね。

そんなときにとある現地人が、「Your name sounds like homebrew, eh?」
(君の名前って、密造酒みたいな発音だね?)と言ってきて、
その後しばらくは、私のことをHomebrewと呼んでいた人が
いました。

英語の(そして現地の人々の)語彙にある「Homebrew」は記憶しやすかった
けれども、「no」や、「boo」がいくら英語として適格だと言っても
それら2つを組み合わせたものは、やっぱりエキゾチックすぎて
覚えられなかったということでしょう。

ユッカヌヒーも、ヨッカノヒからちょっとずれただけで、
もはや、東京共通語話者には処理不可能になってしまったって
ことなんでしょう。

2019年9月27日

TISLR 13 1日目

昨日は、TISLR1日め。

Yesterday it was the first day of TISLR.

https://www.idgs.uni-hamburg.de/en/tislr2019.html

最初のkeynoteの、Jordan Fenlonの発表が面白かった。
例えば、英国手話に関しては、英語と違って、
OSV語順であると言われたり、
Topic-Comment語順であると言われたり、
Noun Adjective語順であると言われたりするけれど、
それは、英国手話が見せる特徴のごく一部であって、
学習者もそこに固着させてしまうのは良くないと。

The first keynote presentation by Jordan Fenlon was interesting.
E.g. BSL, unlike English, is said to be of OSV word order,
of Topic-Comment order, etc. but these features are only
small parts of what actual BSL is and it is not a good way
that BSL learners only get stopped at that point.

私は、Fenlonのように、corpus研究ができるような
環境ではまだないけれど、でも、少ない研究居力者から、
様々な文体、レジスターの違いを観察している。
TTM(マダガスカル手話)を教えることも無いけれど、
TTMは、◯◯語順と教えることは得策ではない。

I, unlike Fenlon, am not ready to pursue corpus study on
TTM (Malagasy Sign Language, Tenin'ny Tanana Malagasy),
but from a few linguistic consultants, I have observed
various styles and various registers.
I do not teach TTM either, but I know that it is not a good
choice/start to tell students that TTM has ◯◯ word order.

ポスターからは、フランス人男性による、手話の書記法に
関する研究が面白そうだった。雑誌にじきに掲載されるそう。

From the posters, a study by a French man on writing systems
was interesting. It will be published soon in a journal.

カレン・エモリーの、脳に電極を付けて行った研究の
Keynoteも面白かったけど、昨日は、心理学、神経科学
など、私には手の届かないものが多かったです。

Karen Emmorey's study, having gathered data
from voltages emitted by the brains, was interesting.
It seemed most of the studies were psychological
linguistics or studies related to neurological sciences,
which are out of reach from me.

ところで、Susan Fischerと、S.-Y. Kuroda's "categorical and thetic judgement"に付いて話すことができた。良くご存知で、Topic-Comment関係の研究とは、かなりoverlapすると言っていた。

BTW, I got a chance to talk to Susan Fischer about S.-Y. Kuroda's "categorical and thetic judgement". She knows it quite well and she said it overlaps with the Topic-Comment studies.

2019年11月 2日

Men's Idol考

青土社から

『ユリイカ 2019年11月臨時増刊号 総特集 日本の男性アイドル』
http://www.seidosha.co.jp/topics/index.php?id=356&year=2019

が出版された。

表紙に「Men's Idol」の文字が踊っていて、
「あっちゃー」って思いました。

英語として正しくないのである。

実物を手に入れる前には、
これは、「装丁屋」さんが大して考えずに
書いてしまったのであろうと考えた。

しかし、実物を手に入れたら、
中の諸論文のタイトルにも
「メンズアイドル」というカタカナが踊っているし、
おそらくは本文中でも使われているのであろう。

社会学なのか、カルチュラル・スタディーズなのか、
その界隈では、もう「通っている」用語なのかも知れない。

--

もとい。英語としては、これはまずい。

men's idolというのは、men(複数の男)'s(属格)idol(単数のアイドル)である。

「複数の男」というものを、多様性よりは、多数性を捉えて
「シスジェンダー異性愛者の男性」と想定すると、その男性らに
とっての「単数のアイドル」は女性であろう。

あれれ?表紙には、日本語でも「日本の男性アイドル」と書いてある。

そして、それが、この特集の主題であろう。

なぜそんなズレが生じたのであろうか。

--

「仮説1」

まずは、英語の「's」という属格と、日本語の「の」の
守備範囲が違うということである。

日本語の「の」には、所有者を表現する用法の他に、
同格(apposition)を表現する用法がある。

(1) 看護師の女性

この同格の「の」は、ちょっと文体的に変わるが「である」で
置き換えることができる。

(2) 看護師である女性

この同格の用法は、英語の「's」には無い。

(3) *nurse's woman

は、詩的な何かを表わすことを指摘できる可能性を
完全に排除することはできないが、
少なくとも、(1, 2)と同じ意味にはならない。

(2)は直訳すれば、

(4) a woman who is a nurse

となるであろうし、ほぼ同等の意味を表わすのであれば自然な英語では、

(5) a female nurse

と言うであろう。

ちょっとニュアンスは変わるかも知れないが英語の同格の
表現方法を使って、

(6) a woman nurse / a man nurse

という言い方も、(5)程無色ではないが、言えないわけではない。

いずれにせよ、英語の同格の表現には、 「's」は出てこない。

最初に戻って、

(7) men's idol

は、日本語の同格の「の」を、誤って「's」で直訳してしまった
ようにも見えるというのが私の仮説1である。でもその場合でも、
idolが単数なのはなお痛々しい。

「日本の男性アイドル」を英訳するのであれば、正しくは、(5)に倣って、

(8) (Japan's) male idols

あるいは

(9) the male idols (in Japan)

ぐらいが落ち着きが良かろう。

--

「仮説2」

日本には、シンガポールにおけるシンガポール英語のように、
自律して1つの言語体系となっている「日本英語」は無い。

他方、応用言語学で用いられる、「中間言語」という概念が
援用できるかも知れない。

ある言語Aの話者が、言語を母語として獲得できる年齢を
過ぎて言語Bを習得した際に、誤用を含むターゲット言語Bを
「中間言語」と呼ぶことがある。

これとて、同様のパターンが繰り返されることはあるかも
知れないが、全体として1つのシステムをなしているという
ことではないであろう。

ともあれ、日本語を言語Aとし、英語を言語Bとしたときに、
英語を学習中の日本人が、日本語の特徴を英語に反映させた
「中間言語」を用いることがある。

その「中間言語」で、日本語の「の」の同格の用法を
英語の「's」に影響させて使ってしまったというのが
仮説1の説明ともなり得る。

他方、最近の日本の「中間言語」英語では、

(10) メンズ

を「複数の男」の意味で使うことがあることが
指摘できる。そこには、属格的な意味は(必ずしも)
絡んでこない。

日本語と英語のバイリンガルであるハリー杉山氏は、
英語ではもちろん使うことはあるまいが、
日本語の中では、「複数の男」の意味で、
(10)を使うことができるほどにナチュラルな
(若年層の)日本語の使い手である。

この(10)からすると、

(11) メンズアイドル

とは、「中間言語」で、(10)を含み、しかし
「ズ」は同格を表わしているのではなくあくまでも
「中間言語」で複数を表わす「ズ」なのかも知れず、しかし

(12)メンズアイドルズ

は冗長に思えて、(11)に落ち着けたのかも知れない。

もう1つのオルターナティブな説明は、(11)は、2つの名詞を並べた
同格表現であるが、その前項「メンズ」は、複数形として
定着している一方、後項「アイドル」には数の標識は付かず、
単数でも、複数でも「アイドル」としかならず、
「アイドルズ」は、件の「中間言語」では使わない
ので、(11)に落ち着いているというものである。

--

ともあれ、(11)は、意図している「男性アイドル」の意味に
使おうというのは、「中間言語」の地位を高めようじゃないか!
とでも言うムーブメントの一環か、さもなければ
シンガポール英語のような「日本英語」を創設し定着させよう
というのでもなければ、やっぱり恥ずかしい。

2020年1月 6日

gender、SOGIに関連して日本語でラベルが無く範疇化も無い事柄

ジェーン・スー 生活は踊る | TBSラジオを聞いていたら、
「兄が妹に説明する」というストーリーの、
メタウォーターのCMがありました。

12:34 18秒ぐらいから始まります。

ジェーン・スー 生活は踊る | TBSラジオ | 2020/01/06/月 11:00-13:00 http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20200106123416

(放送から一週間以上経ったら、radikoでは聞けませんので、
 この番組の大体同じ時間(同じ曜日??)に探してみてください。)

これって、英語で言うところの、mansplainだなあと。
正しいか、正しくないかは置いておいて、
「男が女に説明する」という構図を、英語ではこう言います。

https://news.mynavi.jp/article/20131230-a030/

説明するというだけでなく、マウンティングをするということも
同時に行われています。

ラジオはテレビほどには人の関心を引きにくいということも
あるのでしょうけど、もし多くの人が知るところとなったら、
数十年前の、「私作る人!僕食べる人!」と同じくらいの
大問題になる可能性を秘めているCMではあります。

こういうmicroagressionは、もちろん男女間でのみ起こるもの
ではなく、様々な社会的関係の間で起こることでしょう。

(年上から年下へとか、高学歴からそうでない人へとかも
 あるでしょう。声の大きい人から、小さいへとかも。)

でもまあ、ステレオタイプ的に、男から女に行われることが
多いので、mansplainなんていうかばん語が英語では生まれています。

これ、日本語では、ラベル付けも、範疇化も(今のところ)
行われていないなあと思うのです。

--

よく、ゲイの出会い系の自己紹介文に、
「普段の生活ではノンケです」
というようなことばが並べられていることがあります。

それには、「隠しているだけで、ノンケ活動している
わけではないんじゃないの?」とか「オッパブとか
行ったりするのかよ?」というツッコミが可能なのですが。

まあ、普段の生活で、「ゲイであることを隠して生活している」
ということを端的に表わすことばが無いので、
「普段はノンケです」と、どうしても書いてしまう人が
後を絶たないのでしょう。

これも、ニュアンスはかなり違うかも知れないのですが、
英語でいうdownlowっていうのにカバーされているところも
あるかなあとか思ったり。

downlowというのは、主にアフリカ系北アメリカ人や、
ヒスパニックの人々の間で、「普段はノンケとして生活していて、
でも、ときどきホモ活動をする人たち」のことを指しています。

アフリカ系北アメリカ人や、ヒスパニックの場合、
性的指向はゲイであっても、異性結婚して異性と家族を
築いていることが多いので、それは、日本の「普段はノンケ」
っていうのとは違うかも知れません。

でも、普段はゲイであることを隠して社会生活を行っている
という、downlowの中心義に関して言えば、共通していると
言えます。

そこから第二義的に、異性婚をして家族を作るか、
異性婚はしないけれど、同性愛者であることをとにかく
ひた隠しにするだけかという違いは生まれてくるでしょうが。

(ところで、既婚ゲイというラベルがありますが、これは、同性婚がもし
 法制化されたら、意味が大幅に変わってしまう可能性の高い
 ラベルです。)

--

中国語に、同妻(Tóngqī トンチー)ということばがあります。

https://www.vice.com/jp/article/kzn4av/chinas-tongqi-the-millions-of-straight-women-married-to-closeted-gay-men

事情は様々でしょうが、不本意に隠れゲイ男性の妻になってしまった
女性を呼ぶことばです。

この「同妻」の側からライフヒストリーが語られたりすることは、
日本では、(すでに行われているかも知れないけど)私はまだ見たこと、
聞いたことが無いなあと。

そもそもそんなラベル付けも、範疇化もほとんど行われていないように
思えます。

そんな同妻、未来の同妻に目をやることって、日本ではまだまだ
少なく、逆に、そんな「被害者」のことは考慮に入れずに、
同性愛男性に「異性婚をしろ」という、家族や社会からの
プレッシャーだけは存在するなあと。それはひいては、
「同妻」という被害者を作ることでもあるのだけれど、
それがほとんど意識されていないというのが日本の現状なのでしょう。

2020年2月10日

こんな鼻濁音もあるのか

前川守賢 - 遊び庭(あしびなー)
https://www.youtube.com/watch?v=nf3Zh245Er0

今日のRBCiラジオ、「民謡で今日拝なびら」で、
出演者は、座喜味米子さんと、前川守賢さん。
(民謡で今日拝なびら | RBCiラジオ | 2020/02/10/月 16:00-17:00  http://radiko.jp/share/?sid=RBC&t=20200210160000

最初の曲、前川守賢さんの「遊び庭」を掛けた後に、

♪あしびなーに んな ゆてぃくー♪
(遊び庭に 皆 寄って来い(集まって来い))

の「んな」は、「んな [n̩ˑna]」であって、
「'んな [ʔn̩ˑna]」ではないって前川さんが
説明しているんだけど、

それに、座喜味米子さんが、「鼻濁音の「ん」ですね」
って応じていて、

「それを鼻濁音って呼ぶこともあるのか!」と
ちょっとびっくりしました。

じゃあ、声門破裂音がある[ʔn̩ˑ]の方は、
何て呼ぶんだろう。

正確に定義されるべき音声学用語ではなく、
市井の人たちの間で使われている言い方に
ちょっと興味を持ちました。

2020年2月11日

自分をカテゴリーに入れたり、他人を別カテゴリーで排除したり

こんなツイートがあった。

DJ Karaage粉 @adisomak 『パラサイト』のアカデミー賞受賞について「アジア人として誇りに思う」ってツイットを複数目撃したけど、作品が評価されたことに、なんで急に「アジア人な自分」がのっかれちゃうんだろ。功績のある人は無理やりでも「日本人」にしたがる心性と同じで、自分が線を引ける側だという傲慢さにゾッとする 午後2:57 · 2020年2月10日·Twitter for iPhone
DJ Karaage粉 @adisomak 「手柄」をあげたことに対して一斉にむらがる感じとか、「同じ◯◯人としてうれしい」とか言い出すの、ほんとにちょっと考えてほしいわ。逆に犯罪をおかした人なんかは、被疑者の段階でわざわざ外国籍の本名を報道したり平然とする社会だから気持ち悪いっつってんです。「日本人」、何様なのよ。 午後5:18 · 2020年2月10日·Twitter Web App

人は、誰かが何かいいことを成し遂げたときに、
自分も同じカテゴリーに含めることができれば、
そのカテゴリーを強調したりする。

今回のパラサイトでのオスカー受賞者を
「同じアジア人」と言ってみたり、

ノーベル賞を受賞した、
日本に起源を持つが、現在は米国籍の人を
「日本人」と、誤った呼び方をして
括ったりする。

他方、犯罪者などは、本当に在日コリア人だったとして、
本名を暴いてみたり、

コリア系ではない人を執拗に、「在日」呼ばわりしたりする。

--

私が以前アラスカで、インディアン言語の調査をしていたときには、
私に好意を持っている人は、「お前はインディアン dinehだ」と言い、

それほど好意を持っていない人は、「外人(白人) nǫǫdlee」と
言ったりしていました。

これも、似たようなメカニズムによるものですね。

2020年2月29日

ことば3題

1.

