「ポルトガルがマカオに残した記憶と遺産
―『マカエンセ』という人々―」 (5/6ページ)
内藤理佳(上智大学)
1. マカエンセ (Macaense, 複数形Macaenses) とは
2. マカエンセの歴史と現状
3. マカエンセの未来
4. マカエンセの伝統文化
4.1 祭礼行事
4.2 伝統料理―マカエンセ料理
4.3 ポルトガル語系クレオール語 ―パトゥア語
4.3. ポルトガル語系クレオール語―パトゥア語
【パトゥア語のさまざまな名称】
・Patuá , Patoá (<フランス語patois 農村の方言)
※最も古い名称。なぜフランス語に由来するのかは不明。
・Maquista / Macaísta [ma’kista]
※コミュニティで一般的な呼び名。マカエンセそのものを指す場合もある。
・Papiâ Cristám di Macau「マカオで話されているキリスト教徒のことば」
【パトゥア語の歴史】
・16世紀に生まれ、20世紀初頭まで一般的にマカオで話されていたクレオール語。
・ポルトガル人は植民地における国際共通語(リングア・フランカ)をポルトガル語とした。マカオでは、母語が異なる人々が、ポルトガル人および異なるエスニック集団との間の共通語としてより簡単に、かつ早く学習できるような形でポルトガル語を単純化したものがパトゥア語となった。
・広東語、マレー語・英語・コンカニ語(インド、ゴア州の公用語)・日本語・タミル語・サンスクリット語・ペルシャ語・アラビア語・ヒンドュ―語・オランダ語・スペイン語・フランス語・ドラヴィダ語(南インドで話されている言葉)などの影響を受け、ポルトガル語を土台として多様な言語の語彙と体系を持つクレオール語として、マカエンセと一部のマカオ在住の中国人を中心としたコミュニティ間の話し言葉として受け継がれてきた。
・19世紀後半からマカオにおけるポルトガル語教育が一般化することによって次第に話されなくなり、20世紀初頭以降はほとんど耳にすることはなくなった。現在はマカオ在住もしくはディアスポラのマカエンセの一部によって話されている(もしくは記憶されている)に過ぎず、消滅の危機に瀕している。ユネスコ指定の世界消滅危機言語のひとつ。
【パトゥア語文法のおもな特徴と表記法】
・ポルトガル語の動詞(不定詞の-rがぬける)、それ以外の言語(マレー語など)の動詞が元となる。
例:andâ (ポルトガル語andar 歩く), chipí(マレー語cipir 触る)
・活用形はポルトガル語の三人称単数形もしくは複数形がもととなり、一種類しかない。
※以下、カッコ内はポルトガル語の単語
例:sâm (ser), tem (ter, haver, estar em), pódi (poder), vivo (viver), sábi (saber)
・主格人称代名詞(~は)を表す単語のうち、ポルトガルでは相手を表す言葉を親しい相手(tu)とそうでない相手(você)にはっきり区別し、また、三人称単数(彼ele彼女ela)と三人称複数(彼らeles 彼女らelas)も性別によって異なるが、パトゥア語にはその区別がなく、一種類である。
例:~であるsâm (不定詞ser 三人称複数形são)
Iou sâm 私は~です (eu sou) / Vôs sâmあなたは~です (tu és/você é)
Ele sâm彼(彼女)は~です (ele/ela é) / Nos sâm私たちは~です (nós somos)
Vosotro sâm (vós sois)あなたがたは~です/Ilotro sâm (eles/elas são) 彼ら(彼女ら)は~です
・現在形は動詞をそのまま使う。
例:Iou vai iscóla. (Eu vou para a escola.) 私は学校に行く。
・現在進行形にはtaを動詞の前につける。
例:Iou ta vai iscóla. (Estou a ir para a escola.) 私は今学校に行く途中だ。
・過去形にはjâ を動詞の前につける。
例:Iou jâ vai iscóla.. ( Eu fui para a escola.) 私は学校に行った。
・未来形にはlôgoを動詞の前につける。
例: Iou lôgo vai iscóla. (Eu irei para a escola.) 私は学校に行くだろう。
・複数形は単語を二回並べる(マレー語が元)。
例:casa-casa = "casas" 「複数の家(casa)」 china-china = 「中国人、中国産の物」
Ôlo batê-batê 「目をぱちぱちする」 ポルトガル語:目olho, 打つbater
※ただし、ポルトガル語でbater olhoとは言わない
・定冠詞はない。
・所有を表すときは主語のうしろに-saがつく。
例:êle-sa casa彼の家(a casa dele )Iou-sa filo私の息子( o meu filho )
パトゥア語=ポルトガル語辞書
『マキスタ・シャパード』※
Miguel de Senna Fernandes/ Alan Baxter著(2001年)
※パトゥア語で「ありのままのマカエンセ」を意味する
同書の英訳(2004年)