アレキサンドル・ド・ロード編『ベトナム語―ポルトガル語―ラテン語辞書』

(イエズス会、ローマ、1651年)

当館請求記号:E4/a3/46

本書は、平成 8年に古書市場に売りに出されていたものを、本館が「大枚を投じて」購入したものである。本書の保存状態は非常によい。破損していたり虫食いのあるページは1ページもなく、印刷が不明になっているところもない。落書きや紙魚もない。これが本当に約350年前に発行された本だとは思えない程である。本書のサイズはA5版で、厚さは約5センチ。表紙は今でいうところのハードカバーとソフトカバーの中ぐらいの硬さで、手触りがよく、片手で持ってもさほど負担にならないくらいの重さである。 

 本書の学術上の価値はあらためて贅言を費やすまでもない。イエズス会の宣教師であったアレキサンドル・ド・ロード(Alexandro de Rodes, 1591―1660年)が編纂した本書は、17世紀のベトナム語を研究する上で第一級の資料である。また、現在のベトナム語の正書法であるローマ字表記の「クオックグー」は、17世紀にカトリックの宣教師たちによって考案され使用されたものが元になっているが、本書はその現存する最も古い資料である。本書で採用されているようなローマ字表記は、ベトナムのカトリック教会内部ではその後も使用されていたものの、漢字文化圏であるベトナムにおいて、一般に広く使用されることは長らくなかった。ローマ字表記の「クオックグー」が本格的に普及するようになったのは、フランス植民地下の20世紀初頭になってからである。本書を見て驚かされるのは、現在の表記とまったく同じ単語が散見されることで、「クオックグー」の原形が本書にあることをまざまざと実感させられる。 

以上ではベトナム語研究の立場から本書の重要性を述べたが、おそらくポルトガル語研究においても同様に本書は貴重な資料になるものと推察される。 

本書の編者であるアレキサンドル・ド・ロードは、ベトナムの社会主義体制の下においては、長年、「植民地主義の先駆的人物」として否定的に扱われてきた。しかし、近年、ベトナム文化の貢献者として再評価されるようにもなってきた。1991年にはホーチミン市社会科学出版社から本書の復刻版が出版されている。この復刻版には、原本のポルトガル語とラテン語の部分をベトナム語訳したものが付録として付けられている。

 復刻版の請求記号:E4/a3/95 

本書は「貴重本」であるため、残念ながら、学生諸君は本書を直接手にとって見ることはできないかも知れない。しかし復刻版の方は閉架書庫にあるので、所定の手続きをふめば、閲覧することができる。関心のある方は、是非、ご覧になっていただきたい。

 (ベトナム語専攻:今井昭夫)

2000年1月作成

*この資料は、2002年10月まで「今月の1冊」として紹介されていたものです*

平成19年度より、全頁デジタル画像を公開しています。