象は鼻が長い―日本文法入門 (三上章著作集)
Amazon.co.jpによる
詳細はこちら: https://www.amazon.co.jp/dp/4874241174/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_U_udHwEbTR6YB5P

という本があります。

「二重主語文がある言語」があるという風に言われたりします。
そして、それが無い言語もあると。

日本語の様にそれが「ある」言語では、「象」と、「鼻」を動詞の
二項のように表現できるが、

「無い」英語などでは、

Elephants' trunks are long

みたいに、工夫して一項にしないといけない、と。

ところで、最近上記の「象は鼻が長い文」ではなくて、
「象は長い文」っていうのがあるように観察しています。

この、「象は長い文」は、
「象は鼻が長い文」を持っていない言語でも
観察されます。

ちょっと脇道に逸れますが。

「big in Japan」
http://bit.ly/38fIQWs

というのは、世界の他の地域では売れていないけれど、
日本でだけ売れているミュージシャンを指す
表現だそうです。

これ自体は、「象は長い文」ではないです。

他方、これをモジったTシャツなどが出回っています。

https://www.google.com/search?q=huge+in+japan&client=safari&rls=en&sxsrf=ALeKk03Pe3wUTNTIuToqu9E7rTELShqf6w:1582960977506&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=2ahUKEwjlqoeWnfbnAhXYQN4KHS_0Cp8Q_AUoAXoECA0QAw&biw=1138&bih=735

「I'm huge in Japan」

これは、「象は長い文」と解釈すると
理解ができます。

「鼻が」の部分が表現されずに
ほのめかされているだけです。

でも、わかる人が多いでしょう。

漢字で「巨◯」なんて書いてあったら、
「まんまやん」ってなわけで。

標準英語ではなく、
ハワイ・ピジン英語という名前の
クレオール語での例があります。

https://books.google.co.jp/books?id=QAcJSXpYoucC&pg=PP171&lpg=PP171&dq=small+petoot+pidgin+max&source=bl&ots=uWuHygAJmr&sig=ACfU3U2V3Ciik9n_P8m-amp6rcLBrVY-tQ&hl=ja&sa=X&ved=2ahUKEwjEw4ijoPbnAhVZyosBHTCIB-UQ6AEwAXoECAkQAQ#v=onepage&q=small%20petoot%20pidgin%20max&f=false

3コマ漫画のなかで、

「Oh dat Warren! He so small petoot」

という例があります。

「あぁ、あのウォーレン!あいつは小さいよ」

という、「象は長い文」になっています。

2.

次は、今週のラジオからです。

直ぐに書かなかったので、月曜日までしか
radikoには残っていないので、
申し訳ないです。

TOMAS presents High School a Go Go!! | TBSラジオ | 2020/02/24/月 21:00-21:30 http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20200224210000 #radiko

https://www.tbsradio.jp/459080

母語情報、言語背景も分かりませんが、
この番組の中で、少なくとも2人の人が
あるフレーズを面白い感じで発音しています。

「エンターテインメント集団」

なんですが、

/エンター/ /テインメントシュ]ーダン/

「高低」で書けば、
/エンター/ /テインメントシューダン/
/低高高高/ /低高高高高高高 低低低/

規範的には、

/エンターテインメントシュ]ーダン/
/低高高高高高高高高高高 低低低/

となるところですが、

2人の人が、/テイン/のところで、/低高高/と
発音しています。

この/低高/というパターンは、「句」の始まりを
示すと、通常説明されているものです。

ということで、その前に「句切れ」があるように
感じられるようになっています。

(この「句」というのは、統語論上の句ではなく、
 音韻論で、イントネーション等について論じるときに
 使われる用語で、いろいろな人が様々に呼んでいて、
 誰もが分かる、定番の術語はありません。)

--

「特殊犯罪」

という複合語があったときに、
これは通常の複合語的なアクセントパターンを採って、

/トクシュ ハ]ンザイ/
/低黙高  高 低低低/

となります。

これに、「集団」を後続させると、

/トクシュ ハンザイ シュ]ーダン/
/低黙高  高高高高 高  低低低/

と1句にしてしまうか、

/トクシュ/ /ハンザイ シュ]ーダン/
/低黙高 / /低高高高 高  低低低/

と、/ハンザイ/(/低高高高/)の前に句切れを
入れて、2句にするかは、揺れがあるでしょう。

しかしながら、「特殊」と「犯罪」の間に
句切れが入ってしまうのは、両者が元々
複合語であるにしても、それぞれを分けても
語として独立して存在できるものであるので、
それほど「変なこと」ではありません。

他方、

/エンターテインメントシュ]ーダン/
/低高高高高高高高高高高 低低低/

と1句で発音するか、

/エンター/ /テインメントシューダン/
/低高高高/ /低高高高高高高 低低低/

と2句に句切って発音するかは、
「特殊犯罪集団」が2様に発音されるのと
同様の現象だとは思うのですが、

こちらの例での問題は、
英語からの外来語「エンターテインメント」
が日本語の中では、「エンター」と「テインメント」との
間で、「意味を持つ単位」の切れ目としては
切り様が無いということです。

この現象は、音韻論的「句」の「句切れ」が
必ずしも、直に意味に関与はしないということの
証左になってしまう可能性があります。

3.

以前、ラジオを聞いていたときに、
どうやら出演者が

「アザーズ」

と言おうとしていたものが、
どうしても

「アズアズ」

に聞こえてしまうということがありました。

音素的に書けば、

/aza:zu/

/azuazu/

で違った分析をされるべきものですが、
よくよく「内省」すると、

音声器官の動きは、ほとんど同じで、
ただ、動くタイミングが違う可能性が
あるものだと考えられます。

/aza:zu/

には、母音音素/u/が含まれていませんが、
母音音素/u/、すなわち異音としては[ɯ]の
構えは、それが円唇母音でないことも手伝って、
/z/から/a/に移行する途中、瞬間通過している
と考えることもできます。

2020年5月31日

Is this musical passage offensive to you or not?

Can you sing:
コレ歌ってみてください:

la la la la so _ so _ | mi _ mi _ so ____ |
ララララ ソ _ ソ _ | ミ _ ミ _ ソ ____ |

What do you think of this musical passage?
この節に何か思うところはありますか?

Margaret Cho said:
マーガレット・チョーは以下のように言いました:

"When you're Asian and you hear this, you know you're fxxxed."
「あなたがアジア人で、コレを聞いたら、ヤラレたと思うでしょう」

For some people, it is a musical passage with the connotation of
ethnic discrimination towards Asian people.
何割かの人にとっては、コレはアジア人への差別の
含意を持った節でしょう。

Some people would think it sounds Asian, but don't take it
offensively.
他の何割かは、コレはアジア的だと思うけど、差別とは思わないでしょう。

Carl Douglas Kung Fu Fighting (Original Music Video)
https://www.youtube.com/watch?v=bmfudW7rbG0

has it dispersed everywhere during the song.
Kung Fu Fightingは、この節回しをそこいら中に持っています。

SUPER BUTTER DOG - FUNKY OOLONG TEA
SUPER BUTTER DOG - FUNKY ウーロン茶
https://www.youtube.com/watch?v=IoaMgdmFyAQ

does NOT exactly have the same musical passage,
but it has something similar to it.
FUNKYウーロン茶は、この節そのものを持ってはいないけど、
似た節回しを持っています。

It goes:
こんな感じ:

la la la la so _ so _ | mi _ mi _ re ____ |
ララララ ソ _ ソ _ | ミ _ ミ _ レ ____ |

It sounds like a tribute to the passage.
コレは、トリビュートのように聞こえます。

I am NOT offended. But I feel ill at ease.
差別されたと即思うわけじゃないけど、なんか居心地が悪いです。

It is not exactly same as:
コレは、以下と全く同じなわけではないけど:

la la la la so _ so _ | mi _ mi _ so ____ |
ララララ ソ _ ソ _ | ミ _ ミ _ ソ ____ |

But it reminds you (some of you) of it.
でも、想起させられる人もいるでしょう。

It's like an Asian person called Ching Chang Chong by
a non-Asian person.
これは、アジア人が外国で、「チン・チャン・チョン」って
呼ばれるのに似ています。

Haefelin, Sandra "Bullying in Germany: Ching Chang Chong (in Japanese)"
ヘフェリン・サンドラ「イジメ・ドイツ版(チン・チャン・チョーン!)」
http://half-sandra.com/column/2012/02/09/685.php

Ching Chong (Wikipedia in English)
英語版ウィキペディア「Ching Chong」
https://en.wikipedia.org/wiki/Ching_chong

When I shared my ideas about this with my partner
he denied it completely.
私が、この考えをパートナーにシェアしたら、
全否定されました。

I know how it worked with him (and with me).
どうしてそうなったかはわかっています。

When it comes to the signified (as opposed to the signifier)
of a sign and its associative,
he generally is very cautious.
ある記号の(記号表現と対をなす)記号内容とまたそこから広がる
連想の話になると、彼はとっても慎重です。

One day, a gay guy shared a picture of rainbow
on Twitter.
ある日、ゲイの男性が、Twitterで、
虹の写真をシェアしました。

I promptly imagined that he wanted to share the picture
of rainbow because it is a symbol of LGBT on top of
its beauty.
私は瞬間的に、その人が、虹が綺麗だったからだけではなく、
虹はLGBTのシンボルだからシェアし他のだと想像しました。

When I shared my thought with my partner,
he readily denied my "association" of rainbow and LGBT.
その考えをパートナーとシェアししたら、
その虹とLGBTとの連想は、即却下されました。

He remarked that the sharer shared the picture
only because it was beautiful.
彼は、その人は虹がきれいだったから
シェアしただけだと主張しました。

Being cautious is good in some ways.
慎重なのは、様々な場合においていいことでしょう。

On the other hand, my prompt association of "signs"
can be good in some ways, but can be wrong sometimes.
他方、私の「記号」に対する即応的な連想は、
いい場合もあるし、間違っている場合もあるでしょう。

In any case, I should be cautious about
sharing my "association" to my partner.
いずれにせよ、この手の連想を、パートナーと
シェアすることに関しては、慎重にしておいた
方がいいでしょう。

2021年1月28日

ことば3題

1. 私の学部のときの指導教官E教授は、「ヴ」を書かない人でした。

理由はというと、日本語の中で、現在はもちろんまだだし、
近い将来にも、音素/v/が確立することは無いだろうという
予測に依ります。

音素/b/には、代表的な異音に[b], [β]があり、後者と、
新参者の/v/ [v]の棲み分けがなかなか難しそうだというのは
想像に難くありません。

私はというと、できるだけ「ヴ」を書かないようにしているのですが、
最近はちょっと柔軟化して、「必要があるときには」「ヴ」を書くように
しています。

ところで、最近、ミニマルペアの候補を見つけてしまいました。

ブログ(blog)と、ヴログ(vlog)。

これらは発音し分けられるのでしょうか。

外国語がおできになる方達の中には、発音し分けていらっしゃる方も
いるでしょう。

でも、それを他の日本語母語話者が、どの位のパーセンテージで
聞き分けることができるのかは、それこそ、多くの人を掻き集めて
実験してデータを集めることができる課題です。

その際、「[b], [v]が聞き分けられるか」を調査していることを
できるだけ悟られないようにして、でも、そこがピンポイントに
分かる実験をするのがいいでしょう。

発音し分けられるかどうかのテストは、どうしたらいいものか。

ともあれ、「聞き分け」のテストの方も、
多くの日本語母語話者が、聞き分けることをし損じるのではないかと
想像しています。

--

発音し分け、聞き分けができないとなると、ヴログの方は、
「ヴィデオのヴログ(ビデオのブログ)」とか
「動画のブログ」とかあるいは「ウに点々のヴログ」
とでも補わないと音声言語では通じなくなるでしょう。
あるいは、「ヴ」にプロミネンスを置いて[v]を強調して、
「ブログじゃなくてヴログ」とでも言うか。

他方、書き言葉としては、書き分けがそのまま使えるかも
しれません。

--

閑話休題。男性のおっぱいのことを「雄っぱい」と
書きはじめた人たちがいました。

当初は、そう書いても「おっぱい」と読ませようと
したのだと思います。

でも、今では、「おすっぱい」という発音が
定着してきています。

「雄っぱいがおっぱいになってきちゃった」と
書いている人がいました。
より大きめに、より柔らかめに変化してきた
ということかな?と想像しました。

--

他方、「男の娘」(おとこのこ)は、書き言葉としては
定着しまくっていますが、

こちらは音声言語で「言い分ける」方法が生まれ出てきて
いないように思えます。(例えばアクセントとかで)

おすっぱいとは違って、これは書き言葉では分かられるけど、
口頭で言っただけでは使えないという片肺飛行の状況が
続きそうです。


2. スマートホンを縮約するとき、多くの人はスマホと
言いますが、「スマホー」というのも見かけます。
Google検索しても、Twitterで検索しても出てきます。

以下は、憶測でしかありません。

どうして「スマホー」になったのか。

これは、「スマートホーン」から、2モーラずつ切り取って
つづめた「スマホー」だとは思えません。

なぜなら「スマートホーン」あるいは「スマートフォーン」と
多くの人が言っていた時期があるようには記憶していないからです。

(他方、iPhoneは、「アイホン」、「アイフォン」、「アイフォーン」
 などのバリエーションがあるでしょう。)

