ご入学おめでとうございます!(2026年度入学式)
2026.04.04
2026年4月4日(土)、2026年度入学式が行われました。
言語文化学部356名(編入学10名含む)、国際社会学部349名(編入学10名含む)、国際日本学部87名(編入学2名含む)、大学院総合国際学研究科博士前期課程116名、博士後期課程25名、計933名の新入生が入学を許可されました。
- 学長式辞(学部入学式)(動画)
- 学長式辞(大学院入学式)(動画)
学長式辞(学部)
(言語文化学部・国際日本学部の式辞は英語で、国際社会学部の式辞は日本語で行われました)
新入生の皆さん、東京外国語大学へようこそ。
本日は英語でお話しします。皆さんの多くは、英語以外の言語を専攻します。そして、その言語の習熟度は、生涯にわたって皆さんの強みになるはずです。しかし、英語の習熟度が不足していれば、それはグローバル社会で不利な要素になります。専攻言語が何であれ、皆さんには高い英語力を身につけていただきたいと思います。
まず、ひとつの質問から始めたいと思います。なぜ皆さんは大学で勉強しようと思ったのでしょうか。そして、なぜこの大学を選んだのでしょうか。そのように自分自身に問うて、自分の選択を自覚していてほしいと思います。
なぜ、このように問うかと言いますと、AIが急速に発達し、普及している今日、外国語を学ぶ必要はあるのかという考え方が出てきているからです。
このような時代に、なぜ、皆さんは東京外国語大学への入学を決めたのでしょうか。
本日は、この問いに対する私の考えを皆さんにお伝えしたいと思います。要するに、AI時代においても大学で外国語を学ぶ意義がどこにあるのか、私なりの考えをお話しします。
ICTとAIの利用が広く浸透した今も、人と人が会って話す場面はなくなっていません。むしろICTという代替手段が整備されているからこそ、対面で会う価値が増しているのかもしれません。政治であれ、ビジネスであれ、重要な交渉や意思決定は、今も対面の会議でおこなわれます。先月、日本の高市首相が訪米し、今週、フランスのマクロン大統領が来日しました。
企業間でも、対面で交渉や商談がおこなわれています。そして、海外企業との取引が多い企業は、AI時代の今も、以前と変わらず語学力を重視しています。豊田通商や三井物産などの総合商社は、社員の語学力を向上させるため、海外研修制度を整えています。日本経済新聞の報道によれば、両社にとって、今後も語学研修の重要性は変わらないようです。取材に答えた三井物産の人事担当者は、AI時代においても「商社パーソンにとって語学力は競争力の源泉」(2026年2月17日)にほかならないと語っています。
総合商社が社員の語学力を重視するのは、外国語の運用能力が国際取引の場面で便利なツールになるからだけではありません。総合商社は、これからも語学力が、海外の取引相手との信頼づくりに欠かせないと考えているのです。
AIの発達と普及によって、多くの職場で仕事の内容や方法が変わっていくのは間違いないでしょう。日本政府の予測によれば、2040年に事務職の労働者は437万人が余剰になるそうです。しかし、AIが広範に普及した時代においても、人と人が会って話し合うという場面はなくならないでしょう。そこで、人が笑い、あるいは頷くというような光景は、これからも続いていくのではないでしょうか。
インターネットの登場も、確実に私たちの働き方を変えました。しかし、インターネット出現の前後で、人と人が会って話し合うという場面は、何か変わったでしょうか。人と人が会って話し合うという場面に変化がないのであれば、交渉で成果を上げるために求められる能力は、AIが登場する前の時代と変わらないはずです。そのような能力のひとつに言語の運用能力があるのです。
外交官の片山和之さんが著した『外務省研修所』(光文社、2020年)という書籍には、外交官に必要な資質・能力について、過去に外務省人事課が示してきた考えが紹介されています。2015年当時の人事課長は、次のように書いています。
「外交は、国と国との付き合いが基本ですが、突き詰めると国を代表している個人と個人の関係に還元されることが多いものです。それだけに、日本の外交を担う一人一人の外務省職員には、柔軟な思考力、交渉力、コミュニケーション能力、高い外国語力、豊かな人間的魅力など多くの資質が求められます」。
