7. 朝鮮語の文法

1) 語順と主語

 朝鮮語の語順は基本的に日本語と同じだといえる。「私は・本を・買った」のように<主語・対象語(いわゆる目的語)・述語>の語順をとり、また「難しい・本」のように<修飾語・被修飾語>の語順をとる。
 また、次のように英語などでは関係代名詞を用いるような構文でも語順は日本語と同じである:
 
  내가  어제  그  책방에서  산  책은  아주  재미있었다.
   ネガ   オジェ  ク   チェクパンエソ  サン  チェグン アジュ  チェミイッソッタ
  私が  昨日  あの 本屋で   買った 本は  とても 面白かった。


 この際に「買う」を意味する動詞は「本」という名詞にかかる連体形という形をとるが、日本語と違って朝鮮語では用言の終止形と連体形は常に異なった形になる。例文では산[サン]が連体形で、「買った.」という終止形なら샀다[サッタ]という形になる。

 動作の主体さえ聞き手に明らかであれば主語として言語上ではいちいち提示しない。日本語同様、必要なときだけ主語の形で明示するわけである。

2) <てにをは>

 朝鮮語にもいわゆる<てにをは>が存在する。語幹の後ろに語尾(助詞)がつく、いわゆる膠着である。名詞など体言類につくものを特に体言語尾と呼ぶが、この体言語尾の類はその機能の点で日本語とよく似ている。中でも日本語の学校文法で言うところの係助詞<...は>にあたる-는[ヌン]/-은[ウン]と、格助詞<...が>にあたる-가[ガ]/-이[イ]の存在は特記すべきである。先の例文と共に次のような例にも注目されたい:
 
  코끼리는 코가 길다.         저는 국밥이 좋아요.
   コッキリヌン   コガ  キールダ         チョヌン ククパビ チョーアヨ
   象は     鼻が 長い。        私は クッパ(おじや)が いいです。

   손님이 국밥이세요?                 -아뇨, 나는 우동입니다.
   ソンニミ   ククパビセヨ                       アーニョ  ナヌン  ウドンイムニダ
  お客様がクッパでいらっしゃいますか?--いいえ、僕は うどんです。
  この<...は>にあたる-는[ヌン]/-은[ウン]と<...が>にあたる-가[ガ]/-이[イ]の用法のうち、日本語と大きく異なる例としては次のようなものが代表的である。なお、「A/B」とあるのはABいずれの形もありうることを示す:
   그것이 무엇입니까?                 네?  인천이  어디예요?
   クゴシ  ムオシムニッカ                    ネ    インチョニ   オディエヨ     
  それは 何ですか?                  え?仁川ってどこですか?
  (逐語訳すると「それが何ですか」) (仁川がどこですか?)

   인천이/인천은  부산 근처가 아니라 서울 근처죠?
   インチョニ / インチョヌン  プサン ク-ンチョガ アニラ   ソウル  クーンチョジョ
   仁川って/仁川は 釜山の近くじゃなくてソウルの近くでしょ?
 (仁川が釜山近くが違ってソウル近くでしょ?)
 <...になる>も<...がなる>という。

 対格<...を>にあたる語尾には-를[ルル]/-을[ウル]があり、他動詞の対象語(目的語)として用いられるが、次のような例でもこの語尾が用いられる。なお-에[エ]は<...に>、-엘[エル]は<...に>と<...を>が結合した語尾である:
 

  전에도 인천을/인천에/인천엘 세번을 갔다왔거든요.
   チョネド インチョヌル/ インチョネ / インチョネル セーボヌル カッタワッコドゥニョ
   前にも仁川に三度行ってきたんですけどね。
 (「前にも仁川を/仁川に/仁川にを三度を行ってきたんですけどね。」)

   만날 때마다 그 친구를/친구한테 책을 주는 겁니다.
   マンナル テマダ   ク  チングルル/チングハンテ   チェグル チュヌンゴムヌニダ
   会う度にその友達に本をやるのです。
 (会う度にその友達を/友達に本をやるのです。)


<...に>にあたる体言語尾では、人間や動物などを表す体言には-에게[エゲ]もしくは-한테[ハンテ]を用い、それ以外の体言には-에[エ]を用いるという具合に、日本語にはない区別がある:
 

   신에게 [ʃinege シネゲ](神に)        신에 [ʃine シネ](履き物に)


 <...が>と<...を>にあたる語尾以外の格語尾と<...は>や<...も>などにあたる語尾とが承接することもある。-에[エ](...に)・-에는[エヌン](...には)・-에도[エド](...にも)など。属格<AのB>は通常<A B>と単に体言を並列させるか、あるいは-의[エ]という語尾を用いる。なお、「私の買った本」のように連体修飾用言の主体を表す場合には<...の>にあたる-의[エ]を用いず、<...が>にあたる-가[ガ]/-이[イ]を用いるのが普通である。