となると、なぜ「ホー」と長いのか。

一般には、「スマホ」とつづめられていますが、
これは、2モーラ+1モーラの刈り込みになっています。

それを、2モーラ+2モーラにした方が
安定感が増すと感じる話者がいて、後半を「ホー」と伸ばして
「スマホー」にしたのかな?というのが私のワイルドな憶測です。

--

3. 「今日ボロカスに俺のこと言われてワロタ」という
ツイートがありました。

「言われていない」項を補うと、

「今日俺は(不定者)にボロカスに俺のこと言われてワロタ」と
なるでしょうか。

多少不自然なのは、そもそも「言われていない」項は、
文脈、状況から分かられるもので、それを無理やり補おうと
すると、いびつになるということでしょう。

ともあれ、これは、大括りでは、ボイス的には
項が増える間接受動(被害の受身)でしょう。

その中でも再分類する人は「所有受身」と呼ぶものに
属するかもしれません。
(所有と言っても「俺の頭」とか「俺の腹」ではなく
 「俺のこと」なので、「俺」そのものなのですが。
 また、やっぱり通常の所有とは違うので、「頭」、
 「腹」で間接受動は作れますが、「俺の」を言わず
 「こと」だけで間接受動は作れません。)

これが直接受動でないのは、「俺のこと」の
「のこと」という延長部分が、「俺」が主語でないことを
標示しているので分かります。

他方、

「今日(俺は)ボロカスに俺のこと言われてワロタ」

という間接受動文は、

「今日俺はボロカスに言われてワロタ」

という直接受動文と、意味的にはほとんど同じように
思われます。

となると、「のこと」で、直接受動文を
間接受動文に変換することが、機械的にできる場合が
他にもあるかもしれません。

「俺はあいつに好かれて超迷惑」

「(俺は)あいつに俺のこと好かれて超迷惑」

この場合括弧内を消さずに言うとして、

「俺はあいつに自分のこと好かれて超迷惑」

の「自分」は、「俺」とも「あいつ」とも同定できる
ので両義的になってしまうので、「再帰化」はここでは
使わない方がいいでしょう。

受害ではなく、受益も同様な変換ができるでしょう。

「俺はあの人に覚えてもらって超嬉しい」

「(俺は)あの人に俺のこと覚えてもらって超嬉しい」

--

「今日(俺は)ボロカスに俺のこと言われてワロタ」

「(俺は)あいつに俺のこと好かれて超迷惑」

(受身じゃないが)

「(俺は)あの人に俺のこと覚えてもらって超嬉しい」

どれも、「俺は」と、「俺のこと」の両方を言うのは
余剰的に感じられて、どちらか片方しか表出しないのでしょう。

その際に、「俺は」ではなく、「俺のこと」を選ぶのは、
被動者性の方が重要だからなのか。

--

「のこと」で、直接受動文を間接受動文に
書き換えることができると、勇足で断じましたが、
できない場合もあるでしょう。

「俺は強盗に殺された」

「*強盗に俺のこと殺された」

「殺す」のような他動性の高い述語の場合は不可能のようです。

でも、irrealisみを加えると言えるかもしれません。

「俺は強盗に殺されそうになった」

「強盗に俺のこと殺されそうになった」

まとめると

・「のこと受動文」は直接受動文と間接受動文の橋渡しになることがある。
・「は(が)」ではなく「のこと」の方を表出するのは、被動者性の方が重要だからである。
・他動性が高い述語の場合、「のこと」による橋渡しはし難い。
・でも、irrealisみを加えると、「のこと」による橋渡しができる場合があるかもしれない。

赤いサイレン考

https://twitter.com/shine_sann

の2021/1/27 15:03 JSTのツイート

国旗売りの少女 「国旗、国旗はいりませんか」 ところが国旗は売れません。 「寒い...。そうだわ、この国旗を燃やせば...」 少女が国旗を燃やすと、火の向こうに赤いサイレンをつけたパトカーが透けて見えました。少女はパトカーに乗り、暖かい屋内で一晩を過ごしましたとさ。めでたしめでたし。

ストンと入ってくる小話ですが、私は、

https://twitter.com/nobusik

2021/1/27 16:12 JSTのツイート

「赤いサイレン」ってのが面白い。赤いのは回るランプ。通常の日本語では名前が無い。ろう者だったらパトライトって言うだろうけど。サイレンは音ですね。でも大体両方とも一緒に発生するから、一つのものとして認識されている。

と書きました。

ブッポウソウとコノハズク、冬虫夏草のように、
別々なものが、「1つのカテゴリー」で
認識されているという例ですね。

赤いのは、ぐるぐる回るランプで、
一般人の日本語では、命名が欠けている。

「パトカーの赤いランプ」

と説明的に言われたり、

「サイレン」

と言われたりするでしょう。

ろう者だったら、家庭に、
呼び鈴が押されたときに光る
同様のランプを設置している場合があるので、
それは「パトライト」と呼びます。

他方、「サイレン」と言うのは、
音の方ですね。

音とぐるぐる回る赤い光は
別なものなんだけど、
同時に見聞きすることが多いので
ひとまとめに認識されている。

2021年2月13日

ことば2題

1. Devil's Advocate

家人が、割とdevil's advocateで、
僕が思い込んでいることを、
「そういう解釈だけじゃないんでね?」
と気づかせてくれることも多いので、
ありがたいときは多いのだけれども。

それが的外れなこともあるなあとか。(笑)

2020.12.31の我がツイートから。

洗濯機でクズをとるやつを、多くの人が共通で呼ぶ呼び方が無いなと思って、それは、以前名前が無かった「プチプチ」みたいだなと思ったら、家人が「一つの名前に決まっているものなんてそうそう無いでしょう?」と。あー、取り敢えず反論してみるdevil's advocateなのねー、みたいなw

いやー、誰に聞いても、少なくとも関東(東京)共通語圏の
話者なら、ほとんど1つの答えで帰ってくるものあるでしょう。

「鍋」とか。

でも、それがそもそも記号内容(シニフィエ)に対応する
記号表現(シニフィアン)命名が定まっていないものがあって、
1980年代に我が指導教官世田谷のE先生は、
「クッキーの缶のクッキーの上にある、気泡がたくさん入っている
プラスチックのシート」は、もちろん業界では名前があるだろうけど、
我々一般人には、共通した名前が無いと指摘していました。

今では、それはプチプチと呼ばれたりすることがありますが、
でも、我が90代の父に「プチプチ」って言っても
通じないと思います。

そういう意味では、洗濯機の中で、「クズを取るやつ」は、
もちろん業界では専用の名称があるだろうけど、
我々消費者の間では、共通した名前で呼ばれていないんでは
ないかと思ったわけです。

名前が無いもの、名前が1つに決まらないものの方が
例外的でしょう。

ということで、それにdevil's advocateしちゃった家人は、
ちょっと勇足だったかな、と。

閑話休題。

もう1つ、家人のdevil's advocateを。

2021.1.30のツイートから

アイナ・ジ・エンド - 金木犀(歌詞)https://uta-net.com/song/295882/ ♪まぐわいの後の一刻に♪の「まぐわい」を聞いてワーワー言ってたら、家人が、「のぶさんが思ってる意味じゃないかも知れないよ!」と。いやー、そこはそう意味が拡張したりしにくいものでしょう。なんでもdevil's advocateしないで!w

「まぐわい」ね。まあ、何らかの比喩的なテクニックで
意味を拡張したり、ずらしたりすることができないと、
完全に否定することはできないけれど、

この作詞者は、わざと、「セックス」とど直球に言う代わりに、
ちょっと古語めいた「まぐわい」とずらすことで、
「セックス」に伴う連想などを逆に減じたのでは無いかなと。

ネットだとそれは、「セックル」と言ってみたり、「セクロス」と
言ってみたり、「セッセセ」と言ってみたりするという
新たな造語によるずらしをすることが多いと思うけれど、
それを古語ちっくな「まぐわい」としたところは、
詩人たる作詞者の工夫だったのではないかと思いました。

この場合はむしろシニフィアンの方をずらすことによって、
シニフィエを固定したのではないかと、今となっては思います。


2. 大阪方言

最近、ラジオで大阪方言の様々な変種を聞く機会があリます。

「大阪方言」と言っても、大阪で、大阪の
オーディエンス向けに喋っている時と、

東京あるいは全国ネットの番組で、
広い地域に散在するオーディエンス向けに喋っている場合とでは
違いがあるとは思うのですが、

後者の場合でも、中高年の「全国向け大阪方言」と、
二十歳前後の若いアイドルの「全国向け大阪方言」では、
後者の方がより関東(東京)共通語の影響を受けていると、
全くの部外者な私でも感じるところがあります。

どこが?と言う話は、今後ネタとして使わないとも限らないので、
今はバラさないでおきます。

2021年4月10日

またまた心に移りゆくよしなしごとら

1. 女装名
女装名のみならず、ラジオネームとかどんどん思い浮かぶんだけど、
そんなに沢山思いついても、使いようがない。

そもそも、女装の方は、「仮装」そのものがめんどくさいので
女装をするわけもなく。

ハロウィーンで仮装するのでさえ、留学してたとき1回ぐらいだし、
ものすごくおざなりなものだった。

基本、変身願望が無いんだよね。めんどくさい。w

で、過去から最近まで思いついた女装名。

あたおかルリ子
あたおか雪路
あたおかめぐみ
奥豚江
アNAニータ・アNAルバラード
等々

2. ティ、テイ、テーなどの流動性
ティ/ti/、テイ/tei/、テー/tee/
なんかは、カナの綴り方も含めて、
1つから他のに移行することが
多いなあと思っています。

最近ラジオで聞いた傑作は:

ディティール/ditiiru/

定番は:

パーテーション/paateesyon/
サスティナビリティ(ー)/sasutinabiritii/

3. 名前を呼ばないこと
某同僚さんと、他の某同僚さんを、
以前はイニシャルで呼んでいたりしたのだけど、
この前その人のイニシャルで話題にしたら、
それに対応する返信がありませんでした。

さらにレベルがアップして、
話題にもしたくなくなっちゃったのね。みたいな。

名前、イニシャルどころか、話題にも一切したくないと。
わかりみ。です。

4. 推し
「AはBの推しだ」
というときに、

A=ファン
B=アイドル

というのが多いケースだと思うけど、

A=アイドル
B=ファン

というケースも見かける(耳にする)ことが
あるなあと察知しております。

5. トルコ語
先日、夜のラジオ番組に
言語学者だと名乗る在邦外国人大学教師の方が出ていて、

「トルコ語と日本語は同じ系統なので、
 トルコ語は日本人には学びやすいです」

とおっしゃっていました。

あのー、少なくとも日本では、系統関係云々の
同系説を唱える人は、言語学徒の主流派にはいないと思うんですけど。

「アルタイ型」という類型的分類、
あるいは想像を逞しくした言語類型地理論的な分類は(cf. 橋本萬太郎)
ありえると思うんだけど、それは系統とは呼ばない。

6. 羅列の「の」
「プロフは、マグロのバリウケの真性◯茎です」

とプロフィールに書いている人がいた。

この「の」による連体句を連ねていくっていう方法、
結構見かけるなあと思って。

厳密な意味で、前の句が後ろの句を限定していると
いうわけではなく、(そうとってもいいですが)

単に、羅列するのに使われる「の」があると
思われます。

他方、
「プロフは、マグロでバリウケで真性◯茎です」
というふうに、「で」による連用句を羅列していく
やり方もあると思うんですけどね。

この場合の「で」は、どちらかというと
格助詞というよりは、コピュラの「だ」の連用テ形ですね。

「の」で羅列するより、くどくなる感じが
あります。

「の」というのも、
コピュラの「だ」の連体形と考えることもできます。
(「だ」は形容動詞の末尾の場合は連体形で「な」になります。)

7. キショガり
G界隈の社会方言で、

GMPDあるいはゴリマッチョ系がお好きな
方々の側から、

ガリガリのことを見下して

「キショガリ」(気色悪い(キショい)ガリガリ)

と呼ぶ慣わしがありますが、

気色悪がるという意味で、

「キショガる」

っていうのもあるなあと。その連用形は

「キショガり /LHH]L/」

で、先の

「キショガリ /LHHH=/」

とアクセントで区別できるなあ、と。

2021年6月 1日

久しぶりによしなしごとら

1. カテゴリーを作ってマウントする

ゲイ界隈でも、カテゴリーを作ってマウントをとってくる
人たちがいます。

細い体躯の人たちを「キショガリ」(気色悪いガリガリ)と
呼んで貶めたりします。

そりゃあなたは、ムキムキバディーや、ガチムチポチャデブ(GMPD)系とか
そこまで行かなくても、ちょっとムチっとした体型が好きなのかも
知れないけど、

ゲイ界隈だって、ほっそーい子たちが好きな人たちもいるんです。

でも自分たちの好みが、「多数派である」かのような、
「王道であるか」のようにして、細い人たちを貶める。

細い人たちの中には、自分の体型が好きだと思っている人もいるけど、
上のような「主流派」然とした態度を内面化しちゃって、
「キショガリですいません」的なことを書いたりする人がいる。

それって、全然必要無い卑下だと、僕は思います。

--

他にも、皮切りクリニックの喧伝によって
日本人の主に男子の間に植え付けられた
ホーケー・コンプレックスがあったりします。

--

他にも、またゲイ界隈で、短髪至上主義的な人らがいて、
前髪を下ろしている人たちを、「前髪系」として
貶めていたりします。

これも、それこそ「前髪系」が好きな人たちもいるので、
1つの物差しだけで、全てが決まるものでは無いです。


2. 手話を見られたくない聴覚障害者

手話を見られたくない聴覚障害者というのがいると
最近知りました。

それは、手話が第一言語であるろう者ではなく、
日本語コミュニティーと、手話コミュニティーの
両方に属しているような、難聴者とか、中途失聴者の中に
いるとか。

周りが聴者ばっかりの場面で「場所をわきまえなさい」と言って
手話を辞めさせようとしたりするらしいです。

その辺りのメンタリティーって、ゲイ・バイセクシュアル界隈の、

「普段はノンケです」とか
「ホゲてる人無理です」とか
「(ゲイコミュニティーに)染まっている人無理です」とか

書いたり、言ったりする人と似たような状況かも知れません。

それはそれで、ご自分の立ち位置として設定してらっしゃるんでしょうけど、

それはそれで、ろうコミュニティー、ゲイコミュニティーに違和感を
持っていない人たちにまで、押し付けてくるな!とは思います。


3. 自分から遠いカテゴリーの等質性を断じること

温又柔さんのツイートから:

https://twitter.com/WenYuju/status/1399124392609607680?s=20

耐えられないので呟く。痴漢が捕まった、と報道があっても、男性は全員痴漢だ、とはならないよね。それなのに、女子トイレに入った男性が捕まったと報道があるとすぐさま、トランスジェンダーは"犯罪者予備軍"と決めつけて排除しろと言いだす人たちがどっと増える。明らかに不均衡だ。理性を保とう。