外務省も、必要な能力のひとつとして「高い外国語力」を位置づけているのは、職員が一人の個人として国境を跨いで他者と交流するなかで、他者の信頼を得て、他者に対する説得力と影響力をもつためには、それが欠かせないと考えているからです。
東京外国語大学の卒業生で、かつて外務省職員として首相の通訳も務めた黒川公晴さんは、毎日新聞とのインタビューのなかで(2026年1月15日夕刊)、AI時代にも必要とされる英語力とは「英語で相手の心を動かす、説得する、つながるといった「場」を作り出す上級レベルの英語力」であると表現しています。
単純な会話にとどまらず、「他者を動かす」ほど高次の言語運用能力は、まず、母語で身につけなければなりません。そのような能力を、さらに外国語でも身につけられれば、皆さんの活躍の範囲は、日本を超えて世界へと広がります。黒川さんは、英語は自分にとって「人生そのものを広げる「可能性の拡張装置」」であったとおっしゃっています。
AIが広範に普及する今後も、人と人が会って話し合う場面、とりわけ国境を跨いで人と人が会って話し合う場面の重要性がなくならないかぎり、外国語を学び、「高い外国語力」を身につける意義は、少しも衰えません。
外国語を学ぶ意義について、もう一点、申し上げます。
言語の習得は、単語の記憶だけでは完結しません。単語は、それが指す対象と一対一で対応しているわけではないからです。少し抽象的に表現すれば、単語の意味は「点」ではなくて「面」であり、その範囲は、ほかの単語との関係によって決まります。名詞でも、その意味には幅がありますが、動詞となると、それが指し示す範囲は、さらに曖昧さを増します。
今井むつみさんと秋田喜美さんの大ベストセラー『言語の本質』(中央公論新社、2023年)に詳しく説明されているとおり、子どもは、試行錯誤を繰り返しながら単語を習得していきます。子どもは、自分の理解にもとづき、適当と思われる文脈のなかで単語を使ってみます。それが目論見どおり正しく他者に通じる場合もあれば、使い方が誤っている場合も多々あるでしょう。このような試行錯誤をとおして、私たちは母語を身につけてきたのです。
このような言語習得のプロセスは、新たな知識の獲得、すなわち研究という知的創造の営みとよく似ているのではないでしょうか。単語の意味と使い方について自分なりの「仮説」を立て、それを試してみて正しいか否かを検証し、正しければ定着させ、誤っていれば仮説を修正する。これは、一般的な学術研究の手順そのものではないでしょうか。少し大袈裟にいえば、私たちは、小さな「発見」を積み重ねながら、言語を身につけるのです。
皆さんが外国語を学ぶプロセスは、子どもが言語を習得するプロセスとまったく同じではないでしょう。皆さんには、すでに母語を習得した経験があり、しかも、子どもにはない知恵があります。とはいえ、皆さんが外国語を学ぶプロセスにおいても、仮説を立て、試行による検証を経て、時には修正を加えたうえで理解を定着させるという試行錯誤が繰り返されるはずです。そのため、皆さんは、おそらく自覚のないまま、外国語の学習をとおして知的創造の訓練を重ねていくのです。
話が長くなりました。まとめに入りましょう。高性能のAIが広範に普及しつつある今日、外国語の習得に多大な時間と労力をかけるのは効率的ではないという意見があります。しかし私は、AIの時代においても、人と人が会って話し合う場面で、人が他者の信頼を得て、他者を動かすために語学力がもつ意義は、少しも衰えないと考えています。そもそも、そのような場面の重要性は、ICTとAIが普及した時代だからこそ、ますます高まっていくのではないかとも思います。
また、外国語を学ぶ意義は、単にコミュニケーションにかかわる技術を身につけられるという点にとどまりません。考えて、試して、失敗して、学ぶという試行錯誤にみちた外国語習得のプロセスは、知らず知らずのうちに知的創造の訓練にもなっているのです。
外国語を学ぶプロセスにおいては、失敗を恐れない挑戦と試行錯誤が欠かせません。外国語学習ほど、何度も何度も失敗を繰り返さなければならない営みはないのではないでしょうか。その同じ挑戦と試行錯誤の反復が、知的な創造に限らず、何か新しいものを創造していく際にも欠かせないのです。トーマス・エジソンが言ったように、失敗こそ成功のもとになるのです。