3) 用言の構造

 用言には接尾辞と語尾がつくが、最も拡大された形では<語幹+ヴォイス接尾辞+尊敬の接尾辞+過去時制接尾辞+将然判断のムード接尾辞+待遇法語尾>という構造を持ち得る。接尾辞の付き方は膠着的である:
  (먹이셨겟지요?)[モギショッケチョ]
   먹+이+셔+ㅆ+겠+지+요?
  [mɔg - i   - ʃɔ  - t  -  ket - ?tʃijo]  
   語幹  使役 尊敬 過去 将然判断 終止形確認の疑問法語尾
   お食べさせになったことでしょうね
 使役・受身を表す接尾辞の付き得る用言は極めて限定されている。尊敬・過去・将然判断の接尾辞は非常に生産的である。用言末尾の語尾は普通、叙述・命令・確認や、平叙・疑問などのほか、待遇法などの機能を合わせ持っている。  朝鮮語では上のような総合的な形のほかに次のような分析的な形がたいへん豊富である:
 
   할 것이다 [ハル コシダ]  するだろう  (← するべきことである)
   語幹하[ha]+連体形語尾ㄹ[l]+不完全名詞것[kɔt]+指定詞이다[ida]
   
   할 것 같다 [ハル コッ カッタ]   するようだ (← するべきこと同じだ)
   語幹하[ha]+連体形語尾ㄹ[l]+不完全名詞것[kɔt]+形容詞같다[kat?ta]
総合的な形と分析的な形を組み合わせて,次のような例まで作ろうと思えば可能である.この例は補助用言は用いているものの,あくまで本動詞は1つである:
   잡히시지 않게 해 버리고 말 수 있지 않으셨었겠지요?
お捕まえられにならないようにしてしまうことがおできになったのではなかったでしょうか?

4) アスペクト

 日本語の<する>と<している>の対立をアスペクトという文法範疇で捉えるとすると、朝鮮語にもよく似た対立が存在する。自立語としての<いる>にあたる朝鮮語の用言は있다[イッタ]であるが、これを用いてアスペクトを表す分析的な形を作るのである。ただし朝鮮語では日本語と違って,主要なアスペクト形では,①한다[ハンダ](する)、②하고 있다[ハゴ イッタ](している:継続進行)、③해 있다[ヘ イッタ](している:結果状態)という3つの形が対立しあっている。  他動詞は基本的に한다[ハンダ]/하고 있다[ハゴ イッタ]の対立を持つが해 있다[ヘ イッタ]形は作らない。自動詞はしばしば上の3つの形を持つ。
 
   ① 간다      [カンダ]   (いまあるいはこれから)行く
   ② 가고 있다 [カゴイッタ] (いまそこに)行きつつある
   ③ 가 있다   [カ イッタ]  (すでにそこに)行っている

5) 文体と待遇法

 朝鮮語では書きことばと話しことばの差が大きく、語尾などにもその違いがみられる。例えば人間や動物を表す体言につく格語尾-에게[エゲ](...に)は主として書きことばで用いられ、-한테[ハンテ]は話しことばで用いられる。

 朝鮮語には日本語の丁寧/非丁寧にあたる待遇法とよばれる文法範疇が存在する。最も丁寧度によって4段階から6段階程度の文体的な区別,すなわち階称があり、それぞれが単純に1列にならんでいるというわけでもなく、非常に複雑である:
 

    합니다・해요・하오・하네・한다・해
    ハムニダ   ヘーヨ   ハオ    ハネ    ハンダ  ヘ
   (丁寧)します  ←→   する(非丁寧)
ただし,現在のソウルでは,中間の하오[ハオ]と하네[ハネ]の階称は急速に使われなくなっている.

 日本語の「です・ます」体にあたる합니다[ハムニダ]体という文体は男性が使うことが多いのに対し、女性は해요[ヘヨ]体という文体を好む。男女のことばの差という点では、これ以外にはそう目立たない。

 なお、文法形式ではなく、語彙においても丁寧語らしきものがあるが、말[マール]/말씀[マールスム](ことば)などごく一部である。謙譲語も드리다[トゥリダ](さしあげる)・뵙다[プェープタ](お目にかかる)など、いくらか存在する。
 尊敬を表す文法形式では例えば한다[ハンダ](する)/하신다[ハシンダ](なさる)のように用言につく接尾辞-시-[シ]が生産的である。また格語尾-가[ガ]/-이[イ](...が)には尊敬形-께서[ケソ]があるほか、-는[ヌン]/-은[ウン](...は)には-께서는[ケソヌン]、-도[ド](...も)には-께서도[ケソド]、-에[エ](...に)には-께[ケ]という尊敬形がある。
 語彙の面でも이름[イルム](名前)/성함[ソーンハム](お名前)、나이[ナイ](歳)/연세[ヨンセ](お歳)、사람[サーラム](人)/분[プン](方)など、一部の名詞に尊敬語が認められる。선생[ソンセン](先生)/선생님[ソンセンニム](先生:尊敬)のように-님[ニム]という接尾辞も親族名称や職業を表す名詞に用いられる。
 朝鮮語では身内の目上のことを外の人に語るときも尊敬語を用いる:   저희 아버님께서는 그렇게 말씀하셨습니다.
   チョイ  アボニムケソヌン  クロケ  マールスムハショッスムニダ
   私の父がそう申しておりました。
 (私どものお父さまにおかれてはそのようにおっしゃいました)

6) 反語

 「볼펜 있어요?--왜 없겠어요?」(ボールペンありますか?--どうしてないでしょうか?=ありますとも。)のように、朝鮮語は日本語に比べて反語表現を多用する傾向がある。特に話しことばではその傾向が著しい。
 

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