1998年度 インターネット講座

メディア・情報・身体 ―― メディア論の射程

第5回講義 註

註1
マクルーハン批判に対しては、例えば次のように述べています。「彼のメディア概念が、信号体系code、回路、メッセージのあいだで、必ずしも截然と区別できないことを示すのは容易である。また、全ての書物を時代遅れにしたものを1冊の書物において描き出そうという、遂行的自己矛盾も容易に指摘できる。言葉と像のコラージュによる非-書物『メディアはマッサージである』によってこの論理的陥穽から逃れようと言う試みも、むしろ惨めな結果に終わっている。とはいえ、より多くを見ているこの人物の側に正当性があると知っている人々にとっては、こうしたことは全て何の妨げにもなりはしないだろうが。」(「悦ばしきメディア科学 マーシャル・マクルーハン」(初見基訳)、『InterCommunication 12』NTT出版、77頁)この「InterCommunication 12」に訳出された文章は、本文で言及している『ニュー・メディアの理論』Norbert Bolz, Theorie der neuen Medien. Muenchen (Raben Verlag) 1990、のなかから取られており、特にこの箇所でマクルーハンに言及されています。
註2
とりわけこの引用の最後に述べられている「引用と思考砕片からなるモザイクを書いている」という言い回しは、ボルツが精力的に取り組んできたもうひとつの対象であるヴァルター・ベンヤミンの表現・思考法をそのまま受け継いでいます。ノルベルト・ボルツ「ベンヤミンの美学」、『批評空間』1994 II-2, pp.48参照。
註3
例えばオングは次のように述べています。「エレクトロニクスを用いた装置により印刷本はそのうちなくなってしまうだろうと言われることもあるが、しかし、実際は、エレクトロニクスは、ますます多くの印刷本を作り出している。電子的にテープ録音されたインタビューは、無数の「対話」本や「対話」記事を作り出す。そうした本や記事は、テープ録音が可能になる前には決して実現しなかったものである。ここでは、新しいメディアは、古いメディアを補強している。だが、もちろん、それを変形してもいる。なぜなら、そうした新しいメディアは、新しい、わざと格式張らないスタイルを作り出すからである。(…)さらに、コンピューターの端末で活字を組むやり方が、すでに述べたように、旧来の職jのや理方に取って代わりつつある。その結果、まもなくほとんど全ての印刷が、何らかのしかたで、エレクトロニクスを使った機械の助けを借りて行われることになるだろう。そしてもちろん、エレクトロニクス装置によって集められ、処理されるあらゆる種類の情報が、印刷にもたらされ、活字の生産量を増大させる。最後に、書くことによって始まり、印刷によって新たな強度の段階にすすんだことばの逐次的処理sequential processingとことばの空間化は、コンピューターによってさらに強化される。」(オング『声の文化と文字の文化』p.278-279)
註4
「メディアが、電気的・電子的なテクノロジーによって構成されている場合に、これを「電気メディア(electric media)」または「電子メディア(electronic media)」と呼ぶことができる。コンピュータより前の電気的なテクノロジーによって可能になったメディアを「電気メディア」と呼び、さらにコンピュータ以降のディジタル技術を組み込んだメディアまでも包摂するときには、そのメディア「電子メディア」と呼んで、両者を区別することができる。しかし、メディアが惹起しうる体験の室に準拠した場合には、両者は連続的であるとみなすべきだろう。[この箇所で、吉見俊哉『メディア時代の文化社会学』新曜社、1994年、参照、とある。] われわれが考察してきたパズルに関しても、両者を区分することは、たいした意義をもちえない。」(大澤真幸『電子メディア論』新曜社、1995年、31頁)
註5
「環境の提供するものがアルファベットのデータであろうと数字のデータであろうと、つまり文字Schriftであろうとメディアにおける測定値であろうと、命令、データ、アドレスは機械内部においては全て二進数に置き換えられている。関数と変数、演算子と数値とのあいだに設けられていた古典的な区別は、どうにでも融通の利くものとなった。オペレーションに対してもオペレーションを適用し、オペレーションの分岐を自動化することを可能にしたのは、しかし、ほかならぬこのアルファベットの終焉だったのである。だからこそコンピューターは、原理的に他のあらゆるメディアを取り込むことができるのであり、そうしたメディアのデータを数学的な信号処理手続きに従わせることができるのである。」(『現代思想』1996 vol.24-4, p.156)
註6
この名称は後に取り上げるように、キットラーとも近い関係にある(同じベルリン・フンボルト大学の研究者)フォルカー・グラスムックによるものです。(フォルカー・グラスムック「チューリングの銀河系 ディープ・サーフェイス讃」大宮勘一郎訳『InterCommunication 12, 13』)
註7
チューリングの50年の論文「コンピュータと知能」の邦訳は、西垣通『思想としてのパソコン』NTT出版、91-126頁に全文掲載されています。
註8
これについては、ヴィレム・フルッサー『テクノコードの誕生 コミュニケーション学序説』村上淳一訳、東京大学出版会、1997年、92ページ以降、で述べられています。(第11回講義参照)

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