1998年度 インターネット講座

メディア・情報・身体 ―― メディア論の射程

第5回
チューリングの銀河系 (1)

(1998/08/16更新)

グーテンベルク銀河系の終焉

 1993年に『グーテンベルク銀河系の終焉』と題する著作を出版しているノルベルト・ボルツは、マクルーハンが「グーテンベルクの銀河系」と呼んだ書物文化の価値観に幕を引き、電子メディア、というよりデジタル・メディアの思考様式への転換を宣言しています。このタイトル自体が示しているように、ボルツの指し示す方向は、基本的にはマクルーハンの示したものと同じ方向にあります。研究者においてはマクルーハンのさまざまな定式化の粗雑さが批判の俎上にのぼっているものの(また、マクルーハン自身が当初大いに荷担した大衆ジャーナリズムにおいては、「マクルーハン」という現象はすでにジャーナリズムの性質上消費し尽くされたかのような観を呈している状況にありますが)、だからといってマクルーハンの提示した事柄の本質的な重要性には変わりはないことをボルツは『ニュー・メディアの理論』(1990)の中で強調し、現在のアクチュアルな状況に結びつけていきます。[註1] 

 とはいえ、マクルーハンの電子メディアに対する視点が、音声言語の段階での豊かな統合的な感覚の回復という、いわばユートピア的な原初性への回帰のニュアンスを色濃く持ち、西欧の文字文化に対する批判もその文脈においてなされているのに対して、ボルツにとって、電子メディアを語る際のアクセントは、「グーテンベルク銀河系」つまり書物文化の価値観との断絶によってもたらされる、(回帰ではなく)新しい段階を指し示すことにあるように思われます。先に挙げた『グーテンベルクの銀河系の終焉』(残念ながらまだ邦訳はありません)の中の「ハイパーメディアの世界への出発」と題された最終章の冒頭でボルツは次のように述べています。

「グーテンベルク銀河系の教養主義的戦略はもう出る幕を失ってしまった。新しいメディア世界の子供たちは、もはや本の上にかがみ込むのではなく、スクリーンの前に座っている。彼らの探求(サーチ)や研究はもはや一行ごとに音声的文字の英智に従うのではなく、形態認識を行いながら進行していく。彼らにとって世界は完全に異なったカテゴリーのもとに現象しているのである。すなわち、現実性の概念は機能という概念によって置き換えられ、分類と因果性に代わって配置・設定(コンフィギュレーション)が新たな位置を占める。そして、効果においては意味が消え去り、ファイン・チューニングが綜合Synthesisという宿題の後を引き継ぐことになる。(…) 今日でもなお伝統的なやり方で書くものは、基本的にいってもはや本を書いているのではなく、引用と思考砕片からなるモザイクを書いているのだ。[註2]」(p.201-202)

あるメディアから次のメディアへの展開のあいだに決定的な断絶を見る場合、前の段階のメディアは新しいメディアの出現によって大きく変容を遂げながらも、やはりそれ自体の特性・価値は保ち続けるという考え方は一般的にあると思われます。[註3] そのことは、現実に、書物が出現したことによって音声言語自体が消滅したわけではないということ、コンピュータによって文字がなくなったのではないという経験的な論拠からも言うことができるでしょう。それに対して、ボルツが上の引用に見られるように、決定的に文字文化に対していわば弔辞を述べる場合、そこで問題になっているのは、単に文字というメディアの持つ特性なのではなく、西欧近代がそれによって脈々と担ってきた「精神」とか「教養」とかいった価値の枠組みに対する訣別と言っていいでしょう。この問題については、この一年間の講義の終わり近くに主題化して取り上げたいと思います。

「技術メディア」におけるアナログ技術とデジタル技術(キットラー)

こういった電子メディア――というよりも、コンピュータを中心とするデジタル・メディア――によるパラダイム転換を一層明確な形で強調しているドイツ人のメディア論者として、フリードリヒ・キットラーについて言及しないわけにはいきません。(彼の著作『ドラキュラの遺言 ソフトウェアなど存在しない』は、最近、日本語訳が出されましたが、この本は、彼の研究の主発点としてのドイツ文学およびラカンとコンピュータの専門的知識を交差させて、きわめて刺激に満ちたアクチュアルな問題設定を行っている論集です。)キットラーは80年代半ばに、『書き込みシステム』(1985)と『蓄音機・映画・タイプライター』(1986)の二つの大著(後者は、現在翻訳がなされつつあるようですが、残念ながらまだ出ていません)によって、メディアの展開を取り上げていますが、ここではまず96年の『現代思想』に掲載された短い文章に言及しましょう。「コミュニケーション技術の歴史」と題されたこの小論では、メディアの展開の区分を設定するにあたって、まずコミュニケーション技術の文化の過程に対する視点を提示し、それに応じて歴史的記述のブロック分けを行っています。