自分が属する、あるいは身近なカテゴリーに関しては、
多様性を肌から感じて知っているけれど、

自分にとって、遠いカテゴリーのことは、
なんとなく「等質だ」と思ってしまうことは、
人間の性質として、よくあることなんだと思う。

だから、私が、16歳で米国に1年間留学する前の
YFUのオリエンテーションでは、

「あなたは、日本人の代表として恥ずかしくないように
 振る舞いなさい。周りの人々は、あなたを見て、
 『日本人とはそういうものだ』と感じるのだから」

と教えられ、叩き込まれました。

私は、米国の1年間で、そんな「日本人の優等生」を
演じられたかどうか、かなり心許ないですが、

でも、それは、「よく知らない部類の人々は、みんな等質だと
思われる」という世のことわりに対する、前もっての対策だった
んだと、今では思います。

それは確かに、起こしてしまいがちな心の動きなんだけど、
温又柔さんは、(多くの情報に囲まれた現代人なんだから)
そこは、理性で考えて修正しましょうよ。と言っているのだと
思います。


4. 聖書を人を裁く道具にする人について

キリスト教徒自認のある人の中に、
聖書を人を審く道具にする人が
結構多いことは、日々感じることです。

その人たちは、

イ. 審判するのは、イエス・キリストのみである
ということをちゃんと教わっていないんでしょう。

ロ. 聖書に枚挙にいとまがない罪状書きの数々は、
自分が痛み悔いるための道具、自分が行動パターンを修正する
道具でありこそすれ、人間には、他人を断罪する権能など
無いことを忘れてらっしゃる。

ハ. もしかしたら、教会によっては、教役者が、他集団に関して
「あの人たちはこんな罪を犯しています」という
説教をすることがあって、それを内面化し
真似しているのかも知れません。

ニ. それはひいては、その教会、教団の「自分たちだけが
神に選ばれている」という選民思想に繋がるのかも知れません。
(他宗教、他教派の人たちは地獄に行くと教えている
 ところもあるやに聞きました。)

それって、かなりイタいし、悲しいですよ。
全然、キリスト的でない。

とはいえ、上のような「判断」を、誰かに面と向かって
投げかけたとしたら、私もやっぱり審判し、断罪している
ことになるので、具体的に、そのようなことをすることは
自重します。


5. サマリヤの2人

善きサマリヤ人は、ユダヤ人からは蔑まれていたサマリヤ人で
ありながら、強盗にあった人に対して、
見て見ぬふりをしたユダヤ人たちと違って、
金を出して、宿屋の主人に介抱してもらうようにしたので、
その強盗の被害者の真の隣人は、ユダヤ人ではなくて
むしろそのサマリヤ人です。的な寓話として
使われるのですが。

それって、ゲイって、実は、

「芸術的センスがある人が多いよね」
「ファッションセンスがある人多いよね」
「外国語できる人多いよね」
云々

というのに似ているなあ、と。

普段蔑まれるゲイだけど、「こーんなにすごいところが
あるじゃん」的に言われて、「だから差別やめようよ」
と結ばれる。

いやいや、そういう時に語られる「すごいところ」を
全く持たないゲイだって沢山いるんですよ。

そういう人たちはそういう論法では救われない。

他方、聖書のサマリヤ人には、

井戸のところでキリストに出会って、
キリストがその女の過去を言い当てたことによって
イエスがキリストであることを信じ、
他の人たちにも伝えたという話も出てきます。

こちらは、その女の人間としての優れた点ではなく、
「信じた」というその一点で、現代まで讃えられています。

あ、ゲイの人たちに、「キリストを信じなさい」とは
言っていないですよ、私。

そうじゃなくて、何か優れた点をあげて、
普段見下されている人たちを引き上げようとするのは
辞めましょうよ、っていう話です。

ありのままで、お互いに違いを認め合うというのが
現代の人権が尊重される社会です。


6. おと、をかし。陰キャのめざめ。

[Alexandros]の川上洋平さんの、「おと、をかし」
というラジオ番組が去る4月から始まりました。

その「おと、をかし」は、古文の「いとをかし」を
もじったものです。

平安時代のアクセントパターンは知りませんが、
現代日本の、少なくとも東京共通語圏では、
「いとをかし」は/高]低/ /高]低低/と発音されます。

「おと、をかし」を川上洋平さんは、「いとをかし」と
同じアクセントパターンで、/高]低/ /高]低低/と発音されて
います。「音」は単独では/低高]/なのに、そちらではなく、
「いとをかし」の方のアクセントパターンが強く影響しています。

--

「インカのめざめ」というお芋さんがありますが、それを
もじって、「インキャのめざめ」というハンドル・ネーム
ラジオ・ネームを使おうかと思ったのですが、
すでに、検索すると多数出てくるので辞めました。(笑)

「インカのめざめ」のアクセント・パターンは、
/高]低低低低低低/あるいは、/高]低低低/ /低高高]/
でしょう。

「陰キャ」は単独では、/低高高=/だと思いますが、
「インキャのめざめ」にすると、そのアクセント・パターンは
上書きされて、/高]低低低低低低/あるいは、/高]低低低/ /低高高]/
となりそうです。


7. 数十年前と今とで意味が変わったもの。

「ED」
永大産業に、永大ED工法ハウスというのがありました。

今だったら、「建つものも建たねーよ」とか言われそうです。

あと、アニメなどのエンディング曲もEDと書かれますね。

「ニート」
松原みき - ニートな午後3時
https://youtu.be/3fLRmHFHdGQ

これは、今のNEETという意味ではなく、
英語のneatの意味ですね。

「ポロリ」
NHKおかあさんといっしょに、
ジャジャ丸、ピッコロ、ポロリというキャラがいました。

今の「ポロリ」っていう意味は当時は無かったんでしょうね。

「新型コロナ」
新型コロナと言ったら、数十年前までは、
トヨタの乗用車のブランド名でした。


8. 無声化しない大阪方言

ソフトクリームは、東京共通語では、[soɸɯ̥to kɯɾʲiːmɯ]的に
無声化しますが、

つい最近、ラジオで、大阪の芸人さんが、
[soɦɯto kɯɾʲiːmɯ]的に、第2音節を無声化させないどころか、
フの子音を、有声喉頭摩擦音で発音させてました。
聞く人によっては、「ソウトクリーム」と聞こえるかも知れません。

重鎮の漫才コンビの名前で
中田カウス・ボタンさんらがいますね。

あれも、カフス・ボタンの「フ」が同様に無声化せず、
却ってフの子音が、有声喉頭摩擦音で発音されることを
固定化させた名前ですよね。


9. 大人が耳で言語を学ぶということ

家人が、ブログで面白い記事を見つけたと言って、
https://nexseed.net/blog/kill/ (2021.6.1 閲覧)

そこに載ってた英文を発音してみせてきたんだけど、
どうも理解できない。

その話の元になったブログ記事は、
上のものです。

わからなかった英文というのが、
ブログ記事の最後の方の

He killed vodka only 2 seconds
「彼はウォッカを2秒で飲み干した」

この筆者は、本当にこう習得しちゃったのかも
知れないし、ケアレスミスでブログを書くときに
落としちゃったのかも知れない。

でも、前置詞が1つ欲しいところです。

中学1年生から、文法を積み上げないと、
こういう「喋り方」をしても現地で通用しちゃうし、
できた気になってしまう。

あのー、モンカさん、中学で文法を教えないとか
いうことが風に乗って聞こえてきたんですが、

母語獲得期を過ぎた中学生に、
言語素材を文字と音声だけで与えると、
こういうのを修正することができなくなりますよ。


10. 複数の's

どうやら、最近の日本の英語では、's(アポストロフィー・エス)を
複数形を表わすのに使うことがあるらしい。

バンド名で、

No Name's
Sometime's

というのがあります。

ほんちゃんの英語でも、
アルファベットの文字の複数を表わすときには

X's and O's
https://eow.alc.co.jp/search?q=x%27s+and+o%27s

と書いたりしますね。

でもやはり、アポストロフィーを使わない
Xs and Osもあるみたいです。
http://st.japantimes.co.jp/writer/english_sports/english_sports.htm?v=025

アポストロフィー・エスって、

・所有格
・is, hasの省略形

が基本ですからね。

ところで、デパートなどの衣服売り場などにある、
Men'sも、所有格ではなく、複数の標識だと
思っちゃう人がいてもおかしくないですね。

実際、日本語化したカタカナ語では、
メンズ「男(複数)」と言います。


11. スピッツさん

上白石萌歌の「スピッツ」呼び捨て発言が波紋...丁寧すぎる「さん付け」はむしろ失礼?
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/82675

ファンは、スピッツをスピッツと呼ぶけど、
同じ業界のタレントは、スピッツさんと呼ばなければいけないという
なんとなく言語コミュニティーの中で醸し出されてきている
規範意識なんですかね。

そういえば、通常、うちの大学で、他大学を話題にするときには、
「一橋」とか、「一橋大学」とか呼ぶわけだけど、
「一橋さん」とか言ってる人、たまにいますね。(笑)

何が正しい、何が正しくないっていうんじゃなくて、
多量なデータを精査したら、社会言語学的な分析が
できそうな題材ではありますね。


12. 配偶者を「嫁」と呼ぶ

松山ケンイチの発言に物議...「嫁」という呼び方アリ・ナシ論争は「言葉狩り」か?
https://bunshun.jp/articles/-/44916?utm_source=twitter.com&utm_medium=social&utm_campaign=socialLink

アリか、ナシかというより、
まあ、意識が言葉に現われるということですよね。

対等な異性カップルだと、パートナーと言ってみたり、
通称別姓にしていたら、苗字を呼んだりとか
できるだけ「主人」「嫁」「妻」的なものを
避けようとする向きもあります。

旧来の家父長的な「夫唱婦随」的なものとか、
「男はリードできなくちゃ」的な意識を持っているなら、
旧来の呼び方もふさわしいのではないですか?

意識が旧来のままだったら、言葉だけ変えても
意味は無いと思われます。


13. 2モーラフット(かーらーのー)1音節刈り込み

数週間前に、ラジオのSchool of Lockで、
「進路相談室」ならぬ、「しんどー相談室」というのを
やっていました。

しんどいことを、電話で話して相談できるという企画でした。

それが、「しんど相談室」ではなく、「しんどー相談室」に
なっていたのは、「しん」「どー」がそれぞれ2モーラフットに
なっていて安定しているからかな?と思いました。

syllabic abbreviation
https://forum.wordreference.com/threads/syllabic-abbreviation.3114750/

というweb上のページがあって、
他の言語の多くは、多音節語を1音節で切って、それを複合させる例が
たくさん上がっていて面白いのですが、

日本語だけは、2モーラで切られている例が上がっています。

ロシア語は音節で切って、繋げるというのをよくやりますね。

Mosgorkomsport
Moskovskij gorodskoj komitet po sportu
Moscow city committee on sport
モスクワ市スポーツ委員会)ってすごいですね。

だけど、防衛(oborona、単数属格 oborony)は、3〜4音節
残るんですよね。

Ministerstvo oborony Rossijskoj Federacii
Ministry of.defence of.Russian (of.)Federation
ロシア連邦防衛省

は略称:
Minoborony Rossii
Min-of.defence of.Russia
https://bit.ly/3i2Arhw

防衛は大事だし、obじゃ何だかわからないからですかね。


14. いとこの知り合いの牧師

いとこの知り合いの牧師さんは、隠れゲイで、
異性と結婚していたんだけど、
ときに、家の近所ではなく、県内の遠くの
ゲイバーに足繁く通っていたんだそうな。

まさに、そのパートナーは、中国でいうところの
同妻(トンチー)で被害者なんだけど、
でも、その牧師も、カムアしたら牧師として
やっているかわからないし、
疑いの目を逸らすためにも異性婚しなければならないしと
苦渋の選択だったのかも知れません。

亡くなった後、ゲイだったという証拠の遺品が
沢山出てきて、ご遺族はいたたまれなかったそうな。


15. 類別的(擬似)抱合

日本語では、動詞そのものの話ではなくて、
「する」を付ければ動詞になる名詞があります。
(それを動名詞と呼ぶ人もいますが、私は同調しません。)
動詞になる可能性を秘めた名詞ということで
原動名詞とでも呼びましょうか。

例えば、「運動」に「する」を付ければ、「運動する」に
なります。

そんな原動名詞の中に、
Donna GerdtsのIncorporationの記述の中に出てくる
https://www.sfu.ca/~gerdts/papers/GerdtsIncorporation.pdf

classifying incorporation(類別する抱合)に似たものがあります。
もちろん「する」が無ければ動詞ではないので、名詞抱合ではないですが、
類別子(classifier)的なものががあります。

大学に入学する

の、入学の「学」とか、

病院に入院する

の、入院の「院」とか、

電通に入社する

の、入社の「社」とか。

以前に、中国人の留学生に、
似たようなものは中国語に無いか?と尋ねたところ
無いと即答されてしまったのですが、
最近、見つけました。

新冠病毒疫苗: 常見問題解答(新型コロナウイルスワクチンQ&A)
https://www.mass.gov/doc/xinguanbingduyimiao-changjianwentijieda-1/download
(マサチューセッツ州の中国語(繁体字)のワクチン情報のようです。)

この中で、

接種疫苗「ワクチンを接種する」

は動詞句的で、

疫苗接種「ワクチン接種」

は名詞的でしょう。

日本語と同じ「接種」ですが、その「種」が類別子的ですね。

そして、日本語とは違って、「する」無しで動詞になりますから、
本格的な名詞抱合です。


16. コピュラ「だ」、「である」の尊敬語

これがかなり悩ましい。

「である」というのは、

で: 格助詞、あるいはコピュラ「だ」の連用テ形
ある: be, exist (無情物)

