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シリーズ「大学院ってどんなところ?~東京外大の秘境に迫る~」第3回:映画と社会の関わり方~新谷和輝さん(ラテンアメリカ映画研究)~

外大生インタビュー

研究対象とどう関わっていくのかは、研究を続ける限り一生つきまとう困難な問題です。研究対象に思い入れがあるあまり、一方的な議論をしてしまうのも問題ですが、突き放して見ればいいというわけでもありません。今回インタビューにご協力いただいた新谷さんは、研究以外でもさまざまな形で映画に関わっていくなかで、「映画と社会の緊張関係に目を向けたい」と言います。新谷さんが研究やその他の活動のなかでどのように映画と関わってきたのか、留学中のチリからお話を伺いました。

新谷和輝(にいや かずき)さん:本学大学院博士後期課程。専門はラテンアメリカ映画研究。論文に「証言映画としての『チリの闘い』――闘争の記憶を継承するために」(『映像学』)、「「記憶の箱」としての映画観客―パトリシオ・グスマン『チリ、頑固な記憶』における記憶、情動、オブジェクト―」(『グァドランテ』)など。

※リサーチマップ:https://researchmap.jp/niiyakazuki

取材担当:山本哲史(やまもとさとし)(大学院総合国際学研究科世界言語社会専攻国際社会コース1年)(広報マネジメント・オフィス学生記者)

(本学の大学院は博士前期課

「もう少し勉強したい」

新谷さん。留学中のチリから。

―――学部から本学に所属されているとのことですが、大学院進学の経緯などと絡めて学部時代のお話を伺ってもよろしいでしょうか?

言語文化学部のスペイン語専攻で、久野量一先生[i]のゼミに所属していました。久野先生は今も指導教官です。卒業論文では作品を好んでよく見ていたスペインの映画監督、ビクトル・エリセ[ii]について書きました。修士課程への進学を決めたのは、研究者になりたい、という明確な目標があったのではなくて、スペイン語圏の映画についてもっと学んでみたいと思ったからです。就職活動はまったくしていませんでした。

―― 元々スペイン語圏の映画にはご関心があったんですね。

そうですね、高校生の頃からよく映画館には行っていました。進学先を東京外大にしようと思い、専攻語言語を選ぼうと考えていたときに、ビクトル・エリセの映画に出会いました。『エル・スール』という映画のスペイン語の響きに惹かれたんです。久野先生の前に本学にいらっしゃった柳原孝敦先生[iii]がとても映画に詳しい方で、この先生のもとで学べたらいいなと思っていました。

―――大学に入学してから、将来についてはどのように考えていましたか?

学部に入りたての頃は、配給会社などの映画関係の仕事ができればいいなと考えていました。ただ、映画の仕事だけを目指すなら専門学校に行けばいいわけですし、そこまで映画一筋というわけでもなかったので、語学を活かした他の仕事も視野に入れていました。3年生になったら、まわりと同じように就職活動をするのだろうと漠然と考えていましたが、そうはならずに、もっと映画について知りたいと思うようになりました。

[i] 東京外国語大学大学院総合国際学研究院/教授。専門はラテンアメリカ文学研究。
[ii] スペインの映画監督・脚本家。代表作は『ミツバチのささやき』、『マルメロの陽光』など。
[iii] 東京大学大学院人文社会系研究科欧米系文化研究専攻現代文芸論講座/教授。専門はスペイン語圏の文学、現代ラテンアメリカ文学。

「映画と現実社会との緊張関係」

―――ビクトル・エリセの映画からラテンアメリカ映画へと研究の興味が移られた経緯について詳しく伺ってもよろしいですか?

久野先生がキューバ文学を研究していることもあって、学部のときにトマス・グティエレス=アレア監督[iv]の『低開発の記憶』(1968年)という映画を見たのですが、これがとても面白くて、キューバ映画に興味を持ちました。日本ではスペイン語圏の映画についてはまとまった研究があまりありません。とくにラテンアメリカ映画については上映の機会も少なく、専門に研究している人は見当たらないので、自分で研究をすれば新しい何かが見つけられるのではないかと思いました。

―――研究テーマを見つけるにあたっては、程度の違いこそあれ、未開拓な分野を探すことになりますよね。ご自身の興味関心としてはどうでしたか?