「口述性から筆記性への歴史的移行は、[相手との直接のやりとりとしての] 相互反応行為 (Interaktion) とコミュニケーションとが分化することと同等であり、これに対し文字・文書 (Schrift) から技術メディアへの移行は、さらにコミュニケーションと情報とが分化することと同等である。(…) この分化の過程は、コミュニケーションメディアの歴史的記述を大きく二つのブロックに分けることを可能にする。第一のブロックは文字・文書Schriftの歴史を扱うのだが、このブロックはさらに手書き文字・文書Schriftのブロックと印刷文字・文書Schriftのブロックに分かれる。技術メディアを扱う第二のブロックは、技術メディアの基礎をなす発見であった電信に始まり、アナログメディアを経て、最後はデジタルメディア、すなわちコンピューターに至る。」(『現代思想』1996 vol.24-4, p.146)

ここでも「口述性」→「筆記性」→「(電気的)技術メディア」という展開が前提とされていますが、キットラーの区分において問題となってくるのは、音声メディア(「口述性」)以降の「A 文字・文書」Schrift(ドイツ語のSchriftにはこの両方の意味があるので、このように訳出されています)と「B 技術メディア」とここでは呼ばれている(主に)電気的なメディアです。そして、前者について、「1 手書き文字・文書」と「2 印刷文字・文書」が区別されているという点では、これまでのメディアの展開の把握においても一般的なものですが、キットラーの区分で重要なのは後者「B 技術メディア」に関して、「1 電信Telegraphとアナログ技術」と「2 デジタル技術」とを峻別していることです。

A 文字・文書  

  

1 手書き文字・文書 
2 印刷文字・文書 
B 技術メディア  1 電信とアナログ技術 
2 デジタル技術 

マクルーハンにとっては、電子メディア(上の表でいえばB)におけるアナログ技術(1)とデジタル技術(2)を分けることにはまったく関心が払われていませんが(むしろ、別の観点から電子メディアの特性が二分法的に捉えられています。それについては第3回講義を参照)、それは彼の時代にあっては仕方のないことではあります。『メディア論』(Understanding Media)が出版されたのと同じ年、1964年の4月に、コンピュータの発展における「第3世代」とされる、最初の「シリーズ・コンピュータ」としてのIBMシステム360が出されていますが、汎用計算機としての新しい一歩が喧伝されていたこの段階では、コンピュータやそこでのデジタル技術が、メディアとしてどれほどの可能性をもち、人間の思考様式を規定するものとなりうるかは、思い描くことができなかったでしょうから。それはともかくとして、キットラーにとっては、現代の「技術メディア」におけるアナログ技術とデジタル技術のあいだの決定的な技術的差異に対応するような、両者のあいだの決定的な思考の枠組みの差異こそが問題となります。「文字文化」に対する「電子文化」というメディアの発展段階の把握ではなく、マクルーハンが「電子文化」と呼んでいるものの内部で新たな段階を踏み出している「デジタル技術」によって生みだされるような思考の枠組み、人間のあり方こそが問題となります。マクルーハンは「電気的electric」と「電子的electronic」とをことさら区別することなく用いてますが、アナログとデジタルのあいだ に決定的な差異を見る立場からは、前者が「電気的」段階であり、後者が「電子的」段階と呼ばれることになります。[註4] 「電気は、まだ電子ではないのだ。」(F. Kittler, Grammophon, film, Typewriter. Berlin (Brinkmann & Bose) 1986, p.8)