「である」の前に来る名詞は、有情でも無情でもいいが、
無情の「ある」を使って、「いる」は使わない。

「である」と「でいる」は別物である。

子供たちは元気である
Our children are healthy

子供たちは元気でいる
Our children stay healthy

「でいる」と言うと、どうしても「存在している」
ということが強調されている感がある。

このYahoo知恵袋のQ&Aによると
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1085016070

「である」の尊敬語は「でいらっしゃる」でいいように
書いてある。

これによると夏目漱石も

「あなたもお見受け申すところ大分ご風流でいらっしゃるらしい。ちと道楽にお始めなすってはいかがですと飛んでもない勧誘をやる」(夏目漱石 「坊っちゃん」 下宿屋いか銀のオヤジのセリフ)

と書いているらしい。

文豪も使っているし、これでいいのでしょうかね。

でも、どうしても、「でいらっしゃる」は、
「である」ではなく、「でいる」の尊敬語のようにも
思えてしまう。

他方、Weblioにはこうある。

https://bit.ly/3uEuyd1

「であらせられる」だそうだ。

「られる」だけでなく、「せる」も尊敬用法があるんですね。

でも、なんとも仰々しい。

ということで、しかたなく「でいらっしゃる」を使わざるを
得ないのでしょうか。

別な説明をすると、「である」のあるには尊敬語が無いし、
その前に来る名詞が「有情」なら、「いる」の尊敬語の
「いらっしゃる」を使ってもいいじゃないか!
というところでしょうかね。

メモ:
中京界隈だと「でみえる」などと言えるのだろうか。
京都・大阪で、「や」に「はる」がどうにかして
付くことはできるのだろうか。


追記:

「ある」には尊敬語が無いと直前に書いたのですが
ありますね。

田中さんには、お姉さんがおありになる。

「おありになる」を「で」に後続させることはできるだろうか。

「おばあさまも元気でおありになるご様子です」

とか。言えるんだけど、聞いたことも、見たことも無いような。

「でおありになる」でグーグル検索しても、上位には該当の文字列は
ヒットしないです。

2021年6月17日

ことば8題

1. 「ふか°ふか°」

老人の喋り方が、だんだん明瞭でなくなっていく様を
「ふか°ふか°してきた」と言いますけど、
そのオノマトペは、有声軟口蓋鼻音(一般に言う鼻濁音)で
[ɸɯŋaɸɯŋa]と発音してもらわないと変な感じがします。

というか、若い世代だと、有声軟口蓋鼻音は練習しないと
使わないかも知れないから、[ɸɯɣaɸɯɣa]って発音する人も
いるんでしょうかね。

秋に非常勤の授業で確かめてみよう。


2. breakfastとlunchから、brunchっていうblendができますが、
同様に、magazineとbookから、mookっていうのはできているん
ですよね。でも、今の日本語内では解られにくいのか、
ムック本って呼ばれていたりします。

ところで、厳格なveganとは方向性の違う、ゆるいvegetarianで、
たまーには、魚などを食べちゃう人たちをフランス語で、flexitarien
って呼ぶんだそうな。flexibleと、végétarienのblendでしょうかね。


3. マトリッツォ

マトリっツォっていうかなりカロリー高めなスイーツが
流行っているのだそうな。

https://bit.ly/2Ud2ctT (Google検索のURLを短縮しています)

ダイエットしている人は、近寄らない方がいいですね。

また、もうちょっと小ぶりですが、韓国発のトゥンカロン
っていうのも流行っているとか。

https://bit.ly/3wAVkEO(Google検索のURLを短縮しています)

トゥン(デブ)なマカロンってことらしいです。

なお、トゥンは、濃音だとデブで、激音だとがっちりみたいな
違いがあるみたいです。韓国語学習者の人は気をつけてくださいね。


4. ティザー

最初に、英語などから外来語として取り入れた人の発音からは、
日本語話者コミュニティーの中で使われているうちに
独自の発音になってしまったものは、最近では、

パーテーション
フューチャリング
サスティナブル
スーサイド(これは、取り入れた人の段階で間違っていたかも)

などがありますが、その中の変わり種に

ティザー

があります。

teaserですから、当初はティーザーだったんでしょうけどね。
でも、最初の母音が短くなっちゃって、それで定着
しちゃいましたね。

ティー、テイ、テー、ティ辺りに、相互の入れ替わりやすさが
あるんでしょうかね。


5. ありがたいでございます

つい最近、ラジオの在京局で、出演者が、

「ありがたいでございます」

って言っていました。

形容詞プラス「ございます」は、以前はウ音便形を
使ったもので、それは関西方言からの借用だと
故田中利光先生がおっしゃっていました。

でも、今の若い大阪っこは、もうそのウ音便形
ほとんど使ってなさそうですね。

大阪の某アイドルさんが、

「嬉しいでございます」

って言っていました。

「嬉しゅうございます」

なんていうのは、東京でも大阪でも、ずっと年齢の
高い層に限られるんでしょうか。

ところで、

「ありがとうございます」

っていう慣用表現は、

/LH]LLL LLLLL/ (Lは低、Hは高、]はアクセント核の位置)

あたりにになると思うけど、

リアルな意味で「有難い」に「ございます」を付けたら

「ありがとうございます」
/LHHH]L LLLLL/ 

ぐらいになるかな。でも、そこは、そのウ音便を避けて

「ありがたいでございます」
/LHHH]LL LLLLL/ 

って言う場合が増えているんでしょうか。


6. green ideas

チョムスキーによる有名な

Colorless green ideas sleep furiously
色の無い 緑の 考えが 眠っている 猛々しく
「色の無い緑の考えが猛々しく眠っている」

という例文は、隣り合う語がことごとく
「意味的に一緒に使えない」と言うことだったけど、

最近は、greenっていうのが
ちょっと前までの言い方だと「エコな」
だったり、最近の言い方だと「サステイナブルな」
「SDGsな」っていう意味にまで拡張してきているので、

green ideas

というのは、最早おかしくないですね。

そのついでに言うと、

Colorless green

もおかしくないかも。
ただ、こっちは、わざわざ何を言いたいのかを
さらに考えさせられてしまいそうですが。
Colorlessに更なる比喩的拡張が必要かも知れません。

まああとの2語

sleep furiously

と続けたら、やっぱりダメですが。


7. generation Z

っと言うのがある年齢層の若者を指すのに
使われているようです。

英語で、それを短縮すると

gen Z

だし、韓国語でも、

젠지 (jenji チェンジー)

になっています。

ところで、それを番組名にしている
ラジオ局が、知る限り2つあって、

中京のZip FMでは、

GENZ(ジェネジー)
https://zip-fm.co.jp/program/genz/

と書いています。

千葉のBay FMの方では、

ジェネZ(ジェネゼ)
https://www.bayfm.co.jp/program/genez/

となっています。

Zip FMで、英綴りだとGENとなっているのが
カナだとジェネとなっているのが示唆的ですね。

日本語としては、ジェネレーションを縮約するときに、
ジェンとするのは、なんか違う感じがして、
2拍のジェネとした方が安定するんでしょうか。


8. 2拍+2拍の刈り込み複合

日本語史的には新しいものじゃないんでしょうけど、
最近目立つのは、「従来と違う2拍の切り取り方」を
する場合が結構あることですかね。

以前から、航空業界で

エールフランス --> エアフラ

なんていうのはあったんですね。
フランス語のエールから、英語のエアに
ずらしてしまっています。

最近だと企業等がわざと変則的な2拍+2拍を
最初っから使って、定着させようとするものがありますね。

恋はもっとDeepに --> 恋ぷに

だそうです。ちょっと前だと、

30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい --> チェリまほ

って言うのもありました。

他にも、

アフターシックスジャンクション --> あとロク
King & PrinceのRadio Garden --> 庭ラジ

とか、結構攻めていますね。

2021年7月15日

「〜がち」

日本語の変化の萌芽を目撃しているのかもしれない。

広がるかもしれないし、消えて無くなってしまうかもしれない。

https://twitter.com/y8o/status/1414916254666682370?s=20

山本 和英(言語商会)
@y8o
【教えて!】「~がち」という言葉は「病気がち」とか「サボりがち」とかのように名詞と動詞にのみ後続すると思っていたのですが、今は形容詞にも使うのですか?「多いがち」でTwitter検索したらいくつもひっかかって、頭が少し混乱しています。

「〜がち」が名詞に付くとなると、形容詞語幹だったら、それを
名詞相当の形にしなければならない。

旧来の文法の範囲内だと、「多くなりがち」などとなるのだろうけど、
それをさらに約めた形になっているのでしょうか。

https://twitter.com/tmogi_nichibun/status/1415289892104392707?s=20

茂木@主に連絡用
@tmogi_nichibun
·
20時間
これは興味深い。
状態性動詞の「違いがち」あたりからの類推説(「違かった」の逆ルート)を考えてみたけれど,「~するがち」「あるがち」「忘れるがち」のように「動詞終止連体形+がち」の例が次々と見つかるので,ナチュラルに接続形(接続型)が変化した人がいるのかも......。

接続する先の語基が、従来許されなかったものにまで
広がっている人が出てきているのですね。

https://twitter.com/fulfom/status/1414922913120079873?s=20

ふるほむ
@fulfom
·
7月13日
返信先:
@y8o
さん
私は使うのですが,規範的ではないな,新しい表現だなと思いながら使っています.「最近夕方にはもう眠いがち」(眠くなることが多い)「新宿駅は人が多いがちなので避けたいがち」(人が多いことが多いので,避けたくなることが多い/避けたい気持ちが強い)

https://twitter.com/fulfom/status/1414930552273084416?s=20

ふるほむ
@fulfom
·
7月13日
補足: 私の内省だと,
アクセントは動詞や名詞に接続する場合と同じく,全体で平板になります

動詞や名詞と違って非過去の -i が出た後ろに=ガチがつきますが,「4月の日曜は忙しいがちだった」のようになり,「*忙しかったがち」は出ないと思います(-i 含めて語根みたいに見えるのが不思議です)

「-iを含めて語根(語幹??)みたいに見える」というのは、
まさに、-iは屈折接尾辞だと、すぐに取り出してしまう人が
多い中で、実は、morphemeというよりepimorphemeだという
傍証になるかもしれない。

https://twitter.com/fulfom/status/1414944481216970755?s=20

ふるほむ
@fulfom
·
7月13日
-i が出ない形も検索したら出てきました「多がち」「デカがち」「怖がち」

ナ形容詞も「静かがち」などと言えます.名詞+ガチとも見れるので,従来用法かなと思いましたが,規範的な意味上の制約違反でも使えて,その場合新語っぽく感じます「このサークルはにぎやかがちで楽しい」

イ形容詞の方は、語形が落ち着くまでにまだ時間が掛かりそうですかね。

ナ形容詞の方は、語幹が名詞扱いされているのは従来と同じだが、
以前使えなかった組み合わせも使えるようになってきているという
ところでしょうか。

2021年10月 2日

MO-EH-YO

藤井風の

MO-EH-YO
https://www.youtube.com/watch?v=X2_CXXqSzws

が、「燃えよ」とも「もうええよ」とも聞こえると話題ですが、

数年前に、サトミツ&ザ・トイレッツの山田稔明が、

KUSOしてみて
https://open.spotify.com/track/3aOJhLoeT7KEmbKd3FxvRx

という歌を出しています。

こちらでは、「空想してみて」と「糞してみて」を
掛けています。

どちらも、日本語が音楽に乗るときに、
短い母音と、長い母音の対立が無くなる場合がある
という特性を利用しています。

2022年2月17日

韓国語(朝鮮語)のトーンに関して

Duolingoという語学学習アプリで、韓国語とそのほかいくつかの言語をブラッシュアップしたり、新たに学びはじめたりしているのですが、

そのうちに、韓国語の単語レベルで、トーンが発生しているように思えてきました。

まあ、朝鮮語学の門外漢であるので、先行研究など知る由も無く。

でも、探すとありますね。

カン・ユンジョン(Kang, Yoonjung) (2013), "Tonogenesis in early Contemporary Seoul Korean: A longitudinal case study" (現代韓国語ソウル方言におけるトーンの発生: 経年変化観察), _Lingua_, Vol. 134, pp. 62-74
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0024384113001344

この論文によると、トーンの出現は20世紀前半には始まっていて、それが現代でもっと確固としたものとなっているということを、1935年に録音された資料と、それを録音した同じ人を現代で探し当て発音してもらうことによって確認したものです。

いわく、語頭の激音(aspirated 有標的に無声有気な子音)と語頭の平音(lenis 無声無気な子音(とはいえ、VOTはゼロではなく、どちらかというとプラス))の差が、有気性よりも、後続母音のF0(周波数、ピッチ、高さ)によって区別されており、その度合いが、1935年と、21世紀でますます強くなってきているということです。

整理すると、激音で始まる音節と、平音で始まる音節は、元来VOTの違い(閉鎖音の破裂後、母音の声の始まるまでの時間)の違いで区別されていたものが、段々と激音音節は高いピッチ(高い周波数のF0)で発音されるようになり平音音節は低いピッチ(低い周波数のF0)で発音されるようになってきたということです。

その激音[+有気]と、平音[-有気]の対立が完璧に中和したとまでは言っていません。

ただ、激音[+有気]には、余剰素性として[+高音調]、平音[-有気]には余剰素性として[-高音調]というものが加わってきたようです。

ここで将来、弁別素性の[±有気]と、余剰素性[±高音調]が入れ替わって、弁別素性[±高音調]と余剰素性[±有気]となり、さらには[±有気]の差が観察されなくなってくれば、トーン(声調)が確立して、子音単体としての激音と平音の区別がなくなったことになります。

--

まだそこまでは来ていないのかも知れません。ところで、私がちょっと朝鮮語を齧った数十年前には教材に、上で書いたようなことが反映されることはなかったと思いますが、NHKラジオ まいにちハングル講座2021年4月号では、最初っから、ピッチパターンが指導されています。おそらくこのテキストを書いているのは筆頭の講師、山崎亜希子でしょう。(このテキストの存在は西田にご教示いただきました。)これは初級テキストなので、背後の論文にまでは辿り着けるものとはなっていません。それはし方がないのですが、山崎によると(上記テキストの68, 69ページ):