1960年代は革命政府のもとでキューバ社会が大きく変化していた時期で、革新的な映画が多く生まれました。社会の激動期にあって映画には何ができるのか、映画が現実とどのような緊張関係を取り持つことができるのか、といったことに関心があったのですが、その観点から見ると、キューバ映画はとても興味深いと思いました。

―――新谷さんが修士課程に在籍された時期だと思うのですが、TUFS Cinemaで『エルネスト』という映画を観ました。今思えばキューバやキューバ映画が注目を集める時期だったのかもしれませんね。

阪本順治監督、オダギリ・ジョー主演の映画ですね。TUFS Cinemaの上映会では司会をしました、懐かしいです(笑) 。チェ・ゲバラという強力な存在の影響もありますが、キューバ革命がとても人気があって、キューバ映画を上映するとたくさんの観客が集まります。ただ、僕はもうちょっと距離を取って考えてみたかったんです。キューバでは映画や文化に対して検閲もあったので、研究では、革命と映画のあいだの微妙な関係について考えるのが面白いだろうと思いました。

―――修士論文のテーマは「キューバ映画の『公共圏』 1960年代を中心に」となっています。具体的にはどういった内容だったのでしょうか?

1960年代のキューバ映画を対象にしました。キューバでは、1959年に革命があって、それからの10年は俗に言うキューバ映画の黄金期です。キューバ映画芸術産業庁という国営の映画組織のもとで、国家的な映画政策が行われました。そうした環境のなかで、いかに映画が社会的な役割を果たしていたのかというのが研究の主要テーマでした。公共圏というのは、すごくおおまかに言いますと、人々が文化やコミュニケーションによって形作る社会的領域のことです。映画を作ったり、見たりすることは、公共圏を生み出す行為だと言えます。「公共圏」は主流のものがひとつあるだけではなくて、労働者や劣位に置かれた人びとが作る「対抗的公共圏」もある。キューバ革命映画は元々ハリウッド的な主流の映画への対抗として生まれましたが、その中でも⾰命を内側から⾒直す⼩さな公共圏を映画が作っていたのではないかと考えました。

キューバ、ハバナにある映画館

―――当時のキューバの映画を観る環境はどのようなものだったのでしょうか?

キューバには革命以前から映画館が数多くあって、北米の映画がよく観られていました。貧しい人も映画を観に行っていたと言われています。しかし、革命以降はそういった商業的映画ではなく、いわゆる革命映画の製作・上映が推進されていきます。都市部だけではなく、山間部のような映画館が建てられない地域まで行って上映する「移動上映」が行なわれて、観客の育成が目指されました。フィクション映画にあわせてニュース映画やドキュメンタリー映画も上映されて、国の現状を映画館で共有できる仕組みもありました。

[iv] キューバの映画監督。キューバ革命後に作品を発表し、ラテンアメリカ映画を代表する監督に。『低開発の記憶』は代表作の1つ。

「私はラテンアメリカ映画研究者です」

―――博士課程進学にあたっては悩まれることはありましたか?

本当はもっときちんと悩んだほうがよかったんでしょうけど、気付いたら入ってしまっていました(笑) 。山本さんは今何年生でしたっけ?

―――修士1年目です。

もしかしたら後で体験されるかもしれませんが、僕は修士論文を書いているときに、「なんだ、これは……」と、自分の論文に絶望してしまいました。修士課程は2年しかなくてあっというまで、これでは終われないというのが正直なところでした。指導教員とも相談しながら、もう少し研究を続けてもいいだろうということになったので博士課程進学を決めました。映画研究であれば、専門の先生がいる他の大学に行く選択肢もありましたが、僕は地域への関心と、今までの信頼関係ということで本学に留まることにしました。

―――日本で映画研究というと、どんなものが「主流」とされているのでしょうか?新谷さんの研究での立場とは違いがありますか?