大学へようこそ。東京外国語大学へようこそ。さっそく本日から、何も恐れず、いろいろと挑戦してみてください。
2026年4月4日
東京外国語大学長
春名 展生
学長式辞(大学院)
(スピーチは英語で行われました)
(日本語訳は準備中)
言語文化学部長 祝辞
ご入学おめでとうございます。本日、2026年度の入学式を迎え、東京外国語大学言語文化学部に新たに加わった皆さんを、心から歓迎いたします。
皆さんが大学生活を始める今、世界は大きな転換期にあります。生成AIや自動翻訳の技術は驚異的なスピードで進化し、スマートフォンのボタン一つで、未知の言語も一瞬で日本語に置き換えられるようになりました。「わざわざ苦労して外国語を学ばなくても、AIがあれば十分ではないか」――そんな声が聞こえてくることもあります。けれども、そのような時代にこそ、東京外国語大学を選び、言語文化学部に入学された皆さんの決断は、とても頼もしく、私は大いに敬意を抱いています。
AIによって意味が通じることは、確かに便利で、時に十分な助けにもなります。しかし、意味が通じることと、人と人とが本当の意味で交流することは、同じではありません。
言葉の背後には、その地域の歴史や文化、人々の価値観が息づいています。それを感じ取り、相手と向き合いながら対話する力は、AIには代替できません。言語を学ぶことは、単に単語や文法を覚えることだけではなく、相手の世界の見え方を想像し、尊重しながら近づいていく営みです。そこにこそ、人と人との信頼が育つ土台があります。
また、本学での学びは、語学の勉強だけにとどまりません。1・2年生で身につけた専攻言語の力を手に、3・4年生では世界諸地域を対象に地域研究を進めていきます。その中でも言語文化学部は、言語そのものの仕組みや、文学・文化の奥深さを探究する場です。言語や文化を通して世界を見ることは、世界の見え方そのものを豊かにし、自分自身の価値観を広げてくれます。
世界では残念ながら戦争や対立が続き、人々の分断が深まっています。相手を「理解できない存在」として遠ざけることは簡単です。しかしそれではいつまでたっても対立や分断は収まらないでしょう。だからこそ、異なる言語や文化を理解し、対話を通じて橋をかけようとするこれからの皆さんの学びは、とても大きな意味を持っています。言葉を通して他者を知ろうとする皆さんの姿勢は、社会にとっても大きな希望となるのです。
東京外国語大学は、規模としては決して大きな大学ではありません。しかし、その分、学生同士のつながりが強く、あたたかい雰囲気に満ちた場所です。ぜひ多くの友人をつくり、互いに刺激し合いながら学んでください。そして、教員にも遠慮なく声をかけてください。疑問に思ったこと、興味を持ったことがあれば、ぜひ気軽に相談に来てください。皆さんの学びを支える準備は、私たち教員一同、いつでもできています。
これから始まる大学生活が、皆さんにとってかけがえのない時間となることを願っています。言語を学び、文化を知り、自分の関心と向き合い、世界と向き合ってください。皆さんがここで出会う言葉や人々が、これからの人生を豊かに形づくっていくことを願っています。
改めて、ご入学おめでとうございます。皆さんのこれからの成長を心より期待しています。
2026年4月4日
言語文化学部長
三宅 登之
国際社会学部長 祝辞
皆さん、このたびは御入学、誠におめでとうございます。
皆さんは東京外国語大学の国際社会学部に入学され、4月1日には150年前の本学の建学とともに、学部のカリキュラム、地域や言語の学びについて説明を受けました。ただ、本学の国際社会学部が総体としてどのような場所であるのか、ということについては、まだ十分には理解されていないかもしれません。
まずは、現代の世界情勢に目を向けてみましょう。
国際社会学部には、トランプ政権を支えるアメリカの宗教右派(福音派)を歴史的に説明できる北米地域研究者と、トランプ政権の無謀な関税政策の立案過程を分析できる国際政治学者がいます。
トランプ政権に向き合うヨーロッパについては、現代の西欧民主主義国家における政党政治や政策決定を比較しつつ、国際社会におけるEUの動向を解説できる国際政治学者がおり、また現代の国際政治を形づくった第一次世界大戦以降のヨーロッパの外交を説明できる外交史研究者がいます。