単語の最初の抑揚(オギャン)に2つのパターンがあって、初頭子音が

   ㅁ (m), ㄴ (n), ㅇ (子音なし), ㄹ (l)
平音 ㅂ (p), ㄷ (t), ㄱ (k), ㅈ (c)

の時には最初の2音節が「ひくなか(LM, ˩˧)」で始まって、初頭子音が

激音 ㅍ (pʰ), ㅌ (tʰ), ㅋ (kʰ), ㅊ (cʰ)
濃音 ㅃ (pp) , ㄸ (tt), ㄲ (kk), ㅉ (cc)
摩擦音 ㅅ (s), ㅆ (ss), ㅎ (h)

の時には最初の2音節が「たかたか(HH, ˥˥)」で始まるとの説明になっています。

ここで、子音本体のVOTの対立が無くなる可能性があるのは、上の平音と激音ですが、山崎もそこまでは言っていないと思われます。(放送がどうだったかはわかりません。)

--

山崎は、「単語」と書いていますが、単語に続く前接語はその単位に含まれていて独立したものではないでしょうから、厳密には接語句(服部四郎がprosodeme(アクセント素)と呼んでいたもので、上野善道、斎藤純男は「句」と呼んでいたもの、ただし統語論における「句」とは一致しない)でしょう。いずれにせよ、初級のテキストにはふさわしい用語ではないですね。

--

平音と激音がVOT的に対立がなくなれば、トーンのみで区別されるようになったと言うことができます。まだVOT的には差があるように感じられることもありますが、でも、平音のVOTがゼロに近くなく、プラス方向に長くなっているのが、有気・無気の対立のある言語としては典型的ではありません。まだ中和したとまでは言えないものの、トーンに支えられて、有気・無気の対立がそれほど重要で無くなってきているのかも知れません。

とはいえ、ㅁ (m), ㄴ (n), ㅇ (子音なし), ㄹ (l)のひくなか調(LM, ˩˧)、濃音、摩擦音のたかたか調(HH, ˥˥)は全く余剰的(redundant)で、既にトーンっぽいです。

トーンと言っても中国語北方官話のように、音節毎に曲トーンが決まっているのではなく、山崎の言葉を借りると、接語句の最初の2音節の大体のパターンが決まってくるというものなので、どちらかと言うと日本語の京阪アクセントの高起式と、低起式の違いに似ているかも知れません。とは言っても、子音の分類はまだ(おそらく)有効であるので、平音と激音のVOTの区別が無くなるまでは、また更には他の子音でも「ひくなかはじまり」と、「たかたかはじまり」での対立が出てくるまでは、日本語の京阪アクセントの高起式と低起式の違いに似たトーンとして定着したとは言い切れないかも知れません。

--

ところで、余計なことですが、Googleの翻訳機能のところで機械に発音されても、たかたか始まり、ひくなか始まりは再現されているので、言語を工学的に扱って音声合成をしている人たちにとっても、このあたりは既に当たり前な知識となっていると思われます。

2022年4月 5日

アルゼンチンアリ

「アルゼンチンアリ」とやらがTwitterでトレンド入りし、
在来メディアでもニュースになっていました。

特定外来生物アルゼンチンアリ 大阪空港で大量繁殖
https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000250463.html

最初、アルゼンチンの貨幣単位って、アリだったっけ?
と思ったのですが、貨幣単位だとすると、アクセント
(およびイントネーション、以下略)の付与のし方は:

アルゼンチン アリ /LHHHHH H]L/

になりますが、実際は蟻のことでしたね。
そうなるとアクセントの付与のし方は:

アルゼンチン アリ /LHHHH]L LL/

となります。

アルゼンチン ゼミ /LHHHHH H]L/

だと、アルゼンチンを扱っているゼミになるし、

アルゼンチン ゼミ /LHHHH]L LL/

だと蝉になるのと同じパターンか。

バンド名頭高型アクセント

バンド名は、(一定の条件下)頭高アクセントになると言うことは、
学術論文にも扱われているかもしれませんが、
ファーストサマーウイカの2013年10月28日のツイートに
書かれています。

https://twitter.com/FirstSummerUika/status/394730303312252928?s=20&t=ylfBs5-yzE1EDwBAZYHGJQ

◎ウイカのアクセント講座◎ 「御茶ノ水」の発音は関西弁なら「の」だけ音が高い中高型、標準語なら「お」だけ低い平板型、バンド名なら「お」だけ高い頭高型だよ。英語だと関西弁の方のアクセントを洋風に言うとそれっぽいです。

「お茶の水」のアクセントは
東京共通語 /LHHHH=/
関西方言(のどこかの1つ?)/_LLH]LL/
東京共通語でバンド名 /H]LLLL/

となると言うことですね。

Okamoto's /H]LLLL/

がまさに、苗字の場合の「岡本 /LHHH=/」(アクセントと
句頭のLHを書いています。以下略)とは違う頭高型に
なっています。

他にも伊東洋平さんともう1人が以前やっていた2人組も

イケメン'ズ /H]LLLL/

と頭高型になっています。

他にも、某現役バンドマンが学生の頃にやっていた
バンドの名前に

ゴミクズ /H]LLL/

というのがあります。(ズが元々は複数形の接尾辞じゃない
ことにも注目してください。)

SixTONES(ストーンズ)/LH]LLL/

となるのは、スの母音が無声化しているからでしょうか。
この名前も、会話の中で、平板型/LHHHH=/になることが
観測されています。これは、名称もいろいろあるいわゆる
専門家アクセントとか、心理的に近いものに使われる
型ですね。

「一定の条件」というのは、長い複合語で
モーラ数が多くなると、頭高型にならないというものです。

ローリング・ストーンズ /LHHHH HH]LLL/
モダンチョキチョキズ /LHH H]LLLL/

などなど。

ところで、複数の人間がいることで「ズ」が付いているけれど
バンド名ではないので頭高型にならない例を見つけました。

竹内ズ /LH]LLL/ ~ /LHHHH=/

です。

この動画では
https://www.youtube.com/watch?v=7GDGP2x-F58
冒頭で、中高型/LH]LLL/で言っています。

他方この動画では
https://www.youtube.com/watch?v=1x9w4blrAjE
冒頭で、平板型/LHHHH=/で言っています。

いずれにせよ、頭高型 /H]LLLL/ではありません。

バンド名に聞こえてしまう小っ恥ずかしさを
避ける何らかの心理的メカニズムがあるのでしょうか。

2022年5月26日

アーティスト名

パスタと言ったら、ほぼスパゲッティを指すように、
何の断りもなくアーティストと言ったら、
ほぼミュージシャンのことであるという「場」が
今の日本語の中では広まっているように思える。
それは、「学会」と言ったら、某○○学会のことと
取る人がいるのと似ている。
日本語全体での話ではないが、ある「場」では
そのようになっている。

そのようなアーティスト名、言い換えるとバンド名、
ソロ・アーティスト名で最近目についたのは、まず

「カネヨリマサル」
https://kaneyorimasaru.com

アクセントは、
/LHH]L LH]L/
「It's better than money」
のパターンではなく、

男子の個人名パターンの
/LH]LL LHH=/
である。

メンバーは女子ばっかりなのに、である。

メンバーが男子ばっかり、あるいは男子がちなのに
女性名ってのもありますね。

「Mrs. Green Apple」とか
https://mrsgreenapple.com

「サイダーガール」とか
https://cidergirl.jp

その逆張りですね。

--

あともう1人。

「Nilüfer Yanya」

英語版ウィキペディアには、英語圏での読み方が
載っています。
https://en.wikipedia.org/wiki/Nilüfer_Yanya

翻って、日本では、ニルファー・ヤンヤが定着しています。

その「ヤンヤ」の「ン」が音声学上の鼻母音で発音されるのが
なんかしっくりこないなと思ってたのですが、そんなの
Enya「エンヤ」のときも同じでしたw

まあ、他の選択肢もあんまりベターじゃないですね。
「ヤニヤ」
「ヤニャ」

日本語で「ヤンヤ」と発音している人が、
英語圏に行ったら、nを[n]近辺の音で発音するように
自動変換できればいいだけの話ですね。

2022年8月 5日

ことば3題

1. トライ・アンド・エラー

try and errorとは、英米の英語的には間違いなんだけど、日本語の中では定着しています。英語では、両方とも名詞にして、trial and errorが正しいということは、検索すれば、やたらと書かれています。

英語の動詞の「名詞化」は、ちょっと曲者ではあります。tryの名詞は何ですか?と聞かれたら、trialというのが正解になるんだと思います。でも、tryも名詞として使うときがあります。

Give it a try(ちょっと試してみて)
It was a nice try(よくがんばったね!)

みたいに。でも、これは、文の中のどこの位置でも使えるわけではないですね。

あと、動名詞を使うときもあります。

Thanks for trying(やってみてくれてありがとう)

みたいに。tryと、trialと、tryingと、使い分けているんですね。ネイティブ並みに使い分けられるようになるためには、かなり経験が必要そうです。

トライ・アンド・エラーに戻ると、私の今の「説」はこうなります。

日本語に入った英単語由来の外来語にも、引用形式(citation form)があるんじゃないかと今は考えています。基本、名詞由来でも、動詞由来でも、日本語に外来語として入ると通常は名詞扱いになるんだけれど、その中の引用形式(≒一番基本的な形)があるんじゃないかと。

トライと、トライアルがあったとしたら、後者は前者の屈折形式というよりは、派生形式になるのかもしれないけど、想像をたくましゅうすれば、ここでの屈折と派生の区別って大きな意味は無いのかも?(あ、英語からの外来語に関してです。)引用形式とは、様々な屈折形式の中の一番基本的な形が決めやすければ、それがなるんだけど、トライと、トライアルでは、(仮にどうしても派生関係だとしても)トライの方が基本的な形なんじゃないかと。また、英語のtryは動詞だとしても、日本語に入ったら、名詞扱いですから、そこは大きな問題じゃないです。(動詞にするには、トライするなどと言わなければなりません。

エラーの方は、動詞のto errが日本語に入っていませんので、エラーが一番基本的な形になります。

以上、「派生だったら、引用形式って言わなくね?」というご批判は甘んじて受けますが、まあざっくりと、「より基本的な(単純な)形が使われている」ということなのかも知れません。

以前職場の会議で、「コミュニケートする」という表現があったのを、「コミュニケーションする」に直した同僚がいました。よっぽど原語形が脳裏にチラついてしょうがない人でなければ、日本語の中で「コミュニケート」は使わないでしょうね。

それから、所有格の'sや、複数のsも、よく落とされるなあと。某界隈で、誕生日パーティーのポスターが、ほとんど

Tom Birthday Party

みたいに書かれているんです。Tom'sの'sがどうしても出てこない。日本語だったら

トムの誕生パーティー

と「の」が入るでしょうが、英字にすると、'sは落とされます。これも、引用形式的な形が好まれるのかなあと考えています。

映画の邦題や、音楽の放題でも、文法要素がいろいろ落とされますね。ちょっと古いですが、

Dances With Wolves(ダンス・ウィズ・ウルブズ)

では、複数のsは残されたんだけど、三単現のsは落とされていました。

--

2. ワクチン接種

日本語では、

大学に入学する
病院に入院する

のそれぞれの行の2つ目の「学」、「院」のように、類別辞的なものがある表現があります。朝鮮語にもありますが、中国語では、例外を除いては、類別辞的なものを含む動詞表現(離合詞)と(類別時とは別の)目的語の両方が使われることは無いようです。

そんなときに、

接種疫苗(ワクチンを接種する)
疫苗接種(ワクチン接種)

という中国語の表現を見て、これ(特に上の動詞の例)は離合詞と目的語名詞の両方を使っている例だと早合点しました。でも、それをTwitterに書いたら、中国人の中国語の先生から、「接種の種は、タネではなくて、ウエルという意味の動詞です」と訂正されました。

中国語の辞書を調べてみたら、

接種 jiēzhòng

で、動詞の第4声(下降調)のzhòngになっています。名詞だったら、第3声(低声調)のzhǒngになるはずです。

私は、日本語話者として、接種の種は、名詞的なものだとずっと感じていました。漢和辞典でも読み込んでいないと、「種」が動詞だとは中々気が付かないのではないでしょうか。

ところで、これから日本に広がるかも知れないサル痘に有効かも知れないということで、日本では接種されることがもう何十年も前に終了した

種痘

という言葉が、メディアに戻ってきました。この「種」は「ウエル」という意味の動詞だと考えると、よく分かりますね。

--

3. ウクライナ語とロシア語

スルジクという言葉がある。

日本語ウィキペディア「スルジク」
https://bit.ly/3vDqfC0 (2022.8.5参照。カナがあるのでURLを短縮した)
(より詳しくは、下の参考文献にある北出氏のウェブ記事のアーカイブを参照)

1つの意味としては、ウクライナ語とロシア語の混ざった、中間的な言語変種のことだという。

ウクライナ語が優勢な個人が、ロシア語的特徴を混ぜて話したり、逆に、ロシア語が優勢な人が、ウクライナ語的特徴を混ぜて話したりすることなのだと考えられる。

でも、そんなものが束の間の安定を保っていたのは、平和な過去の話である。

今のウクライナ人(ロシア系ウクライナ人を除く)は、家庭では純粋なウクライナ語を使うことを好むだろうし、でも、ロシア語ができる多民族と話すときには、習得していればロシア語をしかたなく使うのだろう。

先日ウクライナ人と、私の錆び付いたロシア語で話す機会があったのだが、スルジクという言葉を出したら、瞬時に却下されました。これは、政治的、社会的な理由で、そんな中途半端なものを使うことは赦されなくなってきていることが窺われます。