 キットラーは「デジタル技術」への転換を決定づけた人物として、とりわけ、現代のコンピュータにつながる論理的・数学的可能性を示したA.M.チューリング、現代にいたるまでのコンピュータの基本的な構造を構想した J.フォン・ノイマン、そして現代の情報理論の基礎を築いたC.E.シャノンにつねに立ち返り、デジタル的思考の原点とみなしています。このことが重要となってくるのは、キットラーにとって、あらゆるデータを二進数に置き換えてしまうことが、ほかならぬ「アルファベットの終焉」を決定的に意味するものとされているからです。[註5] 上にあげた三人の業績のうちでも、「あらゆるデジタル技術の根本的な回路を設けた」離散的万能チューリング機械は、理論的原点としてやはり特別な意味を与えられているのですが、デジタル技術によって引き起こされた思考様式・価値観の体系を「チューリングの銀河系」と呼ぶことにしたいと思います。[註6]これはもちろんマクルーハンの名付けた「グーテンベルクの銀河系」という文字文化・書物文化の価値観・思考様式に対置されるものです。(このような捉え方においては、その中間に位置するデジタル以前の電気メディアのもつ意義は、多少後退することになるかもしれません。)以下において、この「チューリングの銀河系」がわれわれの思考様式におい てどのような意味を持つものとなるのか、見ていきたいと思いますが、その前にまず、チューリングやフォン・ノイマンについて少し言及しておくことにしましょう。

A.M.チューリング

 このタイプに名前を冠されたイギリスの数学者・論理学者 A.M.チューリングは、1936年に書かれた「計算可能な数について」という論文で「チューリング・マシン」と呼ばれることになる論理的機械を提唱しますが、現在のコンピュータの論理的構造はこれにより基本的に打ち立てられることになります。チューリングの名は、1950年の「コンピュータと知能」という論文で述べられた、人間の応答を模倣するコンピュータがおよそ50年もすれば、つまり今世紀のうちに、できるであろうという主張と、その「模倣ゲーム」、つまり人間の知能の模倣可能性を判定する「チューリング・テスト」によってもよく知られています。[註7] チューリング・マシン」は、コンピュータがまったく現れていない時点において、純粋に論理的に構想されたモデルですが、それは、有限個の操作規則およびその操作規則によって制御され読み書きをおこなうことのできるヘッドの部分と、左右に自由に動くことができヘッドによって書き込まれる無限長のテープの部分の二つから成り立っています。この「マシン」は、もっとも原始的な形では、操作規則とヘッドとしての鉛筆(書き込み)・人間の目(読みとり)、それらを操作規則に従って制御する人間、そして紙テープさえあれば実際に機能することになります。この「マシン」が処理すべき情報が二進数によるものであり、したがってテープに書き込まれている情報が0か1かブランクであるとき、それは原理的には現在のコンピュータと同じものとなります。

J.フォン・ノイマン

 しかし、もちろんこのチューリング・マシンは、それ自体としては、いわば単なる論理的なゲームであり、処理の速さが決定的な要件となるコンピュータとして現実に機能することにはなりません。この「マシン」を物理的に実現することになったのが、1945年にフォン・ノイマンによって開発された(完成したのは1951年)コンピュータです。中央処理装置(CPU)とメモリ、そしてそれぞれアドレスをもつデータと命令を相互に伝送するバス機構という三つの基本的要素を備えるハードウェア、および、プログラムとデータが二進数の列として同じ方法で保存され、処理の際にメモリにロードされるソフトウェア、という構想によって設計されたこのノイマン型コンピュータ」は、現在それに対して何の違和感も感じず受け入れることができることにも示されるように、現在にまでいたるその後のコンピュータの設計原理の基本となっています。

チューリング・マン

 さて、このようにノイマン型コンピュータという物理的な具現物を得て、チューリングによってもたらされたような論理世界の枠組みによって強く規定されるようになった人間を、J.D.ボルターは「チューリング型人間」と名付けています。(『チューリング・マン』1984)著者のボルターは、もともと西洋古典学・古代哲学を学んできた人ですが、コンピュータに強い関心を持ち、人文科学とコンピュータ工学との境界的な研究を行っている研究者です。彼によれば、チューリング型人間とは、とりあえず次のようなものとして語られています。 

「チューリング型人間は、西洋文明において、人間的背景と工学的背景とをもっとも完全な形で統合したものである。すなわち、ものをつくる人間とつくられるものとの統合なのである。チューリング型人間において、同時代の技術を「通じて」思考するという、確かにどの時代にも潜在的には存在した傾向が、その極端な形を取ることになる。すなわち、この方の人間にとって、コンピュータは、人間の合理的思考を反映している、あるいは、実際に模倣しているということになる。これこそが、チューリングが人工知能の可能性を信じたことの確信である。機械が人間と同様に考えるようになるということの実現によって、人間は人間自身を再創造し、人間すなわち機械であるという規定を与える。」(『チューリング・マン』p.19)

