東京外国語大学

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世界とっておき情報ー中国のスマホ決済と個人の信用度

中国の春節(旧正月)は従来、爆竹や花火で新年を祝い、CCTV(中央テレビ)の春晩(紅白歌合戦に相当する番組)を一家で見ながら過ごすのが一般的であった。私のルーツは中国にあり、今年の春節は上海で両親と一緒に過ごしたのだが、今までと様子が大きく異なっていた。驚いたことに爆竹や花火は市政府により禁止され、いつもならにぎやかな歌声がテレビから聞こえるのに、静かな演奏しか流れなかった。その代わり、家族や親戚はスマホ片手に何やら忙しくしていた。話を聞くと、友人知人と中国のWechat(微信)を通じて「お年玉」を配ったり、受け取ったりしているとのことであった。

Wechatは中国のIT大手テンセント(騰訊)運営のスマートフォン用インスタントメッセージアプリであり、日本のLINEのようなメッセージ交換・通話機能のほか、決済サービスの機能もある。ユーザーが銀行口座情報を登録すれば、インターネットを通じた買い物、高速鉄道の予約・支払い、タクシーの相乗り、店舗・レストランでの支払い、他のユーザーへの送金などが可能となる。筆者が春節の期間中、上海でレストランを利用した際は、Wechatを使って店の予約、料理の注文に加え、支払いまでスムーズにできた。

総務省の「IoT時代における新たなICTへの各国ユーザーの意識の分析等に関する調査研究」(2016年)によると、スマートフォン利用率は日本の60.2%に対し中国は98.3%である。特に60代でその差が顕著で、中国は96.8%と日本の35.0%を大きく上回る。中国の中商情報網の統計によると、2011年にサービスを開始したWechatの浸透ぶりは目覚ましく、普及率は2015年に75.9%に達している。

Wechatの決済機能はユーザーの信用度と紐付いている。信用度はユーザーの学歴、職業、車や住宅の保有状況に加え、購買履歴や納税状況などにより点数化されている。その点数に応じてETC(有料道路の自動料金収受システム)、自転車シェアリング、宿泊施設の利用などで様々な優遇サービスを受けることができる。信用度を上げることは中国人が自らの行動を律する動機づけにもなり得る。

Wechatの他にAlipay(アリペイ)のサービスも中国ではよく利用される。これらの決済サービスが中国で一気に普及した理由は何であろうか。かつては「ATM(現金自動預払機)に偽札が混入している」「従業員が売上金を着服する」といった金銭トラブルが深刻であり、こうした問題の未然防止・対応に多大な労力を費やさなければならなかった。タクシー乗務員は、降車時の支払いで百元札を乗客から受け取ると何度も表裏を目で確認し、親指と人差し指で一枚一枚触って真偽を確認するのが常だった。しかし、ネットの決済サービスでこれらの課題が一気に克服されようとしている。

中国は社会秩序を維持するため、次々と発生する問題に対して迅速に対応する必要がある。さもなければ不満が鬱積し体制に影響が出かねないからだ。日本が世界一といわれる精巧な紙幣で偽造を防ぎ、「お天道様が見ている」といった道徳観で信用度を維持しようとするのに対し、中国はシステム(しくみ)によって信用問題の早期解決を目指しているのかもしれない。技術と道徳観の醸成を待つほど悠長に構えていられないのが中国の実情だろう。

東京外国語大学 大学院総合国際学研究科
国際社会専攻 
博士後期課程  村上 昂音

【掲載日:2018.6.11】