2022年9月 9日

nil phonation

音声学が主要な研究分野ではなく、また朝鮮語学も主要な研究分野ではない私が、朝鮮語音声学と、調音音声学に関する覚書を書きます。

既に、英語圏、朝鮮語圏、あるいは日本語圏その他ですでになされている議論である可能性はあります。その場合には、「素人がイキリやがって」とご笑覧ください。

1. nil phonation

私が大学院生だったとき、同じ大学の文学部の学生は、文学が専攻の学生であっても、音声学をも含んだ言語学概論を必修で取ることになっていました。

その学部の授業に私も出るように言われて出ていたのですが、nil phonationを説明せよ的な問題が期末試験に出て、大層な話題になっていたことがありました。

以下は、学術書からではなく、カナダ、ブリティッシュ・コロンビア州のサイモンフレーザー大学のどなたかの授業用ハンドアウトだと思います。

(nil phonationを検索するのも面倒くさくなりました。lalanoiというミュージシャンが、nil phonationという楽曲を出していて、そればかり引っ掛かります。なので、グーグル検索では-lalanoiにしないと出てきません。)

http://www.sfu.ca/~mcrobbie/Ling401/Lecture%201%20.pdf (2022.9.9閲覧)

このセンセーは、nil phonation(ゼロ発声)とは、左右の声帯が左右に広がって、呼気によって声門においてturbulenceが発生しない状態か、あるいは、閉じている状態かのいずれかだと書いています。

閉じていれば、確かに発声(phonation)はありません。

また、声門が左右に広がっているときに、turbulenceが発生するか否かは、呼気の量と、声門の断面積によると書いています。(turbulenceが聞かれる場合には発声があることになり、ゼロ発声にはなりません。)

この声門が「閉じている」状態と、「パッカーンと開いている」状態とは、国際音声記号で書き分けないことも多く、用意されている補助記号にも、それらを区別するためのものはありません。

英語版のウィキペディアのPhonationの項目を見てみます。

https://en.wikipedia.org/wiki/Phonation (2022.9.9閲覧)

State of glottisという節の3つ目の表に、それらを書き分ける1つのやり方が示されています。

その表の一番上と一番下に、どちらもnil phonationと呼ばれることがあった状態が記述されています。因みに、このウィキペディアの項目ではnil phonationとは最早呼んでいません。

Open glottis [t] voiceless (full air stream)
【中略】
Closed glottis [ʔ͡t] glottal closure (blocked airstream)

最初のリンクの声門がパッカーンと開いた状態がopen glottisで、閉じている状態がclosed glottisですね。

朝鮮語との絡みで言うと、激音ㅌはcpen glottis [t] voiceless (full air stream)と言うことになり、濃音ㄸはclosed glottis [ʔ͡t] glottal closure (blocked airstream)と言うことになりそうです。濃音の音声表記に、いつも声門破裂音との同時調音を書くのは骨が折れますし、見やすくありませんし、朝鮮語の語学教育の現場では、先生方がそれぞれに工夫していらっしゃるようにお見受けします。

以前にブログで書いたように、語頭あるいは接語句頭に激音あるいは濃音、さらにはs、hがあるときには、高声調始まりになり、その他の平音のときには、低声調始まりになります。

平音字のㄷは、語頭・接語句頭では、低声調始まりの[t]になります。それ以外の音節頭では、濃音(あるいは別な理由で激音)になる理由が無ければ(説明を簡略化しています)、有声の[d]となります。

語頭・接語句頭の低始まりの平音ㄷ[t]と、語頭・接語句頭の高始まりの激音ㅌ[t]は、後続母音のF0でも区別できるし、VOTの区別は必須ではないが、はっきりと区別するのなら、ㅌ[t]の方がVOTがプラス方向により大きい値になると思われます。

以上、朝鮮語音声学を専門にしている人には、「何を今更」と言うことでしょうし、専門用語をそれなりに使っているので、朝鮮語・韓国語を語学で学んでいる人には、何の足しにもならない記事でした。

他方、調音音声学方面に向けては、closed glottis [ʔ͡t] glottal closure (blocked airstream)を、IPAでもうちょっと書きやすくしていただけると吉ではないかと思われます。放出音には記号が与えられていますが、コレも書きやすくなると、便利なのじゃないかと思われます。補助記号を1つ(closed glottis用に)あるいは2つ(さらにopen glottis用に)作ってくださると、便利ではないかと思われます。

ところで、無声破裂音が、closed glottis, glottal closure (blocked airstream)になりがちな言語なり方言なりってありますよね。fortis/lenisのfortisで記述されたりすることもあるかと思いますが。

大陸の中国語普通話と、台湾国語の無声無気音の違いって、この辺りの違いも関係あるのではないか?と大胆なことを言ったりして。(中国語音声学が専門の方、フォローなり反駁なりしてください。)

また、沖縄県でウチナーヤマトゥグチを話す人たちの中にも、無声音をclosed glottis, glottal closure (blocked airstream)で発音しがちな人がいるように観察しています。琉球放送の仲村美涼アナウンサーが「多良川」と言うときの初頭音がそのように聞こえます。

沖縄本島南部では、奄美群島の一部の言語や与那国語とは違って、open/closed glottisは、元々のウチナーグチでも、区別していなかったと思いますけど。なので、そこがclosed glottisになった経緯は分かりません。

ことば6題

1. ださせていただいたり

これは割と最近よく聞きます。巷で大きな話題になっている「させていただく」が、「出る」についています。2022.7.8のJ-Wave, Sapporo Beer Otoajitoで、東京出身の20代前半のゲストAile The Shotaが、「こういうラジオとかに出(だ)させていただいたり」と言っています。「させていただく」を取り除くと、「出(で)る」が残る筈なので、正しくは「出(で)させていただいたり」あるいは、「出(だ)していただいたり」が、従来からの正解かな?とは思うのですが、「させ」という使役の接尾辞があることもあり、その前が「出る」か「出す」かという、自動詞か他動詞かというのは、曖昧にしていても通じてしまうということなのでしょうか。

同様のことですが、2022.9.6、TBSラジオふわっち presents らじおっつで、カカロニ
の栗谷が「ロンドンハーツに出(だ)さしてもらいましたね」と言っています。

これは、「他動詞を使役派生しても、結合価が増えないことがある」っていう現象なのか、それとも、いわゆる「サ入れ言葉(読まさせていただきます)」に連なるものなのか。もっと観察して、例を集めなければなりません。というか、なんだか定着していますね。

2. 愛媛のを(wo)

ちょっと前に、愛媛の人は、助詞の「を」をwoと発音するというのが話題になっていました。

https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/2208/17/news157.html

それより数ヶ月前に、言語学徒の間でも、古文のoとwoの区別を保っているというわけではないが、「ワ行」で、wを発音するのが、「ワ」だけで、母音がaではないときには発音しないというのが、長いこと東京共通語の規範となってきていた。しかし最近だと外来語でウォーターなど、wôtâと発音する個人も増えてきて、外来語じゃなくても、woを発音する個人が出てくることは、驚くべきことではないという話になっていました。

言語学徒がもっと喜びがちなのは、古文で「お」、「を」と書き分けられていたものが、現代でも発音しわけられている!なんてことがあった場合です。因みに、沖縄の諸言語の中にはその区別を(別な形にはなっているかもしれないが)保っている言語があります。

話題になった愛媛のそれは、現代仮名遣いで「を」と書かれる助詞の「を」だけに限った現象で、「いとをかし」の「を」もwoと発音するわけではないので、そこまでは面白く無いのです。研究者って、つまらなくてすんません。

3. J-Wave, Musix Asia

J-WaveのMusix Asiaという番組で、番組のオープニングのところで、アジア諸国の名前を英語風に並べていくのですが、なんか変なのです。何が変かというと、英語での国名と違うものを、もっというと日本語のカタカナで書いた国名を、英語風に発音しているのです。(国際音声記号ではなく、日本の英語教育で使われている発音記号風に書きます。)

韓国 [kɔ́ːriə] (英語では[kəríːə])
モンゴル [mɔŋǵoul](英語では[mɑŋǵouliə])
タイ [tái](英語では[táilænd])

特に、韓国なのですが、私の推測は、カタカナで「コリア」と書いたときに、後ろから3番目の拍に自然とアクセント核が付与されて、「コリア H]LL」となるのが、日本語の外来語のアクセント規則の合致しているのではないかと思うのです。それが、アクセントごと英語に「逆輸出」されると、[kɔ́ːriə]という発音になるのでは無いかと推測しています。

ただ、形容詞形は、カタカナ語では、「コリアン LH]LL」と、やっぱり後ろからあ3番目にアクセント核が付与されることが多いように思いますが、「コリア H]LL」のバリエーション、「コーリア HH]LL」から、「コーリアン HH]LLL」とし、和式英語の中で、[kɔ́ːriən]と発音する人も耳にすることがあります。

4. 復帰っ子

沖縄が、本土に復帰した1972年に生まれた子供を、沖縄では「復帰っ子」と呼ぶらしいのですが、これが、なかなかエキゾチックに響くなあ、とちょっと感じました。促音を持つ音節が2つ続くということが、結構すくないからなのではないか?というのがひとまずの推測です。

横浜中華街の萬珍樓に、以前お粥の専門店、薬粥舗(よっちょっぽ)というのがあったのだそうです。そのテレビCMを見て聞いて、「よっちょっぽ」という名前がエキゾチックだなあと、確か子供の時の私は思ったことを覚えています。音素配列論的に、何か不規則なことをしているわけでは無いんだけれど、日本語の中では、促音を含んだ音節は2つ並んだりは、あんまりしないということなのかと、今では考えています。

韓国料理に、トッポッキという食べ物がありますが、これも、日本語内ではよくトッポギと呼ばれています。

https://chongul.com/korean-food-toppogi/

これはまさに、促音を含む音節が2つ並ぶことを回避したのではないかと思うのです。(韓国、北朝鮮、延辺の方言形にあるというのなら、私の憶測は間違っていることになりますが。)

5. ミノキシジル

男性型脱毛症(AGA)の治療薬の1つにミノキシジルという成分があります。複合語と認識されない外来語としては、後ろから3つ目の拍にアクセント核が付与される、ミノキシジル (LHHH]LL)となりそうなのですが、ミノキシジルを含有した某治療薬あるいは医薬部外品のラジオCMで、ナレーターがミノキシジル (LHHHH]L)と発音しています。これは、ジルを汁と同定しちゃったのでは無いか?と訝しんでいます。ステーションがステン所になるのと同じようなプロセスを経た感じですね。

6. gråtrunka

英語ベースのネット界隈で、1、2ヶ月前に、スウェーデン語にはgråtrunka (to cry while masturbating、自慰中に泣く)という単語があると話題になっていました。

https://www.dictionary.com/e/translations/gratrunka/

それだったら、日本語の(実際に起こるかどうかも疑わしい)テクノブレイクの方が数段斜め上を行っている感じがしますけどねw

2022年11月 2日

タコさん定食

Twitterに、ほぼ毎日、タコさん定食を食べて、その画像を上げている人がいる。

https://twitter.com/yukio_negi

ここまで毎日、それも画像は微妙に違うから、本当に毎日、同じ内容の食事をして、それを上げているのは...20世紀前半の用語を使えば、「異化」していますね。

文学理論では、1910年代シュクロフスキーが異化(露ostranenie)と、その効力が無くなる自動化(露avtomatizm)を唱え、

言語学理論では、1932年にハブラーネックが異化(チェコ aktualizace)、とその効果が無くなる自動化(チェコ automatizace)を唱えていて、後者は千野榮一によって「元祖ゴキブリラーメン考」で日本に紹介されている。

最近のコピーライティング業界では、その異化をフックとか、USP (unique selling point)とか言うんですね。日本では、フックの方が広く知られているようです。

https://1st-copywriting.com/what-is-hook-copywriting/

https://filthyrichwriter.com/copywriting-qa-how-to-set-yourself-apart-from-your-competition/ (英語です)

タコさん定食に戻ると、「毎日同じ質素な夕食」と言うのが、異化であるし、フックである。結構長い間続けられているので、そろそろ自動化が起きても良さそうだが、まだイイねは結構付くし、真似をしてタコさん定食の画像を上げる他の人や、それをアレンジしたものも出てきている。

ご本人はと言えば、時々カップ麺をぶち込んだり、いただいた果物を載せたりもしている。

それは、千野が言っていた、スライム(ツクダオリジナルの方 https://bit.ly/3U8pfzI)の異化が薄れてきた時に、カエルなどの小動物のプラスチック模型がスライムの中に入れられて、自動化に抗おうとしたのに似ているとも言えるが、でも、タコさん定食は、おそらくはまだ、当時のスライムほどには飽きられていないように思える。

ところで、同投稿者のインスタグラムも、タコさん定食かと思いきや、全然違うので、そちらは異化していて、フックが効いており、おじさん一本取られたな!という感じでした。

ことば3題

1.
英国のインド系新首相の名前は、リシ・スナクだそうだ。

sunakって、タイ語で犬じゃなかったでしたっけ?リシもなんか意味がありそうだし。と思っていたら、タイ語ウィキペディアでは、

https://bit.ly/3DV1aHs

risii suunɛkにしていて、どちらの意味も出ないようにしていますね。(タイ語の他の綴りも見かけました。)

日本語はと言えば、スナックにしちゃうと意味が出ちゃうので避けてますよね。

「バラク・オバマだって、バラックじゃないじゃん?」って思った方いらっしゃいます?それも、バラックだと終戦後用語の意味が出てきちゃうので避けられたんじゃないでしょうかね。

こういうのを見ると、以前の『地球の歩き方 マダガスカル編』で、南部のバラ族と書かれていたのが、後の版でバーラ族に直されていたことを思い出します。(笑)

外国の固有名詞が、自分の言語で何か意味を持ちそうな時、音形を変えて、それを避けるってことがされるんじゃないでしょうかね。

逆に、わざと残す場合もありますかね。ダレノガレさんとか。

2.
ぜったくんとか、
https://www.universal-music.co.jp/zettakun/

サンプラザ中野くんとか、
https://www.spnakanokun.com

なかやまきんに君とか、
https://bit.ly/3DPsDtT

「くん/君」までが固有名の一部である名前ありますよね。それって、マダガスカル語で、名前の前に付くRaに似ているかなとか思いました。Rasoaとか、Rakotoとか、Raで始まる名前がやたら多いんですよ。

