こんにちは。博士後期課程2年のイムへユンです。7月10日(金曜日)に、東京外国語大学の先輩であり、MIRAIプログラム修了生でもある長谷川健司さんをお招きし、「東京外国語大学 先輩が語る人生とキャリアのリアル」というイベントを開催しました。
イベントの目的
学生にとって最も大きな不安の一つは、「修了後、自分はどのような道を歩むのだろうか」という将来への漠然とした悩みだと思います。インターネットや説明会などを通してさまざまな情報を得ることはできますが、本学の先輩が、どのような悩みや葛藤を経て現在のキャリアを築いてきたのか、人生をどのように歩んできたのかを直接聞く機会は決して多くありません。また、従来のキャリア講演やイベントでは、就職先や研究成果など「成功事例」が中心となることが多く、参加者は無意識のうちに「正解のあるキャリア」を思い描いてしまいがちです。こうした背景を踏まえ、本イベントは、単なる成功談を紹介する講演ではなく、いろんな経験を先に歩んだ先輩が自身の悩みや試行錯誤を率直に語り、その経験を通して参加者一人一人が自分自身のキャリアについて主体的に考えるきっかけとなることを目的として企画しました。
なぜ長谷川さんにご依頼したのか
私自身、長谷川さんとは昨年のハワイスタディツアー(https://www.tufs.ac.jp/mirai/fellowship/056245.html)で初めてお会いしました。その際、成功や失敗という結果だけで物事を判断するのではなく、自分がやりたいと思ったことに素直に挑戦し続ける姿勢や、現在もなお新しいことに取り組み続けている姿に強く惹かれました。そんな長谷川さんのキャリア観や人生観は、多くの学生にとって「正解」を示すものではなく、自分自身の人生を考えるための大きなヒントになると感じ、今回の講師をお願いしました。
イベントの内容
第1部 講演会
第1部では、長谷川さんによる講演が行われました。長谷川さんのお話のポイントを、以下の4点にまとめてみました。

①「成功ストーリー」は結果から作られた物語かもしれない
まず、私たちが普段目にする「成功事例」をどのように受け止めるべきか、という問いから始まりました。私たちは成功した人の話を聞くと、「同じように行動すれば、自分も同じ結果を得られるのではないか」と考えがちです。しかし長谷川さんは、多くの成功ストーリーは、現在の成功という結果をもとに過去を再構成した事後的な物語であることを紹介しました。実際の人生では、計画通りに物事が進むことよりも、予想外の失敗や偶然の出会い、その時々の選択が積み重なって現在のキャリアが形づくられています。しかし結果だけを見ると、その過程は見えにくくなってしまいます。だからこそ、他者の成功をそのままなぞるのではなく、自分自身が経験を重ね、試行錯誤を繰り返しながら、自らの道を切り拓いていくことこそが、キャリア形成において最も大切な財産であると強調されました。この話は、成功を「真似すべきモデル」ではなく、「一つの事例」として捉える新しい視点を与えてくれました。
②研究室の外にも数多くの「専門家」がいる
私たちは専門性というと、学位や論文、研究実績と結び付けて考えがちです。しかし長谷川さんは、焼き芋職人、下水道の作業員など、さまざまな職業を例に挙げ、長年の経験や技術を積み重ねてきた人は、それぞれの分野における専門家であると述べました。特に下水道の作業員の例では、長年現場で経験を積んだ職人が、どの場所をどのように作業すべきかを経験に基づく感覚や判断によって的確に把握していることを紹介されました。このような知識や技術は、必ずしも学校教育や研究活動だけによって身につくものではなく、一つのことに向き合い続ける中で培われる専門性の一つであると言えます。このような多様な専門性に触れることは、研究者にとっても重要な学びにつながります。研究者も大学という枠の中だけで学ぶのではなく、社会のさまざまな現場や多様な人々との出会いから、新しい知識や視点を得ることができます。学問と社会は決して切り離されたものではなく、互いに密接につながっていると強調されました。
③正解を確認する人生ではなく、新しい可能性を見つける人生へ
