外語祭でのMIRAI企画実施報告「研究の秋祭り」

MIRAI生の博士後期課程2年伊瀬知です。日本語教師をしながら漢字学習の研究をしています。今回は11月に開催された外語祭(https://gaigosai.com/)で行ったMIRAI企画について報告します。

研究と社会をつなぐ「科学コミュニケーション」への想い

私はこれまで、日本語学校で日本語学習者と向き合ってきた経験知や専門知を社会にひらき、一般の方々と情報交換ができる場を作りたいと考えてきました。その背景には、日本語学校の内と外に壁があるのではないかという問題意識があったからです。日本語学習者は一歩教室を出れば、スーパー、役所、アルバイト先などさまざまな場面で人と関わりがあります。そこで関係性がうまく構築される一方で、うまく関係性が作れないこともあります。こうしたズレについて考える際、日本語学習者側だけでなく、受け入れる側の状況や想いを知ることも同じくらい重要だと考えていました。日本語教師としての知見は、双方が抱える課題の原因を探り、解決の力になる可能性があると感じています。また、生活場面のリアルな現状を教室に持ち帰ることは、実践的な日本語教育の実現にもつながると考えていました。しかし、実際には教育現場で働く日本語教師と一般の方が直接対話する機会は少なく、そこに壁を感じていました。この壁を乗り越えるアプローチとして関心を持ったのが「科学コミュニケーション」です。研究者と市民が対等に意見を交わすこの手法なら、日本語学校の内外を隔てる壁を取り払い、互いの知見を分かち合えるのではないかと感じていました。

この関心を行動に移そう!と決意したきっかけは修士時代に体験したMIRAI企画でした(https://www.tufs.ac.jp/mirai/fellowship/blog/054641.html)。この企画に参加してみて、ことばの面白さを再認識すると同時に、外語祭は研究者として一般の方とコミュニケーションが取れる貴重な場だと考えました。そして、博士課程に進学した2025年、メンバーを募り、最終的に4名のメインメンバーで外語祭企画を実施することとなりました。

コンセプト:研究の「プロセス」をひらく

外語祭全体会議では実行委員の方から外語祭について説明がありました。外語祭は単なるお祭りではなく東京外国語大学ならではの意義があるとのことでした。その意義の1つに「日ごろの学びにおける言語・地域・文化研究を主とした成果を発信すること」がありました。私たちはこの意義のもと、企画を練り上げるため、5月から7月にかけて月1回の会議を重ねました。7月には科学未来館でスタディーツアーも行いました(https://www.tufs.ac.jp/mirai/fellowship/blog/055792.html)。話し合った結果、私たちが掲げたコンセプトは以下の2点です。

①来場者が見ている景色(社会)がMIRAI企画に来る前と後で少し違って見えること

私たち人文社会科学研究者ができることの1つに「ものの見方を少し変えること」があります。私たちは日々、研究を通して当たり前を問い直し、新たな角度からの見方を示せるよう試行錯誤しています。企画ではそのプロセスや成果を発信しようと考えました。来場者が企画に参加した際に、言語や教育、文化について「こんな捉え方もあったんだ!」と気づき、心や生活が少しだけ豊かになる。そんな小さな変化が起きることを目指しました。

② 「人文社会科学の研究って何の役に立つの?」という問いに答えること

これは企画メンバーの「人文社会科学が社会に、そして自身にキャリアにどのように役に立つのか悩んでいるのは学部生、修士の学生も同じ」という話から生まれました。私たちMIRAI生は研究を進めるだけでなく、フィールドワークに出たり、アントレプレナーシップを学んだりさまざまな活動をしています。その中で、少しずつ人文社会科学の知識や経験が社会(いわゆるアカデミアの外)でも活かせるということがわかってきました。そこから、企画では私たちMIRAI生が普段から取り組んでいる「研究」と「社会」をつなぐことを一緒に考えて、そのプロセスを体感してもらおうと考えました。学部生や修士の院生はもちろん高校生にも人文社会科学研究を身近に感じてもらい、さらに「人文社会科学って、可能性があるんだな」とワクワクしてもらえたらいいなという期待を込めてこのようにしました。