マダガスカルの歌で、Mandihiza Rahitsikitsika(チョウゲンボウさん、踊ってよ)に似ているかなとちょっと思いました。

https://www.youtube.com/watch?v=5s1h8Velc8s

チョウゲンボウという鳥の名前は、hitsikitsikaで、それにRaが付いています。

ちゃんみなみたいに「業界用語」式にひっくり返しちゃったのは、もはや、さん、くん、ちゃんのちゃんがそこにある感じが、僕はしないですけど。

3.
五味一体という食用油の製品名があります。
https://www.abura-ya.jp/SHOP/KB_b001.html

5種の油をブレンドしたものだとか。

これは、キリスト教の三位一体をもじった名前でしょうかね。

ところで、今話題の宗教団体の「天の父母様聖会」は、Heavenly Parent's Holy Communityで、parent'sが単数所有格ですから、二位(にみ)一体でしょうか。御半身が天にいて、残りの御半身が地上にいらっしゃる状態ですが。

2023年1月25日

ことば4題

1.
英語にshitpostという単語があります。

https://dictionary.cambridge.org/ja/dictionary/english/shitpost (英語です)

https://eigo-net-slang-jiten.blogspot.com/2014/05/shitpost.html

https://en.wikipedia.org/wiki/Shitposting (英語です)

https://www.urbandictionary.com/define.php?term=Shitpost (英語です)

一番最後のアーバン・ディクショナリーの一番上の記事が情報量的に飲み込みやすいです。
それをDeepLで和訳して、手直ししました。

クソ記事 真摯で洞察に満ちた内容のほとんどない投稿のこと。特に、混乱させたり、挑発したり、楽しませたり、非生産的な反応を引き起こすことだけを目的とした「クソ」(低)品質な投稿のこと。しばしば、文脈から逸脱したシュールな投稿に代表される。

シットポストは、ミーム、スパム、ベイト(bait, 餌)など様々なものと見ることもできるが、その逆はほとんどできない。
ミームとは異なり、シットポストにはテンプレートがない。
スパムと違って、シットポストは繰り返しを必要としない。
ベイトと違って、シットポストは反応するように設計されていない。

なぜこの銃を持ったポッサムの画像が「三角形」なのか?
あなたには理解できないでしょう。ただのシットポストです。
by got1837 2月9日, 2021

上記は、インターネット、特にSNS上での言語活動に関するものであるが、同様のクソなものには、音声言語によるものもあるように思われる。

与党の政治家の一部が、時にする挑発的な発言が、まさにそのようなものだと思われる。

他に、いわゆるインフルエンサーも時にやりますね。

それに当たる用語が無いかと探したのですが、まず名詞としてはshitspeak、shitspeachがあるようです。

https://www.urbandictionary.com/define.php?term=shitspeak (英語です)

shitspeaking、shitspeakerというのはありますが、動詞としてのshitspeakが使われるのかどうかは、確認できていません。


2.
先日といっても随分前にラジオで、「(心を)無にする(H]LLL)」と言っている人がいて、「(好意を)無にする (LHHH)」と違うアクセントのパターンだなと思いました。

「(気功などで)気をつかう (H]LLLL)」と「(相手の気持ちを考えて)気をつかう (LHHHH)」っていうのと同様の対立だなと思いました。

平板になっている方(LHHH(H))が、熟語になっているのでしょうか。

私の学部時代に竹林滋先生が言っていた、

「北の海(LHHH]L)は冷たい」と
「(力士の)北の湖 (LHH]LL)は冷たい」の対立と似ているかもしれません。


3.
盲導犬の訓練の場面を見せているCMで、訓練士が犬に向かって

「ストレート ゴー」

って言うのですが。

なにやら、盲導犬への指示は、日本語ではなく英語ですることになっているようなのです。でも英語だったら、

「Go straight」

だろうと思うのですが。

鈴木俊貴博士の研究で、シジュウカラが二語文を使うことがあると言っていて、これは、perceptionだけではなく、production + perceptionの問題なのですが、二語の前後を入れ替えると、内容が伝わらないと言っています。

犬は、perceptionだけだとしても、その辺は柔軟なんでしょうか?


4.
文化放送で、「おいでよ!青春る」と言う番組があるのですが、その「青春る〜あおはる」のアクセントは LHHHになっています。

「青春る」という書き方は、いかにも「あおはる」を動詞にしました!という風に見えるのですが、でもこれは動詞にはなりきれていないと、私は考えます。

日本語東京共通語での動詞のアクセントパターンとしては、「あおはる (LHHH)」と言う平板型(0型)と、「あおはる (LHH]L)」という、後ろから2番目にアクセント核がある中高型(-2型)の2つがあるにはあるのですが、私の観察では、新たに作られる動詞は、後ろから2番目にアクセント核を持つ中高型一択になっているようなのです。

例えば、「る」を最後に持つ「シャネル (H]LL)」を動詞化した「シャネる」はLH]Lとなります。

また、J-Phoneが言い始めた「写メール」を2モーラに刈り込んだ「写メ (H]L)」に「る」を付けた「写メる」は、やっぱり-2型のLH]Lになります。

日本テレビの「キンプる」は、-2型の LHH]Lになっています。

また、名詞等に「する」を継いだ動詞のアクセントは、上述の-2型になるとは限りません。これは、「=する」という、名詞を動詞化する前接語になっているからだと考えられます。(cf. 宮岡伯人 『「語」とは何か 再考』(三省堂))

FM Yokohamaに「プラする~あなたにプラスするラジオ~」という番組があります。

これは、「プラする (H]LLL)」となるだろうなと予測していたのですが、2023.1.22放送分の冒頭では、「プラする (H]L LH)」と二語に発音していました。

2語に発音した「プラする (H]L LH)」と、後半を接語とした「プラ=する (H]LLL)」はそれほど遠いものではなくて、互いに交換可能な場合が結構あると思われます。

ことば9題

1.
アンちゃんによると、和製英語というのは、最早、英語ではなくて日本語の中にあるのだから、それを正しい英語に直せなどというのはおこがましいし、それを並べて、愛でて見ればいいのだろう。

https://ameblo.jp/annechan521/entry-12287153132.html

他方「英語を教える」系のブログや動画などで間違ったことを教えている人がいたら、それは糾弾していいだろう。

米製日本語というのもあって、hibachi、futonなどは、日本人が思い浮かべるものとは違うし、ume musubi(梅干しのおにぎり)などは、ちょっと想像力を働かせないとわからないだろう。

単語レベルじゃなくて、文法レベルになると、最早英語からの類推で考えてもわからないものがある。

その1つは、商品名や、番組名などの「ザ」の用法である。

セブン・ザ・プライス
https://7premium.jp/product/search?item_tag_category_id=142

なぜそこに「ザ」があるんでしょうね。

ビリー・ザ・キッド
https://ja.wikipedia.org/wiki/ビリー・ザ・キッド
http://bit.ly/3j5c85i (上を短縮したもの)

なんていうのは英語でもあるんですけどね。キッドであるところのビリーですね。

日本語で「ザ」が含まれる「名称」は、そういう構造になっていないようです。

番組名でも、同様のものがあります。

ナイツ・ザ・ラジオショー
https://www.1242.com/radioshow/

ミッツ・ザ・コレクション
https://www.1242.com/mco/

ナイツ、ミッツに属格標示をして、「の」を使えばよさそうなものを、ちょっとカッコ良くするために「ザ」にしたのでしょうか。そういえば、英語の属格の「's」をカタカナ化するのは、結構難しいんですよね。和製英語で、「メンズ」の「ズ」は、元々は属格の'sだったんだけど、日本語の中では、複数のsに聞こえます(見えます)ね。

最近発見したことは、「ザ」を2つ使うことはないという傾向です。

ザ・クロマニヨンズ・ラジオショー
https://www.interfm.co.jp/crs

ザ・クロマニヨンズ・ザ・ラジオショーでは、うるさいというか、重たいのでしょうか。


2.
和製英語といえば、句動詞に見えて、英語に無いものがあります。

レンジアップ
https://dictionary.goo.ne.jp/word/レンジアップ/
http://bit.ly/3DccZIp (上を短縮したもの)

ティッシュオフ
https://kotowaka.com/cosme/texissyuoff/

もっと例を集めないと安易な一般化はできませんが、上の2例を見ると、「道具」+「方向」 という構造になっています。

和製英語だからかもしれないですが、この「道具」のスロットに英語だと感じられないものを入れることができないのかもしれません。「レンジアップ」を「チンアップ」とはいえません。(keep one's chin upは、全然違う意味の英語表現です。)


3.
「嘘とゴムはつけない男」という人がいます。
https://twitter.com/katsuking_50
「ウソとゴムはつけない男」というのもいます。
https://twitter.com/kt161216

ここで注意しないといえないのは、嘘/ウソがつけないというのと、ゴムをつけないという場合の「つけない」は、たまたま音形が同一になった、別個の動詞の派生形だということです。前者は、(嘘を)吐くの可能動詞の否定形、後者は付けるの非定型です。

(これを統語解析するときにはどうするんでしょう?)

類例を作例してみました。

「ピーマンと膝はいためない男」
「オリンピックと顔はイケてる男」


4.
先日、某局アナさんが、「オーガズム」のアクセントが、H]LLLLか、LHH]LLか迷っていました。「アクセントが違ったら意味も違うようになるよなぁ」のようなことも言っていました。アクセントの違いによって意味が違ってくる場合もあるだろうけど、ほとんど変わらない場合もあるでしょう。

これは、単に外来語へのアクセント付与のメカニズムの違いによるものだと思われます。

英語では、アクセントが第1音節にありますので、それを尊重すれば、H]LLLLになるだろうし、他方、日本語の(ほぼ)4モーラ以上の名詞で、デフォールトのアクセントを付与しようとすれば、後ろから3番めにアクセント核のあるLHH]LLになるのでしょう。

パラダイムも英語のアクセントに従えば、H]LLLLになるだろうが、デフォールトのアクセントを付与すればLHH]LLになるでしょうか。

LGBTのアライというときの「アライ」では、3つのアクセントパターンを観測しています。

アライ (H]LL)というのは英語のアクセントを尊重した形でしょう。

アライ (LH]L)というのを、「これはアライアンスから短くしてできた名称です」と嘘の語源で説明している人がいました。でも、その語源に従うとこの形になりそうです。

最近多いのは、いわゆる専門家アクセントの

アライ (LHH=)です。

最後の専門家アクセントの平板型は、専門家アクセントだけにニュアンスが違ってくるでしょうね。意味が違ってくるとまで言えるかどうかはわかりませんが。


5.
radikoのCMで、

「あなたの人生に素敵な偶々を」

https://kotobayasan.com/radiko-radiocm/

というのがありました。

偶々(たまたま LHHH=)をたまたま(H]LLL)と発音したら別な意味になっちゃいますね。OBS夜のイチスタ☆御用達のアレになっちゃいます。


6.
「敬語〜待遇表現の変化」

私がやっているのは、あくまでも記述であって、規範の浸透ではないので、規範と違うことがあっても、それを糾弾するのは、「立場を変えて」やらないといけません。

ということで、今回は記述的立場で。

最近「おられる」という尊敬語をよく耳にします。「いらっしゃる」「おいでになる」だと、「いる/いく/くる」の3つに対応してしまうし、「いる」だけに特化したいということで、これを誰かが使って、広まったのでしょうかね。

あと、補充法による尊敬語よりは、(ら)れるによる尊敬語の方が好まれるという最近の傾向とも関係があるかもしれません。(それこそ歴史的コーパスの経年変化を見ないと、「実証」したことにはなりませんが。)

「召し上がってください」「お召し上がりください」の代わりに、「いただいてください」というのも最近よく耳にします。「いただく」が謙譲語だという感覚が薄れてきているのでしょうか。それとも、食物の生産者に敬意を払っているのか。


7.
ちょっと前に私の指導院生が、会話の中で、「〜は」とか、「〜が」とかの助詞で始めて応答することに興味を持っていたのですが、

先日(先週ではないです)、J-WaveのFree Slideの中で、

「が [ŋa]」

で始めている人がいました。

本来なら、その人の言語的生育歴まで調べないといけないですが。

東北のある部分のご出身、あるいは他の[ŋ]を使う地域のご出身だったとしたら、母語の特性として、[ŋ]を使っているのでしょう。

母語として獲得しなかった人でも、アナウンサーになる養成校に通ったりして、かなり長じてから[ŋ]を習得した人とか、合唱の指導の中で指導されて[ŋ]を習得した人もいるでしょう。

でも後者の場合、服部が言うように「大烏」と、「大ガラス」で、前者を鼻音、後者を非鼻音(例えば摩擦音)で発音し分ける人はいないでしょう。

あとは、会話の中であるとはいえ、その当人の発話の初頭に[ŋ]を発音したということは、何かを示唆しているかもしれないし、説明されなくてはいけません。


8.
バンド名再び。

シリケッツというバンドがあります。
https://shirikettsu.jimdofree.com

シリケッツ(H]LLLL)と頭高型なので、バンド名として無標のアクセント型になっています。

シリとケッツ(ケツ)は両方とも尻で、「ッ」を入れることで、擬似的に複数形のバンド名にも聴こえるようにしているでしょう。

他に、頭高型にならないバンド名を見つけました。

ハシビロコウズ (LHHH]LLL)
ザ・クロマニヨンズ (H LHH]LLLL)

ファーストサマー・ウイカが、オチャノミズ (H]LLLL)だったらバンド名になると書いていますし、オカモトズ (H]LLLL)も同様の頭高型です。もしかして、頭高型になるのは、5モーラが上限だったりします?


9.
2023.1.9 J-Wave Special Sapporo Beer at Age 20, the Beginningで、シシドカフカさんが

「色々と私たちは関係が深いでございますけれども」

以前にも書きましたが、謂わゆるウ音便を使った

「深こうございます」

というのは、使用頻度がものすごく減っているのかもしれません。

「ございます」の前のウ穏便は、大学院の時の恩師、田中利光先生から、「東京共通語には、関西の方言から借用されて入り込んだ」と教わりました。

でも、大阪府出身の西畑大吾くんも「嬉しいでございます」って言いますし、東京だけでなく、関西でも、守旧的な方言を使う人以外では廃れてきているのかもしれません。

何が起きているかというと、そもそも

深い → 深こう
嬉しい → 嬉しゅう

というウ音便形は頻度が少ない。そこで、引用形式の「深い」「嬉しい」に、助詞「で」を継ぐことで、「連用」させているのかも知れません。

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