日本では、日本、フランス、アメリカあたりの映画が研究の中心になっています。フランス映画も日本映画も面白いけれど、映画ってもっと色々な地域や文化によって捉え方が違うのではないかと思っています。いわゆる「周縁」の映画の研究も含めて、これも映画研究だということを学会などで発表していきたいです。

―――対象となる地域に偏りがあるんでしょうか?門外漢の私から見ていても、映画研究といえばフランス映画というイメージはあります。

特に日本は日本映画という大きな映画文化があって、それを研究する人が多いのは当然です。フランス映画の研究者が多いのも、作家や作品の規模や質からみても頷けます。もちろん僕は日本映画もフランス映画も好きですが、研究で自分に何ができるだろうと考えたときに、学部の頃にスペイン語の下地ができていたので、ラテンアメリカ映画を研究しようと思いました。人と違うことがしたいというのもありましたね。ラテンアメリカ文学の先生が映画を扱うことはありますが、ラテンアメリカ映画研究を看板にしている人は見当たらないなあと思ったので。

―――ラテンアメリカという枠組で映画を捉えることには、どういう意味があるんでしょうか?新谷さんにとってラテンアメリカ映画の魅力はどんなところにありますか?

ラテンアメリカは広いので僕も全ての国をカバーできるわけではないですけど、専門はラテンアメリカ映画ですと言っています。というのも、多くの国でスペイン語が話されていて共通の認識を持ちやすいというのと、キューバ革命の影響で1960年代から1970年代初めにかけて、ラテンアメリカ全体で同じ歴史や境遇を持った国が集まって自分たちの映画を作ろうというという連帯意識があったからです。当時の映画運動では、物がなくて貧しい状況でどうやって自分たちの映画文化を作るのかという探究がなされました。スクリーンと社会との距離が近いというか、現実の中で映画を撮ることの意味や葛藤が切実に映画で問われていることが魅力だと思います。

―――映画研究というと、作品内容の分析・批評というイメージがあります。新谷さんはそれよりも、映画をなぜ撮ろうとするのか、でき上がった作品を人がどう観るのかといった作品の背景や受容の部分を見ようとしているように思いました。

できるなら作品そのものについても、映画が生み出される環境も、映画が社会に開かれる過程も、全て研究したいとは思っています。特に関心を持っているのは、ある社会のなかで映画がどのような意味を獲得していくのかということです。観客の反応については修士論文でも取り組んでみましたが、資料を見つけるのが大変で、なかなか難しかったです。キューバでひたすら50年前の新聞を読んでいて、いい記事が見つかったときは嬉しかったです。

「研究テーマを『決める』ということ」

―――博士課程に入って修士課程との違いは感じられましたか?

博士課程に入ると、研究者としての自覚が出てきました。学会発表や、査読付き学会誌への論文投稿にも挑戦しました。博士論文を含め、早く論文を出したほうがいいという圧力は誰に言われるともなくなんとなく感じていますが、なるべく落ち着いて自分のやりたいように研究を進めようと思っています。

―――博士課程ではどういった研究をされているんですか?

チリのドキュメンタリー映画における共同性や集団性の系譜というテーマで、1960年代から現在にかけてどのような集団的な映画の実践があったかについて研究しています。チリは1970年代初頭に社会主義政権が成立するのですが、その後クーデターが起きて1990年まで独裁体制が続き、その後民主化されて現代にいたります。そうした時代の流れのなかで生まれた、革命政権期の映画運動や、その後の独裁政権下の人権侵害の記憶についての映画などが研究対象です。博士課程では修士論文でやったことを発展させるのが一般的だと思いますが、僕はキューバ映画からチリ映画にテーマを変えました。

―――なぜチリの映画にしたんですか?