テーマは「研究の秋祭り」ポスター1.jpg

前述した科学未来館でのスタディーツアーで学んだことの1つにテーマ設定があります。今回のテーマは「研究の秋祭り」に設定しました。堅苦しい研究発表ではなく、誰もが楽しく研究に触れられる空間を大切にしたいという思いから、このようにしました。教室内の雰囲気作りなどにもお祭りの要素をちりばめました。

「漢字」に関する企画を考える

私は日本語教育における「漢字学習」を専門としています。そこで、私は非漢字系日本語学習者がよく漢字の面白いところとして話す「パーツで漢字を捉える」ワークを考案しました。しかし、このワークは私にとっては「普通過ぎる内容ではないか」という不安が拭えませんでした。しかし、メンバーや科学コミュニケーターの方から、「日本語学習者はそんな風に考えるんだ」と言ってもらえたことで、日本語学習者の漢字学習になじみがない方にとっては新鮮な視点であることを再発見しました。そこから、日本語学習者の視点を借りて「来場者の当たり前を揺さぶる」体験にしようと決めました。

漢字を「作る」体験と漢字と「出会う」対話

最終的に、2つのワークを企画として実施しました。

① 漢字パーツパズル:発想の転換!意味から漢字を作る

日本語学習者が漢字を「パズルのような組み合わせ」として楽しむ点に着目しました。漢字が持つ意味を組み合わせて、新しい漢字を創作するワークを作成しました。子どもから大人まで楽しんで参加してくれ、78個の新しい漢字が誕生しました。「わ~意味がありそうだけど言葉が出てこない!」「この漢字ありそう!」と一生懸命考えてくれました。来場者に聞いてみると、「子どものときはひたすら漢字を書いて覚えた」という経験談が多く出てきました。日本語学校に在籍する日本語学習者は進学という目標のため、2年間で約2000字を学習します。書いて書いて...では覚えるのには限界があります。それでパズルのように組み合わせで覚えたり、部首やパーツをイラストにしたりして工夫して学習しています。このような漢字学習のバリエーションが日本語母語話者にも広まっていったらいいなと思います。

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日本語学習者の漢字の面白いところ

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大車(レクサス)は小学生作!

② 共有ボード:身につけたくなる浴衣

先述したように日本語学校に通う日本語学習者は2年間、漢字を学習し続けます。来場者は日ごろからどのくらい新しい漢字を身につけているのか、または身につけたいと思っている漢字があるのか疑問に思いました。そこで、来場者と「最近どんな漢字を覚えたか、覚えたいか、それはなぜか」を対話で共有する場を作りました。また、漢字を書くことを楽しむためにカラー筆ペンを準備しました。最初は「え〜、ないな〜」とおっしゃる来場者も、「日本語学習者は買い物するときに入っている材料がわかるようになるために漢字を学ぶんです」と学習動機を紹介していくと、「あ!あるある!」と思い出したように書き進めてくださいました。

多磨の「磨」: 今日ここへ来る時に、間違えないよう覚えた。

「雀」: 住所で書くから

「蹊」:スケジュール帳に書きたかった

「塩」: 最近まで「口」の部分を「日」だと思っていた。

予想以上に、多くの来場者が普段から新しい漢字を身につけたいと考えていたり、漢字を覚え直したりしていることが分かりました。さらに驚いたのは、今も「漢字を書く機会」が生活の中に意外にあることです。住所、手帳、メモ、仕事や学校。日本語教育では「漢字を書く必要があるのか」という議論がなされています。今回、来場者から書く場面について直接お話を聞けたことで、もう少し「書く」機会についての観察をする必要があると感じました。

来場者がワークを体験し、MIRAI企画の教室を出たあとふと漢字に目を向けたとき、「この漢字はなぜこの組み合わせなんだろう」と問いを抱いたり、「日本語学習者はどう覚えているんだろう」と想像を巡らせたり・・・。こんな新たな視点が、日常に加わっていたらうれしいです。

今回のこの企画を通じて、とても多くの方と意見交換、情報交換をすることができました。「漢字」という切り口で、来場者と日本語教育や研究の意義について、フラットに話せたことが何よりも収穫でした。日本語学習者の漢字の見方や学習の工夫が日本語母語話者の漢字学習にも効果がありそうだという手ごたえも感じました。自身の研究の可能性が広がったような気がします。今後も日本語教育について一般の方と意見を交わし合える場を作っていきたいと思います。