つまり一言でいえば、チューリング型人間であるということは「人間はコンピュータである」(p.337)という、いささか極論めいた観念を表明するものとなります。こういった考え方の背景となっているのは、上の引用からも見て取れるように、それぞれの時代に支配的な思考様式・価値観が要請する技術、またその技術によって規定される思考様式・価値観が存在するという前提です。著者のボルター自身が認めているようにかなり大雑把な図式化ではありますが、彼はこういった文化と技術の相関的な発展段階を、古典古代のギリシャ・ローマ、「西欧世界」、とりわけデカルト以降の機械論的な自然観をもつ西欧近代、そしてデジタル的な電子技術によって規定されるようになった現代、という形で捉えています。つまり、「チューリング・マン」とは、電子技術の時代における思考様式を代表する人間のタイプであり、そのような文化と技術との関係への移行が現在おこりつつあるのだということをボルターはこの著作の中で示そうとしているといえるでしょう。

 こういったチューチング・マン的な思考様式と、それ以前の文化における思考様式をボルターはさまざまな局面から比較していきます。例えば、それぞれの文化段階における論理的思考の具現化という点については(第4章)、CPUによって実行される論理的処理においては「離散性」「規約性」「有限性」「孤立性」というという四つの特質が認められると指摘しています。日常的思考が個々の事項の連続性に基づいているのに対して、コンピュータではあらゆる知識が二進法的表現に符号化され、一連の離散的な値に分解されます。また、日常の言語においては言葉という指示記号とそれによって指示される意味内容が、ごく自然にきわめて密接に結びつき、とりわけ詩的言語においてはそもそも言葉を記号としてみなすという考え方さえ否定されるのですが(これに関しては、もちろんさまざまな言語学・言語思想の立場によって見解が異なります)、コンピュータ的思考においては指示する記号と指示対象との関係は完全に「規約的」なものです。また、「有限性」に関しても、とりわけ西欧近代の思考が「無限性」に魅了されていたのに対して、コンピュータは有限数と有限論理のみを受け入れるこ とができます。「孤立性」ということで、ボルターが意図しているのは、コンピュータが完全に内部の論理世界の中だけで機能し、外部の物理世界から孤立したものであり、人間相互の心のふれあいのようなものはありえないということです。こういった特質から、例えば、「精神」といった要素はコンピュータ的思考からはまったく排除されるということをボルターは強調します。

 このようなコンピュータ的思考様式に基づいた論理性・空間把握(コンピュータの電子空間内での論理空間と物理空間の乖離)・時間の観念(ナノ秒単位のプログラム進行にともなう時間感覚の変容)・言語観(「自然言語」→「高級言語」→「アセンブリ言語」→「機械語」への論理的翻訳、それにともなう離散性の増大)、コンピュータにおける「創造性」の観念の新たな規定、人工知能と新たな人間観、などは、科学技術全般とりわけコンピュータに対して批判的な人々にとっては、理想化された人間性・精神性・自然のまさに対極をなすものとなります。しかしボルターは、一般にほぼ無条件に肯定的特質としてみなされている人間の「自律性」、「自然への愛」、「感情の平衡」、また「ファウスト型」(ゲーテの『ファウスト』にちなんでシュペングラーが『西欧の没落』で用いた言葉です)人間の内面性・精神性への希求などは、人間に本質的に内在するものではなく、とりわけ「西欧近代」というある特定の文化的枠組みの中で展開してきたものであることを指摘します。つまり、それらの成立の日付はかなり新しいものであり、地域的にも限定されているということです。[註8] 自ら西洋古典学・ 古代哲学の研究者でもあるボルターは、彼の考察をギリシャ・ローマ的な思考様式からはじめてはいますが、コンピュータ的思考、チューリング型人間の思考様式が直接対峙するのは、やはりなんといっても、今のわれわれの文化においても脈々と受け継がれている西欧近代の思考様式なのです。この著作では、直接的に西欧近代の思想的枠組みに対する批判的視点が示されているわけではありませんが、基本的には、例えば今回の講義の冒頭で言及したボルツの姿勢にもつながるものとみなすことができるでしょう。



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