前の記事で小栗さんも言っていましたが[v]、研究テーマって自分のどうしようもない興味関心だけではなくて、現実的な問題や偶然の流れに左右されることもあると思います。

―――「決める」というか「決まる」というか…。

僕はキューバ映画に関心はあっても、博士論文で書くイメージがなかなかできませんでした。でも大きな問題意識はつながっていて、映画における共同性ということを考えるには、チリの映画はピッタリではないかと思いました。チリではドキュメンタリー映画の製作が活発で、『チリの闘い』[vi]という素晴らしいドキュメンタリー映画もあります。今のチリの社会は動きがあってすごく面白いんです。

チリ記憶・人権博物館。ピノチェトによる独裁政権下の人権侵害を扱った展示の数々。

―――映画と社会の関係を常に意識されているんですね。研究を行なうにあたって、資料やデータをどれだけ入手できるかといった現実的な問題もあるかと思います。映画研究の場合、現地の情勢にどの程度影響されるのでしょうか?現地の情勢が安定しないと、難しいことも多くあると思うのですが。

チリでは2019年に大きな社会運動[vii]があって、他にも大統領選や憲法改正の国民投票[ⅷ]といった出来事が近年ありました。そうすると、映画の内容や手法、作り手たちの態度も変わります。ただ僕は、政治が直接映画にどう反映されるかを読み解くというより、現実社会の変化に対し、「じゃあ映画の方ではこういうことをやろう」という、映画ならではの別の流れをつくることに関心があります。資料について、今はとくに不自由は感じていないですが、現地の社会情勢によって制限されることはあると思いますね。

[v] TUFS Today. 2022. 「ナンバーワン、オンリーワンが求められる世界:小栗宏太さん(文化人類学/香港ポップカルチャー研究)」
[vi] 『チリの闘い』公式HP
[vii] 日本貿易振興機構. 2019. 「地下鉄運賃値上げをきっかけに反政府デモ拡大(チリ)」
[viii] 日本貿易振興機構. 2022. 「国民投票で新憲法改正草案を否決、大統領は新たな憲法改正プロセス推進を表明(チリ)」

「映画をなぜ撮るのか」

―――研究以外にもさまざまな活動やお仕事をされていますね。

何となくやり始めたものばかりです。学部の時は、年に一度開かれる学生映画のコンペティション「東京学生映画祭」の代表をしていました。それがきっかけで自主映画やインディペンデント映画に興味を持って、「ぴあフィルムフェスティバル」[ⅸ]という、日本で一番歴史のある自主映画の映画祭の予備審査員もやらせてもらいました。そこで同世代の面白い映画を作っている監督たちに出会って、この人たちの映画をもっと言葉にしたい、彼らにもっと映画を作ってほしいと思うようになりました。5年ほど前からは、「独立映画鍋」[x]というNPO法人に所属しています。日本のインディペンデント映画の環境を良くしようとする互助会のような団体で、今年になって代表を務めることになりました。こういった活動は、研究とは関係ないと思っていましたが、今考えると、小さな映画の運動や、共同的な映画の形への興味・関心ということでつながっているのかもしれません。

―――日本の自主映画を観たり、作り手と接したりしていて、日本の自主映画はどう見えてきましたか?

難しいですね(笑)。ただ、日本の自主映画文化は特殊だなと思います。ここまで色々な人がたくさん映画を作っている国はあまりないのではないでしょうか。自主映画って曖昧な領域で、趣味とも言い切れないし、お金のためとも言えない。でも、だからこそありきたりではない面白さがあって、そういう映画が作り続けられる文化をどう維持できるのかを考えてます。自分たちが作りたい映画を、どうすれば作り続けられるのかなって。

―――これからの世代も、良い形で映画を撮り続けられるといいですよね。

実は、最近、東京外大出身の若い映画の作り手が活躍しているんです。「TUFS Create」という映画サークルに所属していた同級生、四本研祥さんの『優しさのすべて』はイメージフォーラムで上映されましたし、今後も上映があるみたいです。同じく同級生の佐々木美佳さんの『タゴール・ソングス』という映画もポレポレ東中野で公開されて話題になりました。仲がいい人たちの映画を映画館で見られるのは嬉しいです。

―――新谷さんはラテンアメリカ映画の翻訳や紹介もされていますね。

ありがたいことに時々仕事をいただけます。自分でも面白いと思った映画を紹介してきたいですが、大変ですね。論文を書くことや学会発表は研究者の活動として欠かせませんが、リーチできる範囲はかなり限られているのではないかとも感じています。いろいろな人にラテンアメリカ映画について知ってもらうために、研究を届けるためのアプローチはいくつかあっていいはずです。

[ix] ぴあフィルムフェスティバルHP
[x] 独立映画鍋HP

「大学院には気軽に!…でもシビアな問題も」

―――今後のキャリアはどうお考えですか?