また、トランプ政権の圧力とたたかう国連等の国際機構を専門とする国際法学者が世界の食糧問題を研究し、その国連で職員として勤務し、現在では平和構築学を専門とする研究者が、国際平和と安全における科学技術の役割について研究しています。
現在アメリカ・イスラエルと戦争状態にあるイランは、1979年のイラン革命以降、宗教指導者が最高指導者の地位を握りつつも、三権分立や大統領選挙、国会選挙も実施する「イスラーム共和国」という政治体制を維持しています。このイランについて、国際政治・地域政治、抗議運動や民主化運動の観点から研究する政治学者がいます。
イラン情勢と深い関わりを持つ、シリアを始めとする中東地域の情勢、とりわけアラブ地域の情勢について、政治的偏向を伴うメディアの報道を批判しつつ、実情把握に努める政治学者がいます。
このように、現在進行形で展開する国際政治の現状について、独自の調査・研究を通じて見解を述べ、それを学生に教えることのできる研究者が揃っているということです。これが東南アジアでも、ラテンアメリカでも、世界のどこで何が起こっても、同じように信頼できる現状分析を専門家として提供する体制が本学部には整っています。
次に、アフリカ大陸を見てみましょう。アパルトヘイト体制終焉後の南アフリカの農場経営についての研究歴を持ち、アフリカ内での移民・難民の動向を現地社会に入って研究する地域研究者がいます。また、中部アフリカ地域を中心にアフリカの紛争を研究する地域研究者は、ルワンダのジェノサイドはなぜ起こったのか、国際社会はアフリカの紛争にどう取り組んできたのか、といった問題意識で一連の研究を行なっています。また、タンザニアやカメルーンについて、都市化により急激な変化を遂げる農牧民の生活におけるコミュニティの支え合い、コーヒー栽培の終焉に伴う生鮮野菜の栽培と女性の野菜商たちの生活戦略を追いかける地域研究者がいます。中部アフリカのカメルーン共和国、コンゴ共和国で熱帯林に暮らす農耕民や狩猟採集民の生業や生活文化について研究する文化人類学者がいます。
国際社会学部独自のアフリカ地域研究は、アフリカ大陸各地の都市や村々で長期にわたるフィールドワークを行なってきた現場経験豊富な研究者が集まっているということです。
東南アジア地域はどうでしょう。東南アジアの内陸国、現在のラオス人民民主共和国の近現代史、とくにナショナリズムの形成を研究する歴史家がいます。また、インドネシア大衆文化を研究し、ロックやポップスといったポピュラー音楽の歴史的な発展を、同国の政治的背景から考察する社会学者がいます。また、近現代ベトナムの伝統医療や現代ベトナムのセクシュアル・マイノリティをめぐる問題を分析する歴史学者がいます。またマレーシアについて、英領マラヤにおけるマレー・アイデンティティの形成、現代マレーシアの民主主義とナショナリズムを専門とする地域政治学者がいます。政治学・文化人類学・社会学などにまたがる学際的なアプローチで、フィリピン地域研究を行なう地域政治学者は、スラム住民、露天商、ハンセン病者、性的マイノリティ、災害被災者といった周縁化されてきた人びとをフィールドワークと理論的分析を通して研究しています。
かつての宗主国であった欧米諸国からの脱却を進めてきた東南アジア諸国の多様性を現地社会に即して研究することで、欧米的価値観を相対化し、東南アジア地域を主体とする独自の地域社会の在り方をこれらの研究者は探究していると言えるでしょう。
では、西欧社会についてはどうでしょう。先に述べた政治学に加え、イギリス、フランス、スペイン、ポルトガル、イタリア、ドイツ、チェコ、ポーランド、ロシアの専門家が、主に歴史学や社会学の方法を用いて、ジェンダー、移民、ナショナリズム、書物文化、政治文化、教会建築、ローマ教皇、感情史について、中世から現代に至る実に多様な研究を行なっています。世界諸地域の歴史研究者が国際社会学部に集結し、わが国における歴史学という学問分野の先端的で、厚みのある基盤を形づくっています。世界史が好きな皆さんにとって、国際社会学部は夢のような場所です。
時間の制約から詳しく述べることはできませんが、日本、中国、朝鮮を含む東アジア地域、モンゴル・ウズベキスタンを含む中央アジア地域、インド・パキスタンを含む南アジア地域、スペイン語圏及びポルトガル語圏を含むラテンアメリカ地域、そしてオセアニア地域についても、その地域の現地社会の研究を、国際社会との関わり、地域の歴史的な成り立ちから考える地域研究が本学部の骨格をなしていることがお分かりいただけたかと思います。