私たちは高評価のお店を訪れて「やっぱり美味しかった」と感じます。しかし、それは新しい発見というよりも、すでに他者が評価したものを確認している経験なのかもしれません。長谷川さんはこの例えを通して、キャリアもまた、社会が示す「良い道」を追いかけるだけではなく、自分自身がさまざまな経験を積み重ねながら、自分なりの価値基準を築いていくことが大切だと語りました。良い大学、良い職場、安定したキャリアは確かに魅力的な選択肢ですが、それがすべての人にとって唯一の正解ではないことを強調されました。大切なのは、社会が用意した基準ではなく、「自分はどのような人生を送りたいのか」を問い続けることなのだというメッセージが印象的でした。
④多様な経験は、やがて一つのキャリアにつながる
長谷川さんは自身のキャリアを振り返り、一見すると関連のないように思えたさまざまな経験が、時間の経過とともに一つの道へと自然につながっていった過程を紹介されました。当時は自分にとっての意義を十分に理解できていなかった活動が、その後の研究や教育、新たなプロジェクトへと発展することもあれば、予想もしなかったチャンスが、そうした多様な経験の積み重ねの中から生まれてきたこともあったといいます。このお話を通して、キャリアとは最初から完璧に設計されるものではなく、多様な経験が積み重なり、それらが後になって結び付くことで形づくられていくものなのだということを改めて実感しました。
第2部 交流会・相談会

第2部では、長谷川さんを含む計8名が一つのテーブルを囲み、自由に意見を交わす交流会・相談会を実施しました。学部生、修士課程、博士課程と、それぞれ異なる立場の学生が参加し、一方的に話を聞く形式ではなく、お互いの悩みや経験を率直に共有する時間となりました。参加者が抱える悩みも実にさまざまでした。進路をまだ決められずにいる人、目指したい進路はあるものの今の方向性に迷いを感じている人、自分の夢と現実的な条件との間で葛藤している人、研究を続けるべきか別の道へ進むべきか悩んでいる人など、それぞれ異なる課題を抱えていました。そうした多様な背景を持つ参加者が互いの思いを語り合うことで、「自分だけが悩んでいるわけではない」という安心感や共感が自然と生まれていました。
相談会で特に印象的だったのは、「まず自分自身を知ることの大切さ」というお話です。長谷川さんは、進路を考える前に、自分は何を好きな人間なのか、どのような環境であれば楽しく働けるのかを理解することが何より重要であると話しました。また、実際に仕事をしてみると、最初に抱いていたイメージとは大きく異なることも少なくありません。そのため、一つの職業や役割に自分を縛るのではなく、長い人生の中でさまざまな経験に挑戦していく姿勢が大切であるというお話もありました。
さらに、満足できるキャリアは「どのような仕事をするか」だけで決まるものではなく、一緒に働く人、組織文化、働く環境といった要素も大きく影響するという意見も共有されました。参加者は互いの経験に耳を傾けることで、自分では気づかなかった視点に触れ、同じような悩みであっても、人によって価値観や答えが大きく異なることを実感していました。正解を見つけるための相談会ではなく、8人それぞれの人生や価値観に触れることで、自分自身の考え方を広げる貴重な時間となりました。
イベントを終えて
今回のイベントは、先輩が自分の経験と進路を紹介するだけのイベントではなく、参加者一人一人が自分自身の人生やキャリアを新たな視点から見つめ直すきっかけとなるイベントになったと思います。第1部の講演会では、キャリアに対する考え方そのものについて学び、第2部の交流会・相談会では、それぞれが率直に悩みや経験を共有することで、多様な価値観に触れる機会となりました。長谷川さんがこれまでの経験だけでなく、現在の悩みや葛藤も含めて率直に語ってくださったことで、参加者にとっても「講師の話を聞く」という一方向的な場ではなく、お互いの経験や悩みを共有できる場になったのではないかと感じます。そのような雰囲気の中で、参加者同士が自然に心を開き、それぞれの立場から研究や進路について語り合うことができました。学部生から博士課程の学生まで、異なる立場で研究や進路について考えている学生が一堂に会し、自由に対話を交わせたことは、本イベントならではの大きな意義だったと感じます。