今のようにラテンアメリカ映画の紹介や研究を続けたいので、大学教員や研究者の職を得るのがよいと思っています。といってもまだあまり具体的なイメージが持てないのですが……とりあえず今は博士論文を出すことが目標です。

―――大学院への進学を考える人に向けてメッセージをお願いします!

修士課程は、自分の研究をしたいと少しでも思えるのなら視野に入れていいのではないでしょうか。博士課程については「みんな行こう!」とはなかなか言えませんが……(笑) 。でも、修士課程のあと一度就職してそれから博士課程に入ってくる人、働きながら大学院で学ぶ人、研究以外のことにも積極的に関わっている人など、それぞれ自分なりのやり方で生きていける場だとは思います。ときに孤独を感じることもありますが、学問を通じていろいろな知識や人と出会えるのは楽しいです。ただ、大学院に行くなら、お金のことはきちんと考えたほうがいいですね。誰もが何の制約もなく研究できるわけではありません。大学の奨学金や若手研究者支援の制度など、しっかり調べておいた方がいいと思います。お金の話は重要である一方、センシティブな話題でもあるので、なかなか院生のあいだでも相談したりできないんですけど… 。

―――親のスネをかじりつつ……というのがあってあまり人には話したくないという方もいらっしゃいますね。

そういう雰囲気はありますね。ただ、これは前にある先生が言っていたことですが、本当は頼れるものは頼ったほうがよいです。アルバイトを頑張って学費を自分で稼ぐのは立派です。でも、それで勉強や研究が滞って就職が遅くなるくらいなら、誰かに頼って集中して成果を出す方が、将来的にポストを得るには早いのかもしれません。

「映画に出演!」

すみません、もし記事に載せられるなら宣伝したいことがあるのですが…… 。

―――なんでしょう!?

最近、映画に出演したんです。黒川幸則さんが監督した『にわのすなば GARDEN SANDBOX』[ⅺ]という映画で、12月10日に公開です。マルセイユ国際映画祭にも出品されました。ぜひたくさんの人に見てもらいたいです。自分で出演しておいて言うのもなんですが、とても面白い作品です。

映画『にわのすなば GARDEN SANDBOX』。12/10(土)より公開。

―――どういう経緯で出演されたんですか?

聖蹟桜ヶ丘に映画関係者が集まるキノコヤというカフェ・バーがあって、よく行っていました。そのお店の人が映画を作ることになったときに、「新谷くん出ない?」と誘ってもらったんです。びっくりしましたが、素直に嬉しかったです。

―――出演してみて感じたことはありますか?

たくさんの人が関わって映画ができていくプロセスは不思議で、わからないことがまだまだたくさんあるなと思いました。普段研究していると見えてこない映画の奥深さや大変さがよくわかりました。視野が広がったというか、楽しみが増えたような気がしています。

―――研究対象であり、実際そこに自分でも入っていくと思うことはありますよね。来月公開の映画、必ず観に行きます。本日はインタビューにご協力いただきありがとうございました!

[xi] 映画.com 「にわのすなば GARDEN SANDBOX」

インタビュー後記

時差の関係上朝早くからインタビューにご協力いただきありがとうございました。私自身、映画や文学作品などを見る際に、ついその中に作品が作られた歴史的・社会的背景や作り手の思想などを安易に読み込んでしまいがちです。しかし実際は、監督の考え方、撮影技術や機材の変化、俳優と演出側の駆け引きなど、さまざまな要素が絡み合って1つの作品ができあがるはずです。作品を鑑賞するたびにその全てを考えるのは難しいかもしれませんが、意識的になるだけでも、今までと違った楽しみ方ができるでしょうし、人生の肥やしにもなるのかもしれません。

山本哲史(大学院総合国際学研究科世界言語社会専攻国際社会コース1年)

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