こうした現地主義を徹底する地域研究だけで終わらないのが、本学部の特徴です。その一つは、前述のように、これら全ての地域についてその地域の歴史的な成り立ちを近代社会の成立から精密に議論できる歴史学者が揃っているという点です。いま一つの特徴が、地域を超えて「現代世界」が抱える問題を理論的に考究する一群の研究者が現代世界論コースに名を連ねていることです。引き絞った弓矢がより遠くに届くように、本学部の地域研究は時間的な奥行きを取り、また理論的な体系化の方法論を備えることで、標的を射る精度を上げているのです。
世界の諸地域はいずれも、様々な問題を抱えながらも逞しく豊かな創造性を発揮する、魅力ある社会ばかりです。これから皆さんは、専攻した地域と言語の学びに沈潜し、自分だけの研究課題と出会い、それを解明するための自分だけの道筋を選び取ることになるでしょう。ただ、いま説明してきた国際社会学部の研究体制は、〈世界〉を見る視方の全体像でもあるのです。地域に沈潜しながらも、広く世界を見渡す眼を、本学部の総勢58名に及ぶ研究者から学び取っていってください。
令和8年4月4日
国際社会学部長
千葉 敏之
※教員の専門分野については、HPで公開している本学部の「教員ファイル」の記述を引用し、参考にしています(祝辞という性格上、表現を一部改めています)。
国際日本学部長 祝辞
皆さん、ご入学おめでとうございます。ご家族をはじめ、ここまで新入生の皆さまを支えてこられた方々にも心よりお祝いを申し上げます。
本日、世界の17の国・地域から87名の新入生を国際日本学部に迎えることができました。世界のさまざまな場所で育った皆さんが、数ある大学の中から東京外国語大学を選び、こうして同級生として出会う確率というのは、どれほどあるのでしょうか。皆さんの中には、夢が叶ってここに来た人も、当初の希望とは異なる選択をしてここに来た人もいると思います。いろいろな場所から、いろいろな思いを抱えて今日ここに集まり、ともに新たな一歩を踏み出そうとしている――そう考えると、とても不思議な「縁」を感じます。
日本語の「縁」という言葉は、人と人とのつながりや、人生の不思議な巡り合わせを表す言葉です。皆さんには、ぜひこの「縁」を大切にして、このキャンパスで実り多い時間を過ごしてほしいと思います。そして卒業するまでに、国際日本学部を選んだこと、ここで出会った人々とのつながりに、皆さん自身で豊かな意味を与えてほしいと思います。
「意味を与える」ということは、学問的な文脈では、単に主観的な行為ではなく、人間が世界を理解し、秩序づけるための知的営みとして説明されます。出来事や現象、数字そのものに、あらかじめ意味が備わっているわけではありません。私たちが文化や価値観、言語、歴史などの枠組みを通して、それを理解していく過程で意味が生まれるのです。ですから、同じ言葉でも、文脈や解釈する人によって意味は変わります。また、同じ現象でも、文化や社会的背景が違えば、その意味付けもまた異なるのです。
数年前に「タイパ」という言葉が流行語になりました。要した時間に対する効果を重要視する考え方ですね。たしかに、限られた時間の中で効率よく成果を上げることは大切です。しかし、学びの価値は、速さや効率だけで測れるものではありません。何かに挑戦して失敗すること、異なる考え方を理解しようと対話を重ねること、立ち止まり、迷いながらも考え続けること。そうした時間の中にこそ、深くそして長く心に残る豊かな学びがあるのだと思います。
国際日本学部での学びにおいては、効率だけでは測れないもの――理解の深さや経験の豊かさ、そしてその過程で生み出される意味――を大切にしてほしいと思います。
皆さんがこのキャンパスでの日々に豊かな意味を見いだし、いつか自信をもって世界に羽ばたいていくことを心より願い、私の祝辞といたします。
2026年4月4日
国際日本学部長
伊集院 郁子
大学院総合国際学研究科長 祝辞
本日、2026年春、東京外国語大学大学院 総合国際学研究科 博士前期課程および後期課程に入学を果たされた141名のみなさん、ご入学まことにおめでとうございます。志をもって進学を決意し、厳しい入学試験を経て今日この場にいらっしゃるみなさんに、研究科長として敬意を表し、歓迎するとともに、これから少なくとも2年ないし3年続くことになる本学での研究・研鑽の日々の幸多からんことを祈念します。あわせて、彼らの進学意志を尊重し、これまで蔭に日向にご支援をなさって来られたご父兄のみなさまに対しても ― この場にご列席でいらっしゃる・いらっしゃらないに関わらず ― 研究科長として心からのお礼とお祝いを申し上げます。
本学総合国際学研究科は、博士前期と後期の両課程に世界言語社会専攻と国際日本専攻、さらに後期課程には東京農工大学と電気通信大学とともに運営する共同サステイナビリティ研究専攻という3つの専攻を擁する高等教育・研究機関です。人的規模で言えば決して大きくありませんが、その研究・教育の射程は世界のほぼすべての国・地域を捉え、学問領域の点でも、人文科学と社会科学はもとより、自然科学とも接点を有するものです。海外や国内の大学、その他、教育・研究機関に留まらない多様なパートナーとの活動も盛んです。その意味で、本研究科は極めて大きな大学院であります。
そうした大きな環境の中で、入学を果たしたみなさんは、今後ひょっとして道に迷うこともあるかもしれません。そこで、同じ道をひと足先に通って来た者の一人として、本日私からはみなさんに1つだけアドバイスを差し上げたいと思います。それは「自発的・自律的であれ」ということです。
みなさんが大学院への進学を決意した動機はさまざまでしょう。今日ますます複雑化し、課題に直面する世界に専門的な知をもって貢献したいと願い、大学院修了後は社会に出て活躍したいと考えている方もいれば、学問の道をさらに深め、後進の育成に尽力したいと思っている方もいるでしょう。そのいずれを目指すのであれ、あるいはそれ以外の目標に向かうのであれ、みなさんは大学院生として、最終的に修士論文・修士研究ないし博士論文を提出して修了することを期待されています。この意味で、ここにいるみなさんは全員、「研究」を避けて通ることができません。
この要請はただでさえ大きく重いものである上、思うような成果を上げられないときには「大きすぎる、重すぎる」とさえ感じられるかもしれません。とりわけ昨今の、生成AIをはじめとする技術革新は世の中に一方で便利さをもたらしつつ、他方でかけがえのない人間の尊厳を脅かす危険を孕んでいます。研究の点では、成果のオリジナリティーに疑いの目が向けられ、研究倫理が問われる機会が増大しています。そのようなある意味、息苦しい空気の中にあっても、あるいは、あるからこそ、みなさん、研究不正には決して手を染めないでください。このような当たり前のことは、この場にいるみなさんはすでに何度も耳にし、承知していることでしょう。「またか」と思われるかもしれません。しかし、まさに「当たり前」であるからこそ、いま一度銘記してください:不正をしないという倫理は、本来、外から強制されるものではありません。倫理とは自ら自発的に律するということです。そして、この自発性・自律性はほかでもない、みなさんひとりひとりの志の根底にあるはずの喜び、すなわち「真理を探究することは楽しい」という原体験に負っています。偽りから生まれる喜びは存在しません。もし、みなさんが、みなさん自身の「喜び」を叶えるために進学したのであれば、「手っ取り早く成果が手に入りますよ」などという、悪魔のささやきに誘惑されることなどないはずです。喜びの原体験を(再)認識すれば、困難にぶつかっても、自信をもって前に進めるはずです。
また、研究をしているとついつい孤独になりがちですが、みなさんは決してひとりではありません。みなさんの周りには同じ思いをしている・してきた仲間が大勢います。彼らと苦しみを分かち合えば半減し、喜びを分かち合えば倍増します。自律的・自発的であるとは、結局のところ、他者と手を取り合うことができるということなのです。
さあ、みなさん、どうか自身の原点にある「喜び」の気持ちを思い出し、これからの大学院生活を実り多いものにしてください。そして、 自らを律し、他者と手を取り合える人間として本学を巣立ち、世界に大きく羽ばたいてください。そのためにいっしょに頑張っていきましょう。研究科長として応援しています。
2026年4月4日
東京外国語大学大学院総合国際学研究科長
藤縄 康弘